ライブで楽しみました。
泣きまくって少しはスッキリした。スッキリした頭でこれからの事を考えた。思い出してしまったなら仕方ない。後はやれる事をするだけだ。ああ、貸してもらったハンカチがぐしゃぐしゃだ。
「すいません。後で洗って……いや、新しい物の方がいいでしょうかね?」
洗って返すのもどうだろう。見るも無残なハンカチを目の当たりにしておいて返されても困るだろう。
「気にしないで。それより大丈夫?」
なるほど、やっぱり返すのは困るのだろう。そして買って返されるのも困ると。分かりました。私も申し訳ないが、気にするなとおっしゃられるなら気にしないでいよう。今は男みたいな容姿だしな……そういえば、火媛ライバルキャラって男装なんて設定なかったよな?これってもしかして私が抗ってる証拠だったりするのだろうか?
だとしたら救いである。私は自然に笑顔が出た。
「ええ、泣いてスッキリしました。ありがとうございます」
「そう、よかった」
柔らかくほほ笑む姿は目が焼けそうなくらいイケメンだった。なんというイケメン。さすが攻略対象者である。私が熟女で良かったですね?若い娘ならきっと熱を上げて襲っている所ですよ。
2人でほのぼのとした空気を作っていると、保健室の扉が開いた。
「透。体調悪いって聞いたけど」
晴翔だった。まだ彼を見るのは少し辛いものがある。自分が彼を好きになったのはきっと精神が体に引きずられているのだろうと、納得させていたが。今思えば決められた気持ちだったのだ。
良かった!ショタコンじゃなかったんだね!
ちょっと安心したわ。だから疼く胸もすべて気にする必要はない。心配で駆けつけてくれたその優しさで嬉しくて仕方がない事も気にする必要はない。
それはすべて偽物だ。きっと時間がたてばダンディなおじ様に心惹かれる事だろう。今からその将来が楽しみである。
「悪い晴翔。もう大丈夫だ」
そう言って立ち上がろうとすると、晴翔が私の顔に触れて来た。突然の接触にピシリと固まった。心配そうに見下ろしてくる赤い瞳に吸い込まれそうになる。おおお落ち着け。こいつは全く!どうせ好きにならないくせにどうしてそういう事するかな!?私の事振ったよな?忘れたのかこの馬鹿は!
主人公が入学してきたらそっちの事を好きになるくせに、勘違いさせるような行動を起こすなよ。ああ、分かった。乙女ゲームの木下透も彼のこういうところで勘違いしてしまったんだろう。だから余計に主人公が許せなかった。嫉妬に狂ってしまった。もう私は騙されないぞ。高鳴る胸を押さえつけて冷静を装う。
「透……泣いた?」
「……ちょっとな」
ああ、目が赤くなっているからか。晴翔は何故かキッと日向先輩を睨みつけた。
「透に何したんですか」
「おい、晴翔。違う違う」
私は慌てて止めてやる。何をどう勘違いしたのか、晴翔の中で私が日向先輩に泣かされている事になっている。勘違い甚だしいし迷惑極まりない。彼は私にハンカチを貸してくれた親切な人だ。
「俺が勝手に泣いてただけだ。それを見かねてハンカチまで貸してくれただけだ。ある意味被害者だ」
「そう、なのか?……じゃあ、なんで泣いてたんだ」
「それは……」
言えない。前世でプレイした乙女ゲームがこの世界である事を思い出したとか。自分が頑張ったと思っていたものが設定通りだったとか。
晴翔への思いすらも偽物だった事だとか……。
「晴翔には、関係のない話だ」
思いの外固くて冷たい言い方になってしまった。案の定晴翔は固まってしまった。その様子に笑ってしまいそうになる。恐らく関係ないと言われてショックを受けているのだろう。
私に冷たくあしらわれてショックを受ける姿に不覚にも嬉しく思ってしまう。まぁ、彼からしてみれば、友達に冷たく言われたからなんだろうが……。ああ、振られた時からこうするべきだった。友達になれだなんて不可能だった。だって私は彼が好きなんだから。その気持ちが作られたモノだとしても、どうしようもなく恋焦がれてしまうのだから。
「ごめん。でも、晴翔には言えない事だから」
私は晴翔からそっと目を逸らせてそう言っておく。彼から離れてしまうべきだ。大丈夫、ただ私は忙しくしていれば良い。生徒会に、弓道、茶道に勉強……。
少しずつ彼と距離を置けばいい、簡単な事だ。
と、思っていたが今日は流石に近づく必要がある。金城のライブを見に来たのだ。2人で。少し気まずい。保健室で冷たい言い方をしてからあまり会話という会話はしていないのだ。
「……」
「……」
周りが女性ファン達で溢れている中で、ただ静かに私たちはステージを見つめていた。晴翔のカッコよさに気付いた女性ファンがひそかに晴翔の方を見つめている。そうでしょう、カッコいいでしょう。彼、攻略対象者なんだぜ……?攻略対象者なんだからカッコいいのは当然と言えば当然である。
ああ、女性にジロジロみられているというだけで嫉妬してしまう。なんて醜い心なんだろう。やっぱり離れるべきだ。主人公が入学してくるまでに、転校するべきだろうか?……そうするべきかも。果たして可能かどうかは分からないが……。
私は隣にいる幼馴染の顔を見上げた。
すると、バチッと目が合った。なので、さっさと視線を外した。再びステージを見つめる。目があっただけでドキドキすんなよ。狭い会場なので晴翔との距離は近い。くっついているので、晴翔のぬくもりが伝わってくる。ああ、もう……ドキドキする。早くライブ終われ。金城には申し訳ないが、今の状況はちょっとキツイ。
気まずい状況の中、ライブは始まった。はっきり言おう。うますぎる、かっこよすぎる。確か彼は後にプロデビューするのではなかっただろうか。
上手いはずだ。もう殆どプロ入り決定みたいなものなんだから。ファン達も熱狂的で、絶対に成功する事だろう。
「お疲れ、凄く恰好良かったよ。感動した」
ライブ終わりに舞台裏に言って感想を述べた。ペットボトルの飲料水を飲みながら爽やかな汗をタオルで拭う姿は本当に惚れ惚れするほど恰好良い。
これが後のプロミュージシャンか……。
「サイン下さい」
私は持ってきたサイン色紙を出して金城にお願いしてみた。アマチュア時代のサインなんてどれだけの価値がでるだろう。凄い自慢出来そうだ。私の行動に金城は赤くなってしまった。
「くく、サインて……有名人じゃないんだから」
「ダハハ!翼固まってるし」
ベースとドラムのメンバーが笑って金城を叩いている。
「有名人になりますよ。だから先行でサインを貰おうと思ったんです」
「おお、嬉しい事言ってくれるね」
「ダハハ!確かに!翼、この際だからどんなサインにするか決めようぜ」
おお、マジか。嬉しい。でもそうか、サインとか考えてもいなかったのか。これだけのファンがいるのに珍しい。彼らは3人であーでもないこーでもないと言いながらサインを完成させてくれた。
「うおぉ……ありがとう。家宝にします」
「ちょ、透、何言ってんの」
顔を真っ赤にして狼狽える金城。それを笑ってからかう2人のメンバー。このメンバーはとても仲が良い。それも人気になる理由に入っている。絶対このサインはプレミアになるわ。3人をニヤニヤしながら見つめる。それを、複雑な顔で見つめている晴翔など気付きもしなかった。