ロットは意地汚い
『――――――分かったかな? これがアリエッタと言う、悪魔の血に翻弄されてしまった女の子である。パガニーニの家系の血は血を摂取して見聞きする事で強くなると言う性質であり、なおかつそれ故に血に対して異様に執着してしまう』
シュナイゼルの血を、アリエッタはそれが地面にしみ込んだ物であろうともペロペロと、まるで犬のように舐め続けていた。
茨の木や草花、さらには地面などあらゆるものを腐らせてしまう、そんなシュナイゼルの血で自分の手が腐っているのも関係なく、アリエッタは血を舐め続けていた。
『血を見れば、例えそれが卑しい者の血であろうと、毒に侵されてしまった血であろうと――――――あらゆる物を腐らせてしまう吸血鬼の血であろうとも、それが血であるならばなんであろうと飲んでしまう、それがアリエッタと言う彼女だ』
一心不乱に血を舐め続け、必死な様子で残さないようにと飲み続け、集中して夢中となってアリエッタは飲み続けていた。
シュナイゼルが手を出して止めようとしたとしても、パーシーがちょっと不安そうに話しかけようとしても、アトレスが他の物で釣ろうとしても、ずーっと飲み続けていた。
『吸血鬼で、そして紳士である我は彼女を守らねばならない。故にこれ以上は迷惑だからさっさと帰ってくれると助かるんだがね』
そう言ってパーシーに忠告しているシュナイゼルの瞳には誰にも頼らないと言う、自分だけが彼女を救ってやろうと言う気概が入ったその言葉に対しては、アリエッタを強い少女、自分の子供を作るのに相応しい嫁候補の一人として考えていたパーシーにとってはひどく不安気になってしまうのであった。
シュナイゼルは自分の腕から流しながら血を飲ませているアリエッタを連れて行きながら、パーシーはアトレスと一緒に自宅へと一時帰宅する事を選択するのであった。
そして自宅の道場へと帰って来たパーシーはと言うと、一心不乱に木刀を握り振って続けていた。
その様子を見に来た友人であるロットは縁側に座りながら、アトレスと一緒にパーシーの素振りを、まるでおじいちゃんとおばあちゃんのように見守っていた。
「……へぇー。それで帰ってから、ずーっとパーシーはああやって木刀で素振りしているのかな?」
『……ぶー。まぁ、十字流の修行に熱心なのは良いんだけど』
「……あれじゃね、どう見ても熱心ではないしね」
ロットが指差す先では、なにかを振るうパーシーの姿があった。
既に握っていたはずの木刀はと言うとそこらの草むらの中に落ちてしまっていて、パーシーはただ何も持たずに腕を振っているだけであった。
「構えを確認すると言う意味では得物がなくたって良いとは思うけれども、そう言うのはきちんとした技術が身についていない人がやるべき事でしょ? パーシーレベルの男がやったって、ただ時間を無本位に使っているだけにしか思えないね」
『お姉さんとしても、そこに木刀があるんだから使って欲しいとは思うけれども、今のパーシーはきちんと集中出来るとは言えないのよね。流石に、気になっている女性がいきなり血を一心不乱に飲み続けたらホラーと言うか、常識を疑っちゃいますしね?』
「私にはその辺は分からないんだけれども、まぁ、幻想をぶち壊されたとか、そう言う気持ちなのかな? いきなり魔物の形状が変化したらびっくりするのと同じくらいで」
『それとはちょっと、違う気もするけど……』
ロットとアトレスの2人は縁側でパーシーの事を見守りつつ、まるで子供か孫を見るかのように話しつつ、パーシーにそっと木刀を握らせる。
木刀を握らせたが、パーシーは自分が木刀を握らせて貰ったと言う事に気付かないまま、そのまま振り続けている。
『このままではパーシーが腑抜けになってしまうわ。弟がこんな事になってしまうなんて、姉として出来る事ならばなんとかしなくちゃいけないとは思うんだけれども、何か良いアイデアがないかしら? ロット君?』
「良いアイデア……ね。とりあえず何かを考える前に、今の状況を確認しましょう。良いですね、アトレスさん」
『えぇ、お姉さんになんでも聞いて頂戴!』
ふんす! と言いながら、大きめの胸を張るアトレスに対して、「では、一つずつ確認しましょう」とロットはそう言う。
「まず、第一に。パーシーはアリエッタと言う女性に対して、何か想いがあったと言う、そう言う解釈でよろしいでしょうか?」
『た、多分……』
「第二に、パーシーはそのシュナイゼルに勝てる?」
『わ、分かんない……。相性とか、そう言う事、分かんない』
「……では最後に、今パーシーには気分転換が必要?」
『気分転換……と言うか、そう言うのは必要だと思うけど』
そうやって質問の答えを聞いたロットはと言うと、ふむ……と考えをまとめていた。
ロットは初めからアトレスの質問については、最初から当てにはしておらず、ただ形式な形として聞いておいた方が良いだろうなと考えて質問していただけだった。
アトレスはお姉さんぶってはいるが、基本的にはこう言った心情的な事は役に立たない。
精霊だから人間の心情が理解出来ないとかではなく、ただ単純に彼女がそう言った事に向かないと言うだけの話であり、彼女はそう言った事が向いていないと言うだけの話なのだ。
(だからこそ、こうやって自分が考えないといけないんだけどね)
ロットはそう思いながら、どうするかは大体自分の中で方針は決まっていた。
ただまぁ、それを行ってパーシーが良くなる事は確証が得られないため、ロットはどうしようかと少し迷っていたのであるが、
(こんな時じゃないと、あっちが上手く行かないからな)
そう言って、ロットは魔力電話を取り出す。
『へぇー、魔力電話かぁ。初めて見るわ』
「まぁ、一般には出回ってませんからね」
魔力電話とは魔力を予め溜めて置いて使われる2つセットの通信装置であり、作るのにも維持するのにも一定の魔力を必要とするため個人で持てるような魔法道具ではない。
魔力電話を個人で所有する人物と言うのは王族貴族、もしくは魔力電話を作れるような魔法使いの関係者くらいである。
「ピッ、ポッ、パッと……」
ボタンを押したロットはそのままお目当ての人物が魔力電話を取るのを待って、そのまま電話が取られたのを確認すると電話を切る。
【プルルル……】
魔力電話が切られると、直後に電話が鳴り、ロットは電話を取る。
「はい、もしもし」
【もしもしじゃない、です! どうしていきなり電話を切るな、です!】
電話越しから聞こえてくる、いらだったような少女の声が聞こえて来て、ロットはクスクスと笑いながら、その少女にごめんと謝罪する。
「悪かったよ。君じゃない別の人物が出たのかと勘ぐってしまってね」
【笑ってる時点で嘘っぽい、です! それにこの魔力電話には私以外の人間が触ると魔力の拒絶反応によって使用不可能になると説明したはず、です。ですのでさっきのは、単純な嫌がらせ以外のなにものでもないと思われます、です】
「ごめんって……メリヤ」
【分かれば良い、です】と電話の向こうの主、メリヤ・フィールは答えて、【で、なんのよう、です? ロット?】と心底うざそうな様子で答えている。
「いや、今、そっちはどんな感じかなーって。王宮魔導師の仕事って普通の魔法使いと違うんでしょ? 幼馴染として、そんな凄い事をしている事が誇らしいなーって」
【前にも話したと思いますが、王宮魔導師とは魔法使いの中でも最も名誉な職業であり、それは魔法使いが優れている事を示す指標でもある、です。武人で例えると王族御用達の武術指南役レベルに凄い役職なの、です】
「へぇー……。じゃあ、忙しすぎてこっちなんかに里帰りする暇なんてないと言う感じかな?」
【そ、それは……(ゴニョゴニョ)】
何故か口ごもっているメリヤの言葉が聞こえていると、微笑を浮かべているロットの横からアトレスがニヤけながら覗きこむ。
『メリヤちゃ~ん、げんき~?』
【……えっ? アトレ、スさん? もしかしてそこって、十字流の道場、です? パ、パパ、パーシーもそこに居るの、です?】
『どうかな~? その答えは出せないかな~? ねっ、ロット?』
「そうだね~、その答えはすぐには出せないかな~?」
【ちょ、ちょっと! 私がそれを渡したのは、そっちでの状況を教えてくれるためにあげたのに、きちんと言ってくれないと困ります、です!】
と、そこでロットは電話を切る。
電話からは【ちょ、ちょっと! 話は終わってない、です!】と言っていたが、ロットはそんな事を気にせずに電話を切っていた。
「……よし、これでメリヤが気になってこっちに来るだろう。そうすれば、後はパーシーに任せておけばなんとかなるでしょう」
『確かにそれだったら、安心よね~』
2人ともそう言って、意地汚いような、今の状況を楽しんでいる笑いを浮かべているのであった。