第三章:「PKFサンドワール基地」
クルジシタン基準表示時刻02月07日 午後4時34分 クルジシタン北西部 小都市クミ-バト近郊 難民キャンプ
『パンッ……!』
上空を無力に舞うその乗り物に向け、銃を撃つ仕草をして見せた途端、その乗り物は方向を転じ、空の彼方へと遠ざかっていった―――――
奇怪な、そして喧しい乗り物だった。刀のような翼を回転させて飛ぶその姿は不気味で、かつ見上げる者を押し潰さんとするかのような威圧感があった。
そして、その胴体から姿を見せる緑の鎧に身を包んだ男たち――――彼らは自分と同じ銃を持ち、彼らなりの規律に従って自分たちの行為の一部始終を空から見張っていた。だから、彼らがそれ以上のことを為し得ないという事は、少年たちを率いる青年にはすぐに判った。
青年は、生まれて初めて目にしたその乗り物と、それを操る異邦人のことを出会う前から仲間に聞かされ、知っていた。掠奪、放火、そして殺戮……彼らが生業であり、任務であるそれら全てを為している間、その上空には、最近では必ずと言ってもいいほどその奇怪な空飛ぶ乗り物の姿があった。それはあたかも神のみ使いであるかのように彼らの行為の一部始終を見届けると、すぐに何処かへと姿を消していくのだ……まったく、奇妙な連中だった。
「ダキ! そろそろ引上げようぜ」
と、自動小銃を構えた腹心らしい青年が言った。それに無言で頷き、青年は口笛を吹く。空を切るような音とともに、とっくに物資の徴発を終え、それまで死体から目ぼしいものを漁っていた少年たちが銃を手に一斉に青年の下に集まってくる。彼らにトラックへの搭乗を命じ、ダキと呼ばれた青年は最後に荷台へと飛び上がり、運転席の天井を激しく叩き出発を促すのだった。トラックは、走り出した。食料援助用のトラックを得たことで、車列は一層にその物々しさを増していた。
その肌の荒れた頬に生臭い風を受け、ダキは思った。
あの「法難」以来、この国は変わった。
具体的には、周辺より数多くの異邦人が流入し、そして異邦の文物もまた大量に入って来た。それまで剣や槍、弓矢でやっていた戦争の形もまた、一変した。具体的には、戦争の内容は一層酷く、物心の損害は回復しようもない程に拡大している。
風を切るトラックの荷台に揺られ、無言のまま、ダキは自分の持つ小銃に目を凝らした。銃身や機関部に彫刻の施された専用の自動小銃……見た目には単なる鉄の棒くらいにしか見えないこいつは槍や弓も届かない距離にいる敵を一撃で倒し、あるいは同じ一撃で相手の生命をも奪ってしまうのだ。この小銃に籠められた、大きさからして木の実程度でしかない金属の塊ひとつで……だ。
勢力圏下にある南西部特産の翡翠や硫黄と、戦闘で捕虜にした多くの同胞の身柄と引き換えに、海路からそれを自分たちにもたらした人々のことを、ダキたち「神の子ら」の戦士は「西から来た人」と言っていた。正確に言えば、それしか表現のしようがなかった。互いの正確な身の上を知る術も、また知る必要もない、純然たる交易―――――提示されただけの品物を出せば、白い肌をした彼らは黙ってこちらの求める武器を置いていく。
凄まじい破壊力を秘めた、未知の世界の武器――――――その何れもが「神の子ら」にとって垂涎の的だった。新しい玩具を得た子供のように彼らは銃を弄び、破壊し、そして殺した。そこに理念とか目的とか御大層なものはなく、あるいはそれを考える知性と教養すら身につけさせてもらえもせず、あくまで分別の無い子供らしい破壊衝動に従うまま、彼らは戦乱の世を生きてきたのである。
王政の打倒、地上の浄土の建設―――――「神の子ら」の結成当初の理念など、内部抗争によるその提唱者の死、それに続く血生臭い内部抗争の経過とともに、それは少年たちの心からはすっかり消え去り、あとには虚無感と享楽感とが少年たちを支配していた。彼らがその組織の外で殺す人間が増え始めるのと時を同じくして、組織の方針を巡る内部抗争で殺される仲間たちもその数を増し、結成当初の幹部は抗争の過程で全てが「地獄へと墜ちた」。当のダキにしてからか、7歳になるかならぬかの内に「神の子ら」の一員となって、ここまでの地位に伸し上がるのに、敵と同じく何人の仲間を殺してきたのかその正確な数すら覚えていない。
ダキは奴隷の出身だった。彼が奴隷の出身であることは、姓もなく、そのあまりに短い名前からしても、一般のクルジシタン人にはすぐに判った。ダキの両親は彼が生まれるずっと前――――ひょっとすれば、彼らもまた物心つき始めた頃――――から峻嶮な鉱山で働かされていて、その過酷さ故に父はダキが五歳の時、母に至っては六歳の時に相次いで死んだ。ダキにしてからか、物心ついた頃からすでに、事故や病、あるいは監視人による虐待で死んだ奴隷を埋める穴を掘る仕事をさせられていた。そして母が死に、その墓穴を掘っていた最中、内戦中の立ち位置では王道派に属するその鉱山に「神の子ら」が攻め込み、壮絶な攻防戦のすえこれを占領した。
そのとき、ダキは生まれて初めてのことをした。人を、殺したのである。
最初の相手は、監視人だった。でっぷりと太った横暴な男で、気に食わないことがあれば女子供も容赦なくしょっちゅう鞭で殴り、ときには死なせていた。ダキもまた、男の気紛れの犠牲になっていたし、その男が奴隷を殺す度、必ずと言っていいほどダキはその死体の処理を手伝わされていた。
その監視人が、鉱山に攻め込み占領した「神の子ら」の捕虜となり、奴隷の身であったダキは彼らに「開放」された。立場の逆転した互いの相手と引き合わされた瞬間、ダキは日頃の尊大な態度から一転、卑屈な笑みを浮かべて媚を売る監視人の頭を、有無も言わさず坑道掘削用のツルハシで五回殴り、原形すら留めぬ程に粉砕した。その瞬間、ダキは「神の子ら」の仲間と認められ、そして行く先々で彼らと行動を共にした。
「…………」
トラックの前を行く四輪駆動トラックを、ダキは凝視した。彼らの乗る車もまた、「法難」の結果として異邦の地より入って来た物の一つだった。そのような車の中でも、ニホンという地で作られたという車は特によく走り、かつ見栄えもいい。何よりも、その荷台に城壁にすら穴を空けられる威力を持つ重機関銃を搭載できるところがいい。機関銃一丁があるだけで、その場の勢力図が大きく変わってしまうクルジシタンでは、機関銃付きのピックアップトラックは機動力と打撃力とを兼ね備えた重要な新兵器だった。それに彼らにとって敵は、「王道派」と裏切り者の「共和派」から成る新政府軍の他にも存在した。
ある時、「異邦人」の軍隊の車列を、ダキたちは襲ったことがある。
相手は「神の子ら」掃討の任を受け、彼らの勢力圏深くに分け入ったイエリドラという国の異邦人の部隊だった。動きの取りづらい一本道に入るまで攻撃開始を待ち、その先頭を行く装甲車を、手始めにロケット弾で破壊し、突然の奇襲に右往左往する隊列に自動小銃を浴びせ掛けた。こちらの持つ自動小銃や機関銃に対し、敵の歩兵の主要装備は膏管式の小銃で、彼らが持つ機関銃も、その大きさの割には連射が効かず、その上に威力も少なかった。僅か30分の戦闘の後、その敵は壊滅し、ダキたちは見せしめに敵の指揮官と思しき中年の男の首を切り取り、一人だけ生かしておいた捕虜の手で「王道派」の根拠地まで送り付けたものである。それから一ヶ月後、ダキたちは自分たちを討つ軍隊を派遣したイエリドラが、クルジシタンから完全に手を引いたことを知った。
「――――おいダキ」
「何だ……?」
顧みた傍には、一人の青年がいた。装帯以外裸に近い上半身は鞭のように細く、頭に巻いた日除けの麻布からは、豊かな黒髪が覗いていた。ダキとはほぼ同年齢だが、美貌に属する容姿とダキに比しての背の低さが、それを感じさせない若さと、本人すら意図しない女らしさを醸し出していた。
名はアル‐ティラという。実家が富裕な商人という彼の出自はダキよりも遙かに良く、「神の子ら」に参加する前は、地方都市の寺院で聖職者見習であった。実家が商家でも、三男に生まれたアル‐ティラは、家業を継げないが故に自然、聖職者への道を歩むことになったようなものだった。
だがその美貌故、堕落した僧侶の性欲の吐け口にされ、当然彼はそれに耐えかねて寺院を逃げ出し、そして「神の子ら」に加わり、ダキと出会った。
ダキにとって、アル‐ティラはすでに十年近くの時間を共に戦ってきた同志であり、戦友だった。あるいは「恋人」と言い切ってもよいのかもしれない。実戦部隊の指揮官たるダキに対し、アル‐ティラは参謀格として振舞うことが多かった。事実、戦闘における彼の指示は的確で、それ故に政府軍相手の戦闘で勝利に貢献したことは勿論、窮地に陥った味方を救ったこともままある。ダキに実戦指揮官として天賦の才があるとすれば、それを補佐する参謀としての天賦の才は、この美少年にあった。
荷台の上で、ダキと同じくその顔と胸に風を受けながらアル‐ティラは言った。
「今度はニホン人が、俺たちの討伐に出てくるかもしれない」
「ニホン人……?」
「俺たちの乗っているこの車を作った連中のことさ」
「…………」
ダキは押し黙った。普段は他人の言うことに耳を貸さないダキだが、アル‐ティラの言うことはよく聞いた。
「手強いと思うか? 」
試すかのような笑顔の問いに、ダキは表情を固め前へと向き直る。いかなる物事にも動じないダキの顔、それがアル‐ティラは好きだった。ダキがそうあり続ける限り、自分はダキとともに在り続けるだろう―――――
「俺たちには神がついている。神が俺たちを浄土へと誘い、敵を地獄に落とすだろう」
「噂によれば、あの奇妙な乗り物で空を飛んでくる連中も、ニホン人だそうだ」
「そうか……あれがな……」
ダキは思わず、空を仰ぐようにした。
今日もまた、太陽はこの乾ききった国を苛むかのように、熱い光を大地に注いでいる――――――
その空に舞う大鳥が一羽……二羽――――――
クルジシタン基準表示時刻02月07日 午後4時47分 クルジシタン北西部 日本 陸上自衛隊PKF (平和維持軍)サンドワール基地
大地を劈く爆音―――――
空を舞う鳥の影が、突然の闖入者に接し、彼方へと消えた―――――
影はローターを回し低空を駆けるUH-60JA「ブラックホーク」ヘリコプターの機影となり、機影はアスファルトに整地された広大な矩形の空間を滑るように一周し、そして着陸態勢に入るのだった。それが奏でる爆音と風圧は、薄い窓ガラスを、軽々と揺るがす衝撃波となってこのプレハヴの兵舎の二階にまで達して来る。
ブラインドが下ろされ、重い煙草の臭いと気に障る空調の音のみが場を支配するその部屋で、かつてはグルデバ師と呼ばれ、彼の属した組織の尊敬を一身に集めていた法服の老人は、今やクルジシタン平和維持軍所属、日本陸上自衛隊サンドワール基地内の一室に軟禁状態にある、一介の老人であるに過ぎない存在となっていた。
それでも備品のパイプ椅子に悠然と腰掛け、出された茶にも手をつけることなく、老人は黙々と眼を閉じ、瞑想に浸っていた。それは訊問官がいかなる言葉と態度を使い分けて脅し、あるいは宥めようとも変ることは無かった。
「…………」
嘆息とともに吐き出される、煙草の紫煙―――――
それまで窓辺に寄り掛かり、尋問の一部始終を伺っていた、一個の人影―――――ブラインドの隙間から差し込む烈しい陽光が、辛うじてその主たる男の人影の輪郭を、窓辺の矩形を背景に写し出していた。
「お坊さん、あなたの勇気には感服するが、その態度はいただけないな」
ゆっくりと歩み寄り、アルミの灰皿に煙草を押し付ける。困惑しきりの訊問官に退がるよう促し、入れ替わるように向いに座る。光量を落とした蛍光灯の下で、男の顔は瘦せぎすの初老の紳士の顔となった。周囲の改まった態度から、その男がこの場所でも重要な立場にある人物であることぐらい、虜囚たる老僧でも、すぐに判った。但し着ているものはグリーンのシャツにズボンのみという、いたって簡素なものであったが……
瞑想を解き、老人は目を開けた。期せずして交差する両者の眼差し―――――それに触発されたかのように老人は言葉を刻みだす。
「忠告しておく将軍。あなた方異邦人は、この国に踏み入るべきではなかった」
「珍しく意見が一致しましたなお坊さん、私とて、今すぐにでもこの仕事を投げ出して国へ帰りたいと思っていたところですよ」
「正直な方ですな。将軍は」
グルデバ師は笑った。将軍と呼んだ男に、今更ながらユーモアを見出し、それに感銘を覚えたかのようであった。それにつられたかのように将軍も笑う。だがその眼は決して笑っていない。グルデバ師とて、それに気付いていた。
将軍―――――クルジシタン平和維持軍司令官 日本陸上自衛隊陸将補 筧 正毅は、その眼差しに光を宿しつつ、眼前の老人を睨んだ。
「あらためて猊下、あなたを人格者と見込んでお願いをしたい」
「…………?」
「これ以上無用な血を流さぬためにも教えて頂きたい。アーミッドに幹部が集まるのは、来週の何時頃ですか?」
「ほう…………将軍におかれては相当な地獄耳をお持ちでいらっしゃる」
「女房のには負けますがね……どうです? 内乱の終結を促すためと思って、ご協力を頂けませんか?」
「情報を得てどうするおつもりか? 彼らと交渉するのか?」
「残念だがお坊さん、すでに交渉の時期は過ぎているというのが、我々国際社会の一致した意見でね。力を行使し平和への障害を排除するというのが現在の我々の方針です」
「……まさか幹部を根こそぎ殺すおつもりか?」
老人は顔を上げた。その表情には明らかな狼狽が浮かんでいた。頭を振り、筧陸将補は言った。
「彼らが抵抗しない限り、殺しはしない。我々の方針はあくまで彼ら首脳陣を捕縛し、正当な裁判を受けさせることです」
「正当な裁判?……たとえあなた方が真にそのつもりでも、現政権がそれを許すとは思えない……残念だが」
「政権に引き渡すとは言っていない。この国の司法は未だ未整備です。それ故連中には国外で裁判を受けさせ、罪に服させます。そのための根回しも進んでいる。だが内戦が長引けば……」
「この国の法律が整備され、わしも含め、皆が『王道派』の言い分で裁かれる可能性は高まる……そういうことか?」
「残念ながらその通り」
「…………」
老人は押し黙った。筧陸将補の言うとおり、残念ながらクルジシタンはいわゆる「まともな国」ではない。その草創期から続く中央集権体制と王室と「王国聖教」から成る二重支配構造は、数年やそこらの近代的改革では払拭できない腐敗と疲弊とをその中に内包している。政府側は日本をはじめとする平和維持軍を、内乱の仲裁役としてよりむしろ体制側の劣勢を跳ね返す「手駒」として捉えている節があった。内戦の勝利と旧体制の維持こそが彼らの主要命題であって、内政の改革や国内の近代化など、結局は彼らにとってどうでもよいことなのだ……その筧陸将補自身とて、ここに赴任して一カ月程度でとうにそのことを痛感している。だが国内の各勢力を相対的に比較した場合、旧体制こそが国土の安定と発展を実行できる可能性を有する唯一の勢力であることもまた事実だった。
老人は、言った。
「日程を漏らせば、わしは殺される。わしは確かに「神の子ら」の幹部だが、もはや名前だけの立場でしかない。実権はすでに猊下をはじめ、若い者に移っている……その彼らはわしの言葉に耳を貸すような連中ではない」
「猊下とは、ドルコロイの孫のことか?」
「そうだ……」
不意の沈黙―――――それを破ったのは、部屋に入って来た部下の、来客を告げる報告だった。報告を受け、グルデバ師に話を聞かれぬよう外に出る。だが……
「また新政府の連中か……!」
「グルデバ師を引き渡せと言っています」
「何処から嗅ぎつけて来たんだ一体……!」
「実は……また大使館経由のようです」
「くそっ……!」
小声だが、外の異邦人たちがそう話をしているのを、老僧は確かに聞いた。その後も話は続き、数刻の後、部屋に戻ってきた司令官は苦渋に満ちた顔を隠さず、グルデバ師に言った。
「新政府があなたを引き渡せと言っている。自分たちこそ、あなたを裁く権利があると言って聞かないそうだ」
「……で、わしは引き渡されるのかな?」
「いや……わが国とこの国だけの問題ならばともかく、諸国間で合意ができている。我々だけの判断で引き渡すことはありえません」
「…………」
「……だが、何度も言うがそれも何時までかはわからない」
嘆息―――――老人は俯き、やがて顔を上げ言った。
「正直言うと、わしのことは、もういいのだ……」
「…………?」
「わしはもう十分に生きた。何時、どのように死のうともはや悔いることは何もない。だが、アーミッドにいる若者たちは違う。進むべき途を誤ったとはいえ彼らは未だ若い、なんとかして前非を悔い、その上で平穏な未来を生きさせてあげたいと思う……」
「正直……もはや遅いと、私は思いますがね」
と、筧は言った。近い将来、情勢検討のためにアーミッドに集うことを察知されている「神の子ら」の幹部、その約半分が二十にも満たない年頃という彼らが犯した罪は、彼らのその若さには不釣り合いなほど重く、その全てを償うには難しい―――――それでも、おそらくはそれを承知で、老僧は縋るように筧に言うのだった。
「……わしの子供たちを、助けてくれるか?」
「最善は、尽したいが……」
目を瞑り、筧は頷いた。喩え根拠のある回答ではないとしても―――――
―――――上空より圧し掛かるように襲い来るヘリの爆音。
―――――振動に再び震えるブラインド。
それは部屋にいる二人にとって、これから襲い来る嵐の予兆を思わせた―――――
飛行場――――――
―――――UH-60JAは、飛行場の上空で鮮やかな横滑りに続けて機首を換え、そして地上に引き寄せられるようにして着陸した。
「ようこそ、この世の果てへ」
機上整備員の誘導に従い、ホールドオールを担ぎアスファルトの地面に一歩を標した人々はブラックホークの定員いっぱいの14名。その全員がまっさらな作業服姿で、当然非武装だった。国際貢献という任務であり、あるいは名目の一方で、部隊の垣根を超えた統合指揮の円滑化と、志願した (あるいは選抜した)各隊の隊員に前線の空気を触れさせ、経験をつけさせるべく本土から転属してきた追加派遣要員が、彼らだった。
この時期、クルジシタン平和維持軍所属、日本陸上自衛隊サンドワール基地では、367名の警備要員と278名の後方支援要員、そして50名の飛行要員の、計695名が勤務に就いていた。そして基地要員の総数は開設以来、大体において700名前後を推移している。元来、ただ荒涼たる平地だった場所を整地し、アスファルト敷き詰め、仮設の格納庫や宿舎を並べたそこは、内戦終結の暁には拡張され民間用の空港として活用される計画を持っていた。あるいはそれを交換条件に、日本側はクルジシタン政府に基地用地の確保を打診したという話もまた、実しやかに伝わっている。
彼ら14名が降り立った直後、期間満了につき本土への帰還を命ぜられた要員を乗せたCH-47JAがその重厚な機影を震わせながらに青空目指し上昇していく。CH-47JAはそのまま政治的に安定し、設備の整った隣国の空港で人員を下し、下ろされた彼らはといえばそこで本土からの迎えのKC-707空中給油機に乗り、晴れて本土への帰還を果たすというわけであった。そして着任の際は大体において、これらとは逆のコースを辿ることになる。場合によっては空港で帰還要員を下ろしたCH-47JAが、帰路に補充の武器弾薬、食料、そして本土からの「差入れ」を積んで来るのも、このフライトではお決まりの様なものだった。
それ以上に嵩張る車両、燃料等の輸送は、そのまた別の隣国の空港に「間借り」した航空自衛隊のC-2戦術輸送機が、その短距離かつ不整地での離着陸性能を生かし直接基地に降り立つことで為されている。そしてさらにもう一つ、別の隣国の空港施設には、「停戦監視」の名目の下、クルジシタン上空を24時間飛行可能な無人偵察機の基地が置かれていた。
本来ならば補給の利便性と展開費用の節減を考慮し空輸拠点をひとつに絞ればよいところを、自衛隊展開時の土地及び施設使用料の発生と、部隊駐屯に伴う経済効果を期待した諸国が、熱心な誘致運動を展開した結果としてそのような「不合理な」態勢を取らざるを得なくなってしまった。そして自衛隊を国内に展開させた諸国としては、まさにそのこと自体、「軍事大国」日本との「同盟関係」をアピールできる事実として捉えられていたのである。当然この点は当時の国会でも問題となり、「不合理な基地運営」を「血税の無駄遣い」と攻撃する野党側の突き上げに、「地理上の利点」と「近隣諸国間の連携強化」を挙げて苦し紛れの答弁を行う防衛大臣の姿が、同時期の国営放送の国会中継では散見されたものであった……
ヘリコプターの離着陸―――――その様に注意を払うでもなく、男たちは淡々と歩を刻み続ける。
「やれやれ……酷い操縦だぜ」
「死ぬかと思ったよ」
愚痴を吐きながらも、隊員たちは航空機用格納庫を改造した宿舎へと足を運んで行く。高津 憲次一等陸士もまた、その一人だった。
「おい見ろよ!」
一人の隊員が、格納庫の一角を指差した。その指差した先、機体を休めるUH-60JAの傍で、一団の男たちが武器の手入れをしていた。
「…………?」
奇妙な男たちだった。一切の贅肉を削ぎ落としたかのように引き締まった体躯は、それが濃緑色のシャツに隠れながらも、肉体の持ち主が只ならぬ身体能力の持ち主でもあることを感じさせたが、長髪に不精髭というその出で立ちは、画一的な部隊生活に慣れた高津達一般隊員からは、そのような人間が自衛隊の基地内にいること自体想像の出来ない姿であった。自堕落に煙草を咥えながら武器の手入れをし、あるいは装備の点検をする彼ら、まるで戦争映画にでも出てくる無頼の傭兵部隊にも似たその一団が手にする武器を目にした一人が、「あっ」と声を上げ、信じられないといった表情をした。
「M4カービン……!」
陸上自衛隊正式の89式小銃よりも短く、そして軽い小銃―――――それが陸上自衛隊でも限られた、特別な部隊で使われている装備であることを知らない隊員はいなかった。
「ってことは、あれが特殊作戦群……」
部内名称「エス」。対外的な正式名称では特殊作戦群は、陸上自衛隊最強の特殊作戦部隊として知られている。あるいは、この異世界においては世界最強の特殊部隊であるかもしれない。
「転移」前に編成が完結し、以降公式非公式の様々な特殊作戦に投入されたことは、国際政治や軍事に関心を持つ者にとっては自衛隊員でなくとも知るところだった。映画やドラマは勿論、ゲームや漫画の題材になっていることも多く、高津のような一兵士でも特戦群のことは、その過酷さで知られる入隊試験や、驚異的な戦闘能力ぐらいは、入隊時から噂の形でかなりの頻度で耳にしている。
「あいつら人間じゃねえよ」
とは、以前に高津の所属した駐屯地で、以前特殊作戦群との演習を経験したことのある古参陸曹の言葉だ。その陸曹の所属した小隊は、たった一人の特戦群隊員に、演習でその宿営地を「壊滅」させられ、戦力の半分が「戦死」してしまったのである。
「赴任者は基地事務所へ、これより配属手続を行う」
誘導役の陸曹が声を上げた。じりじりと照り付ける陽光の烈しさに、高津が気付いたのはそのときのことだった。
陽光の下、黙々と武器の整備をしている特戦群隊員を目にして高津は思った。
彼らは一体、ここで何をしているのだろう……と。
「――――表向きは新政府軍の訓練支援だけど、実際は『特殊任務』さ」
と、新入りとでも言うべき高津一士の疑念に答えを与えた形となったのは、基地事務所の人事係とでも言うべき二等陸曹で、名は三河真一といった。入隊前は会計事務所に勤めていたという彼は、そこでひどい使い込みをやって、逃げるように入隊したと専らの評判だったが、着任したての高津がそのような事情を知るにはまだ幾分かの時間と慣れが必要だった。
だが……三河二曹の胸で煌めく何かを認め、高津は一瞬我が目を疑い、そして細める。人事係の作業服の胸を飾っていたのは、陸上自衛隊全隊員が垂涎してやまない、紛れも無いダイヤモンドと月桂樹のレンジャー徽章だった。
「すごいですね……レンジャーですか?」
「は?」
不機嫌そうに、三河二曹は机から高津を見上げた。それからすぐに、不機嫌そうな表情は苦笑へと席を譲った。
「ああこれね……実施部隊にいたとき、受けてみたのさ。そしたらすぐに貰えたよ。教程は辛いが、まあ、何とか耐えられた。お前さんも機会が来れば試してみればいい」
「はいっ!」
頷きつつも、高津は割り切れない表情をする。現役のレンジャー隊員が、何故此処で机と睨めっこしているのだろう? それ程、陸自には人が余っているのだろうか……? それ以上は掘り下げず、高津はさり気無く話題を転じるのだった。
「『特殊任務』って、何やるんですか?」
「そんな事、此処で漏らしたら永久に祖国には帰れねえよ。聞いたお前も同罪だ」
と、二等陸曹は高津をやんわりと脅して見せたものだ……だが、同じく後で判ったことだが、彼らに関する話は基地に居ながらにしていやでも耳に入ってくる。
深夜、完全武装の特殊作戦群隊員を乗せたUH-60JAが無灯火で基地から離陸していくのを何度も見たとか、ヘリが夜間任務から帰還してきた後、倉庫の隅で血の付いたナイフを洗っている特戦群隊員を見たとか、早朝、ひっそりと着陸してきたUH-60JAから、欺瞞装備に身を包んだ隊員が狙撃銃を手に二人降りて来た……とか、真偽の程の定かではない話の種には尽きなかった。
「武装勢力の要人を殺しまくっているのさ」
と、ある隊員は真顔で言った。重要な地位にいる人物の家なり隠れ家なりを空から急襲し、始末することで反政府軍の指揮系統を攪乱し、その勢力を抑えているのだという。だとすれば紛争地帯の行政監視と治安維持というPKFの役割を大きく逸脱していることは確実で、ことが露見すれば組織としての自衛隊の立ち位置は勿論、本土の政局にすら影響を与えかねない暴挙であるのかもしれなかった。
「日本政府と現地の政府との間で秘密協定ができている。内戦終結後に本格化する復興事業の独占と引き換えにした特戦群の派遣だ」
と、先着の隊員たちが語り合う声を、IDカードとロッカーの鍵をもらって宿舎に戻り、宛がわれた寝台を整頓中に高津一士は聞いた。航空機用の格納庫を改造した隊員宿舎は広いが、隊員一人一人の使えるスペースは決して余裕のあるものではなかった。格納庫内に、ただ整然と並べただけの簡易寝台が二段、その中の矩形の空間が、彼ら一人一人が自由に使える唯一のスペースだったのだ。当然、プライベートの確保など、期待するまでもなかった。ロッカーは使い古し、本土の中古備品店からかき集めてきたのであろう、それに加えて現地の過酷な気候……塗装が禿げ、醜く錆付き、所々のへこんだそれの、立て付けの歪んだ扉には、恐らくはとうに本土へ帰還した先住者が貼ったものであろう、グラビアアイドルのピンナップページの切り抜きがベッタリと貼られ、色褪せていた。
『えらいとこに来たなあ……』
と、高津一士は思った。多額の海外派遣手当てと一時金につられて志願した任務だが、さっそくに嫌気が射し始めている。かといって、無茶ばかりやっていた昔、入隊前に妊娠が発覚し、それから結婚した18歳の妻と子供のことを思えば、今更投げ出す気にもなれなかった。
「新入りか?」
「!?」
傍から唐突に声を掛けられ、顧みた鼻先には、クルーカットの男が上段の寝台から逆様の姿勢でこちらを伺っていた。細身の長身に、鎧のような筋肉を纏っていることは略装姿からでもすぐに判った。階級は――――――
「失礼しました! 士長!」
「おう、同じ寝台なんだ。先に挨拶ぐらいしろよ」
そう言って、士長は笑い掛けた。日焼けした肌にがっしりとした首筋、堀の深い顔から覗く白い歯が異常なまでに健康的であるように高津には思われた。只の兵隊ではないことは、すぐに判った。
ひょっとして、特殊作戦群の隊員?……という驚愕にも似た高津の思念と疑問は、程無くして外れた。
「おれは、降下救難員だよ」
と、士長は言った。降下救難員といえば、パラシュート降下で敵中に侵入し、敵の勢力圏内に脱出した友軍パイロットを救出するという過酷な想定に基づき編成された航空自衛隊の特殊救難部隊のことだ。志願資格は一般の救難員である他に、救難員養成課程と並ぶ過酷さで知られる陸自の空挺レンジャー課程を修了していることという厳しさで、その後の訓練もまた途方もなく厳しい。航空自衛隊でも精鋭として知られる戦闘機パイロットの総数よりさらに実数の少ない精鋭中の精鋭が、彼ら降下救難員であった……だが、どうしてここに航空自衛隊の隊員がいるのだろう?
「……何だ? どうしておれのような空自が、こんな場違いなところにいるのか理解できないとでも言いたげじゃないか?」
と、救難員は苦笑した。高津の無理解を別に怒る風ではなかった。救難員に代わり実相を述べれば、基地人員を構成する約700名の内、その大半を占める600名こそ陸上自衛隊からの派遣人員だが、あとの100名程は海上自衛隊と航空自衛隊からの派遣人員で占められている。三自衛隊の垣根を超え、紛争地帯に赴かせることで基地要員に「実戦経験」を積ませようという統合幕僚部の意図が、そこには存在していたのだった。
パラメディックの名は、加藤 堅城といった。階級は空士長、ここに赴任する前は、沖縄の航空自衛隊那覇基地にいたという。その彼が、今ではこの最果ての地で陸自のヘリコプターに乗り、機上整備員の任務に就いている……
「―――――勢いで結婚しちまったからな。家を建てる頭金が欲しかったんだ」
と、志願の理由について加藤空士長はそう言った。その点は高津一士に似ていた。趣味のサーフィンが縁で知り合ったという彼の妻は間もなく出産する見込みで、ただ金に眼がくらみ、この未開地へと足を踏み入れた自分よりはずっとまともな志願理由だと高津は思った。
高津一士は、特殊作戦群に関する話は大抵この加藤空士長から聞いた。その配置柄、加藤空士長は特戦群と行動を共にする頻度が高く、一般には公にされない彼らの行動を、間近に見る機会に恵まれていた。
例えば高津一士が赴任する前週、「神の子ら」の兵士200名が夜間、山間に秘匿された彼らの宿営地で何者かの奇襲を受けて全滅したという衝撃的な事件が起こっていた。組織間の仲間割れに起因する突発的な抗争によるものという話が、現地政府の公式発表だったが、その事件が発生したとされる推定時刻の約一時間前、加藤空士長の搭乗したヘリコプターは、該当地域の同じく山間部に、情報収集活動という名目で搭乗した一個分隊ほどの特殊作戦群の隊員を降ろしていた。そして約八時間後、加藤の乗ったヘリが遠く離れた山麓の会合地点で再び彼らを収容したとき、彼らの全員が、例外なくその手持ちの弾薬を悉く使い果たしていた―――――その後当該地域での「神の子ら」の行動は完全に影を潜め、その翌週に政府軍が進駐し彼らの手による地域の「奪回」を宣言した。
「よく見ておけ。だが絶対に口外するな」
と、そのときの特戦群の指揮官が、ドスの籠った口調でそう告げたのを、加藤空士長は未だに鮮明に覚えている。
「―――――ここに来ておれが経験したことはいろいろとあるが、全部は話せない。あとはお前さんがお前さん自身の目で見て、そして確かめることだ」
と、加藤空士長は話を締めくくった。同時に、雑音混じりのラウドスピーカーが、聞き取りにくい、不快な声をがなり立てた。
『―――――新入警備要員は宿舎前に集合。繰り返す。本日着任の警備要員は宿舎前に集合せよ』
「そうら、お呼びだぞ」
ニヤリと笑い、加藤空士長は高津一士に外へ出るよう促した。
「敬礼……!」
こいつが、噂の佐々三等陸佐か……陸曹の号令と同時に、着任を果たしたばかりの隊員たちの前に姿を現した指揮官を、高津一士は緊張と興味との籠った視線もそのままに見詰めた――――そしておそらくは、彼と同じ境遇にある新任隊員たちもまた、その感慨は同じだった。
均整の取れた体躯は、決して他に誇れるほどの背の高さを有してはいなかったが、如何なる過酷な環境においても安定を失わないかのような頑健さを漂わせていた。美形とはいえないまでも健康的な印象を与えるがっちりとした顔立ちもまた、鍛錬を経た故の堅さと知性的な柔和さの絶妙の配列を外界に醸し出しており、決して他者に悪印象を与えるものではなかった。
クルジシタン平和維持軍 日本陸上自衛隊サンドワール基地警備部隊指揮官 佐々英彰三等陸佐は一般幹部候補生出身。大学在学中に公認会計士資格を取得し、さらには難関として知られる司法試験に合格した経験すら持つ。本来ならばそのまま社会に出ても順風満帆の人生を歩めた筈の彼が何故に自衛官という、凡そ非日常の世界に身を置くことを択んだのか理解できる者は、この基地はおろか日本中探しても、おそらくは皆無であろう。
「頭を動かすのに飽きただけさ」
と、翻意を勧める傍らで彼の真意を聞いた知人に、佐々はそう言ったと伝えられている。その知性だけではなく、高校、大学時代に勉学の傍らラグビーで鍛えた身体と精神力も、この男の新しい働き場所に於いて的確であったのかもしれなかった。
無言のまま、眼前に整列した決して数の多くない隊員たちを見廻し、佐々三佐は言った。
「楽にしてよし。陸自の流儀に拘るには此処の気候は酷過ぎるだろうからな」
「…………」
冗談の積りではあろうが、余計とも思える言葉に、隊員たちは言葉を失った。その一方で、彼らの微妙な表情の変化を無視するかのように、佐々は続けた。
「隊員諸君、この国で一番安全な場所へようこそ。だが諸君らも知っての通り、外の世界は違う。我々の任務は、この生まれ変わったばかりのこの国を、喩え此処の警備を疎かにしていようと、我々が決して全滅の憂き目に遭うことのない平穏な場所にすることである」
隊員たちは笑った。指揮官の砕けた口調に共感を覚えたのか、出来の悪い冗談に苦笑を覚えたのか……おそらくはそれらの両方であったのかもしれない。
佐々三佐は続けた。
「……まあ、諸君らには例外なく、いずれ警備任務が回ってくるだろう。その際によく、この国の現状を目に焼き付けておくことだ。この国の現状は我々日本人の想像を絶する。軽はずみな人道主義や友愛思想など通用しない。むしろそれは我々の生命を脅かす以外の何物にもなり得ない。諸君らはいずれ、それを自らの身を以て学ぶことになるだろう」
―――――三ヶ月前に起こった、この国で起こった「事件」のことを、聞きながらに高津一等陸士は反芻していた。政府や自衛隊の反対意見を押し切る形で、日本の非政府組織の派遣した人道支援グループが、「神の子ら」の勢力圏内に無断で侵入し、そこで拘束されてしまったのである。
それまで「軍隊であるが故の」クルジシタンPKFの「非人道ぶり」を感情的に批判していた連中が、事件が起こるや一転して「人質救出」に動かなかった自衛隊の「無策ぶり」を非難し始めたのは高津一士のような若者にとっても苦笑ものだったが、自らの無防備ぶりから人質となった連中を待ち受けていた末路を知るにつけ、その苦笑も凍りついてしまった。「神の子ら」は「自己責任」の原則を盾に日本政府が交渉に応じない――――彼らの要求に屈服しない――――ことを知るや、恐るべき行動に出た。人質全員が即座に鉈のような刃物で首を切られ、その首は現地の人道支援グループの本拠地に送り付けられてきたのである……それから一ヶ月後、人道支援グループは現地で解散して逃げるように日本に戻り、彼らが現地の土を踏むことは現在に至るまで無かった。
自業自得と言えながらも彼らの運命はテレビや新聞で大々的に報道され、やがて消えていった一方で、ネット上の某巨大掲示板では現在に至るまでも大多数の嘲笑と侮蔑の的となっている―――――
―――――隊員は解散し、その際に高津一士は隊員たちの話す声を聞いた。
「うちの隊長が弁護士なら、特戦群の隊長は医者らしいぜ?」
「医者……!?」
「何でも医大出身なんだと」
「医大出身なのに、なんで医者にならなかったんだ?」
「ばか、医師免許取ってから入隊したんだよ。でも……じゃあ何で医官にならなかったんだって話だよな」
「特戦群の奴が言うには、本当は命を救う職に就くはずが、何かの間違いで命を奪う職に就いてしまった……とさ」
「うちの指揮官といい、そっちの隊長といい、まるでマンガの主人公みたいだな」
「おい!……あれだよ」
「……?」
他の隊員の指差した方向を、高津は顧みた―――――
「…………」
対象を見つめる視線が、思わず固まった。
長身、細身の体躯は全身を包む野戦服に程よく馴染み、精悍なマスクを包んだ肌は、見事なまでの赤銅色に染まっていた。目付きは遠目からそう判るほどに悪く、だがその瞳には狼のような、爛々とした覇気が瞬いていた。そして男の歩みには、一片の隙も見出すことは出来なかった。
「あれが御子柴三佐だ」
連絡幹部に先導され、司令部に入っていく男の後ろ姿を、高津一士たちは呆然として見送るのだった。