表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/72

確かめてみました。

 男子の制服で何となく男子で通っているが、男子と共に着替えなんて出来るはずもなく……。私は空き教室を探して体操服に着替えた。

 体操服は男女で色も変わらないので、全く違和感がない。そもそも、女だと言って着替えた方が手っ取り早い気がする。

 素早く着替えを終えた後、周りを見渡しながら教室から出る。

 ……面倒だなぁ。


 階段を下りながら溜息を吐く。

 と、階下に見慣れた赤い髪の男子が壁に背を預けた状態で腕組みをしている。幼馴染の火媛晴翔だ。この間泣いた時から少しだけぎこちなくなってしまっている。この前ライブに行った時も殆ど喋っていない。なので、ちょっと気まずい。

 私が階段を降り切ると、晴翔は壁から背を離して私に向き合う。


「……」

「……」


 両者、無言。どう声を掛けていいものやら、ちょっと悩む。どうして晴翔がここで待っていたのだろう。それも疑問だが、今は早く体育館へ行った方が良いかと思う。


「えーと……行こうか?」

「……」


 私が首を傾げつつ訊ねると、晴翔は何か言いたげに口を開けている。しばらく口をぱくぱくさせていたが、やがて口を強く閉じて視線を外した。ぎゅ、と拳を強く握っているので、少し怖い。

 怖いだなんて晴翔の対して思った事がなかったのに。少しドキドキとしつつ、晴翔の言葉を待つ。

 だが、何時まで経っても返事が返ってこない。そうしている間に、無情にも授業のチャイムが鳴ってしまった。


「まずいっ」


 私は慌ててその場から走って行こうとする。生徒会役員なのに、遅刻なんてしたくない。まぁ、廊下を走るなんて事もしたくはないけれど。だが、走る事は叶わなかった。晴翔が私の腕を掴んでいたから。


「ちょ、晴翔?」

「透」


 名前を呼ばれてドキッとしてしまう。恐る恐る晴翔の顔を見上げると、どこか怯えたような表情をした晴翔と目が合った。何故、晴翔がそんな表情をするのか分からなくて、戸惑ってしまう。


「透は……もう……」

「……?」

「……やっぱり、なんでもない……」


 そう言って晴翔が私の腕を掴んだまま走り出した。急だったので、ちょっとよろめいたが、なんとか態勢を立て直して付いていく。晴翔が言いたい事も何も分からないまま、ただその背中を追った。




「次はこの書類を頼む」

「かしこまりました」


 月島会長から書類を受け取って黙々と作業をする。最近はずっと生徒会室と弓道室を行き来している。晴翔とは教室で顔を合わせるがほとんど会話をしていない。たまに何か言いたそうにしている事があるが、無視だ無視。

 しかし、もうすぐ制服が出来上がるのが楽しみだ。いい加減男子制服も飽きた。女の子として幸せになってやる。あんな奴知るか。晴翔以外を好きになってやる。世界に抗ってやる。

 まぁ、簡単にはいかないだろうけど。

 ちょっと息をついて顔を上げると、副会長とバッチリ目が合った。

 ついでに湧きあがった好奇心を疼かせて質問してみよう。


「そういえば、副会長は弟さんいらっしゃいましたっけ?」

「ええ、いますが……突然何ですか?」

「いえ、素朴な疑問があったもので」


 やっぱりそうか。副会長の名前は水無月みなづき。確か1年生キャラに水無月という攻略対象者がいたはずだ。設定でも兄がいるという話だったし、水無月なんて名前そうそう居るモノでもない。

 今は中学3年生だろうか、3つ年下の弟は大人しく本を読むキャラだったはず。

 決して副会長のような腹黒さはない。下の名前までは思い出せないな……。


「何ですか……ウチの弟の噂でも耳にしましたか?」

「噂……ですか?」

「おや、違うのですか?」


 副会長は不思議そうに首を傾げている。穏やかそうに見えるが、腹の中で何を考えているのやら……。

 しかし、噂……噂か。弟くんは攻略対象者だけあって魅力的だ。見た目は可憐な女の子のように綺麗で、本を読む姿は妖精のよう。確か名称は。


「図書館の君……」

「あれ、やはり知っているんじゃないですか」


 私が零した名称に副会長が苦笑を漏らす。


「恥ずかしいですね。弟がこうも有名だと思うと」

「そういうもんですか」

「ええ、そういうものです。あれで、もう少し愛想が良ければいいんですがね……」


 文句を言いつつ、どことなく弟を心配しているようだった。

 弟は「図書館の君」と呼ばれる程、ほとんどの時間を本がある所で過ごす。学校では図書室。休みの日は県立図書館。彼を攻略するときはそこに行けば会えるので割と予想しやすい。だが、彼は本を読んでいる時、誰も寄せ付けない事で有名だ。

 ファン達は不可侵条約を結んで、遠くから眺めるだけにとどめている。近づけば嫌われると分かっているからだ。しかし、そんな彼の壁を取り払うのは主人公様。

 流石主人公我々に出来ない事を簡単にやってのける。そこに痺れる憧れる。


「そんなに有名なのか」

「そうですね、女性の間では有名のようです」


 会長が顔をあげて会話に参加してくる。苦笑いを浮かべた副会長がパンパンと手を叩く。


「はい、話はおしまいです。さぁ仕事です。僕は別室に行くとします」


 副会長は逃げるように生徒会室を出て行く。

 会長に聞かれるのが、嫌なのだろうか?不思議に思いつつも書類に目を落とす。


 今生徒会室には私と会長以外誰もいない。普段から基本的に副会長と生徒会長と私しかいない。書記とか補佐の人は他の教室で作業している。用事は副会長を通して間接的に会長に届く。

 皆会長と直接話せないらしい。異常に緊張して話がまともに出来ないのだとか。

 そんな馬鹿なと思ったが、本当の事らしい。

 今、副会長は、別の役員の様子を見に行ったのだろうと思う。なんて不便な。通りで私が採用されるはずである。会長と話せる人間がこんなに貴重なものだとは思わなかった。


 しばらく書類仕事をしていると、副会長が戻ってきた。


「おかえりなさい」

「ええ、面倒ですよ全く……」


 何故か黒い笑顔をしている副会長。何かあったのだろうか……?私は副会長の笑顔に寒気を覚えつつ席を立つ。


「ええ、と。お飲物をお淹れしましょうか。少し休憩しましょう」

「ええ、お願いしても良いですか?」

「はい。会長も、飲まれますよね?」

「ああ、頼む」


 生徒会室には保温ポットと食器があるので入れるのは簡単だ。

 食器は副会長の私物だとか。コーヒーは会長が買ってきているらしい。私物を持ってきているのは良いのだろうか?まぁ、これくらいは良いか。こっちも結構遅くまで書類仕事しているんだし。

 私はコーヒーを3人分入れる。ミルクと砂糖があったが、誰も使わない。

3人共ブラックだ。


「どうぞ」

「有難うございます、木下さん」

「有難う」


 副会長と会長がそれぞれ礼を述べてくる。私は何となく2人を観察してみる。副会長は特に何も気にせずにコーヒーを口にしている。

 会長は……コーヒーを口にした瞬間、ちょっとだけ顔を顰めた……気がする。瞬きすれば見逃しそうなほど一瞬だ。ともすれば気のせいだと思ってしまうほど。


 私は使われていないミルクと砂糖を見て、思案してみる。

 あれは確か会長自身が持ってきているものだ。そして、現在は誰も使っていない。にも拘わらず持ってきている?そんな無駄な事、何故?

 平然とコーヒーを飲んでいる会長と目が合う。


「なんだ?」

「いえ……」


 それだけ言って会長は書類に目を落としている。とても自然だ。自然なんだけど……なんだろう?会長ともあろう方が無駄なモノの持ち込みをするだろうか?もしかして、会長、誰も居ない時はミルクと砂糖を使っていたり……?

 いやまさか。似合わない。ものすっごく似合わない。

 私は苦いコーヒーを飲み下す。そして再び会長に目を向ける。ブラックコーヒーを口にする会長はとても様になっていて恰好良い。威厳が溢れている。


 もしかして、似合わないから……とか?


「どうしました?」

「あ、いえ」


 完全に行動を停止させていた私を不審に思ったのか、副会長が声を掛けて来た。慌てて返事をする。私は空になったカップを回収し、カップを洗う。


 今度、こっそりミルクと砂糖を入れてみようかな。とか悪戯心が沸いてきた。

月火水木金土日の内、水の付く攻略対象者の兄が副会長。

乙女ゲームの内容とは無関係ですがちゃんと同じ高校に通っているようです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ