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思い出しました。

 弓道場で、私は経験者という事もあり、1年の指導を任された。指導と言っても、ちょっとした監視なのだが。ゴムを引かせて、悪い癖がつかないようにしてあげるのだ。基本って大事だよ。あまり体力がなさすぎるのも困るので走り込みメニューがあるものもいる。ゴムを引くのも慣れないうちは大変だ。ああ、きっと彼女達は明日腕がプルプルするに違いない。


「ああ、右手が上がりすぎてるよ。もう少し、そう。いいね」

「へ、あ、あ……いたっ!?」


 なかなか良い立ち方で引いていた女の子に少し触れて右手を下げさせて貰ったら、急に型を崩して引いていたゴムを盛大に顔に当てていた。うわ、痛そう。私は慌ててその子の顔を見てあげる。ううん。女の子の顔だし、一応手当した方がいいな。


「う、う、うあ……」


 赤くなっている所をマジマジと見ていたら顔全体が赤く染まった。涙目で震えてしまっている。ああ、痛かったのだろう。仕方ない、連れていくか。

真島まじま先輩、この子保健室に連れて行っていいですか?女の子なんですし、

顔に後でも残ったら大変ですから」

「うん……いってらっしゃい」


 真島先輩は何故か笑いそうになりながら私達を見送ってくれた。弓道は5級から4・3……と減っていき、1級の次は初段になる。真島先輩はなんと4段の腕前を持つ。高校生で4段はかなり上手い。3段までなら辛うじてちらほらと強豪にいるようだが、4段など聞いたことない。生半可じゃない位上手い。こんなに上手いのに、世の中にはもっと上手い人がいるから怖いが。ちなみに私は2段。高校の間に3段取れればいいなぁと考えている。

 まぁ、たぶん難しいだろうなぁ……生徒会と合わせてしないといけないし。


「失礼します」


 ぐだぐだ考えながら歩いて無事保健室にたどり着く。そこに透き通るような白い髪をキラキラ靡かせる青年が立っていた。儚げなその青年を見て、カチリと何かがハマッた気がした。


「…………あっ!!」


 もやもやが!あのもやもやの正体が分かった!

 かなり大きな声を出したのでその白い髪の青年と女の子がビクッと震えた。私は慌てて自分の口を塞いだ。保健室でなんて大声をあげるんだ。


「す、すいません」


 声量を下げて謝罪する。私は女の子に軽く手当てしてあげながら考えた。思い出した。思い出してしまった。完全にイカれた思想だが間違いない。月島、火媛、金城、今目の前に佇む日向……彼らは前世の乙女ゲームの攻略対象者である。怠惰な人生の中で買いあさった乙女ゲームの中に彼らはいた。攻略対象者は月・火・水・木・金・土・日の名前が入っている。

 月は月島つきしま。火は火媛ひえん。金は金城かねしろ。日は日向ひゅうが


 そして乙女ゲームの中では月島、日向は3年。火媛・金城は2年のはずである。つまり現在は主人公が入学してくる1年前という事だ。そのせいか、1年キャラであるはずのキャラがいない。それと先生キャラである人間も見当たらない。


 何てことだ……普通そんな事に気付くだろうか?いや、気付くわけがない。えらいカラフルな髪の人間が多い世界だな、位にしか考えていなかった。まさか自分がプレイしていた乙女ゲームの世界に生まれ変わるだなんて考えもしなかった。


 なるほど分かった。分かってしまった。私は火媛の幼馴染の、ライバルキャラではないか。なるほどなるほど。そりゃ振られる訳だ。もう彼の心は決められていたのだ。分かるわけない。彼が乙女ゲームの攻略対象者で、のちに主人公を好きになるだなんて。

 なんたる道化。失笑を禁じ得ない。ああ、通りで素敵でカッコいい男なはずだ。彼は攻略対象者なんだから……。私が彼を好きになったのも、「そういう」事だったのだろう。

 話の流れは大まか決まっていたのだ。純粋に彼の事を好きだと思った私の心は偽物だった。なんて汚い、醜い心……。私はこれから主人公に対して酷い仕打ちをしてしまうのだろうか。

 私自身そんな事したくないが、この世界が傍観を許してくれるだろうか?否、許してくれないだろう。私が彼を好きになったように、これから私は主人公に醜い嫉妬を覚えることだろう。

 嫌だ、そんなのは。人の気持ちを何だと思っているんだ。


「き、木下くん?」


 手当をしていた女の子が心配そうに見つめてくる。不思議に思って、私は女の子の顔を見返す。


「なに?」

「え、えと……顔色悪いよ?大丈夫?」


 そう言われて私は自分の顔を触った。そんなに酷い顔をしているのだろうか。ああ……私は動揺している。このクソみたいな世界に絶望している。

 私が成績上位なのも、火媛幼馴染キャラだから。

 私が弓道を頑張っているのも、火媛幼馴染キャラだから。

 私が生徒会入りするのも……。もう、もう嫌だ。すべて私の意思だと思っていたものは世界が決めたレールに乗っていただけだった。


「ごめん……一人で戻れるかな?ちょっと俺は休んでいくよ」

「う、うん……本当に大丈夫?」

「ああ、大丈夫だよ」


 ちょっと休もう……ちょっと今弓道やってもロクな事にならない事が分かっている。私は女の子を見送り、机に突っ伏した。気分が悪かった。

 全て決められていた人生だった。自分が決意したと思った出来事は火媛幼馴染キャラとしてのモノだった。もう嫌だと叫んでしまいたかった。

 でも、そりゃそうか、前世であれだけ怠惰な人生を送っていたのだ。そんな私があんな風にテキパキといろんな事に取り組めるはずがなかったのだ。私の性格さえ、この世界は捻じ曲げた。だとしたら、そうなんだとしたら何故前世の記憶だなんて残っているのだ。このクソったれな世界の記憶なんざ

思い出す必要なんてなかったのに。


 ……だめだ。泣きそうだ。


 本気で晴翔を好きだったのに。頑張って努力して成績をキープしていたのに。弓道だって、茶道だって……。それが全て偽物だったなんて。

 こんな酷い事ってあるか?私って一体なんだ?そんな事を延々とループさせていると、ポンと肩に手を置かれた。

 顔を上げると、病弱キャラの日向が心配そうに眉を下げていた。


「大丈夫?そんなに辛いならベット使うと良いよ。今誰もいないし」


 そういって空いたベットに視線を向ける日向先輩。その肌は透き通るように白くて、髪も白くて光の中に溶けていってしまいそうだった。……ライバルキャラである私でさえこれだけショックを受けたのだ。

 だとしたら攻略対象者たちはどう思うのだろう。彼は病弱キャラとして設定つけられ、のちに入学してくる主人公に心奪われると決められているのだ。それは彼らの本当の意思なのだろうか。……分からない。私も分からなかったんだ。彼らも問うてもきっと分からない。


 私は主人公を苛めて転校させられる。成績にはなんら問題ない。転校先でもなんとかやっていけるだろう。だが、この世界は現実に起こり得る世界なのだ。世間にはきっと冷たい目で見られることだろう、両親には悲しい思いをさせるだろう。

 そんなのは……嫌だ。なんで前世と同じような道を歩まなければならない?なんでこんな思いを抱かなければならない?もう嫌だ……いやだ。


 白くて長い指をした手から、スッと白いハンカチが差し出された。

 私は疑問に思って日向先輩に顔を向けた。すると、日向先輩は困ったように笑って、トントンと自分の目の辺りを突っついた。


「泣いてる」


 そういわれてやっと私は今泣いているのだと気付いた。ハラハラと勝手に目から涙が溢れてくる。私は遠慮なく日向先輩のハンカチを受け取り、ひたすら泣いた。

 今はもう、何も考えずに泣いてしまおう。

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