腐っていました。
「透……これ何?」
引き攣った笑いを漏らす金城翼。その手元には年号と出来事が掛かれた紙。
「何って……勉強、見るって言ったよな?」
「え、え……」
手元のプリントと、私を交互に見てオロオロする翼。
「これを来週までに完璧に覚えてこい。テストするから」
「え・え・え・え……!?」
絶望した顔を浮かべる翼。
「歴史は暗記だひらすら覚えるのみ。覚えやすいようちょっとしたゴロ合わせのようなものも書いてあるから。大丈夫」
「お、おおう……これ作ったの?わざわざ?」
「?……ああ、そうだが。迷惑だったか?」
「とんでもございません……」
引き攣った笑いを浮かべたまま項垂れている。やっぱり迷惑だったかな。
でも翼の設定には、両親が厳しいという設定があったはずだ。その成績を落としてしまったら、バンドを辞めさせられる。この進学校に入学しなければ辞めさせられると言われて、必死になって勉強して入学した。生憎、バンド仲間達は落ちてしまって離れ離れになってしまったが、バンドは続いている。
あんな素敵なバンド、成績が落ちたという理由だけで辞めさせられるのは我慢がならない。乙女ゲームの知識を思い出してしまったから、放っておく事はできない。
生憎私は忙しいので、夜遅くに作ったプリントで我慢して貰うしかないが、翼には頑張って欲しいのだ。
「木下くん、木下くん」
「ん?」
つんつんと裾を引っ張られて顔を向けると、顔を赤くさせた女の子……山中さんがいた。
「あの、その、そのプリント、私も貰ってもいいかな?」
「ん?え、いいけど……いいよな?翼」
「それはいいよ。もとはと言えば透が作ったんだし」
コクコクと勢いよく頭を上下に振っている。そんなに振ると首を痛めるぞ。
「じゃあ、コピーして……」
「成績トップの木下の作ったプリントだと……!?」
「俺も欲しい」
「私も」
ざわりと教室が騒がしくなる。その様子に若干引く。
なんだか皆の目がぎらついていて、怖いのですが……!?
「え、エエト……皆さんに、お配りした方が、宜しいノデショウカ……?」
「「「ぜひ」」」
クラスの心が一つになった瞬間であった。
意外にも皆に好評のプリント。覚えるポイントや、重要なポイントを分かりやすく抑えてあるらしい。私は、自分が説明されて分かりやすいように書いただけだったのだが……。
まぁ、喜んで貰えたようで、何よりである。皆さん進学校に通ってあるだけ、勉強の意欲が高くていらっしゃる。
私のクラスの平均点が上がったのは、また別の話だ。
放課後、今日は弓道部の方へと顔を出す。
「よぉ」
「あ、真島先輩。こんにちは」
「忙しそうだな」
「ええ……」
真島先輩は何故かニヤニヤしながら私に話しかけてくる。
そして、そっと肩を組んできた。
「……?」
「……ほい」
真島先輩は他の人に見られないように手紙を手渡してきた。その手紙は薄い桃色の封筒で、可愛らしい文字で名前が書いてある。明らかに目の前の先輩が書いたものではない事は分かる。
真島先輩の字は雑な事は知っている。この前書いている所を見た事があるのだ。私は不思議に思いつつもその手紙を受け取る。
「ラブレターだな」
「そのよう、ですね」
私の頭に衝撃が起こった。まさか、女の子からのラブレターが届くとは思っていなかった。
「ま、頑張れ」
ニヤニヤした笑いを湛えたままポンと軽く背中を叩く真島先輩。
私は立ち去る先輩を半ば呆然と見送る。ブンブン頭を振って我に返る。
「れ、冷静になれ」
可愛らしい封筒、可愛らしいハートのシール。
丸文字で二宮まどかと書かれている。頭が重い。
まさか、彼女も私が女だなんて知らないだろう。
こんな所で障害が起こるとは思っても見なかった。
彼女、断ったら悲しむだろう。その上後で女だと分かったらよりショックを受けるだろう。そんなに自分が女性好みだとは思わなかった。
どんなに想われても答えは「ノー」だ。それがどれだけ辛いか、私には良く分かる。だからこそ、辛い。断るのは、辛い。けれどはっきりと断らなければ、淡い希望を持たせるのは、より酷い事を私は知っている。
私はちょっと影に隠れて、手紙を読む。明日の放課後、庭園で待つ。そう書かれてある。
はぁ、と溜息をついて決意を固める。軽い気持ちで男装したは良いモノの、こんな気持ちになるなんて。まさかいたいけな少女の心に傷をつける事態になろうとは。
次の日の放課後、重い気持ちのまま庭園へと足を運ぶ。庭園には様々な花が咲き誇り、とても美しい。私はあまりこの庭園へと足を向ける事はないが、校舎からたまにみている。
綺麗だなと感じていたが、近くで見ると圧巻だな。乙女の夢が詰まっていそうな庭園だ。だからこそ、手紙の女の子もここを選んだのだろう。
歩くところは、煉瓦で綺麗にされているので、歩きやすい。
ここは誰が手入れしているのだろう。
と、木の影に亜麻色の髪の乙女がいた。私の姿を捕えた少女は、ハッとした顔をした。そして、小走りで私に向かってきた。頬は上気し、今からの告白に緊張している事が手に取るように分かる。
「ええと、二宮まどか、さん……?」
「は、はい……」
それだけ言って、沈黙が落ちる。さわさわと爽やかな風が吹き抜ける。
二宮さんはもじもじと手を動かしている。その様子に図らずもキュンとしてしまう。
可愛い。恋する女の子って可愛い。これが、萌え、か……。いや、ちょっと待って。私は女だから。落ち着け、冷静になれ。
女の子は緊張をほぐすために深呼吸をしている。そして、意を決して口を開く。
「す、好きです……」
「……っ!」
少女の強い視線に私は顔が熱くなるのを感じた。ドキドキする……これが、恋?いや待て。馬鹿か私は。
赤くなっている顔を少し手で隠して、私も口を開く。
「ご、ごめんなさい……」
「……」
少女は項垂れてしまう。顔は見えないが、泣いてしまったんだろうか。ああ、どうしよう。でも、私が優しくしても仕方がない。そんな残酷な事、私には出来ない。
「やっぱり……」
「……え」
「やっぱり、金城くんの事が好きなんですか!?」
「ええっ!?」
突拍子もない言葉に私は空いた口がふさがらない。
「それとも、会長ですか!副会長ですか!?私の好み的に会長とがお似合いだと思うのですけれど、どうなのでしょうか!?」
「え、え、ええ、えええ?ちょ、ちょま待っ……」
グイグイ押して来て、ついには後ろの木にぶち当たる。
涙目の女の子の目に強い情熱のようなものが伺える。
「大丈夫です。私、男同士の恋愛には寛容なんです!!」
「なんてこった!!」
残念なことに、この子の目は腐っていらっしゃったらしい。