怒られました。
ゴールデンウィークはどこに行くにも混む。正直どこにも行きたくない。渋滞とか、凄く億劫だし。まぁ、弓道とか生徒会の仕事があるからどちらも無縁だけれど。
精神を落ち着け、的に向き合う。この瞬間は全ての時間が止まってしまったかのような感覚がたまにある。あの時は少し不思議だ。実際はそんな事ないんだろうけどね。半笑いで指を離す。タン!と飛んで行った矢が刺さる。
その瞬間後ろで溜息というか、どよめきのような声が漏れる。後ろを見ると、女性の先輩たちが私を見ていた。いえ、あの、外したんですけど?そんなうっとりと見られるような事はしていない。どちらかというと、さっきからずっと的に当ててる真島先輩の方が凄いですよ。
外したところをうっとりと見られると凄く恥ずかしいです。自分でも顔が熱くなるのが分かって、顔を隠した。
「まぁ、もうちょっと集中すれば、もっと上手くなるさ。頑張れ」
「すみません、有難う御座います……」
真島先輩に励まされて練習に戻る。どうにも、じっくり見られていると集中力が……うっ、また外した。何度も外すと、心が立ち直らなくなる。
はぁ、と溜息をついていると、ポンポンと肩を叩かれた。後ろを振り返ると、坂上さんがいた。長い髪を後ろでまとめてお団子にしている、ちょっと大人しいタイプの子だ。
「木下さんに来客」
「私に……?」
人差し指が指す方向を見る。
「ひっ!」
と、思わず声が漏れた。あの人に聞こえていない事を祈るしかない。
「すみません、真島先輩。ちょっと出ます」
「おう、頑張れよー」
応援されてしまった。そうか、真島先輩は3年生だし、あの人とも同級生か。先程から言っているあの人……とは3年。茶道部部長の宮川内佐奈先輩の事である。
柔らかそうなふわふわの薄い黄緑色の髪をした女性で、部室ではいつも着物を着ている。彼女の早着替えは有名で、着物を10分で着付けてしまう。
着物を着ている時の素早さとは裏腹に、普段はおっとりとしてて穏やかな女性だ。今日もその素早さで着物を着たらしい。乱れがないのが本当に凄いと思う。
実は佐奈先輩は同じ茶道教室の先輩後輩だったりする。なので、彼女がただ穏やかなだけの女性ではないという事は知っている。怒ると怖いので、茶室で粗相をしてはならない。これは絶対だ。世界の真理と言っても良い。
「透、なんだか失礼な事考えていらっしゃらないかしら?」
「とんでもない」
こ、怖っ!!なんでバレたんですか!!私は恐怖のあまり目を逸らしてしまう。穏やかに笑っている佐奈先輩の目が笑っていない。凄く怖い。
乙女ゲームでは名前も出てこないような人物でありながら、圧倒的存在感を誇っている。でもそうか、佐奈先輩は今3年だから来年卒業する。乙女ゲームで名前が上がらないのも当然なのか。どこか納得しながら佐奈先輩の背中を追う。
茶道部に案内されて茶室に案内される。それだけで私の緊張は鰻登りだった。黙々と茶をたてる佐奈先輩を見つめる。少しでも粗相をすれば正座で粛々と説教をされるはめになるので、気を引き締めておかなければならない。
ドキドキしながら茶を飲み終えてほっと息を吐く。特に怒られなかった。本当に恐ろしい。いきなり抜き打ちのような事するんだから。茶器をそっと置いて姿勢を正す。そこに沈黙が落ちる。茶室の外で弓道部が活動しているのが聞こえる程静かだった。
「髪」
思わずビクッとしそうになった。だがなんとか抑えた。良くやった私。
「切ったのね……綺麗だったのに」
ゴクリと生唾を飲んで耐える。冷や汗が出て来た。佐奈先輩は勿論私が女性だと知っている。男装していたのも恐らくは知っていたのだろう。それゆえの呼び出しなのだろう。
「あらぁ、可笑しいわね?きっと複雑な事情があるんだろうと思っていたから黙っていたのだけど……ふぅん?間違いで、男装?へぇ?」
「す、すみま……申し訳ございません」
そう言って頭を下げる。おっとり微笑む佐奈先輩の背後に般若が見える気がする。そっと頭をあげて佐奈先輩を伺う。結い上げた髪がとても色っぽい人で、高校生とはとても思えない。綺麗な方が怒ると怖いって本当だ。
「私にも黙ってねぇ……?どういうつもりなのかしら、透は」
ギロリと睨まれてビクッと震えてしまった。転生者すら怖がらせるその圧力……感服致します。
「伸ばすわよね?」
「……え?」
「髪よ。伸ばしなさいな……せっかく綺麗だったのに」
私からしたら、佐奈先輩の薄い黄緑色のふわふわの髪の方が綺麗だと思う。黒なんて珍しくもない髪なんて……あ、そうか。珍しくない事もないのか。ここは乙女ゲームの世界で、髪の色が多種多様そろっている。前世だと奇抜で有り得ないと思っていたのだが……慣れって恐ろしいですね。最近じゃどんな髪色でもどんと来いな感じになってきている。
「次何かやらかすときは言いなさいな。手伝えますし、フォローもしますから」
「あ、有難うございます」
佐奈先輩の言葉に深々と頭を下げる。どうやら許してくれるらしい。しかし二度目はなさそうだな、釘を刺されてしまった。ノリであんな事するもんじゃないな。うん。ちょっと母さんの影響なのかもしれない。
考えなしな行動は控えて……反省しよう。




