のぞき見してみました。
国語教師に資料の捜索を依頼され、放課後図書室へとやってきた。梅雨入りしたので、外は雨がしとしとと降っており、じめっとしている。図書室は除湿しているので比較的爽やかだが、エコのために弱めに設定されている。冷房とか苦手な人もいるから、扇風機の活躍の方が多い。
しかしまぁ、ページが勝手にめくれてイラッとすることもありそうですけれどね。
国語教師に託された半紙を片手に図書室をうろつく。2冊目の本を手に取ったところで、図書室の隅の席に誰かがいるのに気付く。
片方は……図書室では見慣れた水無月海斗くん。そしてもう片方は、間宮さんだ。見つけた瞬間本棚の陰に隠れる。やましいことなど何もないが、なんとなく。いまいち間宮さんという人間を掴み切れていないのだ。翼には避けられているから情報は全く漏らさないし。ただ、翼の前だと笑わないって事ぐらいか。むしろ周囲を警戒しているようなそんな印象が強かった。
こっそりと2人を見てみるが、黙々と本を読んでいるだけだ。ただ、以前のように水無月くんがチラチラと間宮さんを見ているっていう。たまに顔を上げた間宮さんと目が合って、慌てて視線を本に移す。間宮さんは何事もなく本に視線を戻しているが、水無月くんの方は本の内容などまったく頭に入っていない様子だ。目が合った事がそんなに嬉しかったのか、口元を緩ませている。
なんかこう、ムズムズするような甘酸っぱい感じするんですけれど。なんでしょうこれ。本当にね、若いって良いですよね。しにたくなるのはご愛嬌ですよね。私もあんな風な恋が出来ると思ってた時期がありました。もういいですよ。老後は犬と猫と金魚を飼ってのんびりと暮らしてやるんですから。
「透」
「っ……!っ……!!」
思わず大声を上げそうになったが、何とかこらえて後ろを振り返る。すると、至近距離まで晴翔が迫っていて、これまた驚いてしまう。
反射的に後ろに下がろうとしたため、すぐ近くの本棚にがすっと頭をぶつけてしまった。
「いっ……!」
「あぶなっ……!」
痛みで後頭部を押さえて下を向くと、晴翔が上に覆いかぶさるようにしてくるのが分かった。何をする気だという前に、バサバサと本が落ちてゆく。しかし本は私に当たる事はなく、すぐ隣の足元にばかりつもっていく。
私がぶつかった衝撃で本が落ちて来たのだろう。それを晴翔が庇ってくれたから、私に本が落ちて来る事による痛みはない。がしかし、先程思いっきり本棚に頭をぶつけたので後頭部は普通に痛い。
不安定な本がすべて落ち終わり、床には本の死体がばらばらと……。私のせいで……ああ、本が傷んだかもしれません。いやでも晴翔が間近くにいたから被害が出たんですよ。あれ?でもその前に覗きなんてやましい事してた私が悪いんじゃ……ま、まぁいい。
このまましゃがみ込んで拾い上げてもいいのだが、少し違和感を感じたので動きをとめる。
……なんで晴翔は固まったまま動かないのだろう。もう本は落ち終わり、床には無残な本の死体と、図書室の静寂が顔を出すだけだ。この体勢を維持する謂れが分からない。それに今気が付いたが、晴翔の息が微妙に首にあたってくすぐったかった。後頭部にそえた手をゆっくりと首に当てて防ぐ。この時晴翔の近さに身が竦んで大げさな動きが取れなくなってしまっていた。親猫に首根っこつかまれた子猫の状態とはこれだろうか。
「えーと、すみ、ません。ありがとうございます。よろしければ、ど、どいてくださいますか」
「あっ、ああ……!ご、ごめん!」
慌てて晴翔が適正な距離に戻ってくれたおかげで、私もようやくまともに動く事が出来るようになった。ああ、何故か凄く緊張しましたよ、なんだったのでしょう。
「怪我は、ないか?大丈夫か?」
「ああ……ええ、晴翔はどうですか?大丈夫ですか?」
「……大丈夫ですか?」
凛とした声が私達の間に響く。こんな綺麗な声は私のものではない。これは、間宮さんだ。大きな音を立てたので、心配になって来た、と顔に書いてある。
「あ、え、ええ……大丈夫ですよ。申し訳ありません」
読書の邪魔しちゃって、のぞき見しちゃって、すみません。
ああ……!後ろからついてきている水無月くんの顔が「邪魔しやがって!」と言う顔に!すみません、ほんっとすみません。後ろでふてくされている水無月くんには気付かず、間宮さんが足もとに落ちている。本を拾い上げていく。
私も慌てて本を拾う作業に参加する。
「あ!す、すみませんわざわざ……」
「いえいえ。気にしないでください」
ふわりと香る花の香りがなんだか癒されるし、控えめな微笑みもドキリとさせられる。あー……これは確かに翼も惚れちゃうかもしれませんね。翼は清楚系の女の子が好きだとプロフィールに書いてありましたからね。まさに清楚を具現化したかのような存在ですね、間宮さんは。
晴翔と水無月くんも黙々と本を拾ってくれたので、あっという間に片付いた。
手伝ってくれたので、頭を下げて礼の述べる。
「ありがとうございます」
「あ、いえ。お礼を言われる程の事はしていませんから」
ぺこりと間宮さんも頭を下げてそう言う。
水無月くんも軽く会釈してくる。まじまじと顔を見られた後、思い出したって顔をしていたので、睨んで来た時はすっかり忘れていたのだろう。まぁ、会ったの大分前ですしね。憩いの時を邪魔しちゃってすみません。後はお2人でごゆるりと。
「晴翔」
晴翔に向き直り、その左手に手を添える。
そっと掴もうとしたのだが、ビクリと震えて手を後ろに隠されてしまった。
仕方ないので晴翔を見上げる。
「……晴翔、左手、怪我してましたね?」
「ちょっと紙で切っただけだから、平気だ……それより、透も後頭部痛いんじゃないのか?」
今度は私が目を逸らす。実はさっきからじくじくとした痛みがはしっている。血でもでているでしょうか。結構豪快にぶつけましたからね。
晴翔から目を逸らしたままでいると、晴翔の両手が私の頬を包んで来た。
「……っ!?」
「みせてみろ」
晴翔の大きな両手がするりと耳を掠って、思わず両手をガシッと掴んで止めた。
「いっ……!」
「あ、すみません、つい」
思い切り掴んてしまったので、晴翔の手の甲の怪我を触ってしまったようです。しかし仕方ないだろう。鳥肌が全身を駆け巡るほど驚いたのだから。
頬の熱さを隠すために両手を頬にあてる。これはもう二度と晴翔に頬を触らせないという無言の主張でもある。ああああもう!凄くビックリしました!
「あ」
「今度はなんです?」
「透の頬に血が……」
「……保健室に行きましょうか」
「……そうするか」
晴翔の手を握ったせいで血が付いていたのだろう。血が付くほどって……結構な怪我じゃないですか。しかも紙で切った方がより痛みが増す気がしますし。
保健室……高天原先生の手当は大丈夫なのでしょうか。いや、まぁ、試験通っているのですから、そういった心配をする方が失礼ですね。
保健室に入ると、日向先輩がいて悲鳴をあげそうになった。ちょうど高天原先生が日向先輩に水を手渡している時だったようで、こちらに気をとられた高天原先生が水をこぼして日向先輩に……。
「「う、うわあああっ!?」」
高天原先生と私の悲鳴が重なる。
大惨事!大惨事です!
慌てる高天原先生が机の上に積んであった書類に服を引っかけてぶちまけている。そして床にこぼれた水に書類が……なんという二次被害。
私は清潔なタオルをひっぱりだしてきて、日向先輩に手渡す。
「ああ……どうも」
「……」
日向先輩とまともに顔をあわせられなくて、僅かに目を逸らしながら会釈しておいた。すごく緊張します。こんなに緊張するのはいつ以来でしょうかね。
さっさと日向先輩から離れ、書類を踏まないように避けながら掃除用具を取り出して床を拭く。
「あうう……ご、ごめんね……」
高天原先生は半泣きである。
「大丈夫?僕も手伝おっか?」
「いえ、大丈夫です。ベッドで休まれていて下さい。ご無理なさいませんよう」
「……うん、そうさせてもらうよ」
一瞬だが真顔になったが、すぐに笑顔を張り付けてベッドの方に向かう日向先輩。その真顔はなんですか。すごく怖かったんですけれど。
ドキドキしながら床を拭きつつ、書類も回収していく。べっしょべしょですけれど、大丈夫なのでしょうか。無事な書類と、べっしょべしょの書類に分けて重ねる。晴翔が手伝おうとしたので、止めておく。晴翔は手に傷がありますからね。水掃除はちょっと遠慮してもらおう。
「大したことないからいけるんだけど……」
と言っていたが、睨んで黙らせておく。
掃除も終わり、やっとほっと息を吐いた。
出会うと何かしらやらかしますね、高天原先生は。
「え、あれ!木下さん、頬に、怪我!?」
慌てた様子で私の頬に手を添えて顔を近づけて来る。あ、そういえば晴翔の血がついていたんでしたっけ。というか、今気が付いたのですか。どれだけ慌てていたのでしょうね。
「あんまさわんな。それは俺のものだ」
「えっ」
晴翔のセリフにぎょっとして晴翔の顔と私の顔を見比べる先生。というか、その誤解を招きそうなセリフに私もちょっとぎょっとしました。
みるみる高天原先生の顔が赤くなっていくので、慌てて誤解を解く。
「あー!違いますよ?この血が晴翔のものだってことで……」
「え、え?なんで?え?」
あれ、なんか誤解が深まってるような気がする。なんででしょう。晴翔も何か言ってやって欲しいんですけれど……そう思って晴翔の方を見ると、何故か晴翔も真っ赤になっていた。目が合った瞬間思いっきり顔を逸らされたんですけれど……いやいやいや!貴方が言ったんでしょう!なんで貴方の方が照れているのですか!無意識に言っちゃったんですね?そうなんですね?
「違います。ええと、晴翔の怪我に私が触ってしまって、血が付いた事に気がつかずに私が自分の顔に手をですね」
「あ、ああ、ああっ!そ、そういうこと?」
「そう、そうなんです!」
やっと誤解が解けたようで、今度は晴翔の手を取ってじっくり怪我を見ている。
「あーうん、もう血も止まってるし大丈夫そうだね。念の為に消毒しておくね」
「それより、透は後頭部打ち付けたから、頭みてやってくれ」
「え!?それを先に言ってよ!?」
慌てて私に後ろを向かせて後頭部を見る先生。後頭部に視線を感じる。
「ええっと、どこらへんかな」
「……いっ!あ、そこです」
「うん。ちょっと膨れてるかも。氷嚢作ってくるね」
高天原先生が立ち上がろうとするので、手で制す。
「いえ、どこにあるか言ってくれれば私が作りますので……」
「ああ、うん。僕が作るとまた大変な事になりそうだもんね」
わあ、落ち込んだ!面倒くさいですよ!
また床にぶちまけて掃除するのが面倒なんて思ってませんよ、決して。
「い、いえ、その。そういう訳では。そ、そうです。その間に晴翔の消毒をお願いいたします」
「ああ……うん」
ちょっぴりしょんぼりした高天原先生に作り方を軽く教えて貰い、氷をビニール袋に詰めて自分の後頭部を冷やす。あー気持ちいいです。その間に消毒も終わったようで、晴翔が私の様子を窺っている。
「大丈夫か?」
「ええ、晴翔も?」
「ああ」
その手にはハンカチが持たれている。
何がしたいのか分からずに僅かに首を傾げて見上げる。
「なんです?」
「いや、汚れているから、拭こうかと」
「ああ……」
そういえば頬に血がついているのでしたっけ。じゃあ遠慮しません。晴翔から受け取ったハンカチは少し濡らされていたので、簡単に拭う事が出来た。鏡に映った自分の頬にはほんのちょっとだけ血が付いていた程度でした。ちょっと汚れてるかな、くらいの。これなら取らなくても平気だったんじゃ……まぁ、説明するのも面倒くさそうなのでとりますけれど。
「……帰るか」
何故かちょっと不満気な晴翔に首を傾げつつ同意する。
なんか今日はやたらバタバタしちゃいましたね。
覗きはダメですね、これから注意しましょう。
部屋を出て行くとき、「書類どうしよ……」と呟いている声が聞こえた……うん、頑張って下さいね。




