茨の森の美しい吸血鬼
西の大陸、セルヴィア大陸。
この土地には古来より魔物と呼ばれる化け物が存在し、この地に住む人々は魔物を倒すための手段として2つの戦闘技術を生み出した。
1つは『武術』。
生命の源たる活力を用い、自らの身体を魔物と戦うために鍛えて、魔物を倒すための強力な武器を作り出して、魔物と戦うための生きるための技術であった。
1つは『魔術』。
世界と人の身体にある魔力を使い、呪文を魔物を倒すために覚えて、魔物を倒すための力強い技を生み出して、魔物を倒すための活かすための技能であった。
人々は魔物と戦うために、武術と魔術を用いてこの大地を切り開いて生きていた。
人々は武術を教え、魔術を伝えて来て、魔物と戦うための力を手に入れていた。
これはそんな武術を親から子へ、子から孫へと、一子相伝の武闘技術を背負った一人の少年の、
愛と、戦いと、魔法と、精霊と、そして『子作り』の物語である。
☆
"茨の森には、人を食らう吸血鬼が住む"。
そんな噂が流れ始めたのはいつの頃だっただろうか。
最初はただのイタズラとほんの少しの事実を含んで語られていたこの噂は後に多くの証拠と共に人々に恐怖の連鎖を巻き起こしていた。
曰く、その森に入った者は全員妖しい吸血鬼に魅入られたとか。
曰く、その吸血鬼は血だらけの動物の肉片を美味しそうに食べていたとか。
曰く、その森に入った娘の首筋には2つの牙の跡があったとか。
他にも色々と噂は途中で尾ひれなり、警告なり、面白さなりを含んで、どれが本当で、どれが偽物なのか分からないくらいにまで膨れ上がり、結果として昼でも明かりが見えないくらいにまで真っ暗な、そんな茨の森には誰も近寄らなくなっていた。
――――――そんな森に近付く、物好きな男が現れるまでは。
そいつは真面目そうな、短くも長くもない赤髪の青い瞳であり、がっちりとした長躯の男であった。
白くて身だしなみを整えられた羽織のような物を羽織った、青い襦袢のようなものを下に着ている彼はたんたんとした面持ちで、階段にはみ出したトゲがある枝や刺々しい花などをかき分けながら、蔓や苔などの緑が生い茂っている石造りの何十段にも及ぶ階段を上っていた。
彼の眼は凛凛としており、ただ真っ直ぐと階段の上を目指して歩いていた。
一歩、そしてまた一歩と上る彼は、とことこと上りながら、上を見ていた。
「あれ……か」
その長躯の男が見上げた先には、階段の上には今にも崩れ落ちそうな壊れかけの門と植物がはびこって生えている塀があった。
そしてその門にはもうほとんど薄れて消えかかっていたが、『マイアレイヤ』と言う文字が書かれた看板が掲げられており、それを見て長躯の男はニヤリと笑みを浮かべていた。
「ようやく見えて来たようだな、全く……。こんな辺鄙な所だとは……」
長躯の男はそう言いながら、腰に差した鞘から刀を抜いた。
ここまでの棘だらけの道で痛々しい傷が付いてしまっている鞘から抜いたその刀は、柄以外は刀身そのものがまるで血で染まりきっているように、真っ赤に染まりきった紅の葉のように、赤一色の刀。
まるでこの世のものとは思わないような、妖しげで妖艶な美しさを見出している刀であった。
「…………」
瞼を閉じた長躯の男はそのまま流れるような作業で、自然体のままで刀を振るっていた。
振るわれた刀から放たれた、荒々しいほどの衝撃波は回転しながら飛んで行って、色々な物を巻き込みながら、目の前にあった枝や蔓などの植物を斬り開いていった。
瞼を開けると、男は自分が放った斬撃の様を見ると、一言、ふむと頷くと、そのまま懐からメモ帳を取り出して淡々とメモを書いていった。
「……ふむ、なかなか。だが、まだ改善すべき点が多すぎる。威力もまだまだだし、斬撃に関しても切れ味が全然、だ」
そう言いながら男は淡々と言っていくと、メモ帳にメモをすらすらと書いていき、ある程度まで書き終えるとそのまま階段を上って行く。
彼には目的があった。
そう、誰も近寄らないような茨の森を歩いて行く。
彼の目的はこの茨の森に来る事ではあったが、それはただの目標であり、目印であった。
本当の目的は、階段を上った先にあったのだから。
「あっ……!」
口元には血塗れの、そう血を垂れ流している兎をくわえていた長い銀髪の美少女は、彼に見られている事に気付くと、くわえていた兎を口から放して、逃げ出していた。
彼は見上げる先にあった、走り去る彼女を見て、すぐさま驚きと期待に満ちた表情に変わっていた。
「ま、待て! おい!」
彼はそう言いながら、刀を鞘へと戻すとそのまま走り去る彼女を追いかける。
「待て! 待てってばぁ!」
走り去る彼女に対して、彼はそのまま大きな声をあげて逃げる彼女を追いかけて行く。
「だから待て! そこのお前だ!」
男は大声でそれを呼び止めているが彼女はそのまま走り抜けて行くので、男は大きな声をあげて追って行く。
そのまま逃げ出していた彼女は、一つの場所へと辿り着いてしまっていた。
あまりにも雑多に生い茂っている棘が生えた木々の隙間から光が差しているその場所に立ち尽くす、銀髪の彼女。
その彼女は長い銀髪が眩しい、透き通るような藍色の瞳の端正な顔立ちの美少女。
モデル張りのメリハリの付いたボディスタイルの、身体つきのはっきりと分かる薄い白い長袖の服を着ている彼女は、まるで初めての物を見るような眼で、こちらを見ていた。
「……ニンゲ、ン?」
彼女は人と会話する事に慣れていないような、いや言葉を話す事自体が久しぶりと言った感じで、長躯の男へと語りかけていた。
男は語りかけられたのが嬉しい、と言うよりかはお目当ての人物と出会えたのが良かったとでも言う感じで、
「あぁ、やっと出会えた……。ようやく見つけた」
嬉しそうに若干ばかり涙目になりながら、男は鞘に戻していた刀を再び抜く。
男は刀を抜くとそのまま刀を振るいながら、その銀髪の美少女へと向かって行く。
「ハァ!」
「……!」
いきなり刀を振るってきた男に対して、その少女はそのまま自然に拳を握りしめて、刀を拳で防いでいた。
「――――――良いね! 良いなぁ、アトレス!」
『えぇ、そうね。私の言った通りだったでしょう、パーシー?』
いきなり始まった長躯の男と銀髪の美少女との戦い、そんな中で新たに生まれた3人目の少女の声。
そしてその声の主は、いきなりパーシーと呼ばれた長躯の男の隣に現れた。
サラサラとした長い、薄い水色の髪を持つアトレスと呼ばれたその美少女は、その背中に4枚の綺麗な羽根を持っていた少しばかり大人びた、少女と大人の中間辺りの整った顔立ちの少女。
薄い水色のフリルの付いたブラウスを着たその美少女は、ニヤニヤと嬉しそうな顔でふんわりと浮かびながら、長躯の男の肩を掴んでいた。
『良いわね、本当に良いわねぇ~。いきなりの刀の攻撃に対してこの対応力は、良いんじゃない?』
「あぁ、全くその通りですね」
嬉しそうに笑いながら、パーシーと呼ばれた男は自分の刀を防いでいる少女と戦いながら、その少女に声をかける。
「お前はアリエッタだろう!」
「(コクリ)」
アリエッタと呼ばれた彼女は名前を呼ばれてコクリと頷くと、パーシーは嬉しそうに笑いながら、アリエッタにこう話す。
「アリエッタさん! 俺と結婚を前提に付き合ってくれ!」
――パーシーがアリエッタに襲い掛かり、結婚を申し込んだ。
これは一体、どう言う事なのか?
――その理由については、ほんの少しばかり前まで遡る。