何か恐ろしいモノの片鱗を見た気がしました。
後半の視点切り替えがあります、ご注意下さい。
病院までの道すがら、ぼうっとしながら歩く。
暖かくなってきましたね。
のどかだ……。
うん、私の周り以外がのどかですね。
周りのリア充加減に少々腹が立ってきましたよ。
ああ、なんで私には春が来ないのでしょうね。全く持って理不尽です。これはあれか、そういう星の下で生まれたのか。転生してもなお曲げる事の出来ない、モテない運命なのか。もう救いようはないのか。
高木、水無月、翼……と間宮さんに惹かれている今、会長ももしや……と思ってしまう。美人で綺麗な子だし、会長と並んでも見劣りしないだろう。これが噂の逆ハー……逆ハーレムというやつか!!なんてうらやまけしからん。
それに引き換え……そういえば藤間さんも可愛らしい容姿をしていますが、モテるのでしょうか……?思わず守ってあげたくなっちゃうような可憐な見た目をしていますからね。まぁ……見た目だけですが。
土御門くんが慌てて叱りつけるようなお転婆ですからねぇ。
と、そんな事を考えながら病院に辿り着いた。
しかし、着いたはいいが、肝心の場所が分からない。結構広い病院ですから……とりあえず、内科の方に行ってみましょうか。
自動ドアをくぐり、清潔にされている廊下を歩く。所々に案内図があるので、それを見て進む。足に包帯を巻いた人、患者服を着た人、見舞いに来た人などなど、沢山の人がいた。病院は賑やかでない方がいいのですが……健康は大事ですよね。
内科の方に向かっている途中、桃色の髪を見つけた気がして、足を止める。まさか主人公か。二階の、廊下らしきところにピンクの髪が見えた気がした。
私は来た道を少し引き返して、階段を上った。走りたいのだが、病院なのでそれは出来ないだろう。逸る気持ちを抑えながら、患者などにぶつからないよう注意して歩く。
二階に上がり、それっぽい人物がいた方向へと進む。
そこは病院の待合室だった。
確かこのあたりのはずですが……ここにそれらしき人は見当たらない。診察室の中に入られているので、分からない。まさか診察室に入っていく訳にもいくまい。ここは大人しく待つしかないか。
しかし、主人公を見つけてなんだというのだ。私に何が出来る?
悶々としながらうろついていると、どこかの扉が開けられる音がしたので振り向く。するとそこには主人公と日向先輩の姿があった。慌てて観葉植物の陰に隠れて帽子をかぶる。
何故主人公と日向先輩が共に出て来る!?こんな序盤にそんなイベントあったか?……少なくとも、私は覚えていないが……。
「大丈夫?」
「ああ、平気。君のおかげで、助かったよ」
「荷物、持つよ?」
「ああ、ごめんね。ありがとう。こんな事女の子にさせたくないんだけど……」
「いいよいいよ!ぜんっぜん!」
とても嬉しそうな顔で日向先輩の荷物を持ってあげている。みるからに浮かれたその表情は、恋する乙女そのもの。
日向先輩の方も、穏やかな笑顔を見せている。はたからみると、カップルに見えなくもない。
「少し、休憩させてくれない?下の階に喫茶店の所があるから」
「うん!無理しないでね!」
「ああ、ありがとう」
そう言いながら、ポンポンと主人公の頭を撫でている。
うん、完全にカップルだなこれ。
これは一体どうなっていやがるのですか!
どういう状況?え、なに?もう攻略されたのですか?
いや、攻略という言い方は悪いですね……もう落とされたのか。いや、それもどうだろう。
嬉しげに日向先輩の荷物を抱えて前を歩いている主人公を優しい顔で見つめている様子はとても微笑ましい。
2人がこちらに向かって来たので、壁の方を向いて顔を隠す。すぐ後ろで楽し気な会話をしながら歩いていく。
「日向先輩と仲良くなれて、私本当に嬉しいです」
「そっか、僕も嬉しいよ……死ぬほどね」
「もう!そういう冗談は性質が悪いですよ!やめてね!」
「はは……ごめんごめん」
その瞬間にポン、と肩を叩かれてビクリと震えた。
ぎこちない動きで後ろを見ると、日向先輩が笑みを浮かべてこちらを見ていた。その笑みは先程までの穏やかで温かい笑みと違い、酷く冷たくて黒い笑みに見えて背筋が震える。
「だから……これ以上邪魔しないでね?」
「―――っ」
冷え切った声が私にかけられ、思わず言葉を失う。
こいつは……こんな冷たい声を出すやつは、誰だ?
日向先輩の顔をして、彼のような態度で、でも、ゲームの中の彼はこんな表情を作らない。
「もう!せんぱーい!行きますよ!」
「うん、今行く」
主人公の呼びかけで、私から興味を失ったようにさっさと離れていく。
「なにしてたんですか?」
「ああ……うん、ちょっとね」
そんな風にごく普通の、当たり前のような会話をしながら去っていく2人を会話を何処か呆然と聞いていた。帽子を深くかぶって、主人公からは見えない方向を向いていたから気付かれなかったが……よりとんでもないものに出くわした。
彼らの姿が視界から消えて、ようやく体全体に力を入れている事に気づき、意識的に力を抜く。自分の手をみると、僅かに震え、汗をかいていた。
息もしていなかったようで、息を吸って、はく。はぁあああ、と深く息を吐いて、ようやく落ち着いてきた。
壁に背を預けて、うなだれる。
「なんなんですか……」
正直、凄く恐ろしかった。
何もされていないはずなのに、まるで鋭利な刃物を突き付けられたかのような鋭さが彼にはあった。
そんな鋭さ、絶対にゲーム内の彼にはなかったものだ。
それが意味するところは、なんなのか。
転生者がなどが深く関わりをもつか、あるいは……彼が、彼自身が、転生者か。
まさかの……本当にまさかの展開に動揺を隠しきれない。
彼は私に邪魔するな、と言った。私は主人公が無茶な事をするつもりなら止めるつもりだったが……彼はどういう意味で邪魔をするなと言ったのだろうか。
彼はもしかすると私がライバルキャラである事も、自身が攻略対象者である事も知っているのか?彼は主人公に攻略されたがっている?彼女に向ける笑みには愛情が確かに感じられた。……ええと、だから邪魔をするなと、そういう事なのでしょうか。
彼の冷え切った瞳を思い出して、自分の腕を強く握りしめる。
「……藤間さんが、心配になってきました」
……別視点、土御門……
彼女に会った時は衝撃的だった。
「わ、きゃあああああああああああああああっ!?」
僕に会った瞬間、そう絶叫したのだ。
この世の終わりのような叫びに僕の方が怯えた覚えがある。
彼女は、それからしつこく僕にまとわりつくようになった。
「ねぇねぇ、りっくんりっくん。プールいこ、プールプール」
気安く「りっくん」なんて呼んで来てうっとおしいなと思っていたが、いつしか彼女はこういうものなのだと言い聞かせて納得させるようにした。
曜子ちゃんは色々な所で失敗をする。
近所の犬に追いかけられたり、この時僕も追いかけられて犬に噛まれたのは僕の方だ。御蔭で犬が苦手になったよ。
それと、近所のじいちゃんの植木鉢を割ったり、これは僕も本気で怒った。このおじいちゃんからは色んな事を教わっていたから。
それからレンジで卵を爆発させたりした。この時「知っていたが、たまご爆弾を作りたかった」などと意味の分からない供述をしてさらに怒られていた。
海で溺れて泣いたり、あの時あれ程安全ではない所で泳いではいけないと念押ししたのに。嫌な予感がして、遊泳禁止区域を見に行って良かった。
幼稚園の時には中学生に生意気言ってキレさせたりしてた。
……本当に目が離せない女の子だった。
でもこんなにアホっぽいのに、成績だけは勝てなくて納得がいかなかった。いつも馬鹿なことしているのに、時々驚くほど大人っぽい考えを持っていると気づかされる時もあった。
彼女は目が離せなくて、とても不思議な人間だった。
そんな彼女が中学校卒業頃からそわそわするようになった。不思議に思って、聞いてみる。
「曜子ちゃん、なんだか嬉しそうだね?なんかあった?」
それとも、なにかよからぬことでも企んでるの?という言葉は飲み込む。僕も本当は言いたくないのだけど、曜子ちゃんは前科がありすぎるのだ。また突拍子もない事を考えていて、僕を驚かせるに違いない。
「高校が楽しみなのっ!!」
「へぇ、そうなの」
この笑顔を出す時、ロクな事がないと知っている僕は嫌な予感しかしなかった。
でも時間が経てば笑い話にしてからかえる事を知ってる。見ていて、全然飽きない人なのだ。
だから、僕はこの後彼女の綺麗な唇から紡がれる言葉を一瞬だけ理解出来なかった。
「高校に、好きな人がいるのっ!!」
「……えっ」
まさかの言葉に驚きを隠せない。
ずっと見て来たけれど、曜子ちゃんがそんな素振りを見せる事はなかったし、高校になっても変わらないと思っていたのに。
誰が奇抜な曜子ちゃんの心を射止めたというのか。
「え、どういう……知り合い?」
「ううん、今から知り合う!!」
「ん??」
ごめん、ちょっと良く分からない事を聞いた。あ、あれかな?片思いでずっと見てた的な。
「えっと、いつから好きなの?」
「前世からだよっ!!」
「はぁ!?」
「言ってなかったけど、あたし、前世の記憶があるの」
ごめん、ちょっと頭痛い。好きな人の話で何故前世が……。あれか、前世からの運命の相手だとでもいうのかこの子は。言いそうだけどね、曜子ちゃんなら。
それから曜子ちゃんは前世の話を饒舌に語った。
ここが乙女ゲームの世界だの。私が主人公になって生まれ変わったのだの。攻略対象者で特にお気に入りの子がいたから攻略したいのだの。
思わず頭を抱えてしまったのは言うまでもない。突拍子もない子だと思っていたが、まさかここまでとは。
「ふふん、信じられないのも無理はないかもしれないわね!あたしもりっくんに出会うまで思い出せなかったもの!」
いや、うん、うん……ダメだこの子、もうダメなんだ。僕がしっかり見ておかないとやばい。
不安な春休みを過ごし、胃をキリキリさせながら高校へと入学した。曜子ちゃんが変な行動を起こさないか目を光らせるのだけでも一苦労だ。
「りっくんりっくん、あの人、あの人!」
服を引っ張られて指を刺された方を見ると、真っ白通り越して若干青白い顔色の人がフラフラと歩いていた。というか、あの人体調悪そうだけれど、大丈夫かな……。
「あの人が、どうかした?」
「あの人が攻略対象者で、あたしのお気に入りなの!!」
「え」
それだけが言いたかったのが、さっさとその人に向かって走り去ってしまう。
そこに取り残されて、微妙な感情がわく。
自分の胸に手をあてて、その気持ちを探ってみる。なんで今、僕はこんな気持ちに?なんか、もやもやして、いらいらして……なんだが無性に寂しい。こんな意味の分からない気持ちなど味わった事がなくて、思わずうめく。
「なに、これ」
何かに癒されたくて、ふらふらと植物のある方に向かう。
少しだけ手のくわえられた中庭を見つけた。僕から見ると、かなり荒れているそこを整える事にした。
生えた雑草と無心で戦う。
むしっ、むしっ。
そんな音と、遠くで部活をしている音が聞こえる。まだ新入生の勧誘をしているので、そんな声も聞こえて来た。賑やかな勧誘は、僕には僅かに恐ろしいもののように見えたものだ。勢いがあって、負けそうな感じがする。
むしっ、むしっ。
……おかしいな。
いくら曜子ちゃんに怒っていた時でも、土や植物に触れていると、心が落ち着くのに……今日だけは何故か上手くいかなかった。
ずっともやもやして、いらいらする。曜子ちゃんが走り去った姿が目に焼き付いて離れない。嬉しそうに男の事を語った彼女の顔が、消えない。
『りっくんりっくん、あたしいいことおもいついたんだけど』
『ケーキ失敗したから食べて』
『りっくんりっくん』
雛鳥のようにひっついてきて、うっとうしいと思ったことだって何度もあるはずなのに。なんだろう、なんでこんな気分にならなきゃならないんだろう。
いつか彼女が僕から離れたらきっとせいせいするんだろうと、そんな風に考えていた事もあったのに。なのに、なんで。
……そっか、あれだ、きっと。
父親が娘を取られた気分ってやつなのかな……?ちょっと違う、かな。
頑張って懐かせた犬があっさり別の人に尻尾を振る、うん、たぶんこれだ。だからムカツクんだ。きっとそう。
なんで他の人に愛想ふってるんだよ、ちゃんと帰ってきなさいってなってる気持ちだ。
なんとなく想像がついて、ほっとした。
訳が分からずいらいらしたままだと、何かのはずみで変な事を言っちゃうかもしれないから。
うん、これからはダメ犬に言い聞かせる気持ちでいかないと。前世とかいってるちょっと電波なイノシシなのだ、彼女は。
僕がしっかりリードをもってあげないと、彼女のお気に入りの相手にも迷惑になる。そう思って先程の青白い男の顔を思い出して、またいらっとする。
「いたっ」
指を見ると、すぅっと赤い線がついてる。
軍手なしで抜いていたから、手を切ってしまったようだ。
いつもは手持ちの軍手をすぐに出すところなのに、今日はうっかり忘れてしまっていた。
うっかりだ、つい、うっかり。曜子ちゃんがいつもと違う事をするから、そのせいで。
少しだけ泣きそうになるのは、今指が痛いから。
だから。




