騙されました。
夏休みに入った。こちらの世界も夏が暑苦しくてイライラするのは変わりがないようだ。どうせなら適温機能とか付けといて欲しいもんである。
役員の仕事やら、弓道なんかで顔を出すのであんまり休みという印象は低い。我ながら枯れた青春だな、と思う。
夏休みに入る前に翼に宿題を手渡してたら青ざめてた。それが無性に笑えた。ついでにいうと、何個か大学入試問題も混ぜてある。あれは解けないだろうな。解けない問題は飛ばしても良い。だが次の問題も目を通す事を忘れない様に、と助言してある。パッと見て解ける問題か、否かが分かるようになれば幸い。翼は詰まるとずっとそこに留まるみたいだからな。流すという事にも慣れて頂きたい。
勿論学校の宿題も欠かしてはならない、と笑顔で言ったら涙目になっていた。翼は相変わらず可愛いな。
弓道の合宿、試合と終え、いよいよ生徒会の合宿の日になった。持ち物は筆記用具と着替え、水着くらいか。食事などは水無月の専用のシェフがいるので問題なかろう。いやぁ、本当にこの日を待ちわびていたんですよ。エメラルドグリーンの海、白い砂浜、照りつける太陽。もう最高ですよね。あそこに行って泳がないとか嘘ですよね。
楽しみで水着を購入してみた。ビキニタイプでフリルがあしらわれている。母さんと購入しに行って、危うく紐同然の水着を買わされそうになった。何故あんなに情熱を注いでいたのか謎である。というか、娘にあんな破廉恥な恰好をさせるんじゃない。
まぁ、ビキニのこの水着も結構露出高いけどね。でも今の体型なら似合うよ。さすがライバルキャラだよ。スタイルは良い方からなぁ。自慢とかではない。これはライバルキャラだからだ。
ちなみに紐で解けるタイプではない。もし解けたら大変だからな。そういうのは主人公にやらせとけ。
駅前で待ち合わせして、電車で所定の所まで移動する。そこからは水無月の専用の車が迎えに来てくれるらしい。
待ち合わせ場所に行き、なんだかデジャヴを感じた。
そこには会長だけが佇み、女性がウットリと眺めている光景。これ前にも見たパターンだ。待ち合わせ1時間前ですが、会長……貴方は何時こちらに来られたんですか!?ええ?1時間ですよ?1時間前ですよ?なんでいるんですか?
しかも結構な時間いたのか、かなり汗をかいているようだった。薄いTシャツを着ており、その鍛え抜かれた筋肉が美しい。まるで彫刻みたいですね、ダビデ像と友達にでもなれるんじゃないですか?
自販機で冷たいスポーツドリンクを購入し、走って会長の元へ向かう。
「か、会長!」
「ん?ああ、透。来たか」
汗をぬぐいつつ朗らかな笑みを浮かべる会長。顔が赤くなってしまっている。ああ、熱射病にかかったらどうするんですか!日陰にいればいいのに……何故こんな日照りの良い所に佇んでいるんですか。貴方は忠犬か何かなのですか。
持ってきていたタオルと、先程購入した飲み物を会長に押し付ける。
「取りあえず日陰に行きましょう。まだ時間はありますし、喫茶店にでも入って涼みましょう?」
「ん……そ、そうだな。有難う」
余程喉が渇いていたのだろう、ペットボトルを半分以上飲み干してから頷く会長。汗を拭いている会長を促しながら質問をする。流石に気になって仕方がない。
「前回も思いましたけれど、会長何時……」
「蓮だ」
「は?え?ああ……」
ああ、そう言えば前回名前呼びの事を言われましたっけ?その後は殆ど学校で顔合わせしていましたし、すっかり忘れ去っていましたよ。今更名前呼びなんてどうでも良いような気がしますが、話が進まなくなりそうなので呼び方を直しましょう。
「蓮先輩は何時からあの場所に?」
「そうだな、ほんの1時間前だ」
ほんの。ほんのなんですね。1時間帽子も被らず、日照りのキツイ場所で……。ちょっと待って下さいよ会長。貴方馬鹿なんですか?馬鹿なんですよね?なんで2時間も前に待機しているんですか!?どれだけ海を待ち望んでいたんですか!私が時間通りに来ていたらどうするつもりだったんですか!
「蓮先輩。時間は守ってくれると助かります」
「……?守っているが」
「2時間前からあそこにいた事ですよ!馬鹿なんですか!!」
「ちょ、透……声大きいぞ」
人差し指を唇に当てて「しーっ」ってされた。いらぁっとしました。会長って本当に分からない人ですね。こんなに馬鹿だったとは思いませんでした。
乙女ゲームではどうだったかな……。デートの待ち合わせにはいつも5分前行動の主人公でしたし、何時間前に来てたの?なんて質問はしない。せいぜい「ごめんね、待たせちゃった?」「全然」位の言葉のキャッチボールだけだ。
もしかして乙女ゲーム内でも会長は2時間前待機してたんじゃないかと思うとゾッとする。もし前の世界に戻れて乙女ゲームが出来るようになったとしても、もう二度と会長ルートなんてやらない。会長が可哀想すぎる。「主人公、約束2時間前に行けよぉ!」とやきもきするルートなんて絶対嫌だ。
喫茶店に入って溜息をはく。会長、元気ですね……流石攻略対象者です。並の体力ではありません。私は会長の暴挙に早くも疲れてしまいました。まだ電車にすら乗ってないのに。
会長はホットコーヒーを注文してようとしたので慌てて止めて、アイスティー2つに変えた。なんで今ホット注文しようとした?
「透、なんだか疲れているな。無理はするな」
「誰のせいだと思ってるんです?」
無駄にヒートアップしちゃいましたよ。朝でも暑いもんは暑い。しかも今日の気温はかなり高いですから、会長が元気な方が可笑しい。
引き攣った笑いで言葉を返してみるも、きょとんとされただけだった。もうだめだこの人……早く主人公なんとかしてあげて。
会長がチラチラケーキも見ていたのでそちらも注文する。モンブランとシフォンケーキ。シフォンケーキは抹茶味だった。月ごとに味が変わるらしい。今回もケーキは半分こする。
嬉しそうにケーキを頬張る会長が子供に見えて来た。それもかなり不器用な子供。約束には2時間前に来るし、日陰にもいかないし、好きな甘いものも隠す。はてさて、会長の家族関係はそこまで暗い背景などなかったはずだけどな?
多少女子からの反感があっていじめ描写があったりするけど、基本ほのぼのゲームだったはずだ。
なんだったら翼のルートが最も過酷だと言っても良い。翼のファンって怖いんだよね……。そう考えたら休みにも会おうとしてるのって危険だったりするのだろうか?いや、でもあれは翼のバンドにマネージャーとして入ってからの話だから、友達範囲なら大丈夫だろう。
「……と、透」
「……ん、はい?」
思考していてちょっと反応が遅れてしまった。
「今日、可愛いな」
「…………はぁ」
何をいっているんだこいつは?と言いたくなってしまったのは秘密だ。確かに今回白いワンピースを着ているので、前回と比べると可愛い衣装となっている。
でも男と間違われてしまう私ですからね。察して下さいな。
でもアレですね。攻略対象者はちゃんと女の子のおしゃれにも目を向けるのですね。乙女ゲームでも主人公が可愛い系や清楚系など選べたりするのだ。好みのジャンルを選んでデートに行くと、先程会長が言っているようなセリフを言ってくる。
ちなみに翼は可愛い系を着ていくと「う、わ。可愛過ぎてやばい。ちょっと待って、今顔見ないで」というセリフが来る。ま、何個かレパートリーがあるけどね。翼の攻略はいじめが酷いが、最もあまあまの展開が待ち受けている。飴と鞭を使いこなす制作会社の戦略にハマッた乙女も多いだろう。
なんで私にそのセリフを言うんですか、会長。会長のジャンルは大人系だったはず。今の私は清楚系だろう。いや、詳しくは分からないけど……ゲームで見た清楚系と似てるから多分そう。
いやいや、そう言う事ではなくてですね。私は主人公じゃないんですから、そう言う事言うのやめて貰いたいですね。恥ずかしいので。
じっと会長を見つめていたら、会長の顔がだんだん赤くなって来ていた。あれ、恥ずかしかったんですか?なんで言ったりしたんですか。……ま、社交辞令だったんでしょうけどね。
会長をいじめるのはこの位にして、話題を変えてあげましょう。
「待ち合わせ場所に行きますか?まだ20分ほどありますけれど、日陰で残りのメンバーを待てば良いですし」
「……」
会長にさっと目を逸らされた。
「……蓮先輩?」
「…………こ、こない」
「はい?申し訳ありません。聞こえませんでした」
強い口調で聞き返すと、会長がビクリと震えた。勿論先程の言葉は聞こえている。敢えて聞き返したのだ。ちょっと信じたくなかったというのもある。
「すまない。俺と話が出来るメンバーだけなんだ。話せない人がいても困るだろうと思ってな」
「……」
私と目を合わせないままダラダラと汗を流している会長。確かに他の生徒会メンバーは彼と話もまともに出来ない。そういうのは生徒会役員の方も会長も負担になるだろう。副会長もせめてビーチに行くときくらいは息を抜きたいだろうし、その判断は間違っていない……のだろうか?まぁ、連れて行くかどうか決定するのは会長ではなく副会長だろう。後で副会長に説明をしてもらいましょう。
この際、別に生徒会の仕事でなくても良くなってきました。翼には休みだと伝えてありますし、思う存分楽しむのもアリです。実際楽しみでしたしね。
もしかして、会長は気でも使ってくれたのでしょうか?あまり頑張り過ぎるな、と言葉を掛けて頂きますしねぇ。申し訳なさそうにオドオドしてるのが可哀想になってきました。
「蓮先輩、怒っていないので、怯えないでください」
「す、すまない」
「ま、楽しみましょう」
「あ、ああ……」
私が笑いかけると、ホッとしたように息をつく会長。だまし討ちみたいな形になってしまってドキドキしていたのだろう。まぁ驚きましたが、心遣いは受け取っておきましょう。




