デートをしよう(前編)
無心と言うのは、武人にとっては辿り着きたい境地の1つである。
人間と言うのは必ずどこかに意識を向けており、どこかに余計な力がかかっている。
無心とはそう言った意識の片寄り、力の最適化を行う際に必要な物であり、無心を習得出来れば余分な力を加えずに、その技本来の力も出せると言ったものであるが、勿論それが普通に出来れば苦労はしない。
であるからこそ、日々訓練してそれに近い状態になるようにしているのだが、
『今のあなたの状況、その無心に近い物だとは思うわ。ねっ、パーシー?』
アトレスは縁側の上に浮かびつつそう言い、ただ一心不乱に刀を縦へ、横へと振っているパーシーへと声をかける。
しかしパーシーは、自分の道場での訓練を行っているだけであり、何も答えずにただ腕を上下させて刀を振り続けていた。
『……無心と言うのは余分な力や意識を向けないと言う意味であって、確か何も答えずに居ると言うのは違った気がするわね。そうだったわよね、パーシー?』
「…………」
『無視は止めてよぉ! 今はジェルマンも、アミィも居ないから暇で仕方がないの。ねっ、御主人様♡』
そう言いながらふわふわと、いたずらを行う小悪魔的な顔を浮かべながらパーシーの元へと近寄ると、ツンツンと、彼の頬を突くアトレス。
しかし、彼の反応が無いため、がっくりとしながらまた元居た縁側へと戻って行く。
既にこのやりとりも朝から5,6回と繰り返して来た事であり、アトレスもちょっとは飽き始めていた。
パーシーはアリエッタのあの血液を飲む異常な姿をまだひきずっているらしく、普通に十字流の刀の鍛錬を行うようになったが、それは本調子とは違ってただ刀を振り続ける事を何も考えずにやっているだけであった。
『刀の鍛錬はしているし、なおかつ無心でやっているから無駄な力も加わってないわぁ♡ それだから、身体はいつも以上に良い仕上がり、良い訓練にはなってるけれども……お姉さんとしてはその域に到達するのは別の時が良かったわぁ』
勿論、無心に刀を振ると言うのは武人にとっては到達したい極地だと思うが、今の状況はただただ現実を受け入れられずに刀を振るっているだけであり、それが偶然的に無心で刀を振るうと言う状況を生んでパーシーの身体に刀を振るう最適化された際の動きが身体に叩きこまれていた。
パーシーは刀を無心で振るっていたが、刀を振るうと共に衝撃波が放たれていて、放たれていた衝撃波は地面の草花を巻き込みながらくるくる巻きながら飛ばされていた。
『……うーん、順調に強くなってるから良いんですけどねぇ』
アトレスはそう言いながら手を動かしながら水の魔法を放って、その魔法はパーシーの刀へと纏いつかれていって、そのままパーシーの衝撃波に重ねていてパーシーの衝撃波は水の魔法によってさらに強力なものへとなっていた。
『うーん、順調♪ 順調♪ 8代目の当主としてパーシーが成長する姿を見れてお姉さんは、とーっても嬉しいわぁ』
その一方、パーシーの所にやって来たパーシーの幼馴染、ロット・セヴィンとメリヤ・フィールの2人はと言うと、草むらに隠れながら様子を窺っていた。
「……びっくりだね、メリヤ。まさかパーシーがあそこまでの戦闘能力を手に入れているとは思ってなかったよ」
「……あれは恐らく、深化と呼ばれるもの、です」
「深化?」
と、キョトンとした顔をするロットに対して、「所謂、一つの戦闘の極致、です」とメリヤは答えていた。
「最近、王都で作られた新しい単語、です。とは言っても、元々深化はこの世にあったもの、です。
要するに鍛え上げた武人や魔法使いなどが、瞑想などによって心を集中させると辿り着くところ……ヤマト大陸で言う所のサトリの状態に辿り着いた人の事、です。そこに辿り着くと、いつも以上に能力が特化され、さらなる力を呼び覚ませるらしい、です。私も王都で数人しか見ていないんですが、まさかパーシーがそこまでになっているとは……です」
ぽー、っと顔を赤くしてメリヤはパーシーを見つめていたが、すぐに横に居たロットがニヤニヤとこちらを見ているのを見て、ハッとしたかと思うと顔をパンパンと叩いて元の、凛々しい顔に戻していた。
「でもまぁ、彼らは常に深化に辿り着いている状態でしたが、今の彼はただ偶然的に、深化の足元に辿り着いてしまっていると言うだけの話……だと思います、です。けれでも、今はパーシーも話を聞ける状態ではないですし、どうすれば……です」
「そんなの簡単だよ、メリヤ。ちょっとこっちに来て」
「……なんだか嫌な予感がします、です」
そう言いつつ、パーシーのためならばと、怪しみつつもロットの近くへと寄って行くメリヤ。
そんなメリヤの様子を見て、「流石、チョロイン」と言っていたが、メリヤは言葉の意味が分からずに「何語、です?」と問いただすと、ロットは口元に指を添えながら小声で囁く。
「良いから、良いから。こちらに任せて」
「全く安心できないんだけど……です」
そう言いながら2人は衝撃波を食らわないようにして、草むらの中を移動して、丁度ロットの目の前に移動するようにしていた。
「……行くよ、メリヤ! 恨まないでくれよ」
「ロット? どう言う意味……です、って!?」
そう言うと、ロットは自分の身体を鋼鉄化させる。
ロットの流派は無手の流派であり、防御、攻撃の両方を身体を鋼鉄化させる事によって対処する流派である。
ロットの流派の者は身体と血に刻み付けた身体を鋼鉄化させる特殊な魔法を使って、身体を鋼鉄にさせて戦う流派なのだが、メリヤはどうして今身体を鋼鉄化させるのだろうと疑問に思っていた。
「せー、の!」
と、ロットがそう言って、その身体を素早く動かし、そして
メリヤのローブを、大胆にめくっていた。
長いローブが高く捲られる事によって露わになる、辛うじて女性だと分かるくらいに薄いメリヤの胸を覆っている水色のブラと、彼女の大切な部分を守る同じ色の下着。
その2つが、彼女の見られたくないその部分がローブを捲り上げられる事によって、ただ淡々と刀を振るうパーシーに見られてしまった。
「えっ……」
「…………!!!!!!」
流石のパーシーも自分の目の前で幼馴染の少女が下着を見せつけると言う事に対して驚いて、そこで初めて刀を振るのを止めて、メリヤはただ羞恥心のあまり顔を真っ赤にしてローブをすぐさま両方の手で押さえ付ける。
「よし、これでパーシーも元に戻ったな。大、成、功!」
『あら、パーシーの意識が戻った! そうか、今度からはこの手を使えば良いのね! ちょっと恥ずかしいけど……姉として、弟が困ったときには助けないとね♡』
茶化すように言うロットとアトレスの方を、真っ黒に、表情を失くした魔導師が杖を振るっていた。
「――――――覚悟は良い? ロット?」
☆
それから数分ばかりメリヤによるとある少年の粛清が終わると共に、パーシーとメリヤの2人は縁側に座って顔を真っ赤にして、互いを見つめ合っていた。
少年は目の前の彼女を見て先程の下着姿を思い返して恥ずかしいと顔を赤らめ、少女は今日の下着が自分ではあまり勝負下着でない事と見られてしまった事に顔を赤らめていた。
そんな2人を精霊は『初々しいわねー』と嬉しそうに言いながら、処刑された友人の手当てに勤しんでいた。
「……え、えっと、ひ、久しぶりだな、メリヤ。えっと2か月と28日振り……だったかな?」
「……分かんないけれども、約3か月振りくらいだと……思います、です。本当に久しぶり、です、パーシー」
メリヤはキョロキョロと視線を動かしながら、両方の手で指を合せたり離したりしていていたが、何か決心したような顔で一回大きく深呼吸すると
「そ、そう言べば……ううっ、噛んじゃいました、です。
い、いえ、確かパーシーは十字流の当主になられた、ですね?」
「……あぁ、ロットから聞いたのか? その通りだ、うん」
「……そしてそれで武人の、自分よりも強い嫁を探している、です?」
「アトレスから1人情報を貰い、会っている感じだ。……とは言っても、しばらくは会いに行ってないが」
「そう……です、か」
どことなく彼女の顔が残念そうに、暗くなったが、すぐさま元のクールな顔に戻す。
「何か、あったんですか? ロットが気にしてました、です。もしよろしければ話して欲しい、です」
「あぁ……まぁ、簡単に言えば、彼女の一面が好きになれなかった、と言うだけの話さ」
流石に、「その女の子が血を見たら、いきなり獣のように飲み始めた」と言う事を言う訳にもいかず、パーシーはそこを喋らずにメモ帳を見ながら話した。
メリヤは「そう……です、か」と答えていた。
「……でも、誰かと付き合うと言うのは、そう言うものだと思う、です」
と、メリヤはそう答えていた。
「相手の全てを愛する、と言うのは不可能だと思う、です。私だって……メモをむやみやたらに取っている姿とか、ちょーっと刀を振るよりも身だしなみを整える方が良いと思うし……です。
でもそう言った相手の嫌な面まで、あ、ああ、愛する必要はないと思う、です。それでも、相手の嫌な面を受け入れて、好きな所を愛すれば良い、です。それで良いと思います、です」
「なるほど……良い言葉だな……」
そう言いながらメモを取っているパーシーに対して、メリヤはクスクスと笑い、穏やかな雰囲気が2人の間を流れる。
それを見た、(復活した)ロットは嬉しそうに笑っていた。
「じゃあ、2人とも、1つ提案したい事があるんだけれども、良いかな?」
パーシーはどこか怪しげに、メリヤはと言うと殺気染みた視線を向けていた。
けれども、ロットの言葉を待っている所を、ロットは嬉しそうに思っていた。
「少し提案で、2人共に良い事だから言っておくだろうね。
――――――2人でデートして貰えない?」
その言葉に対して、パーシーは驚いていて、メリヤはさらに驚愕の表情と少しばかり嬉しそうな笑顔を浮かべているのであった。