相合い傘しました。
梅雨入りし、洗濯物が乾かなくなってきた。御蔭で今は部屋中に洗濯物が干されている。じめじめとした湿気が不快極まりない。しとしとと降りやまぬ雨を見て憂鬱な気分になる。
「傘がない……」
100円ショップで買った傘が紛失している。自分のモノだと分かりやすいように持ち手の所にシールを貼ってあったのに……良く見ずに持って行ったのか、それとも忘れたから持って行ったのか。……盗むのは犯罪ですよーと、ちょっと言ってみる。どっちにしろないものは仕方がない。
溜息をついて上を見上げる。暗澹たる気持ちと同様の暗い雲からは容赦なく雨が降り落ちる。放課後からは結構時間が経っているので、数人程度しか人はいない。誰か見知らぬ人に声を掛ける訳にもいかず、このままぼんやりしている訳にもいかない。鞄を頭の上にかざして、いざ出陣。
「透!待った!」
出撃しようとした所で声が掛けられる。踏み出そうとしていた足を戻して振り返る。そこに、手と足を出している翼がいた。嬉しそうに笑っているのが癒される。手と足の出し方がちょっと歌舞伎っぽく見えたのは内緒です。
「どうしたんですか?こんな遅くに」
「えっとね、作戦会議してた」
私の質問に良く分からない返答をする翼。作戦ってなんの作戦なのだろう。ビシッと親指を立てて爽やかな笑顔を振りまく犬……じゃなかった、翼だった。なんでこの子こんなにテンション高いのでしょう。
「今傘なしで突撃しようとしてたね?」
「え、ええ……」
「ふっふっふ……!ここで晴翔の出番だ!」
靴箱に隠れていたらしい晴翔をグイグイ引っ張ってきた。案の定、晴翔は不快そうに顔を歪めている。
「2人で相合い傘して行ったらいいよ!」
「は?」
どーん!という効果音が付いてきそうな程堂々と宣言する翼。無性にイラッとしたのは私だけではないはず。ただでさえ晴翔とは気まずいのに、相合い傘なんてしたくない。相合い傘をする位なら濡れた方がマシである。
晴翔も眉間に皺がよっているし、嫌なのだろうと思う。……落ち込むなぁ、そう言う顔されると。まぁ、自業自得なんだけど。
翼は、黙っている私と晴翔を交互に見てオロオロしている。その様子がやはり犬に見えるのは気のせいではないはず。事情を知らないとは言え、これは翼の言動が悪いですよ。振られライバルキャラが幼馴染と相合い傘するなんて間違っている。
「あれ?まだ帰ってなかったのか?」
この気まずい空気を壊してくれたのは会長だった。遅くまで生徒会の仕事をしていたらしい。ご苦労な事で。私はというと、教師に任された別件の仕事をしていた。なので遅くまで学校に残っていたのだ。
会長の顔を見て思い出した。そういえば、生徒会に貸出し用の傘の類もあったなぁと。
「会長……貸出し用の傘ってありましたよね?」
ナイスな登場の会長に聞いてみる。まだ傘が残っているならば、相合い傘するより余程健全で安全だ。凄く目線を泳がせた会長がポツリと呟いて、傘を掲げる。
「……これが最後だ」
会長の顔と傘を見比べる。もしかして会長は傘を忘れて来ていたんですか?午後の降水確率があれだけ高かったのに?……ドジっ子なんですか?
……最近会長のイメージが崩壊しているのは気のせいではないはず。あの土下座からの結婚発言からどうも、私の中の会長のイメージが……。
確か、乙女ゲームの中では会長はドS系俺様だったはずなのに。いつからどうしてこうなってしまったのだろう?いや、もしくは主人公の前でだけはいじわるになるとか……ちょっと待て、何その小学生男子のような行動は。やはり会長のイメージが壊れる。
「ないのか?」
「え、ええ……どうにも、持っていかれたみたいで」
「そうか、入っていくか?」
会長の申し出はとても有難い。気まずい晴翔よりはマシである。私は彼に振られているのですよ、ええ。そんな人間と笑顔できゃっきゃうふふ出来るとは思えない。翼の突拍子もない発言が心底恨めしい。
チラッと晴翔を伺うが、目を逸らされる。ショックです。はぁ、いつまで引きずってるんだろう、私。落ち込みそうになる心を奮い立たせ、会長に向き直る。
「えーと……お言葉に甘えて……宜しいですか?」
「あ、ああ」
会長は何故か目を逸らしながら答える。
「ちょ、透?晴翔は?」
「すみません、誘ってもらったのに。でも……まぁ、晴翔も嫌がっているし、良いでしょう?」
翼は私が晴翔に告白して振られた事を知らないのか。まぁ、そう言いふらすような人間じゃない事は知っているけれど。ちょっと勘弁して欲しい。相合い傘なんて緊張するじゃないか。
「いっ、嫌じゃ……っ」
大きな声で晴翔が叫ぶ。それを驚いた顔で皆が見つめたので、晴翔は俯いた。えっと、嫌じゃ……って嫌なのだろうか。それとも「ない」という言葉を続けようとしたのだろうか。発音的に「ない」が続きそうだったけど……希望的予想はやめよう。それに「ない」だとしてなんだというのか。所詮友達としてだろうな。
良くないですよ、そう言う事言うのは。ただでさえまだ好きなんですよ。期待持たすような発言は控えて頂きたい。いや、まぁ「嫌じゃ」としか言ってませんけれど。晴翔は標準語なはずだから、言葉に続きはあると思うの、うん。「~じゃ」なんて言葉は晴翔から聞いた事ないしな。
「行くぞ」
「え、あ……はい」
会長が強引に引っ張ったので若干よろける。すぐに体制を立て直してついていく事にした。翼に手を振って会長の傘に入れて貰う。晴翔はなんだか落ち込んでいるように見えたけど……ああ、もう!知らん知らん!いつまでも振った人間の事考えるな!私よ!奴は攻略対象者なんだから。いつまでも好きなままだと、将来主人公が来た時にいじめたくなるかもしれない。それは全力で拒否したい。
「さっきの」
話しかけられて顔を上げると、顔を強張らせた会長が前を見据えていた。何故そんな怖い顔をしているのだろうか。怖いですよ。最初の威厳あるイメージが若干回復する程度には。
「赤い髪の……誰だ?」
「え、と……同じクラスの火媛晴翔です」
「……透とはどういう関係なんだ?」
どういうって、どういう……事でしょうか?今同じクラスの、という前置きをしたはずです。それ以外の関係を聞いているという事で宜しいでしょうか?
晴翔との関係……難しいですね。友達と言ってもいいんですけどね。なんだか最近微妙な距離感なのですよね。会ってもあまり喋らなくなりましたし。
悩んでいる間、ずっと会長の視線を浴び続ける。ちょっとやめて頂けませんかね。見目麗しい会長にみられると恥ずかしいのですが。
さて、どういう関係か、ですか……強いて言うなら幼馴染ですね。大事なので言いますが、今は特に親しくもない幼馴染です。しかも私が告白して振られた相手でもあります。まぁこれは言う必要はないですね。
「えっと……幼馴染です」
「……そうか」
それだけ言って黙々と歩く。それだけですか?何故晴翔の事を聞いたんですか、会長。でもいっそその事はどうでもいいんですけどね。私はそんな事より突っ込む事があるのです。
「会長、駅はそっちじゃありません」
「……すまない」
全く逆方向に歩き出す会長に指摘する。怖い顔から情けない顔に変化する。うん、やはり会長はこの顔ですね。
乙女ゲーム内の月島蓮生徒会長。
主人公にたびたびちょっかいをかける。
高圧的な態度でからかったりする。
甘いものは苦手。けれど主人公の為に我慢して食べてあげる事多数。
好感度が低い時はツンツンだが、次第にツンデレに。
俺様なので、中々素直になれない。




