大変な事になってきました。
廊下を歩いていると、誰かが蹲っているのが見えた。あの姿は日向先輩だ。
「あの、大丈夫ですか、先生をお呼びしましょうか」
なんだか以前もこんな事がありましたね。あの時はなんの役にも立ちませんでしたけれど。
「や……大丈夫、じっとしてれば治ると思うし」
「そうおっしゃられてもですね……」
「あっ!!」
誰かが大きな声で叫んだため、驚いて顔を上げる。するとさらに驚いた事に、そこには主人公が立っていた。
むぅっとした顔で、明らかに不機嫌顔だ。そういう顔も可愛いのだから主人公は侮れない。
主人公はずかずかと近づいてきて、私をぐいと日向先輩から引きはがした。
「あの!だいじょうぶですか!」
この行動に日向先輩も驚いて目を丸くさせている。
そんな事お構いなしで、大きな声で介抱している。いやあれ、介抱なのかな。うるさいから日向先輩しかめっ面してますけれど。
「あの!私が見ておくので先輩は先生呼んで来て下さい!」
「え、ええ、分かりましたよ」
睨まれつつ主人公に指示を出された。
主人公とはあまり積極的に関わるようなものでもないですし……先生を呼びに行くつもりではあったので。
足早に保健室に向かっていると、途中で書類をばら撒いている安定の高天原先生を発見した。
「高天原先生」
「ひゃっ!あ、木下さん、ご、ごめんね。すぐにハンカチ返そうとおもったんだけど」
「いえ、それはともかく、病人です。連絡が入っていると思いますが、日向という3年の方です。西校舎3階の南階段近くで蹲っています」
「え、あ、え、ああ、あの病弱な子……」
保健室常連客になるので、日向先輩の事は前回の養護教諭から聞いていると思ったが、やっぱり聞いていたらしい。
「書類なら拾っておくので、はやく行って差し上げて下さい」
「わ、分かった。行ってくるね」
若干転びそうになりながらも慌てて走り出す先生。
養護教諭に連絡したは良いが、微妙に安心できないのが高天原先生である。書類拾って確認しに行きますかね。試験通っているのですから、大丈夫だとは思うのですが……。
散らばった書類を集めながら、ふと考える。
今の、もしかしなくてもイベントだったのではないだろうか、と。となると、主人公は日向先輩ルート狙い?うーん、だとすると日向先輩の体調不良はイベントのせいなのだろうか……。
日向先輩のルートに行くと、バットエンドだと病気で死んでしまうのですよね。あれは私も泣いた覚えがあります。
ノーマルだと弱々しくなった日向先輩を看病して終わりを迎える。
グットでやっと2人共元気に笑顔で終わりになる。
この場合、選択肢を間違えると大変なのは私じゃなく日向先輩の方だ。それを分かった上でもなお、主人公は日向先輩攻略を目指すのだろうか。日向先輩ルートは選ばれなければ普通に卒業するし、多少病弱でも自分の力で歩けるのですけれど……。
いや勿論、主人公は正解を知っていると思いますけれど……いや待て、主人公が転生者だと決まった訳ではないのか。だとすると完全に手探り状態な訳で、もし不正解を選んだりすると大変な事になる。
いや、主人公だから主人公補正でいけるという事なのだろうか。しかし、先程私に敵意を向けていたのを見ると、ライバルキャラの事を知っていそうなのですよね。うーん、気になるので見に行きましょうか。
慌てて書類を拾って、先程日向先輩が蹲っていた所へと足を運んだ。
途中で、高天原先生の肩を借りながら体調悪そうに歩いている日向先輩を発見した。周りを見るが、主人公は見当たらない。「ついていく」は選択しなかったようです。さすが主人公。まぁ、まだ不安なのでちょくちょく見させて頂きますが。人の命がかかってますからね。
高天原先生と目が合い、苦笑を漏らされた。
「……木下さん」
「大丈夫でしたか?」
「あ、う、うん。僕こう見えても介抱だけは得意なんだよね……」
「それはそれは」
まぁ、それすらも失敗を重ねるようなら試験受かりませんでしょうね。
「日向先輩、私も肩をお貸ししましょうか?」
「ん……いや、平気だよ。先生に見て貰って、少し楽にはなっているから」
「それは良かったです」
これからも過酷な運命が控えてますが、心折れずに頑張って頂きたい。なんでよりによって彼を選択したのでしょう……。
うん、なんかバットエンドの最後のセリフ思い出して泣けてきました。大丈夫だ、グッドエンドになるんですから……それまでに何度も倒れる事になりますけれどね。
ちょっとだけ暗い気持ちになりながら、保健室までついて行った。
「ふー」
「お疲れ様です。先生」
日向先輩の容体は安定し、今はベッドで寝ている。
緊張していたらしい高天原先生が溜息を漏らしている。さて、私も用がないので書類を置いて帰りますか。
「じゃあ、ここに書類置いておきますので、教室に帰りますね」
「え。あ、ちょ、ちょっと待って!」
「へ?わっ……」
急に引っ張られてバランスを崩す。
先生の方に倒れそうになったが、机に手をついて先生の上に倒れるという事にはならなかった。危ない。もうちょっとで先生に頭突きをかますところでした。
真っ赤になった先生から距離をとって謝罪する。
「と、すみません」
「ご、こ、こちらこそ、ごめん」
掴んでいた手首を離して慌てて顔を逸らされた。
「えぇと、ところで、何か御用ですか?」
「う、あ、そ、そう、あの、ハン、カチ、を……」
「ああ、そういえば先程言っていましたね」
すっかり忘れていました。慌てていたので遮っちゃったんですよね。あの時は日向先輩が大変だったので仕方ありませんでしたが。
「……その、失くしちゃって」
「それはそれは」
ドジッ子にありがちな展開ですね。
「ごめん、あの、新しいモノを」
「ああ、そんなに気を使って頂かなくても……」
良いんですよ、という前に高天原先生が包装用紙に包まれたモノを取り出した。あ、もう買っちゃったあとなんですね……。買わなくても大丈夫ですよ、と言いたかったんですけれど。
取り出した袋を不安そうな顔で彷徨わせる高天原先生。
「や、その、前のハンカチ、大切なモノだったら、ごめんなさい」
「いえ、そういう訳ではないので、お気に病まず」
受け取らないと泣きそうなので、受け取っておこう。
「わざわざ購入して頂いて、ありがとうございます」
「い、いや!その、僕がなくしたのが、悪いんだし、いつも、僕はダメな……」
「ストップです」
そっと先生の口にハンカチの入った袋をあてる。
何されるのか分からないって顔されましたが、気にしないようにして言葉を続ける。
「自分の事を悪いように言うのやめませんか。聞いていると悲しくなります」
「……はひ」
前にも注意したのに、また言おうとしなさるんだから……。もはや癖のようになってしまっているのかもしれない。
先生ももうちょっと自信がつけばいいんですけれど……。分厚い丸眼鏡を見つめて、目を細める。この眼鏡って度数合ってるのでしょうかね?こちら側から彼の目が見えにくいという事は、彼の側からも見えにくいのではないだろうか。
「先生、眼鏡って度数合ってます?」
「え……?」
「あまりに書類を落とすものですから、見えていないのではないかと」
「なん、で……そんな……」
あ、ちょっと踏み込み過ぎましたかね?若干引かれている気がする。先生から距離をとって、苦笑する。
「いえ、出過ぎた事を言ってしまったようですね、すみません」
先生は少しだけ俯いて、緩く首を振った。
「……いいよ、その。度は合ってないし、でも、必要なものだから」
「そうなのですね」
やっぱり合ってないのか。でも必要って……形見の品だったりするのでしょうかね。先生は眼鏡を外して私を見つめて来た。やはり青と赤紫のオッドアイが宝石のようで綺麗です。これを隠してる事が勿体ないですね。ですが、大切な眼鏡なら仕方ないのでしょうか。
「おばあちゃんが、最後に作ってくれた……」
悲しそうに眼鏡を見つめる姿はなんとも痛々しい。いらん事きいっちゃったみたいですね。
「すみません、余計な事いっちゃったみたいで」
「いや、その、いいんだ。僕の事をそんなに気に掛けてくれた事が嬉しかったから」
柔らかく笑うと、余計に幼く見えてくる。
なんだか和みますね。思わずこちらも微笑んでしまうような、そんな人だ。しかし私が笑った途端に顔がゆでだこのように真っ赤になってしまった。その顔を隠す様にさっさと眼鏡をかけてしまった。ああ、可愛くて綺麗な顔が……本当にもったいない。しかし、不便でもかけなくてはならない事情があるんじゃ仕方ないですよね。
「僕の方が魅了されてしまったみたいだ……」
「ん?魅了……?」
「な、なんでもありませんっ!」
良く分からないが、天然な人なのであまり気にしなくていいだろう。
近頃、翼の機嫌が急上昇していた。しっぽが全力で振り切れている気がする。休み時間の度にどこかに出かけていて、実に楽しそうだ。
私はと言うと、お昼休み時間の勉強レッスンをやっていたりする。半分以上去年のクラスの人達とは離れてしまったが、別クラスにも評判がいっていたらしく。続けてくれと言われているのだ。まぁ、翼を教えるついでなので、全然いいのですけれど。
そういえば、前のクラスはとても成績が上がったんでしたね。皆が努力した結果だと思うのですけれど。私なんて殆ど役に立てていないと思いますし。
話が脱線した。勿論昼休みは翼も参加しているのだが、それ以外は何処かに出かけているようなのだ。ルンルン気分でスキップしそうなほどだ。
これは気にならざるを得ないだろう。
「どうしたんですか?最近、ご機嫌ですね」
そう聞くと、全力全開の笑顔で答えられた。
「うん!俺の天使を見つけたんだよねっ!」
OH……!なんだか翼が大変な事になってた!!
翼が!




