文化祭がスタートしました。
いよいよ祭りが近づいてきた。椅子やテーブル、紙コップなどなど、沢山のモノが持ち込まれている。
「……すごいですね」
持ち込まれた業務用の冷蔵庫と冷凍庫を見てため息が漏れる。相川さん、つまり桜さんの家から持ってこられたものだ。そこに紅茶やアイスなどがこれでもかと詰め込まれている。
まだ蒸し暑い日が続いているので、冷たいモノは売れるだろう。アイスはケーキに添えられる。ケーキはシフォンケーキで、プレーン、抹茶、チョコの3種類焼く。夜通しで焼いて持ってくるそうな。……無茶しますねぇ。
試作品を食べさせて貰いましたが、ほわりと解けてふわっふわで、それでいてしっとりしているという、正直市販のシフォンケーキより美味しい仕上がりだった。
生地を作ったのは深見くんと桜さんらしい。なんというかもう、流石としか言いようがありません。
ショートケーキという提案もあったが、生クリームが不安なのと、手間がかかってしょうがないから却下だそうだ。妥協したショートケーキか、究極のシフォンケーキかと言われたら、まずシフォンケーキをとると断言していた。深見くんと桜さんの情熱に、他の人が口を挟む余地はなかった。まぁ、2人がつくるショートケーキなら、まず間違いなく美味しいでしょうけどね。何か2人のこだわりがあるんでしょうね。
後は、クッキーを数種類……こちらは深見くんと桜さんの指導で他の子が焼いてくるそうだ。
……桜さん、衣装の方も作ってませんでしたか?倒れますよ。
つまりは、この文化祭に全力を出して来ているという事だ。私もウェイターとして全力を尽くしましょう。
「髪を切って来た方がいいのでしょうか……?」
自分の長くなった髪を見て呟くと、桜さんが凄い勢いで首を振った。
「ダメです!?後ろで括ってて下さい、そっちの方が絶対素敵ですよ」
「えと、そういうものでしょうか?」
「そういうものです」
力強く頷く桜さんに、私も納得する。桜さんが言うならそっちの方が良いでしょうね。シンプルな黒いゴムでいいでしょう。執事服も丁度黒ですし。まぁ、いつもの髪ゴムですね。
文化祭は1日目は学校内の生徒だけで行われ、2、3日目はチケットを貰った知り合いなどが招待されるというシステムになっている。まぁ、必ずチケットを持っていない輩が毎年紛れ込むようですけれどね。1人に付き5枚まで配られているので、結構な人数呼べるんじゃないでしょうか。私の場合、母と父それと、母の友達の分も欲しいと言われて3枚使った。あと2枚は三宅さんにあげてしまいました。
チケットをあげるのはルール的にダメだとされているんですけど、黙認されています。友達が多い人にあげるのはそれ程悪い事でもないですしね。
……別に私が友達少ないという訳ではないです。他の人からチケットを貰ったらしいから、仕方ないです。
文化祭の1日目がスタートしました。
学校内の生徒だけのものですが、とても賑わっています。むしろ、今日楽しんでおかないと、明日明後日になると込みますからね。生徒は今日の内に全力で楽しむだろう。
制服で見回りをしていく。2人1組で周囲を警戒する。風紀委員や体育委員もその役割を担う。
お化け屋敷があるところから、悲鳴が聞こえてくる。どこか楽し気な悲鳴に、口が緩む。良いですね、こういう雰囲気。なんだかほっこりします。私も学生の時はこういうイベントの時だけ頑張っていたなぁ……おっと、今も学生でしたね。なんだか教師のような気分で見てましたよ。
今回見回りしているのは生徒会選挙で当選した1年の役員である浦池くんという方です。中学の時までバスケをしていたらしく、体格は結構良い。背が凄く高いので、確かに重宝されそうだった。この高校では卓球に情熱を注いでいるらしい。……なんででしょうね。玉つながりでしょうか。
聞いてみたら、卓球の映画を見て感化されたらしい。燃える様なスマッシュを決めたいと言っていた。……面白い映画だったんでしょうね。
談笑しながら回っていると、何やら男子生徒がもめている声が聞こえて来た。私は浦池くんと顔を見合わせ、声のする方に向かった。
もめている所に到着すると、男子2人が言いあっていた。どうやら、最後に残していたクッキーをとってしまったらしい。包装紙を見ると、ウチの所のクッキーですね。美味しかったので、とられてショックを受けてつい怒鳴ってしまったみたいだ。
どちらも反省したみたいで、すぐ大人しくなってくれた。
「ふふ、また買ってくださいね。今度は食べちゃった方が奢ってあげて下さい」
「「は……はいっ……!」」
ピシリと背筋を伸ばして顔を赤くする男子生徒。
クッキーで揉めるって、相当気に入ってくれたんですね。確かにあのクッキーは美味しかったですもんねぇ。
でも真の主役はシフォンケーキなんですよ……!あれを食したらクッキーなんてどうでも良くなりますよ。
「凄いですね……」
「ん?何がですか?」
「いやぁ、なんでもありませんよ」
曖昧に笑って手を振る浦池くん。凄いってクッキーがですかね?確かにあのクッキーも美味しいですし凄いんですよね。素人でもあれだけ焼けるものなのですね。……いや、深見くんと桜さんの指導が凄かったのかもしれませんが。あの2人の情熱溢れる指導……そう考えると、ちょっと恐ろしいモノがあります。
巡回を終えて教室に行くと、行列が出来ていた。
「並んでくださーい!待ち時間40分です!お席のお時間は30分までとなっております」
……なんか凄い事になっていますね。まだ午前中なんですけど……。行列は女性が大半を占めている。
「わっ……帰って来た!」
「うはわっ!運良いっ……!」
とか言うのがチラッと聞こえたので、ニコッと笑いかけるとサッと目を逸らされた。え、なんでしょうその反応……ちょっとだけショックです。変な顔してたでしょうか。
若干心にダメージを負いながら教室を覗くと、やはり満席だった。男子があわあわと動いて、晴翔と翼は写真撮影なんかもやっている。
「おおっ!レジェンド!」
「……レジェ……?」
「こっちの話!さあ、さっさと着替えて来て!」
三宅さんにグイグイ押されて控室の方に向かう。
「あ……」
控室の椅子の所に、桜さんがぐったりして寝ていた。目の下に隈が出来ているので、相当無理したのだろう。起こさないようにゆっくり移動して着替える。
執事服を着こむと、なんだか本当になり切った気分になれますね。
気合を入れて行きましょう。ここからが正念場です。
私はきゅ、と髪を結び直してパチリと頬を叩いた。
足を踏み出そうとしたら、後ろからソッと抱きしめられた。背中に柔らかい感触がして、ドキリとした。
「桜……さん?」
「……はい」
呼びかけると、桜さんの疲れた声が聞こえて来た。やはり桜さんらしい。まぁ、この部屋に桜さんしかいないので当然でしょう。
私は後ろから腰に回された腕に触れる。
「すみません、起こしてしまいましたか?」
「いいえ……ただ、今起きないと凄く後悔する気がしたの」
……?どういうことでしょうか。良く分かりませんが、起きても大丈夫なのでしょうか。
背中にグリグリと顔を押し当てられている。なんでしょう、寝起きで甘えん坊になっているのでしょうか。
「桜さん……離して頂けますか?」
「……はい」
桜さんは、名残惜しそうに私を解放する。私は振り向いてその手を取って、抱きしめ返す。
抱きしめた桜さんは、ピシリと硬直した。
「ふふ、仕返しです。桜さんは悪戯好きなのですね」
「……」
そう囁くと、桜さんの体に力がなくなった。慌てて支える。
顔を見ると、眠っていた。余程疲れが溜まっていたのでしょう。寝ていた場所に戻して、髪を撫でる。
「お疲れ様です、後は私達に任せて下さい」
音を立てないように扉を閉めて、いざ教室へ。




