風邪引きました。
前半過去の話がはいります。
「おまえ、なまえなんていうんだ?」
そう、声をかけて来たのは、幼い男の子だった。その髪はハッとするほど色鮮やかな赤で、その瞳も同様に、赤く染まっていた。愛らしいその顔立ちは、将来は期待のイケメンになるだろうな、と分かった。
私は開いていた本から顔を上げて、少年を「将来有望そうなイケメン」と評していた。少年は小学1年生で、対する私も同様に小学1年生であった。
私はその時にはすでに「前世の記憶」というモノを思い出して少なからず混乱していて。30代で死んでしまった記憶が邪魔をして、小学生たちと馴染む事ができていなかった。はっきりいって、前世ではそれほど子供が好きな方ではなかったし、子供を産んだ経験もなかったのだから。子供というものは未知の生物、というのが私の認識だった。
だから今のこの状況に少なからず退屈していた。
「なぁなぁ、だまってないで。なまえ、おしえてくれよ」
私がひらけたつまらない本をパシパシ叩きながら、彼はそう繰り返した。この少年の名前は確か火媛といったか。目立つ容姿と名前なので、よく覚えている。
「木下。木下透」
「ふーん、よろしくな!とーる!俺は晴翔!」
それが、私と晴翔が交わした最初の言葉だった。
晴翔は、孤立している人というのが放って置けないタイプで。引っ込み思案な子供などにも声をかけて、教室を明るくさせる天才だった。私のように1人で読書している子など、特に気に掛けてしまうのだろう。その元気さや勢いのよさ、また恰好良い容姿から、そりゃあもう女の子にモッテモテだった。
「かっこいーよね!」
「うんうん、笑ってるのかわいいし」
「つきあいたいよね!」
最近の小学生はすすんでますねぇ、と若干引く。私が小学生の時はどうだったかなぁ……と思いを馳せてみるが、小学生どころか大学生の時にもロクな恋愛をしていない。
……まぁ、いい。私は私で勉強していい大学入って、今度こそ成功してやるんだ。そう意気込んで漢字の書き取りをする。そこにふと影がおちる。
「遊ぼうぜ!とおる!」
腕を取られて、無理矢理立ち上がらせられる。
その強引なやり口に溜息を禁じ得ない。私は今から色々と覚えなきゃいけない事が山積みなのに。もうあんな思いはしたくないのに。しかし、この教室で最も人気のあるこの少年の事を無下にはできず、しぶしぶ付き合う事に。子供ってなにからいじめに発展するか分かりませんからね。
いつも泥だらけになるまで遊んだ、私もなんだかんだいいつつ、結構楽しんでいたな。
子供らしくない私をいつも気に掛けてくれた。そんな晴翔は私よりもコミュニティ能力も気遣いも出来る子だったのだろう。大人の記憶が聞いてあきれる。まだ小学生の晴翔に気を使わせるなんて。
晴翔はいつも本を読んでいる私を眺める。
「なぁなぁ、そんなもんばっか読んでてたのしいのか?」
「……たのしくは、ないよ」
少し考えてから返答する。正直、楽しくはない。
しかし将来的に楽になる予定だ。社会に出てからの話だけど。
「じゃあなんで読んでんの」
「……必要だから?」
「そういうもん?……んーむずかしそうだな」
私が読んでいた本を覗き込んで唸る。そりゃそうだ、今私が読んでいるのは中学生が読むようなものなのだから。流石に、いきなり高校の問題はダメだった。だいぶん忘れていたなぁ……。まぁ前世はあまり頭の良い方ではなかったしな。今の脳みそは随分と物覚えが良い。なので勉強もし甲斐がある。
晴翔とはずっと同じクラスになり、いわば腐れ縁という関係になった。
いつも茶道や弓道、勉強ばかりの私に根気よく話しかけてくれていた。習い事やなんやと理由をつけてことわる様な奴をつけ回してなにが楽しいのだと思っていたが、私も、そんな彼の事を友達として好きだった。私は私みたいな愛想のない子供なんて友達にすらなりたくないけど。
晴翔は変わり者ですね。
とある日に、熱を出した。
高熱で、うなされる。前世での辛い出来事がなんども夢に出て来て、泣いてしまった。死ぬ瞬間の絶望なんて、もうすっかり忘れていたのに。恐怖で震えた。まるで子供の様にないて……いや、実際見た目は子供なのだが……枯れるまで泣いた。
起きていても、もう死ぬんじゃないかと不安で不安でたまらなかった。その時、晴翔が見舞いに来てくれて、手を握ってくれていた。私よりも子供なはずなのに、頭を撫でてくれて、大丈夫とずっと言ってくれて。母もつきっきりという訳にもいかなかったその時、晴翔が支えてくれたのだ。
優しくゆっくり撫でられ安心する。今思えば笑える程、私は子供っぽかっただろう。体が小さいと、精神まで引っ張られる事はあると思う。私の場合、30歳と年を重ねているがあまり大人らしい大人でもなかったと思う。
「晴翔」
風邪でかすれた声で呼びかけると、優しい声で「何?」という返事がくる。子供なのに、随分と大人びた奴だ。という印象が強い。だからなのだろうか。こんな風に心が惹かれてしまうのは。
そこにいてくれて、私を安心させようとしてくれる彼を好きになったのだ。
そうだった。私はこの時、彼が好きなんだと気付いたのだった。
小学生なのに、とかそんなのはその時に浮かばなかった。隣にいる事が当たり前で、傍にいると安心して嬉しくて……ただ、好きなんだなぁ、という気持ちが強かった。まぁ、後で頭を抱えるんですけどね。
はっと目を覚ます。
体が鉛のように重く、ガンガンと頭が痛い。
どうやら、風邪を引いてしまったようだ。
いやぁ、先日は寒かったですからね、ちょっと濡れちゃいましたし。これは、終業式に出られなさそうです……なんてことなの。まぁ、このまま休ませてもらいますけど。
あー……頭痛い、だるい、体痛い、疲れた、もういや。もうやだやだ。出たくない、引きこもりたい。昔の夢みちゃいましたし。
乙女ゲームのライバルキャラが退学させられる夢もみて、気落ちする。
学校やだです。いじめよくない。やりたくない。けれど、やはりしてしまうのだろうか。ぽっと出の女にずっと好きな人を取られたら誰でもイラッとするでしょうし。
うわだめだネガティブになってきた……。
瞼を閉じていると、少し寝てしまったようだ。
まだ体は痛い。どれくらい寝ていたのだろう。動くと体が悲鳴をあげる。うぐ、いたい、いたいです。でもトイレにいきたいんですよ。風邪引いた時ほどトイレにいくのがめんどくさいことはない。
「あ、透。起きて大丈夫なのか?」
「っ!?!!?」
部屋に入って来た人物をみて、思わずせき込んでバランスをくずす。倒れそうになった所を、しっかりと抱き留めて支えてくれたのは、晴翔だった。
密着して、晴翔の体温、息遣いなどがまるわかりで、思わず悲鳴をあげそうになる。しかも今はパジャマ姿なのだ。見られたくない。そう思ってしまうのも仕方ないだろう。
肩に手を回されて、支えられる。心配そうに、優しく。丁度さっき夢でみたものを思い出して、熱い頭がさらにあつくなる。
いや違う、これはさっき変な夢みちゃったからで!それに、風邪も引いてるから、胸が締め付けられるように痛いのも、きっと気のせいだ。
「ああ、ほら。まだ起きちゃダメだ。熱も……まだ、高い、な」
晴翔の手が私のおでこに触れて、熱をはかる。
ひいいいいいいっ!
声に出したいが、ヒュ、という音しか出なかった。喉も凄く痛い。
まだ晴翔と仲良かった時は、確かにこうして、お互いの家にあがって看病した事がありました。でもそれは中学をあがってからしなくなったはずだ。
なんで家にきてるなんで家にきてるなんで来てる!!頭の中ではその文字がずっと回っている。
晴翔が私をベットに戻そうとするのを、胸を叩いてとめる。
ハッそうだ!トイレ行きたいんですよ!邪魔です!帰れ!喋りたくないので、黙って上を見上げてキッと睨みつけたら、晴翔は目に見えて狼狽えた。
「なにをやってるんだ」
そこでまた頭が混乱する。その不機嫌そうな低い声は会長のものとそっくりで。
声のした方に顔を向けると会長の姿が……ってほんとにいるじゃないですか!どう、どうして会長まで!驚きで固まっていると、会長がずかずかとこちらに来て、グイッと私の肩を抱いて自分の方に寄せた。なんか皮膚がヒリヒリするので、いたいです。会長の固い体がすっごい不愉快ですよ。
「姿が見えないと思ったら、何やってるんだ」
「熱はかってただけだろ」
「そこまで密着する意味が分からない。変態なのか」
「お前、今の自分の行動みてから言えよ!?」
「俺はいいだろ、俺は」
「なんだその俺様理論は!」
だのなんだの頭の上で議論している。いつもの事なのだが、今は、今はやめて、くださ。
痛い、いたいです頭がわれる。
「うるっざいで、す!―――げほげほっ!?」
あんまりうるさいので大声を上げてしまった。
叫んだせいでせき込む。あちこち痛くて泣きたくなってきた。
声を発したけど、ガラッガラでしたね。うわ今ので体力使った。もう動きたくない、でもトイレ行きたい。
「大丈夫か?!」
「透っ……!?」
2人共心配そうに私を支えてくれる。心配してくれるのは有難い、ですが、ですよ。
「じゃま、どけっ」
単語だけで用件を伝えたらすごい物騒になった。声も低くなっているからドスがきいている。でも仕方ないです、もう、喋りたくないんです。敬語なんて文字数多い言葉言えない、言いたくないんです。
私の言葉に2人共固まった。
よし、今の内にトイレです。母さんはなにをしているのでしょう。なんで2人を家にあがらせたんでしょうね……。
トイレからでると、母さんと会った。
「あれ、おきたの」
喋るのも辛いので、頷く。
「喉痛いのね……」
これもまた、頷く。母さんは心配そうに眉を下げている。普段は結構元気だけれど、熱を出すと結構こじれますからね……。
「さ、まだ寝なさいな」
母さんは私を支えて、部屋までついてきてくれる。喋らなくても会話が成立している。さすが母さんです。トイレに行くのをことごとく邪魔してくる人達とはえらい差です。
部屋に戻ると、今だに硬直した男2人の姿が。
私は母さんに目くばせした。「帰らせろ」と、目で物語る。母さんも分かったみたいで、苦笑している。
私はベットで横になり、母さんが2人を追っ払っている声を聞きながら目を閉じた。




