第七章:「突入」
クルジシタン基準表示時刻02月09日 午前5時40分 旧王都アーミッド中心部広場 「慈悲寺」 日本側呼称「パブロフの家」
「慈悲寺」――――厳密に言えば寺ではなく、それが落成する前に、内戦により寺としてのその建造物は、都諸共放棄された。
元来、都の許可なく、都内への移住は国法により禁止されていたが、それを無視するかのような地方からの農民流入はもはや王国政府の統制力を超え、王国は結局これを黙認し、追認せざるを得なかった。「慈悲寺」もまた、そうした際限ない都市人口の増大――――その事実はまた、放漫な租税制度と、金銭によりその地位と徴税権とを購った地方官による限度を知らない中間搾取の結果、王国の農業政策が破綻に瀕していたことをも、雄弁なまでに物語っていた――――に対応するべく造営された建造物の一つとして建立されたはずが、今やそこには、内戦を経てかつての支配層に代わり旧都アーミッドの主となった「神の子ら」が本拠を構えるところとなっている。そして本拠は、とうに寺院としての景観の殆どを喪失し、王都奪回に侵入した王国軍との幾度かの戦闘と、組織間の内紛によってもたらされた流血の末、今では据え付け型の重火器と仮設の銃座、急増の防壁の群生する一種の要塞と化していた。
果たしてここで、自分は何度こうして朝を迎えることができるのだろう?――――――東から徐々にその生まれ落ちた姿を昇らせる旭日を睨みながらに、ダキは思った。一睡もしなかったその眼差しは濁っていたが、それでも男の眼は、若い、ギラつかんばかりの覇気を光にして放ち続けていた。尖塔の一隅、煎じたウラートの甘く重い煙と淫行の余韻により紡がれた夜から解き放たれた肉体は、フルラウンドを戦い抜いたボクサーのそれのように引き締まり、胸板と言わず腹筋と言わず、汗より成る黄金の光を湛え続けていた。
「ダキ……?」
背後から呼び掛けられても、ダキはその主に注意を払う素振りを見せなかった。あたかも古代神話の、豊穣の女神の侍従を務める少年のような声に、一々反応する意思も感性も、青年と呼ばれる年代に達して間もないこの男には、至って無縁であった。男の背後では、寝台から身を起こしたばかりのアル‐ティラが、柱から長衣に包んだ半身を覗かせていた。
「起きていたか……」
「ダキ……ぼくから離れちゃ駄目だ」
「我儘は、よくない」
アル‐ティラは歩き出した。恐らくはダキと同じ理由で、だが、ダキ程の強靭さを持たないが故の覚束ない歩みは、そのままダキの傍で儚いまでの気配となった。瑞々しさを漂わせる少年の頬が朱を宿し、先夜の熱い余韻を朝空の冷たい風に晒すのだった。
「……ダキ、今日は会議がある」
「…………」
「全土に散っている指導者が、ここに集まってくる」
「無謀だな」
「無謀?」
「会議をやっているところを襲われでもしたら、どうするつもりだ」
「……国王軍に、そんな力はないさ」
「問題は、ニホン人だ」
「ニホン人……」
さり気無くダキの顔を仰ごうとして、アル‐ティラは失敗した。
下弦の最果てを残し、ほぼ完全に中空に昇り切った旭日を睨む眼は、狼のそれだった。
――――そのとき、尖塔に上がってきた衛兵が、二人に集会の始まりを告げた。
「……ダキ、行こう」
「…………」
ダキを見上げるアル‐ティラの表情に哀願が混じったのは、ダキの沈黙が拒否の意思表示であることを長年の付き合いから知っていたからだ。自らの意思を他者に顕すにダキは言葉を使おうとしない。ただ表情と態度とで伝えようとする。それがアル‐ティラには不満であり、心配だった。そんな態度は他者のあらぬ誤解を生み、ややもすれば破滅の引金にもなりかねないのに―――――特に今のような世情では。
しかし―――――
……ひょっとすればこの青年は、自分の振る舞いが如何に他者の誤解を招くことになろうと、些かも意に介そうとしないのかもしれなかった。生来の孤高さが、ダキから弁解への意思と機会とを奪っている……アル‐ティラにはそう思われた。
アル‐ティラは言った。
「グラデスのことか……?」
「…………」
『グラデス』という単語が、不快故の沈黙を続けるダキを、さらなる沈黙の砦へと追いやったかのようだった。
「ダキ……」
「……あいつは有害だ。それ以上でもそれ以下でもない。だから殺すべきだ」
気付いた時には、階下から昇って来た幹部が、ダキとアル‐ティラの背後にいた。「幹部」とはいっても年の頃はダキのそれとは変わらないし、「神の子ら」に身を投じるに至った時期と経緯もまた代わり映えしない。いわば同志であったが、決して短くない共闘の時を過ごしてもなお、あるいは何時の間にか――――あるいはそれ以上に根の深い事情によって――――彼らとダキとの間にすら、浅からぬ溝が生じているように傍らのアル‐ティラには思われるのだった。
その幹部が言った。
「ダキ、集会に来い。お前がいないと始まらない」
「リュラには、出ないと言ってくれ」
「その猊下が、お前が来いと言っている」
「馬鹿が……」
舌打ち――――――やがてダキは、傍らに立つアル‐ティラへの関心を失ったかのように、慌ただしい足取りで下層へと降りる路を進んでいく。
祈祷の場―――――平和な時代なら、彼ら「神の子ら」幹部の集会所は、明らかにそういう使い方をされていたであろう。
本来、祭壇と神像が置かれ神官たちの祈祷所となる筈だった広漠で空虚な広場が、「神の子ら」指導層にとって、彼らが旧都を占拠し、この「慈悲寺」に本拠を定めて以来、彼らの最高意思を決定する場所となっていた。
同志に先導され、足を踏み入れた途端、すでに参集を終えていた幹部や指導者の視線が一斉に自身へと向かうのをダキは感じた。それに怯むような男ではダキは決してなかったが、注がれる幾重もの眼差しの中に、内心で我慢ならないほど不快な性質のそれがあり、それ故に歪まずにはおれない精悍な顔立ちは、彼の苛烈な性格では隠しようがなかった。そして若者は、その正体を、おそらくは「神の子ら」に身を投じる前から十分過ぎるほど知っていた。
『奴隷民が……!』
あからさまにそう言いたげな、嘲弄と敵意とのブレンドされた視線の主を、ダキはその石炭のように黒い瞳で睨みつけるようにした。まだ集会所の主の着座するところとなっていない上座の傍、主の側近中の側近のみそこに在ることを許される場所には、青年と呼ぶにはすでに適齢の時期を過ぎた男が座り、長年の王党派との内戦、そして内部闘争の結果として若年層の多く占めるところとなった「神の子ら」幹部連中の中でも異彩を放っていた。
「…………」
グラデス‐ロード‐ドルコロイ―――――かつて王宮において宰相補佐の地位にあったその男は、宮廷内の政治抗争の敗者となった結果として、そしてダキあたりに言わせれば「聖上」こと「神の子ら」の開祖ガフラーデス‐ディワナ‐ドルコロイの遠い血筋に連なるという、まさにただそれだけの理由で「神の子ら」に身を投じて間もない内に、教祖に近い地位にその足場を固めるに至ったのだった。そしてこの男は、今でこそ「神の子ら」の一員ということにはなっているが、自身を匿ってくれた組織に対する忠誠心を、あの陰謀と退廃渦巻く王宮に置き忘れて来たかのようだ。
グラデスとその取り巻きが「神の子ら」に来て以来、教団は変わった――――――若いダキにはそう思われてならなかった。
教団に身を投じた際に血筋の良さと同様に引提げてきた、王宮を追われてもなお強固であるという宮廷内への影響力と、大貴族としての声望が、その実亡命先たる教団に於いて身の安全を図るための虚偽であったことが露見してもなお、グラデスはただ表面上は、主教アルデム‐ドルコロイの意思のみに於いて集会の上座に身を置くことを許されていた。
つまりそれは近い将来、「神の子ら」が辿るであろういくつかの内戦終結のための選択肢――――その一つとして王党派との講和という選択肢を取る際の、貴重な王党派とのパイプ―――――を確保しておきたいがために、度重なる粛清を経てもなお根強い「穏健派」がこの組織に於いて彼らを生かし、そして彼は「神の子ら」内部で一定の影響力を維持しているようにダキには思われた。
―――――それだけならばまだいい。
たとえそれまでの敵に身を寄せることになったとして、この「亡命貴族」がそれまで敵と叫弾し賤民の寄せ集めと蔑んできた教団の方針に介入するようになるまで、短い時間しか要しなかった。むしろそれを、彼は運命の神より与えられた当然の権利であるかのように為し、当然従来の幹部たちの反発もまた生んだ。それに対し謀殺と追放とを以て報い、あるいは虚言を弄し幹部を互いに反目させ内部の連携を乱すというやり方は、ダキから見ても明らかに常軌を逸していた。
それに対し、ダキは集会より足を遠ざけることで報いた。「長老」の地位を隠れ蓑に前線に出ようともしない大人たちの身代りでもあるかのように、銃弾飛び交う紛争の最前線に立つ少年兵たちの人望は、すでに奴隷上がりの彼の掌中に在った。従って一時は殺害によるグラデスの排除すら考えたが、親族として彼を幕内に招じ入れた張本人に対するダキの秘める感情が、それを辛うじて押し止めた。
それ以来、再三にわたる召喚令を無視し、そして至った今日―――――その召喚令を発したであろう張本人と、同席する位置でグラデスは着座する。そのときダキの肩より提げられたあるものをグラデスの従者が認め、眉を顰めた。それは明らかな不快の意思表示だった。
「その方、無礼ではないか! 神聖なる猊下の御前に暗器など持ち込むとは!」
革製のベルトにより肩から提げられたマシンガン、その握把には棒状の弾倉がしっかりと繋がれ、弾丸は恐らくは完全に薬室へと送り込まれていた。実際、集会の場に於いて武器の持込みは禁じられていたのだが、それを平然と破るダキの素振りに対し実力の伴わないくせに年長者としての矜持を示すためであろうか、あるいは臆病な犬のように難詰を吐きかける従者を前に無視を決め込むダキに、さらに矜持を汚されたと思ったのか、従者はさらに口を極め眼前のダキを罵るのだった。
「下種! 武器を捨てぬか! ここは神聖なる猊下の御前なるぞ!」
「下種ではわからん。名前を言え」
「…………!」
決して大きな声ではなかったが、覇気と殺気との入り交じったダキのそれは、明らかにそれに直面した相手を怯ませた。そしてダキには、眼前の臆病な男が、自分の名を口に出せない理由を嫌というほど知っていた。富貴層、それに準ずる人々にとって、下層の奴隷民の名を口に出すことなど、この国の観念では大いなる不浄と考えられていたのである。事実、ダキの直観は正しかった。
何が信仰への共感か―――――彼らが教団に身を投じた名分を思い返した瞬間、胸底から込み上げてくる苦い何かがダキの口元を歪ませた。それが、彼ら大人たちによって持ち込まれた矛盾に浸食されつつある教団の現状に対する自嘲にも似た感慨であることに彼が思い当ったそのとき―――――
「猊下が参られました」
部屋に足を踏み入れた上座の主を先導する近従の声は、おそらくは両者を救済することに成功したかもしれない。
青――――――それ一色に染められたヴェールに透けて、少女の肉体の輪郭が露わなまでに映えていた。胸、腰、そして脚……その見事なまでの曲線美に、その場の大人たちが目を奪われるまで十分な時間は存在しなかった。左右に近従を従えた女性は上座まで進み、そしてゆっくりと腰を下ろした。
「…………」
顔すらも覆うヴェールから覗く眼光―――――赤みを帯びた茶色のそれは、尋常ではなかった。眼光が一座を巡り、一座の面々を畏服させ、そして一座の一隅を占める最も若い人影の前で止まった。
「…………」
視線を投げ掛けられたところで、ダキには視線を合わせる意志も無ければ義理もまた無かった。少なくとも、先年からは―――――だが、若い胸中から湧いてくる何かに突き動かされるかのように顔を上げた。
その先で、自ずと見開かれるダキの瞳―――――
「―――――――!」
待っていた?―――――視線を合わせたダキがそう直感せざるを得ないほど、青いヴェールの主は彼の方を見詰め続けていた。ダキは無言のまま向き直り、そして二人は互いの瞳をただ沈黙の内に見詰め合う――――――
「―――――猊下」
と、二人の対峙を打ち消したのは、上座の少女に呼び掛けたグラデスの、恭しいまでの呼掛けであった。
「……猊下にはご機嫌麗しく、嬌悦の極み」
「世辞は良い」
名残惜しそうに、ダキに横目がちの視線を注ぎながら、上座の主は言った。投げ掛けられた声は幼く、だがそこに感じられた意志の強さは、周囲の大人たちを圧する響きを持っていた。目を合わされぬまま声を掛けられたグラデスの顔から、潮が引くように余裕が消えた。
教主は、言った。
「……グルデバが、ニホン人に囚われた」
「…………!」
教主――――上座の少女が口を開くや、落雷の直撃にも似た衝撃が、広い集会の場にじわりと広がっていくのをダキは感じた。衝撃はまた、ダキとても同様だった。「神の子ら」結成当初からの幹部、ダキがこの世に生を享ける前より教団において重要な地位にあった老僧は、始終穏健な立場に在ったが、それでも人徳の故か過激な志向に走る少年兵たちには人望があった。ダキとて、教団に身を投じた初期から数多くの老幹部の粛清に関わったが、教団に身を投じたばかりの頃、身分を越え彼の様な奴隷上がりにも温かく接し、面倒を見てくれたこの老僧を殺す必要など塵ほども認めていなかった。だが、口には出さぬまでも明確な教団乗っ取りの意図を以て乗り込んできた新参の「大人たち」たるグラデス派にとって、結成以来の幹部たる老人はどう映ったであろうか……?
「誰かがグルデバ師の消息を漏らしたんじゃないのか?」
流し目がちに、ダキはグラデスを見遣った。その瞬間、グルデバの取り巻きたちの表情が青ざめ、怒りに歪むのをダキは明らかに見た。
「貴様! 我らが敵と内通しているとでも申すか!?」
「それ以外に聞こえたか?」
「この痴れ者め! 我らの労苦を余所に抜け抜けと!」
「労苦?……ここで酒色に耽り、専横の限りを尽くしていたのも労苦と言うのであれば、お前らの言い分も正しかろうな」
「やめぬか!」
末席からの声に、一座は再び鎮まった。顎鬚を生やした大柄の青年が、細い眼差しを紛糾の元となった二人へと注いでいた。「神の子ら」の実戦部隊たる教護軍の指揮官レゲス‐ダリだった。指揮官とはいっても年齢は未だ20を出たばかり……だがその彼でも実戦部隊の幹部では古参の域に在った。
「我らが今日ここに参集したるは、そのような不毛な会話を為すためではない。両名とも場を弁えぬか」
「ふん、奴隷出の部下をも統御し得ぬ身で、差出がましい口をきくな」
「…………!」
取り巻きの言葉に、レゲスの顔が怒りの朱に染まる。地位こそ実戦部隊たる「教護軍」の指揮官であり、数的には彼自身が最大の兵力を束ねてはいたが、ダキとその一党はその教護軍でも殆ど独立した勢力となっており、さらに言えば実績の上では教団でも最強の武装集団だった。
「今回集ってもらったのは、その教護軍の件である」
「…………!?」
静かな、だがよく通る声だった。上座の主たる教主はそれを発し、傅く大人たちの注意を惹く。再び押し黙った配下を前に、少女は言葉を紡ぎ出した。
「近日、王党派の教護軍への攻勢は益々激しく、我らが教区に対する侵犯もまた、その頻度を増しておる。王党派に与えた損害は大なれど、教護軍の死者も無視できぬほど多い。教団の結束を維持せんがためにも、態勢の立て直しが急務である。そこで諸氏らにはこの場において意見を交わし、今後の方針を共にしてもらいたい」
アルデム‐ドルコロイ。先代にして教団の創始者たるガフラーデス‐ディワナ‐ドルコロイの後を襲った二代目教主にして、先代の遠い縁戚にあたる。幼い頃よりその神性を先代に見出され、然るべく養育された身―――――それ故に少女は、信徒たちの信仰をその華奢な一身に繋ぎ止めていた。内紛と粛清こそ続いてはいても、少女がその対象とならなかったのも、まさにそこに理由があったのかもしれない。
「猊下、王党軍など恐るるに足りません。むしろ問題とするべきは異国軍の動向でしょう」
と、レゲスが言った。表情に出さぬまでも、内心で同意を覚えるダキ、教主もまたその言葉にレゲスを見遣り、軽く頷いた。そして―――――
「異国軍のことは……ダキ、そなたが最もよく知るところであろう?」
教主はダキの名を呼んだ。その時グラデス一派の間に、少なからぬ動揺と不快を見たのはダキ自身だけではなかった。その面でも、あの新参者たちは「神の子ら」を蝕もうとしている―――――込み上げて来る怒りを、ダキは場を弁えているが故に辛うじて抑えた。
ダキの発言する番であったが、そこに口を差し挟む者がいた。グラデスであった。
「猊下、我らは異国軍の動向などよりも、さらに深刻な現状を猊下にお伝えしたく存じまするぞ」
「…………!」
レゲス、そしてダキ、彼らの配下にある武装勢力の各指導者たちの厳めしい眼差しが、発言の主たるグラデスら文民衆に、一斉に集中する。常に教主の近傍に控えるこの連中がこの場で何を言い出すかぐらい、彼ら武衆には容易に想像できた。
「武衆どもが各地で要らぬ騒乱を引き起こし、要らぬ殺生を繰り返すが故、信徒の心は猊下の御許より離反しつつ御座います。猊下には何卒、武衆どもに掣肘をお加え頂きますようこの場を借り重ねて申し上げたく……」
「口が過ぎるぞ。文民ども……!」
レゲスが声を荒げた。さり気無く、ダキは横目がちに彼の背後を見遣る。壁一枚隔てた向こう側には、実はアル‐ティラの率いる配下の民兵衆を控えさせていた。教主――――というよりダキの身に危険が迫った際、彼らは喩え教主の御前ではあろうとも銃を構え集会の場に乱入し、ダキの安全を確保する役割を負っているのだ。それだけの人望がダキにはあり、そしてそれだけの結束が彼の民兵部隊にはあった。
「…………」
―――――暫く顔を見せない内にこれか……予期した通りではあったが、失望を禁じ得ないダキがいた。そして新たなる失望もまた、眼前の惨状の後を追うかのように訪れる。そのとき――――
「猊下の御前ぞ。控えぬか!」
外部よりグラデス派の叱責を無視するかのように集会の場に乱入し、ダキの傍に走り寄ったのはアル‐ティラだった。それも肩から弾倉を装着した軽機関銃を提げながらに―――――
『インディ村から報告だ。ニホン人の大部隊が、こちらに迫っている』
「…………」
耳打ち――――沈黙の内にそれを聞き、そしてダキはアル‐ティラに向き直る。
美少年の微笑――――それが、ダキの命令を待つ彼の、お決まりの表情。
「……任せる」
アル‐ティラは頷いた。先程とは打って変わり脱兎の如く勢いをつけ部屋から走り去っていく彼を、ダキが見送ることはなかった。二人にとってその件は、此処に来る以前からもうとっくに話が付いているから―――――
「ダキ? どうした」
レゲスが聞いた。レゲスはダキが教団に身を投じる二年前、14にも満たぬ歳から教護軍の兵士として戦っている。遅れて教団に身を置いたダキにとってはいわば先輩格であり、そして戦闘の師でもあった。従って、ダキとしても彼には礼節を守らざるを得ない。
「国王軍が来たのか?」
レゲスは重ねて聞いた。ダキよりは年長で、教護軍指揮官でありながら彼は、実のところ最前線型の指導者たるダキには実績、声望ともに水を空けられている。それでも、ダキの彼に対する不満はともかく、部下として、そして同志としてダキを信頼しているからこそそれは、躊躇なく出せる言葉だった。
「いや、ニホンの抹殺部隊だ!」
「―――――――!!?」
ダキが応じた直後、無形の雷鳴がその場を一閃したかのような衝撃を、誰もが覚えたかのような表情をしていた。グラデスが力を落とした肩もそのままに、声を震わせる。
「奴ら!……時を択ぶ理も弁えぬと見える」
レゲス‐ダリは立ち上がった。今更のように、兵を集めようと声を発するためであった。かねてから事あるを予期し応戦の準備を整えさせていたダキの隊と比べ、根拠地という名の後方にあったレゲス率いる主力は、その数では勝るものの、こと敵の急襲という事態に対し準備不足の観があった。
「待て、レゲス」
「…………?」
「おれの隊が連中を食い止める。その間に寺の防備を固めておけ」
ダキは立ち上がり、そして踵を翻す。この険悪さに満ちた場から立ち去るに丁度いい理由ができたようなもので、彼としては都合がよかった。だが――――――
「――――――」
部屋から出る間際、ダキは振り返る―――――
「――――――――!」
従者に促され、そして先導されるようにして上座から腰を上げたベールの少女は、明らかにダキを見ていた。
憂い――――――
顔を覆うベールから覗く少女の瞳に、それを見出した瞬間―――――
わずかに緩む、ダキの鷲のような眼差し―――――そこには、初恋の女性から去る間際の、後ろ髪を引かれる少年の焦燥が宿っていた。
クルジシタン基準表示時刻02月09日 午前6時34分 旧王都アーミッド中心部広場 「慈悲寺」 日本側呼称「パブロフの家」
鳥瞰――――――あたかも目の届く限りの地上全てを、その手の内にできるかのような高さからは、彼らがこれより突入を図らんとしている旧都が、その荒廃した全容を横たえていた。
『―――――「タクティカル61」よりサクラへ、間もなく降着地点上空到達……送れ!』
『―――――サクラ了解。作戦開始時刻まで上空待機せよ。終わり』
『―――――「タクティカル61」了解。制圧班前進、前進―――――』
先行し、とうに旧都上空に展開を果たしたコールサイン「サクラ」こと前線作戦管制官は、ヘリに搭載する下方監視赤外線の捉えた画像を、リアルタイムで後続の航空、地上各部隊の戦術情報表示端末へ電送を始めていた。
PKF陸上自衛隊クルジシタン派遣部隊飛行班所属、二等陸尉嘉津山 成機長の操縦するUH-60JA「タクティカル61」が、その眼下にアーミッドの碁盤状に拡がる区々の中央部にとそこに聳える巨大な燈籠状の建造物とを見出した瞬間、それまで空の進軍の両脇を固めていたOH-06Dが加速し、一気に空の隊列の前面へと展開していった。それらが嘉津山機の両側面を通過しようとしたまさにそのとき、嘉津山二尉はOH-06Dの両脇に、結わえ付けられる様にして便乗している特殊作戦群隊員の姿を、はっきりと目にすることができた。
彼らは先遣部隊だった。これらの機は航空強襲班の先鋒を務める特殊作戦群を「パブロフの家」へと輸送すると同時に、本隊の展開に先駆け、後続するヘリのために降着地点の安全を確保する役割も負っていた。回転式6銃身の5.56mミニガンと、7連装70mロケット弾発射機を機体両側に装備したOH-6Dは、降着前にその強力な火力を以て降着地点を「沈黙させる」能力をも持ってはいたが、護身と反撃目的以外の武器使用制限という条件下でPKF執行部隊が活動する以上、その選択は自ずと放棄せざるを得なかった。彼らにとって安全確保の手段とはつまり、予め決定された目標の屋上二箇所に特戦群の隊員を降着させ、彼らの身を以て着陸地点の安全を確認させるのである。
『――――キツツキ、降下用意―――――』
率先し先遣隊の指揮を執る御子柴三佐の声を、イヤホンに聞いた直後、降着地点の屋上上空に占位したOH-6Dよりファストロープが四条、地上に叩き付けられるかのように下されるのを佐々三佐は見た。彼の搭乗するUH-60JAは、先遣隊のOH-6Dの様子を遠巻きに窺うかのようにゆるやかな左旋回を続け、そこに追及してきたUH-60JA2機が続く。
「まるで……タクシーの客待ちみたいッスね」
と、部下の久我 博陸曹長が言った。基地防衛隊で最先任の陸曹で、PKF勤務経験も長い彼は、この作戦では指揮官たる佐々の補佐役を兼ねている。
「タクシーの列か……確かにそうだな」
と言いつつ頷きながらも、佐々の関心はすでに機窓より広がる目標建造物の全容に集中している。まるでファンタジー児童文学にでも出てきそうな、異様な形状の城郭、だがそれは海辺で戯れに作った砂の城のように、今にも押し寄せる波の勢いを前に崩れ落ちんとしているかのように佐々には思えた。
『―――――キツツキ、降下を許可する』
『―――――キツツキ、降下、降下、降下!』
指示を発するや、勢いをつけ蹴ったOH-6Dの胴体―――――――
背中から宙に飛び出した身体とヘリを繋ぐファストロープが、臍の緒と胎児を御子柴三佐には連想された。
搭乗した四人は一斉に―――――というより寸分の狂いもないくらいほぼ同時に―――――空に出、そして20メートルも下の、限られた広さの地上へと滑り降りる。ヘリからの懸垂降下は、多人数で行う場合、そしてヘリが小型の場合ほど理想的だ。降下のタイミングがずれれば、それは重量バランス変化の影響に敏感なヘリの挙動を乱し、最悪降下の失敗を招く恐れすらある。それを解決する方法を、弛みない訓練によって相互のタイミングと一体感とを培うこと以外に、御子柴三佐をはじめ特戦群の隊員は知らなかった。
時間にしてわずか三秒―――――20メートルを滑り降り、そして次に気付いた時には、地面に足を標した御子柴の身体は反射的にファストロープのストッパーを解き、そして全周へ向け構えたM4カービンの銃口を巡らせていた。
「キツツキ1、オールクリアー」
『――――キツツキ2、オールクリアー!』
ヘリから先遣班の降下と展開を未届け、佐々は再び回線を開いた。繋いだ先は車両班だった。
「キツツキよりスザクへ、位置報せ。送れ」
『―――――こちらスザク、旧都東門を通過。後続部隊も付いて来ています』
「展開を急げ。敵に時間を与えてしまう」
交信を部下に任せ、佐々はReCSのPDA端末を開いた。果たして携帯式の液晶端末は、市外に到達した車両部隊と、市上空に展開を果たしたばかりの航空強襲部隊を、明快なまでのホログラム図で表示していた。
思わず、佐々は旋回を続けるヘリから天を仰ぐようにした。雲の一片すら見えない。朝焼けの明けから次第に碧に染まりゆくのがはっきりと見て取れる空―――――それに目を凝らす佐々には見えなかったが、だが彼の視力の及ばない遥か高空では、隣国の拠点より発進した無人偵察機が電子と電波、そして赤外線システムから成る無機的な視覚をフル稼働させ、友軍と敵軍の配置を完全に把握してくれている。高度30000フィート以上の高高度を、約12時間連続飛行可能な無人偵察機は、データリンクによりReCSに各種の戦術情報を提供すると同時に、後方のサンドワールにもリアルタイムで情報を送信し、各局面において前線、そして後方の指揮官が判断を下すための材料を提供するのだった。
ヘリで降下を果たした先遣班に続き、さらにもう一機、OH-6Dに搭乗する四名の特戦群隊員が屋上に降着する。展開した一個分隊八名は、迎撃して来る民兵を排除しつつ寺院内に侵入し、地上より進攻する主力との合流を目指すのだった。
『――――キツツキ2、これより降下!』
第二陣突入部隊の指揮官、川上一等陸尉の声が、通信回線によく通った。分隊は各隊員相互に連携し、任務を果たすことが期待されている。先遣部隊が四周を固める中、再び下ろされたファストロープを伝って降りゆく人影が四――――――M4カービンを背負った隊員が二名、そして他の二名は近接戦闘用のショットガンとMINIMI分隊支援機関銃を個々に背負っている。彼らもまた降着を果たすやすぐさま銃を構え、階下へ続く入口へと突入の準備を果たすのだった。
『――――キツツキ、突入準備完了。送れ』
「――――キツツキ各員へ、これより降着に入れ。送れ」
佐々が命じるや、UH-60Jはさらにその編隊の間隔を開き、そして寺院前の広場へと機首を巡らせた。その後の手順もまた、先行した特戦群のそれと代わり映えすることなく、その手早さもまた馴れたものだ。
「降下用意!」
その内の一機、UH-60J「ピクシー03」では、分隊長たる島 亘三等陸曹が声を張り上げ、その部下7名に作戦開始時の注意と意識集中とを促しつつあった。大友一士もまた、それまでバンドによって首から提げていたMINIMIを構え直し、降着に備えて背負うようにした。
「3名前へ!」
大友一士より経験のある隊員が3名、搭乗口へ進み出、機上整備員の補助を受けながらファストロープを身体に固定する。その中には木村陸士長もいた。彼もまた手慣れた手付きで89式小銃を背負い、そしてキャビンの外へと背後から身を乗り出していく。
『――――機上整備員、降下要員の安全を確認』
「――――こちら機長、降下を許可する」
『――――降下用意………降下、降下、降下!』
ファストロープが下へと延び、そしてキャビンを蹴ってロープを伝い送り込まれる隊員は4名―――――それらは状況を見下ろす大友一士の眼前で、地上に降り立ち、即座に中座の姿勢で四方に銃を構える隊員の人影となった。
『――――グラウンド、オールクリヤー!』
「続けて降下用意。急げ!」
第二班先任の五味陸士長が怒鳴った。促されるがまま大友一士も進み出、そして戸惑いがちな足取りもそのままにファストロープを固定し、後ろ向きに配置に付く。本土で、演習でも、そして派遣を前にした事前準備訓練でも何度もやらされた降着訓練―――――それでも実戦を前にした今はそれが、全く無かったことのように大友一士には思われてしまう。
不覚にも、覚える震え―――――
そのとき、機上整備員が唐突に大友一士官の眼前に出るや、おもむろに延びた彼の腕が固定の不十分で無い大友一士のファストロープの留め具を、勢いを付け締め上げるのだった。
「…………!」
やばい……という衝撃にも似た感情もそのままに、大友一士は先任の陸士長を省みる。果たして、若い彼の申し訳無さそうな眼差しの先で、彼より五年ほど年長の五味陸士長は、鬼瓦のような形相をしてこちらを睨み返していた。機上整備員は新兵特有とも言える散漫さをフォローした積りだろうが、この事あるを予期し本土で散々訓練を積んできた筈のラベリングで予期せぬヘマが露見しては、そのまま基地に逃げ帰りたい心境にすら囚われてしまう。
89式小銃とショットガンを背負った五味陸士長がインカムに声を張り上げた。空中で静止を続けるヘリの揺れが一層に小刻みになるのを大友は覚え、そして振り落とされまいと全身に意識を集中する。
『――――降下要員、準備完了!』
『――――機長より各員へ、降下を許可する』
『降下用意―――――降下、降下、降下!』
『しまった―――――!』
ブーツがキャビンを蹴るのと、降下が他の三人に比べ一瞬遅れたと思うのと同時――――――
やや乱れるヘリの挙動―――――
俺のせいか?……と思う―――――
そう思う間も、武装や装備で重くなった身体は、それ故に勢いを付けて眼下の地上へと大友と仲間たちを導いていく―――――
早まる降下速度――――――
手袋に覆われた握力とブーツに覆われた脚力でロープを抑え、調整――――――手袋からは摩擦で煙まで出ているのが見える。
早く降りろ――――――覚悟と共に急く心。
風が温くなり―――――――次には熱くなるのを頬に感じる。
「――――――!」
止まった?――――――と思った時には、両脚は着地の衝撃と共に、しっかりと荒れた地面を捉えていた。
『つぎっ―――――!』
逸る意識の赴くままに留め具を外し、ロープを解く。
『つぎ―――――!』
後ろ手に延びた手がMINIMIの銃身を掴み、大友は勢いに任せそれを構えた。
『―――――体高を低く!』
「―――――!?」
勢い余り、自分でも無理のあると思った手付きで重い機関銃を持ち上げた瞬間に響いた聞き覚えのある声―――――着任直前のこと、本土は富士演習場の市街戦訓練場に度々轟いた訓練指導教官の声をその心で聞いた瞬間、大友一士は膝を屈し、そのままの姿勢で機銃を構え四周を見回すのだった。その時はじめて、大友一士は、自らの降り立った土地の情景を把握する機会と余裕とを得ることを許されたかたちとなった。
「…………」
廃墟……?
罅割れ、崩れかけた土壁―――――
間断なく吹き付ける、乾いた、熱い風―――――
地から湧くような悪臭―――――
地膚剥き出しの地面―――――
崩れかけ、あるいは朽ち果てた家、建物、塔の連なり、連なり……また連なり。
どれほど想像力のある人間でも、ここまでは凡そ想像不可能かと思われる程の荒廃が、自分の降り立ったこの世界を支配しているかのように、大友一士には思われた。
頭上―――――
次第に遠ざかりゆくヘリの爆音―――――
容赦なく巻き上げられ、顔や身体と言わずに吹き付ける砂埃に、思わず細める眼差し―――――
同時に――――――
大友一士は、恐怖を感じた―――――
自らを取り巻くその荒廃―――――
それが、今にも津波のように彼の身一つに迫ってくるかのように思われて―――――
高鳴る動悸―――――
イヤホンに反響する、荒れる息遣い――――――
周囲へ向かい、MINIMIの軽い引き金を引き絞りたい衝動――――
それを、歯を食いしばり必死に堪える。
そのとき――――――
空電音―――――
『――――キツツキ2、グラウンド・オールクリヤ!』
『キツツキ、全員降着完了。地上の脅威なし。これより前進する』
交信の後、島三曹が片手を上げ、前へ振った。「前進」の合図だった。隊員たちは銃を構えた姿勢もそのままに一斉に腰を上げ、そして前方のひときわ大きい尖塔の連なる建造物へと向け、脱兎の如くに駆けだした。
「―――――?」
駆けながら、ふと沸く疑問―――――不意に熱風が和らぐのを、大友は覚えた。
その原因が、兵員を下ろしたヘリが一斉に高度を上げ遠ざかったが故であることに気付いたのは、駆け行くうちに豪奢な構えの寺院正門を、ほぼ真正面に捉えたそのときのことだった。
そして―――――
―――――期を同じくして、橘一尉指揮下の車両班「スザク」が市中央へと到達した。
クルジシタン基準表示時刻02月09日 午前6時34分 旧王都アーミッド西方 通称「西市」 アリヴィル通り
車列は崩れかかった西門を通過するや一斉に増速し、一陣の突風のそれにも似た勢いを持って砂埃渦巻く街道を疾駆していた。
『――――総員に告ぐ。機銃弾装填! 装填を完了せよ!』
その巨大さに目を奪われる以上に、丹の紅色が殆ど禿げ、腐れかかった柱と瓦の落ちた屋根の姿が痛々しい門を、73式武装車両の荷台に揺られつつ潜った瞬間、高津 憲次一等陸士は自らを取り巻く動の風景に、仕事を前にした張り詰めた空気と慌ただしさとが加わるのをその肌で覚えた。車列の二番目、軽装甲機動車に便乗している車両班指揮官橘 行人一等陸尉の命令が直属する各車両の通信回線を廻ったときすでに、訓練に馴らされた高津の腕は、持ち場たる銃座の、74式7.62ミリ機銃の装填レバーを引き絞っていた。
「全員配置に付け! 見張りを厳に!」
73式武装車両の車長たる大石二等陸曹の怒声がイヤホンを通じ響きわたる。彼自身、荷台に身を置き、ダットサイトを装備した89式カービンを構えつつ沿道の家屋、そして廃墟へと視線を走らせている。その眼差しは真剣そのものだった。彼自身の生命はもとより武装車両の座席に付く二名、車長たる彼以外に荷台の銃座に付く四名、合計六名の生命を彼は預かっている。気の抜きようなど、あろう筈が無かった。
M2 12.7ミリ機関砲を預かる後藤陸士長が言った。
「……それにしても、もっとまともな道は無かったんでしょうかねぇ?」
「ここが一番まともな道らしいぞ」と、大石二曹。隊員用小型無線機の効果か、エンジン音の充ち満ちた荷台の上でも、高津はその遣り取りを明瞭に聞いてしまう。
『――――こちら先頭車両、市中央に到達!』
先頭を行く96式装輪装甲車からの報告。四梯団に別たれた車列にはそれぞれ一両ずつの96式装輪装甲車が配されている。96式装輪装甲車は前進する車列の進行方向を啓開すると同時に、突入部隊を火力と装甲面より支援するという役割をも課せられていた。
「……?」
不意に頭上を横切る影は大きく、それが高津一士の注意を惹いた。見上げた先で果たして、UH-60JAが一機、車列の上空で爆音をばら撒きながら旋回を繰り返していた。地平より生まれ出でた太陽を背にしたその機影は黒く、夕日を背景に舞う烏を彼に連想させた。
再び、視線を戻した地上―――――道は狭くなり、沿道に並ぶ廃墟とも人家とも見分けの付かない煉瓦造りの連なりは二階建てが多かったが、その間を縫うようにして疾走する車列の面々にとって、それらは本土の高層ビル群のように高く、道の狭さも相まって奇妙なまでの圧迫感を伴って迫ってくるかのようであった。OH-6Dが二機、車列の進む道をなぞるように車列の上空を駆け抜け、何処かへと向って行く。彼らの進行方向が市中央であることぐらい、高津でも容易に察せられた。
「市中央を視認!」
大石二曹の言葉に、高津一士は思わず前方へと目を凝らす。途上の隘路から一転、次第に開けゆく道は、広漠なまでに拡がる平地の一端を車列の前に覗かせていた。車列は広場の外縁を大回りに旋回し、そして制圧目標たる「パブロフの家」に接近するのだ。高津の搭乗する73式武装車両が広場に差し掛かる頃には、すでに先行し展開を終えた航空強襲部隊に属する小銃部隊が、重厚な造りの「パブロフの家」正門に殺到していた。
先頭を走っていた96式装輪装甲車がディーゼルの爆音もけたたましく増速し、いち早く広場中央に殺到する。直後に装甲車は悲鳴にも似た派手なブレーキ音を立てつつ減速、そのまま停止し、後部扉を開き搭乗していた小銃部隊員七名を地上に展開させ始めていた。その内半分が、ジュラルミン製の防弾シールドを手にしている。彼らこそ目標内への突入に際し、突入部隊の先頭に立って前進するという最も重要な役割を担った隊員だった。
武装車両が増速した。加速により一層激しく吹き付けてくる乾いた風と砂埃に苛立ちを覚える暇も与えずトラックは広場中央に入り、そこで停止する。烈しく揺れる荷台の上で、振り回されるかのように乱れる射撃姿勢を漸く整え直した高津が、制圧目標たる「パブロフの家」の針葉樹のような尖塔の一角に、見覚えのある光が瞬いたのを見たのはそのときだった。
『――――――銃!?』
驚愕と同義の直観は、広場中に広がる乾いた発射音の連なり、その直後に隊員たちの展開する広場の一点への着弾によって瞬時に証明されたかたちとなった。
「伏せろーっ!!」
怒声にも似た命令が、広漠たる地に拡がる。散開を果たしたばかりの小銃班の隊員たちは一斉に身を伏せ、あるいはその姿勢から発砲の源を探っていた。
「頭を下げろ! 死にたいのか!?」
「遮蔽物に身を隠せ。急げ!」
ほぼ期を同じくして、指揮班の班員たちと同時に降着を果たした佐々 英彰三等陸佐は、遮蔽物たる土塀に身を隠し通信兵を傍に呼び寄せた。崩れかけた土壁の隙間からは、四方より続々と広場に殺到して来る車両班の車列を、その進入から展開まで、十分な余裕を以て見届けることが出来た。
通信兵に命じ「サンクチュアリ」ことサンドワール基地のPKF司令部に回線を繋がせると、佐々はマイクロホンに声を上げた。
「こちらキツツキ、部隊の大部分の展開を確認。しかし敵の銃撃を受けている。送れ!」
『―――――サンクチュアリよりキツツキへ、敵の銃撃に間違いないか? 状況を確認せよ。送れ』
「キツツキ、武装勢力は突入目標内部より発砲。今なお銃撃は続いている。送れ!」
『―――――了解、サンクチュアリより各隊へ、銃器の使用を許可する! 銃器の使用を許可する!』
愁眉を開き、佐々は指揮下にある各隊に呼び掛けた。
「キツツキより各隊へ、交戦開始! 各自の判断で応戦せよ。繰り返す、交戦開始!」
『―――――スザク、アイリーン!』
『―――――ビャッコ、アイリーン!』
『―――――セイリュウ、アイリーン!』
『―――――ゲンブ、アイリーン!』
『―――――カワセミ、アイリーン。只今より突入―――――』
「…………!」
はっとして、佐々はヘリの旋回する目標上空へ顔を上げた。数多い尖塔の一つ、その屋上で蠢く人影と、その無駄の無い動作に、佐々はもはや事態が引き返せない処にあることを知るのだった。「カワセミ」こと特殊作戦群の隊員が屋上出入口に炸薬を仕掛け、点火するその瞬間―――――
『爆破する―――――爆破!』
ボンッ――――――!
距離もあり、その威力も限定されたものであるが故、決して大きい響きではなかった。だが鍵を破壊したドアを蹴破り、M4カービンを構えて屋上から階下に殺到する特戦群の影また影は、その姿を認めた少なからぬ隊員たちに、戦闘での恐怖心や緊張を圧倒するほどの、一種の競争心を煽ったかのようであった。
『――――総員、降車!』
『――――走れ! 急いで散開しろ!』
『分隊前へ!』
交信の応酬と同時に正門に接近した隊員は八名、彼らはセオリー通りに密着した縦列を為して門の端に陣取る。ドアブリーチング用の炸薬を仕掛け、点火する要員を除いた全員が、やはりセオリー通りに四方へ銃を向けて警戒態勢を取っていた。
大友一士も、突入を待つ縦列の中にいた。さらに言えば彼は、縦列の三番目だった。最前方がジュラルミンシールドを構えた陸曹、その次が分隊指揮官。突入部隊の統括指揮官たる三等陸尉は、89式小銃を背に負い、両手でSIG9mm拳銃を構えている。室内での接近戦闘を想定した対処であることぐらい、一兵士たる大友でも判る。
一方でMINIMIを持つ大友の役割といえば、重火器による室内制圧といったところだろうか……否、小銃やマシンガンと違い分隊支援火器は、室内で振り回すにはあまりに重く、威力があり過ぎた。
さらに、彼の立ち位置……戦場での偶然と実践における混乱のコンビプレーによって大友の前に転がり込んだ縦列のほぼ中央―――――自らをこうした中途半端な位置に追いやった見ず知らずの超越者を、大友は内心で呪った。同時に、MINIMIを構える腕に、自ずと力が籠るのを感じた。門扉に遠隔操作式のC4爆薬を装着した隊員が、距離を取り怒鳴った。
「爆破用意!」
一瞬の静寂――――――決断は、その次に訪れた。
「爆破する!……点火!」
――――――――!!?
眼前に飛び込んでくる赤い光―――――
耳を劈く爆発―――――
烈しく舞い上がる埃――――――
防護服を着ていても、鼓膜を揺るがし、身体の芯まで襲い来る衝撃は一瞬――――――
―――――それらに呆然とする時間を、超越者や周囲の空気は、大友一士に与えてはくれなかった……!
「突入!」
先頭の人影が門の向こう側に消え、二人目もすぐに続いた。大友一士もまた早足で破られた門扉を潜り、そして砂埃の充満する中でMINIMIを構え直す―――――次の瞬間にはアイアンサイトを睨みつつ、彼は早足で歩みつつMINIMIを上下左右に振り回す。夢中になって警戒動作を続けるうち、若い大友一士でも、次第に周囲の状況を掴む余裕が出てくるのであった。吹き抜けの、広大な玄関の中、その住民たる人々は回廊で、そして隣接する棟へと通じる通路で右往左往し、明らかに我を失っていた。
「――――――!」
走り回り、逃げ回る人影!――――――それも多い
しかも――――――見る限りでは殆どが武器を持っていない。
『前へ!』
マイクロホンを通じ入る分隊長の指示。突入部隊は縦列と射撃姿勢を崩さず、上階へと通じる階段を小走りに駆け上がる。それで空いた階下は、後続の部隊が埋めてくれる。
『――――突入部隊各員へ、重要確保対象の所在は三階最奥部と思われる。激烈な抵抗を想定し、慎重に行動せよ。送れ』
二階を通過し、三階に差し掛かる寸前、上空の前線作戦管制機を経由した司令部の指示を、マイクロホンに聞く。二番手から先頭に立った統括指揮官が背後に付く陸曹を見遣り、低い声で言った。
「ReCSで確認。建物内の配置を出してくれ」
「……了解」
陸曹がReCSの携帯端末を出し、数秒の操作で建物の間取りデータを引き出した。それは作戦前の、武装勢力の捕虜や現地協力者のもたらした証言、調査情報から制作した、「パブロフの家」の、およそ考えられる限り詳細な間取り図だった。端末を操作し、陸曹は間取り図の一点をタッチペンで指差した。
「この位置が教祖の居住区です」
「よし、このまま直進―――――」
分隊長がそう言い掛けた直後、階層の奥よりけたたましい銃声を誰もが聞いた。銃声は直後に隊員たちを指向した弾幕の礫となり、壁といわず階段といわずその弾着で切り裂き、打ち砕いた。
「…………!?」
分隊員の反応は、大友一士が反射的にMINIMIを構えるよりも早かった。至近距離で撃ち出される89式小銃の応戦の射撃音が通路と言わず室内と言わずに圧倒し、一撃離脱から一転、速射の弾幕から逃れることに失敗した武装勢力のメンバーが二名、背に銃弾を受け倒れるや、そのまま動かなくなった。その二名が、凡そここ異世界におけるPKF単独の活動で陸上自衛隊が倒し命を奪った、最初の人間となった。だがそれが呼び水であるかのように何処からともなく現れる人影が彼らに銃を向け、そして壁や柱を遮蔽物に銃撃を加えてきた。階段の陰に身を隠しつつ、突入部隊員たちは、予期通りの防戦を強いられていく―――――
「われ第一陣、敵と交戦中。二名射殺。送れ!」
『――――キツツキより第一陣へ、位置を報告せよ。すぐに援護させる。送れ―――――』
「われ三階中央、繰り返す三階、三階中央」
『――――こちらキツツキ、三名射殺。今そちらへ行く』
「―――――!」
敵が沈黙したのを見計らい、統括指揮官の三尉が片手を上げ、前へと降った。前進の合図だった。無言で、その上に射撃姿勢を維持したまま、隊員は全員が階段を上り切りフロアーへと侵入し、散開した。階層を支える太い柱は、銃撃から身を隠すのに丁度よかった。
前進する同僚に釣られ、彼自身も前に出ようとする大友一士を、島分隊長が引き留め怒鳴り付けた。
「前へ出るな。ここで援護しろ!」
「りょっ、了解!」
二脚を出し、伏射の姿勢でMINIMIを構え直す。居並ぶ柱は、射界を確保するに障害となるほど多く、そして太かったが、突入部隊主力の前進を援護するのに十分な効果を発揮できるように大友には思われた。
しかし――――――
どう撃てばいい?―――――機銃を構えたまま、大友一士は思った。機銃手の役割が、友軍の進撃に必要な進路と空間を、適切な火網を張ることで啓開することにあることを彼は理解してはいたが、訓練でもそれを完遂した経験に、この若者は残念ながら欠けていた。従って、彼もまた、前進した同僚と同じく、何処からともなく現れる敵影に向かい機銃の引金を引くことに終始せざるを得なかったのだ。悪く言えばそれは、まさに行き当たりばったりの対処だった。
敵影――――――!?
「…………!」
引き金を引けば引くだけ、MINIMIは銃身を揺らし破壊の弾幕をそのむく方向にばら撒いてくれる。光陰のように銃口から飛び出した曳光弾が太い柱に当たって飛び跳ね、針路を曲げられた撤甲弾が柱と言わず床と言わず穴を穿ち、そして破片を跳ね上げた。あたかも、死と破壊を量産するミシンだ。
徒労とも思える、無駄なまでの射撃、射撃、また射撃――――――それでも小銃弾と段違いの速度と分量でばら撒かれる弾幕は、知らず敵の動きを止め、味方の前進を助けていた。それはまた、階下より来る援軍の展開をも助ける形となっていた。
「―――――――!?」
撃ちながらに、大友一士は見つけた。
それは死体だった。その上半身は柱の陰に隠れて見えなかったが、仰向けに投げ出された両脚、その爪先に達せんとするかのように、血溜まりの池が次第に拡がっていた。勿論友軍たる自衛隊員ではなく、その裸足は明らかに現地人の武装勢力のそれだった。
「機銃撃つな! 撃つな! 味方に当たる!」
「!」
怒声に圧されるようにして緩む、引き鉄に充てる指の力――――――
気の抜けたように呆然とする大友一士の眼前を、遮蔽物を乗り越え、あるいは階下から上がってきた隊員たちが前方へと小走りに駆けて行く―――――
背後から勢いよく肩を叩かれ、大友一士は反射的に立ち上がった。その彼の眼前を、肩を叩いた当人の後姿が軽々と駆けて行く―――――
この部屋は制圧した―――――
MINIMIを構え直し、大友一士もまた、前進を始める―――――
交差する弾痕に醜く抉れ、傷ついた柱、そして床に転がる血塗れの人型など、もはや目に入らなかった。ただ室内に充満する硝煙とその臭いが、重い装備を負った若者の肺には辛かった。弾倉は未だ、その残量に余裕を残していた。
『――――――第二班、二階制圧。二階制圧完了! これより第一班を追求する!』
目標たる「パブロフの家」が、突入した航空強襲部隊により、あたかも札束を捲る様な勢いで制圧されていく様子を、高津一士は重武装の武装車両の荷台から74式機銃を構えつつ眺めているしかなかった。そんな彼に変化が訪れたのは、突入時の爆破以来、不気味なまでの静穏を保っていた正門付近が、急に慌ただしくなったのを察してからのことだった。そして門扉を破られた正門は、広場に展開した車両部隊を前に、一群の人影を続々と吐き出してきた。両脇を突入部隊に固められ、後ろ手に樹脂製手錠を懸けられた「神の子ら」の幹部、そして構成員の、それは二十数名に及ぶ一群だった。73式大型トラックから駆け降りた普通科隊員がその拘束を引き継ぐや、そのまま大型トラックへと誘導していく。その手慣れた様子は、彼らが以前よりそのための訓練を十二分に積んできていたことを雄弁なまでに物語っていた。
『―――――拘束した幹部は現在23名、残念ながら教祖をはじめ主だった人物はいない模様。送れ―――――』
「捜索を続行せよ。以上」
突入部隊との交信を終え、佐々三佐は無線機を通信兵に預けた。車両班「スザク」指揮官の橘行人一等陸尉が進みで、佐々に敬礼した。佐々もまた、背を但し答礼する。
「車両班の橘一尉であります!」
「任務御苦労。早速だが、確保した連中を基地まで運んでもらいたい」
「わかりました。しかし……ドルコロイら主要幹部の姿が見付からない……とか?」
「手は尽くす。なるべく昼前までには終わらせるつもりだ」
「御無理をなさいませんように。本官も微力を尽くします」
「頼む……!」
橘一尉は固い笑みを浮かべると、踵を返し車列へと駆け戻って行く。それを見送る佐々から漏れる吐息――――――そのまま司令部要員を顧み、佐々は無言のまま手を前へ振った。屋内に入るという合図だった。
『―――――各隊より全車両へ、ブリーフィング通りだ。各自別ルートで基地に戻るぞ! 撤収!』
車両部隊「スザク」指揮官たる橘一尉の言葉が通信回線を巡るまでもなく、各車はすでに準備と車列ごとの集合を終えていた。96式装輪装甲車を先頭に、高機動車、軽装甲機動車、それらに前後を固められたトラック群が続く。その上空を、いち早く飛来したUH-60、OH-6Dが占位し、空からの護衛と誘導に勤める手筈になっていた。
高津一士たちの武装車両は列のほぼ中央に位置した。すぐ前を行く73式大型トラックのオープントップの荷台に詰め込まれた武装勢力の面々の姿がはっきりと捉えられ、監視できる絶好の位置だった。広場から街路に入るや車列は速度を上げ、背後の広場入口が急速に遠ざかって行く。
「ボサっとすんな! 見張れ!」
大石二曹が怒鳴った。疾走する中にも黄土色の町並みはすぐ傍にまで迫り、その入口といい窓といい、武装した人影を今にも蟻のように吐き出しそうな、不気味な気配を湛えていた。思えば進攻時ここを通過した際、人っ子一人すら目にしなかったこと自体、奇妙なものであった。
74式機関銃―――――7.62ミリ機銃弾の繋がったベルトを取り付けたそれは、ボタン式の引き鉄を押し込むや一分間で最大1000発の弾丸をその銃身方向へ向け送り出し、高速で撃ち出されたその弾丸は一発で人体を粉砕するぐらいの威力があった。こいつを使わないまま、車列は今まさに帰路に就こうとしている―――――
「く……!」
振動に揺れる車体、持ち場たる74式機銃にしがみ付き必死で踏ん張る。思わず見遣った大型トラックの荷台では、虜囚たちもまた襲い来る揺れと味方の襲撃に巻き込まれる不安に、手錠に縛られた手で頭を抱え込みながら必死で耐えているように見えた。
タタタタタタタタッ!!
―――――――!!?
銃声―――――それは遠く、味方の持つ銃のそれでは明らかになかった。
「敵襲――――――ッ!」
『――――止まるな! 市郊外まであと七分! 走れ!』
ダダダダダダダダダダッ!!!
今度の銃声は近く、しかも曳光弾すら見えた。それも、先行する大型トラックのすぐ直上を通過し、向かいの家屋の土塀の一隅を砕いて止まった。
『―――――――全車へ、発砲を許可する!』
指揮車からの命令―――――だが、命令されるまでも無かった。高津一士は74式機銃を振り回し、銃声の源と思しき所に銃口を向けた。果たして、照星の重なる先の、崩れかけた家屋の屋上で複数の影が蠢くのが高津には見えた。
「…………!!」
引き鉄を押した。ドドドドドドッと、火薬の炸裂と金属の響きとの重なったような響きを立て、巨大な機銃は弾丸を送り出す。機関部から排出された薬莢が、それを操る青年の足元で鳶色の山を作る。それが呼び水であったかのように周囲からの発砲、そして応戦の銃火が交差していく。気付いた時には数えきれない程の人影が両脇の家屋、その上に路地から飛び出し、車列に向け銃を向けていた。
「アチッ!」
屋上から飛び込んできた火花は高津のアーマープレートを掠め、擦過弾はそれでも少なからぬ衝撃と灼熱感になって戦に馴れぬ青年を転倒させた。自分の位置が安住の地ではないことを青年が立ち上がりながらに悟った瞬間。上方から注がれた銃火の一閃は前を行く大型トラックの荷台を一撫でし、矩形の限られた空間を阿鼻叫喚の巷と変えてしまう。味方からの被弾に悲鳴を上げ、怨嗟の声を上げる虜囚を尻目に、見張りの隊員はただ敵襲への応戦に忙殺されていた。飛び散った血や肉片が防護服といわずゴーグルといわず飛び散り、それに構っていられない隊員たちを醜く、鬼気迫る様に変貌させていく―――――
『最前方! 敵武装車両!』
先行する装輪装甲車からの交信、それに対処するにはこちらでは距離があり過ぎ、そして高津たちも間近の脅威への対処に追われている。後ろを走る軽装甲機動車に被弾の火花が走り、そして出所の掴めない街角からの火線は、もはや網となって容赦なくこちらに延びてくる。
土嚢を穿つ着弾が一閃―――――さらに二閃!
機銃を振り回し、敵の出ると思しき場所へ、弾列を送り込む。
腕を苛む発砲の響き―――――
勢いよく飛び出す薬莢、薬莢、さらに薬莢―――――
「ヘリは何をやっているんだ!」
怨嗟にも似た声を背後に聞く。高津の向かい側、背中越しに隣接する銃座に陣取る隊員の怒声だった。銃身を旋回させ、敵と思しき位置に弾幕をばら撒きながらトラックは街路をひた走る。停まることなど、もはや許されなかった。
轟音―――――前方に生じたそれは、直後におどろおどろしい黒煙を天高く噴き上げる。
「スザク1、敵武装車両撃破!」
車列の前に立ち塞がった敵の末路を高津一士が目にするのに、一分も要しなかった。96式装輪装甲車の放った擲弾発射銃の速射を横っ腹にもろに受けて跳ね上がり、粉砕されたピックアップトラック。ねじ曲がったボンネットから濛々と黒煙を上げているそれは、装甲車に後続する車両にぶつけられ、接触する度に跳ね飛ばされ、醜い残骸となり下がっていった。車の上げる黒煙を浴びながら、全車はその速度を一層に上げた。
『―――――こちら橘、全車に告ぐ。市郊外まであと三分。警戒を怠るな!』
だが――――――
装甲車に続いて疾駆する高機動車の助手席より、座席中央に設置した車両無線機により幾下車両に指示を下しながら、橘一尉は外へと視線を巡らせた。路地裏からこちらへ向かい走ってくる銃を構えた人影が数名―――――それらは橘の眼前で横道より通りに飛び出し、彼らが車列に銃を向けたところで高機動車は横道を通過する―――――
不快な直感―――――思わず、橘は座席越しに振り向き叫んだ。
「おい! 後ろを見ろ!」
眼前を通過した高機動車―――――――
偶然に眼前を通りかかったそれが、隘路から息を弾ませ小銃を構えた民兵たちにとって、格好の目標となった。
家屋からの銃撃に備え、高機動車上部銃座のM2機関砲を構えていた一人の陸曹―――――
上方へ向け銃を向けていたが故に、彼の下方への備えは疎かになっていた――――――
―――――だから、彼が横道から飛び出してきた突然の伏撃者の存在に気付いた時、全ては遅かった。
「え……?」
最初に感じた意外――――
その次の驚愕――――
その彼に銃が向けられ、そして引鉄が引かれた。
スタタタタタタタッ!――――――
「!!?」
連続した射撃は銃手たる陸曹の上半身を幾重にも貫き、防護服の間隙を縫った一弾は陸曹の首筋を貫き、瞬間的に彼の生命を奪った。ボディアーマーの防御力など、至近距離からの連射の前では何ら効果を発揮できなかった。陸曹は首筋から鮮血を撒き散らしながら糸の切れた操り人形のように銃座から崩れ落ち、陸曹の即死を確認した隊員から報告された状況は、無線機を通じ即座に先頭車両へ伝えられる―――――
『スザク4より車両班指揮官へ、戦死者発生! 繰り返す一名死亡! 送れ!』
「――――こちら橘、スザク4、戦死者は誰だ? 送れ!」
『戦死者は宮崎二曹! 繰り返す、宮崎二曹が頸部に受傷、即死!』
橘一尉が怒鳴った。
「替りの者を銃座に付けろ! 急げ!」
『――――了解! 望月陸士長、銃座に付きます!』
そして状況は、それまで状況を傍観していた後方の基地司令部の知るところとなる―――――