女装でびゅーしました。
「透ちゃん!制服出来たわよっ!」
学校から帰宅すると、母がパタパタと嬉しそうに制服を掲げて走ってきた。自分が着るはずだった女生徒用の制服だ。
うちの高校の制服はブレザー。なので上の服はネクタイからリボンへ変更するくらいだろう。問題はスカートだな。
「ちょっと待て。何故そんな丈が短いっ!?」
「え?そお?可愛くていいじゃない?」
思わず頭を抱えてしまった。制服デビューではなるべく丈を長くして挑むつもりだったのに……母は切ってしまったようだ。解せぬ。
今男として認識されている。ただでさえスカートはいていくのがちょっと嫌になってきているのに、なんたる仕打ち。まぁその点は自業自得でもあるんだけど、あそこまで気付かれないのも悲しい。
「まぁまぁ、でも透ちゃんは可愛いから大丈夫よ!」
ペロッと舌を出している。余程その舌を抜いて欲しいみたいだ。むにっとその舌を掴む。きょとんとする母さん。無駄に可愛らしい。
「ほほるひゃぁん?」
「ふ、ふふ……なんて事、なんて事を……」
「透、その恰好で母さん襲うのはやめといた方がいいぞ?」
後ろを振り向くと、父さんがくたびれた様子で帰って来ていた。
「人妻を襲う若い少年……なかなか見物な絵面になってる」
「父さん……」
何時の間にかスマホを取り出して写真撮影している。やめて欲しい。ついでに娘に向かってその言い草はどうなのだ。父さんに半眼で見つめつつ、舌を掴んでいた手を離す。
「ふふー!あなたったら娘に嫉妬したの?」
「勿論さ」
ガシッと抱き合う似た者夫婦。いや、違うでしょ。楽しんでるでしょ確実に。はーっと深い溜息を吐いて遠い目をする。ちょっと遠出したい気持ちになった。
いよいよ、女子制服デビューの日がやってきた。
通学中、チラチラ視線を感じる気がする。気のせいだと思いたい。
「え、木下くん……?」「やだ、マジなの……?」
そんな声が聞こえて来て早くも家に帰りたくなる。
騒がしい周りを無視して廊下を歩く。こうなったら開き直れ、というか、本来の姿に戻っただけなのだ。堂々としていればいい。
それでも流石に自分の教室に入るのは勇気がいる。ドキドキとしつつ扉を引く手に力を込める。全員の視線が私に降り注ぐ。シンと静まり返る教室にドキドキと心臓が早まる。
「え……女装?」
翼が遠慮なくスパッと聞いてきた。その遠慮のなさにちょっとだけ気が緩む。
「私の性別は女です。むしろ今まで男装してたんです。ちょっと手違いがあって」
ざわざわっと教室が騒がしくなった。
「え、マジ?」
「マジです。学校側の手違いで制服を間違えられたのです。まぁ、性別を伝えなかった私も悪いのですが……」
男子や女子が色々聞いてきたので、根気強く答えてやる。しかし信じられない女子たちが個室に連れ込んで私を裸にして確認してきた。上半身だけだが、胸があるので疑いようがない。
「おお……本当に女なのか?」
「ええ、まぁ……」
翼が以前と変わらない位気軽に話しかけて来てくれる。人をホッとさせるような雰囲気の子だな。
「でも……そうか。成程、晴翔と幼馴染なんだってな?」
「え?……うん、そうですよ」
「なるほど、なるほど~」
翼はひたすら頷いている。良く分からないが、とても良い笑顔だったので、私もつられて笑った。
学園の殆どの女子が落胆したなど私の知る由ではない。
生徒会室に入った時、バサバサと月島会長が書類を落としまくった。
「おま、透……そんな趣味が」
「いやいやいや、私は女子ですよ会長」
狼狽えている会長は、周りが噂をしているのを聞いていないようだった。しかし、そんなにショックを受けられると落ち込む。
「はぁ、そんなに男に見えますでしょうか?そう見えるようにしていたのは確かですが、女子の制服でもそう言われるのは少しばかりショックです」
「い、いや……でも」
「なんだったら戸籍でもチェックなされます?ちゃんと女ですよ」
あはは、笑っていると、月島会長に腕を掴まれた。え、あの、ちょっと痛いのですけど……。
「会長?」
「脱げ」
「はっ!?」
とんでもない事言い出したぞこの会長。
「この目で見るまで確信出来ん!」
「それ、私に凄くリスクがあるんですけどっ!?」
2人でぎゃあぎゃあと縺れ合う。冗談じゃない。なんで男に見られないといけないのか。誰か助けてっ。この人痴漢です!運が悪いことに今生徒会室に副会長がいない。
暴れていると、会長の手が滑ったのか、私の胸を鷲掴みにした。
「ひょわぁっ!?」
「っ!?」
目を見開いた会長はムニムニ胸を揉んできた。その感覚にビクリと体が跳ねた。
ドスッと肘で会長の鳩尾を突いて、距離を取った後、バシッと思いっきり会長を殴った。会長は床に転げて、呆然と私を見つめていた。
私は震えた拳をなんとか抑えて、会長を睨みつける。
「……会長。何か言いたいことは?」
「……ごめんなさい」
会長は土下座した。
全く本当に失礼な男である。男として接している時はそんな事思ったこともなかったが、あんな事をする男だったとは。思い出しただけで顔から火が出そうだった。
前世も含めて男と、そ、そういう事した事ないのに。
有能で優秀だと思っていた会長は思いの外抜けている所があるらしい。
バシッ
精神を落ち着ける為に弓道をする。全く的に当たらないけどね。
「はぁ……」
生徒に騒がれる事よりも精神に来たわ。胸揉まれるとは思いもしなかった。顔を合わせたくなくて。最近は生徒会室には行っていない。
的が当たらないので気分が晴れない。
「ブレてるね」
真島先輩が声を掛けて来た。
「……やっぱり噂のせいかな?」
「……それもありますが」
「ふーん、それだけじゃない、か」
私はそれに緩く頷く。噂の方はいずれ消えるだろうと楽観視している。だってもとはと言えば学校側の手違いだし、私はきっと悪くない……はず。確かにちょっとやりすぎていた気もしなくもないが……。まぁクラスの人達は比較的暖かく迎えてくれたからヨシとしよう。
「取りあえず、その様子じゃあんまり意味ないし。ちょっと散歩でもしてきたら?」
「はい……」
戦力外通知に若干ショックを受けつつ弓道場を出る。
中庭は結構花が咲いている。何となくそれを眺めて一息つく。ぼんやりしているとポンポンと肩を叩かれた。振り返ると会長が立っていた。胸を揉まれた感覚を思い出して顔に熱が集まるのが分かった。
会長も視線を合わせられないのか、目線が泳いでいる。
「すまない。悪いことをしたと思っている」
「……別にいいんですけどね。ずっと騙すような事してた私が悪いんですから」
「い、いや、だとしても揉む事はなかったと思う」
うん。ですよね。会長も思ってたんだそれ。反省してください。いきなり女性の胸掴んで揉むとかないですから。半眼で会長を見つめていると、視線を泳がせて真っ赤に染まった。
真っ赤になった会長の顔が珍しくて、まじまじと見つめてしまった。驚きで恥ずかしさが何処かへ旅立ってしまう。会長でもこんな顔するんですね。レアな顔です。胸を揉まれてみるもんですね。
「せ、責任はとる」
「責任ですか?」
謝ってもらったから別に良いのに。揉むのはダメだけど、男だと思ってたのなら仕方ないし。でも償ってくれるなら何か奢って貰おうかな?そんな感じで軽めの事を考えていたのだが、会長の口からは予想だにしないセリフが飛び出した。
「結婚しよう」
「わぁ、会長って馬鹿だったんだ意外」
驚いた。心底驚いた。何故そうなる。貴方の脳内で一体どんな会議がなされたんですか。胸を誤って揉んだくらいで結婚できるなら世の女性が全員胸を差し出すわ。会長は自分の価値っていうものをもっと良く理解した方がいいと思う。
私は嫌だったが、彼に胸を揉まれて喜ばない女性の方が少ないだろう。私は嫌だったが。大事なので二回いいましたよ。
「馬鹿とはなんだっ。これでも色々考えて……」
会長のセリフの途中ではぁ、と大きくわざとらしく溜息をついた。
「結婚はしなくていいので、何か奢ってください。それでチャラです。勝手に人生を掛けないでくださいよ。重いです」
「そんなんでいいのか?」
「それがいいんですよ。私も悪かったですから」
ああ、びっくりした。とんでもない事言うなこの人。甘党を隠したりするし、意外と天然なのかもしれない。