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文化祭の準備です。

「ただいまー」

「あら、お帰りー。透ちゃん!」


 帰って来た私をむぎゅっと抱きしめてくる母。ふわりと花の良い香りが鼻をくすぐる。母の抱きしめにちょっとよろけそうになったが、母はしっかりと支えてくれた。


「んふふ、お疲れ様」

「うん」


 文化祭での生徒会の仕事、自分のクラスの展示の手伝いなど、私が手掛ける仕事は多い。流石にちょっと疲れた。最近帰りが遅い時は体を支えるように母が玄関まで来てくれる。母も家事で疲れているだろうに、本当に有難い事である。

 母に少し体重を預けたままリビングへと移動し、腰を落ち着ける。ほう、とやっと息がつけた。


「ふふ、お父さんみたいな溜息つくのね?」

「むぅ」


 げ、それちょっとやだな。と思って頬を膨らませる。お父さんは帰って来た時ぐでっとだらしがない。そんな感じが似てるって、女子高生としては頂けない。中身はおばさんですがね……。

 しかし言い返す気力もない。机にぐったりと顔をつける。机がひんやりとして気持ちいい。目を瞑っていたら、ちょっと寝てしまっていた。目を開けると、父さんが帰って来ていた。

 対面に座って、私と同じように机に突っ伏している。うわ……同じ恰好だ。父と同じ態勢は嫌なので、私は慌てて体を起こして姿勢を正す。


 視線を彷徨わせると、母が嬉しそうな顔で私達を眺めていた。


「ごはんあるわよ?いる?」

「ん……ちょっと食べようかな。あんまり食欲ないけど」

「そうだと思ってお粥にしたわよ」


 流石母さん。私の事良く知っている。極端に疲れている時はあんまり食事も喉を通らなくなる。それは父さんも同様である。でもそういうときこそちゃんと食事をとらないと倒れてしまう。

 粥を持ってきた母は、また隣で座って私をニコニコ眺めている。私は気にせず粥を掬って食べる。体に栄養が染み渡るようである。


「ね、透ちゃんのクラスは何をやるの?」

「ん?んー……執事喫茶」

「まぁっ!」


 母さんの顔に明らかに喜色が浮かぶ。


「私のクラス、イケメンがいるから」

「まぁまぁまぁ!それはもしかして晴翔くんも入ってる?」

「そうだよ。あと金城翼ってバンドしてる子」

「いやだ、楽しみねっ」


 うん、来てね。言わなくても、来ると思うけどね。


「私も数に入れられたけど」

「まぁまぁ、やっぱりね!透ちゃんはかっこよかったものね!勿論透ちゃんは可愛さも持ってるけどね!」


 私は微妙な気持ちですよ。可愛いだなんて、身内贔屓だろう。現に、スカートをはく様になった今でもイケメン扱いである。悲しいかな……。


「父さん、有給取ったんだ……」

「まぁっ!」


 父さんの声が聞こえて来た。起きていたらしい。だが、体を起き上がらせる気力はないのか、机に突っ伏したままである。


「くそったれ上司にそれ言ったら、山の様に書類持ってこられたよ……あいつ絶対嫌がらせだ」

「それで父さんも疲れてるのねー」


 母さんは納得したようにうんうん頷いている。


「透ちゃん、文化祭2人で見に行くから!うふふ、楽しみね」

「うん、じゃあ気合入れて待ってるよ」


 私は茶碗に入った粥を全部胃に納めた。そして気合を入れ直す。



 文化祭の準備は着々と進んでいる。

 役員は当然のように忙しい。


「この書類は?」「ここの計算どうなっている」

「つり銭が足りない」「材料の発注は?」「許可出た?」


 私は額を流れる汗をぬぐいながら仕事をする。9月と言ってもまだまだ暑いのだ。


「すみません、2年2組の方ですか?」

「?……はい」


 通り過ぎようとした女の子に声を掛けると、不思議そうな顔をしつつも足と止めてくれる。そして私の顔を見て、何故か頬を赤らめている。

 その事に首を傾げつつ、女の子に話しかける。


「この看板、少し不安定なので補強して頂けませんか?どなたか、力の強い方に言っておいてください」

「わ……ほんとだ。気付かなかった。……もう!あいつ適当にやったわね?……ありがとう、知らせてくれて」

「いいえ、では私はこれで」


 私は先輩に微笑んでからその場を後にして見回る。こういう、細かい所も見ないと、いざ本番で看板が落ちて来たなんて洒落にならない。

 後ろで女の先輩がうっとりと私を見ているなんて気付かない。


「すみません、ここの方ですか?」

「ああ、そうっす、よ……あ」


 別のブースに来て、男の子に声を掛ける。

 何故か驚いたように見られたので首を傾げる。


「何か?」

「い、いや!何……えーとうちに何か?」

「……ええ、ここの食器はどこからの物ですか?確かここまでの金額は出していなかったはずですが……」


 喫茶と書かれてある場所には高級な食器が並べ立てられている。とても学校側から支給されているものとは思えない。


「ああ……あれな。水無月が実家から持ってきたやつなんだ」

「水無月先輩ですか」


 知り合いの名前が出て思わず驚く。


「なんでも、本格的にやらなきゃ気が済まないって黒い笑い浮かべてたぜ」

「はぁ……」


 その黒い笑いは直ぐに思い描く事が出来る。


「そうですか。では後ほど先輩に伺ってみますね。有難うございます」

「おう」


 先輩にお辞儀をしてその場を離れる。男の先輩は軽く手を振ってくれた。水無月先輩ならきっと大丈夫だろう。私物である申請もきっと出す。

 だがその場合、破損・紛失等の責任は学校は負えない。私物の持ち込みは自己責任だ。それは生徒会を務めていた水無月先輩なら重々知っているので、それも注意する必要もあるまい。念の為、本人のものか確認するだけで良い。

 用箋バサミに付けた紙に文字を記入しつつ騒がしい廊下を歩く。汗が流れて来たので、タオルで拭う。

 パタパタと男子2人が私の横を駆けて行った。


「あまり走るのは感心しませんよ!」

「はーい」

「おう」


 その2人に注意を促して叫ぶ。その時、ふ、と自分に影が落ちる。見ると、壁にかけてあったであろう木材が自分に倒れようとしていた。


「きゃ!?」

「ちっ」


 その声で近くに女生徒がいる事も悟り、思わず舌打ちが出た。


 がしゃーん!


 という音が廊下に木霊する。周りで、悲鳴やら何やら、ちょっと騒然としている。ズキズキと傷む左腕を押して木材を退ける。


「ふぅ……怪我はありませんか?」

「う、あ、あう、た、多分。だ、大丈夫」


 女の子は目に涙を貯めて真っ赤になって震えてしまっている。ショックが大きいらしい。無理もない。ああ良かった。見た所怪我もないし。女の子をそっと立ち上がらせて埃を払ってあげる。


「だ、大丈夫、ですか?」


 木材を置いていた部屋の扉から顔を出して男子生徒が不安げに聞いてくる。


「ええ、取りあえずは。ですが不安定な状態で木材を廊下に放置するのはいけませんでしたね。ああ、先程走って行った男子生徒はご存じですか?彼らにももう少し厳重に注意しないと」

「えーと探してみます」

「そうですね、私の方も探してみます。名前が分かりましたら、お知らせください」


 オロオロしている男子生徒にそう声を掛ける。

 すぐ隣で悲鳴が聞こえた。


「き、木下さ……!血、血が……!」


 先程助けた女の子が顔を青ざめさせて私の腕を凝視している。私は結構酷い状態の腕をチラッと見て嘆息した。打撲と、ザラザラの木が擦れたせいで傷が付いている。

 全く、若い身空でなんという愚行。ああ、傷が残ったらどうしようか。まぁ、人生2回目だし、どうでもいいけれど。こういうのはまぁ、男の勲章とでも言うんじゃないかな?まあ女ですけど。

 そんな事を考えていると、右手をグンッと強く引かれた。


「えっ!?」

「……この馬鹿」


 急に腕を引かれたせいで左手に持っていた用箋バサミを取り落した。力が入りにくくなっているのかもしれない。


「ちょ、書類!」

「そんなもん後だ!」


 後ろを振り返ると、先程助けた女の子がその書類を持って「生徒会室に持って行っておきます!」と言っていた。それは助かるけれど、この腕を引くお方は少々強引だった。

 抵抗しても無意味なので、大人しくその怒っているであろう幼馴染の背中に付いていく。

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