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第十六章:「帰還」

クルジシタン基準表示時刻02月09日 午後20時31分 旧王都アーミッド西区


 『―――――「サクラ」より「キツツキ」各機へ、戦闘地域上空への展開を確認。交戦を許可する。送れ』

 『―――――「キツツキ」リーダー了解。リーダーより全機、これより散開しつつ戦闘地域上空に進入せよ―――――』


 OH-6D編隊を統括する鵜飼一等陸尉の声を通信網に聞くのと同時に、編隊を構成する一機、OH-6D「ハヤブサ01」操縦士、村上 士郎二等陸尉は、ヘルメットに取付けた暗視装置越しに、眼下の地上に目を細めた。その緑のヴェールの先では、街区の各所から生じる彼我の曳光弾の束が、蛍の様に飛び交っていた。

 「―――――――!」

 『――――モンハン01、これより離陸する!』

 火の玉のように行き交う弾幕―――――同時に、その只中から上昇に転じたUH-60JAの姿を認めた瞬間、「ハヤブサ01」操縦士、村上 士郎二等陸尉の(はら)は決まった。

 『―――――こちらキツツキ、攻撃位置に付いた機から各個に掃射。UH-60の離脱を援護する……!』

 編隊指揮官の命令―――――そのとき、数機の機影が、横を掠めるようにして高度を下げるのを村上二尉は見た。村上二尉の小隊に先行しいち早く戦闘地域上空に展開したOH-6D群の四機だった。武装勢力の籠る側の廃屋群の、ひときわ大きな建物の屋上、そこに集まり、無秩序な銃撃を続ける民兵の群れが、エシュロン隊形から一斉に高度を下げた彼らのの目標となった。


 「すごい……!」

 暗視装置を通じ拡がる眼下の光景に、村上二尉は思わず息を呑んだ。

 今なお衰えぬ彼我の弾幕の交差――――夜で視界が狭められているということもあるだろうが、敵の射撃は無秩序で、そして豪雨のように圧倒的だった。見下ろす限りでは曳光弾の滝といってもよかった。

 その弾幕の間隙を縫うように敵から撃ち出されるロケット弾の白く、曲線的な軌道―――――その先端が廃屋と言わず地面と言わず行き着くべき場所に達するや、烈しい光の柱が立ち上り、土埃や破片を周囲にぶちまけているのがはっきりと判った。友軍は暗視装置の恩恵とでも言うべき正確な射撃でそれに対処しているのだろうが、一帯に投射されている弾薬の分量は、明らかに敵に利があり、友軍はそれに圧倒されつつあるように思われた。


 村上二尉の小隊全機が縦列を形成し掃射態勢に入ったそのとき、小隊指揮官の鵜飼一尉と地上との交信が通信網を廻った。

 『――――こちら守備隊指揮所、キツツキ、こちらの反対方向にある巨大な建物が見えるか? 送れ――――』

 『――――弾幕が烈し過ぎて彼我の位置を特定できない。こままでは誤爆の恐れがある。目標指示を請う。送れ――――』

 『――――了解、レーザーを照射する。待っていてくれ』

 数秒の後、友軍戦線の一角から延びた一条の太い光線―――――それは即座に巨大な建物の屋上へと延び、そして円を描くように指し示した。同時に確認できた、地上に展開するPKF隊員の防護服で点滅を繰り返すIRマーカーの瞬きで、混戦の中で不明確だった敵味方の配置が、一層に鮮明さを増したように上空のパイロットたちには思われた。

 『――――こちらキツツキ。光線を視認した。これより掃射に入る』

 一本棒になってOH-6Dは一斉に降下し、編隊は蛇のように敵陣へと躍り掛かった―――――

 「―――――――!?」

 街区の各所を拠点にPKFと交戦を続けていた「神の子ら」にとって、天空からの殺戮は一瞬で始まり、そして彼らの多くが自分でも知らない内に死んだ。

 ミニガンとロケット弾、そして擲弾発射銃を装備した死の天使―――――武装した総勢八機のOH-6D観測ヘリが、その持てる全ての火力を一点に叩き込んだ後、その場で生存を許されたものなど皆無と言ってもよかった。

 急激に接近する蜂の羽音にも似たローター音、夜空の桎梏を縫い迫る恐るべき刺客の存在に、まず廃屋の屋上で銃撃を続けていた民兵が気付き、彼らはその直後に降り注いできたミニガンの弾幕に薙ぎ倒される。続いて新手の敵の接近に気付いた地上の「神の子ら」もまた、五月雨式に着弾するロケット弾や擲弾に吹き飛ばされ、そして灼かれていった。

 機銃弾で切り刻まれ、ロケット弾で焼かれ、擲弾で引き千切られる―――――それがかつて平和な時代では四十近くの数の露店と売春宿とが入っていた廃屋の、崩壊しかけた屋上で起こった全てだった。

 「――――――!」

 突然の急襲に燃え上がり、黒煙と焔を噴き上げ続ける街区とその周辺の惨状を目の当たりにしたそのとき、ダキは全ての希望が潰えた事を悟った。

 無反動砲―――――あの異邦人どもに対する最強の切札の指揮を執っていたアル‐ティラはすでにこの場にいない。重火器に対するに、あの異邦人どもはまるで悪魔のような手際の良さで対処する。彼らはたった一発の手榴弾で無反動砲を、それを乗せたトラックとそれを操作する兵士もろとも吹き飛ばしてしまったのだ。アル‐ティラはと言えば、その無反動砲の指揮を執ると言ってダキと別れたきり、完全に消息を絶ってしまっている。


 「…………」

 無言のまま、ダキは夜空を仰ぎ見た。虻の羽音のような爆音を轟かせながら上空を行き交う不気味な影が複数。それは地上近くまで降り立つやその眼に入る全ての民兵に対し、未だ破壊と殺戮の弾幕を注いでいた。時たま天に撃ち上げられる光弾の数珠が一条、また一条―――――だがそれは虚しく夜空を飾り、却ってこちらの位置を空の凶悪な捕食者どもに暴露するという逆効果をもたらしている。さらには上空からの攻撃に呼応する地上の敵が、その正確な射撃で対空射撃を沈黙させていくのだった。

 同時に――――――

 膠着から完全に敗勢に転じた戦線の、三々五々と持ち場を離れ、あるいは散りゆく影、影、人影……これまで味わったことのない敗北が、彼らの離散に拍車を懸けていた。一旦それが始まれば、押し止めることの出来ない崩壊――――――それまで勝ち続け、殺し続けることで維持されてきた「神の子ら」に属する若者たちの結束は、彼らよりずっと強固な連携と火力とを持つ異邦人の集団を前に、今まさに崩れ去ろうとしていた。


 否―――――それだけではなかった。

 敗れれば、逃げてまた集合し戦えばいい―――――事実、彼らはこの夜までそうしてきた。喩え負けたとしても、それでこれまでは上手くいっていた。明確な指揮系統と戦略目標を持たず、それゆえに完全な崩壊に至らないという、ゲリラという戦術単位の有する最大の利点、同じ性質の組織たる「神の子ら」も、十分にその恩恵に預かってきたのである。完全な壊滅という目を見たことが無いからこそ、「神の子ら」の大勢は、安易なまでに再起に賭けた。言い換えれば、再起するために彼らの多くが撤退という途を択びつつある―――――


 だが―――――この夜、今まさに味方の敗退を目の当たりにしているダキには、その他大勢とは違った感慨が芽生え始めていた。

 リュラ――――アルデム‐ドルコロイという精神的指導者を失い、あまつさえ数多の離反者を出した現在、一都市を支配していられるほどの力は、こちらからは完全に失われてしまっている。叛乱者たちはこちらと比肩しうる程にその数は多く、例え今ニホン人をこの街から追い出したとしても、その後の勢力間の政治的、物理的抗争に要する時間と人命を考えると、アーミッドの維持は余りに非合理な判断ではないのか……?

 それでも、他に行く場所の無い我々は―――――

 「ダキ様! ここはお退き下さい!」

 未だ頭目にたいする忠誠心を捨てていない部下が、自動小銃の引鉄を引き続けながら叫んだ。それをダキは冷然と見返し、やがてニヤリと哂った。

 「退く?……何処へ?」

 ダキは周囲を見回した。物理的な壊滅状態より先に精神的に破綻を来した武力集団……自らが育ててきたそれに対する失望はこの瞬間に募り、そしてダキに、自身でも思いの拠らない、他者に縋る意味の言葉を紡がせた。

 「レゲス‐ダリはどうしている?」

 「全く連絡が取れません……!」

 それに何かを言おうとして、ダキは失敗した。不意に飛び込んできた仲間うちの別の誰かの声が、この敗戦の場に新たな局面をもたらしたからだった。

 「敵の増援だ!」

 「異邦人の戦車だ!」

 「―――――――!?」

 驚愕とともに転じた視線の先で、ダキは我が目を疑った。

 装甲車の車列―――――重厚なその連なりは、民兵たちの眼前で止まり、その背後からさらに複数の人影を吐き出した。

 『―――――援軍だ!』

 『援軍が来たぞ!』

 弾んだ声が何処ともなく生じ、その次には安堵が生まれた。街路を突っ走り、眼前でブレーキ音もけたたましく滑り込んできた96式装輪装甲車の姿を目にした瞬間、それまで激戦の中で息をひそめていた生への希望が、一気に芽を吹いたかのように思われた。

 「…………」

 96式装輪装甲車から降り立ち、ごく自然体な歩調もそのままに平然と自分の眼前に進み出た人影を見出した時。彼自身もまた89式小銃を手に応戦していた大清水一等陸尉は、むしろ唖然として彼の上官を見詰めた。

 「佐々隊長……」

 「よう! お前ら乗ってっか?」

 それが切欠だった。一人の指揮官が自分と彼の部下の任務を全うしたことに気付いた切欠を、佐々三佐は図らずもこの煉獄にもたらした形となったのだ。

 「お待ちしておりました……!」

 声を詰まらせ敬礼する大清水一尉の上腕を、佐々三佐は笑顔もそのままに勢いを付けて叩いた。それが緊張が解け、戦場から(うわ)付きかけた部下を叱咤するために、佐々が入れることの出来る唯一の気合だった。

 ドンドンドンドン――――――!!!

 背後に生じた重厚な射撃音に、二人はほぼ同時に背後を顧みた。広い街路を挟んだ向かい側へ向け、96式装輪装甲車の銃手が擲弾を撃ち込んでいた。擲弾の銛は前方の廃屋の壁をミシンのように穿ち、忽ちにして全壊させてしまう。同時に生じたM2機銃、MINIMI機銃の射撃音が停止した車列の各所から生じ、それは夜の廃墟を舞台に、さながら破壊の交響曲を奏で始めていた。

 「止まっている暇はないぞ。命令を出せ!」

 佐々三佐の声が切欠だった。我に返ったかのように、大清水一尉は部下へ声を振り上げた。

 「よおし撤退だ! 基地に帰るぞ!」

 「搭乗は負傷者を優先! 装甲車に乗せろ!」

 「健在な者は負傷者を援護。応戦しつつ後退せよ!」

 「一人も残すな!」

 指揮官の方針が決まれば、あとは部下がそれを忠実に実行するだけのことだ。その点隊の陸曹たちは最良の仕事をした。陸曹たちの指示に従い、同僚に支えられ、あるいは担がれた負傷者が次々と装甲車の車内、あるいは輸送トラックの荷台に乗り込んでいく。

 「RPG!!」

 警告の怒声に、撤退すべく移動を始めていた隊員たちは一斉に伏せた。大清水一尉も例外ではなかった。自分でも驚くほどの勢いで地に齧り付くように伏せた直後、烈しい爆発音とともに地面が揺れた。

 「佐々三佐!?」

 先刻までつい自身の傍らにいた筈の上官―――――そのことに気付き見上げた先で、大清水一尉は我が目を疑った。佐々三佐は伏せもせずにとうに彼の傍から離れ、車列の間を歩き回りながら声を張り上げていたのだ。それは負傷者を案じる誰何の声だった。

 「着弾に巻き込まれた者はいないか!? 負傷者は!?」

 その姿に大清水一尉が、前線指揮官としての彼の任務を思い返したのは、決して偶然の為せる業ではなかった。バネのように立ち上がるや、大清水一尉は怒声を上げた。

 「応戦しろ!! 各員側方へ弾幕を展開!」

 部下が命令に応じるのに、数秒も要しなかった。健在な隊員が一斉に89式小銃、そしてMINIMI分隊支援機関銃の銃身を上げ、破壊の咆哮を轟かせる。それに96式装輪装甲車、軽装甲機動車、高機動車の銃座が続き、それは決して広いとは言えない空間に、濃密な弾幕の壁を形成してしまった。壁は破壊的な旋風と化し、「神の子ら」の潜む側を圧倒的なまでの破壊力で荒れ狂うのだった。再び大清水一尉の元に歩み寄ってきた佐々三佐が、背後から彼の肩を叩いて言った。

 「敵の指導者は何処に居る?」

 「周辺の安全を確保し次第、車に乗せます」

 「何故早めに離脱させなかった?」

 「それが……私の意思だからだ」

 「…………?」

 指揮所となった部屋の奥から現れた、非実用的な服装の主を、佐々三佐は思わず見返した。その体躯は年齢相応にか細かったが、乱れた黒い前髪から覗く眼差しは、周囲の僅かな光すら貪欲に吸い込んだかのようにギラギラと輝いていた。

 「あなたが……」

 そこまで言い掛け、言葉を失った佐々三佐に、かつて教主と呼ばれた少女は、厳かに言った。

 「……私は、『神の子ら』を統べるに足る器ではなかった……悲しむべくは、和平を言い出せなかった私自身の怯惰にある。あなた方が来る前に……」

 「それは……この場でするべき話ではないな。弁解ならば後で幾らでも聞く。今は共に生きて此処を出ることが先決だ」

 不毛な会話を打ち切るや、佐々三佐は車列を顧みた。教主を乗せろという、沈黙の合図だった。

 「急げ!」

 周囲を健在な隊員に固められ、歩き出した教主――――――

 「神の子ら」の潜む街区――――――

 苦し紛れに誰かが放った照明弾は、それを挟んで彼我が対峙する街道の上空で弾け―――――

 彼我を照らし出す―――――

 顕わになる彼我の配置―――――

 「……リュラ?」

 「ダキ……!」

 自らの位置を別つ街道から、二人は互いの姿を認める―――――

 目を剥き、思わず前へ出ようとする少女を、自衛隊員が制する。

 「―――――――!!!!」

 絶叫――――――――ダキは構え、そして撃った。

 衝撃―――――――

 そのとき何が起こったのか、ダキには判らない。

 急降下し、擲弾を放つOH-6D――――――

 連続発射された擲弾は、白煙を曳きつつダキの周辺に着弾し、尚も生き残っていた彼の部下を吹き飛ばした。

 「―――――――!」

 薄れゆく意識―――――

 衝撃と死への誘いに身を任せつつ、走馬灯のように巡る想い―――――

 初めて出会ったのは、八年前だった――――

 解放されたとはいえ、教団の中では未だ下層の戦闘員だった少年と、深窓の姫君同然に育てられた少女との出会い―――――

 共に行く道は違えど、互いへの意識は常に二人に在った―――――

 思い出されるあの日―――――

 お前を絶対に守ると誓ったあの日―――――

 約束は果たされず―――――

 敵中に陥ちていく意中の(ひと)―――――

 落涙―――――

 ―――――そこで、ダキの意識は完全に消えた。

 『―――――こちらキツツキ、火点を制圧』

 「教主を収容しました!」

 ヘリからの執拗なまでの攻撃を受け、着弾の火柱に覆われた敵陣を凝視しつつ、佐々三佐は手を上げて叫んだ。

 「もういい。脱出だ!」

 「全員乗車! 脱出する!」

 彼自身小銃を下ろし、視線を転じた先―――――― 一台の高機動車が助手席のドアを開けて前線指揮官の乗車を待っていた。寸刻も待たず大清水一尉は叫んだ。

 「本官は最後に出発する。部下が先だ!」

 車列は一斉に動き出し、秩序を持って走り出した。目に見える全ての車両が走り出し、あとには高機動車二台と、大清水一尉、そして佐々三佐が残された。二人が気付いた時には周囲は、そこに在る空気までも集中砲火の圧倒的な破壊力で殺してしまったかの様に静まり返っていた。

 『――――――こちら「キツツキ」、弾薬残り僅か、これ以上の援護は出来ない。脱出を急いでくれ』

 『――――こちらサクラ、無人偵察機(UAV)より報告。王国軍が旧都北門に到達、すでに残存の民兵との戦闘が始まっている模様―――――』

佐々三佐は無線機を取り上げた。

 「こちら地上班、『サクラ』、南東区にUAVを回してくれ。別働隊の動きを知りたい。送れ」

 『―――――「サクラ」了解。別働隊はすでに敵の増援と交戦している模様。現在展開中の「キツツキ」から回収用のヘリを回すがいいか?』

 「『サクラ』……頼む!」

 数機のOH-6Dが、一斉に機首を翻し南東方向へ向かっていった。それを見届けた後で、佐々三佐は傍らの大清水一尉を顧みた。

 「隊長……」

 大清水一尉は佐々三佐を顧みた。平静な表情もそのままに、微笑で応じた佐々三佐、そして大清水一尉は言った。

 「お見苦しいところをお見せいたしました。隊長!」

 「さあ、帰ろうか!」

 「はい!」

 小走りに、だが疲労を感じさせない確固とした足取りで、二人は帰路の第一歩を刻んでいった―――――



クルジシタン基準表示時刻02月09日 午後20時42分 旧王都アーミッド南東区


 『―――――御子柴より後備部隊へ、敵の接近を視認。警戒を厳にせよ。送れ』

 「後備部隊、了解」

 命令を受けると同時に、傍らにいた島 亘三等陸曹が、身を隠しながらに半壊した窓から外を覗き込むのを大友拓也一等陸士は見た。周囲はすでに、頼りない星明り以外に完全な闇の支配するところとなっていたが、暗視装置の前ではそれは障害にはならなかった。

 「全員配置に付け」

 それだけを島三曹は言った。低い声だったが、無線のイヤホンを通じたそれは、明瞭に聞き取ることが出来た。大友一士とその他二名も、一斉に動いて廃屋の各所に散り、そして配置に付いた。

 崩れかけた廃屋の壁―――――

 暗視装置のゴーグル越しに覗く照星――――

 二脚を立てたMINIMI分隊支援機関銃を抱くように構え、銃床の底をしっかりと肩に充てる――――

 『――――森川、配置完了』

 『――――西田、配置完了』

 「大友……配置完了」

 そして、大友一士は移動中のヘリで示された作戦の概要を脳裏で反芻した――――――


 遡ること五分前――――――

 「―――――作戦を説明する」

 ReCS端末を手に、御子柴三佐は切り出した。

 部隊は降着するや、まず御子柴三佐直卒の特戦群隊員五名がいち早く目標街区に位置するハガル橋を渡り、橋の南東側――――つまり、大友一士たちが降り立つ地点の対岸――――に展開し防衛線を展開する。

 特戦群は敵の増援部隊を迎撃する。島三曹ら普通科部隊は後備として降着地点を確保、特戦群の作戦を支援する。先行した特戦群は敵の前進を遅滞させつつ後退し、最終的には橋の対岸まで撤退、特戦群と後備部隊はそこで合流し全面的に撤退した後、安全な地点でヘリの支援を仰ぎ、旧都を脱出することになる……

 「質問」と軽く手を上げたのは島三曹だった。無言で頷き、御子柴三佐は発言を促した。

 「敵は予想通り、この橋に来るのでしょうか?」

 「絶対に来る。俺の言う事に間違いは無い……とでも言わなきゃ、やってられんよ」と、鷲津一曹。

 「…………」

 鷲津一曹に対する怪訝な眼差しを隠さない島三曹を、御子柴三佐は宥める様に言った。

 「伏撃位置を此処に設定した根拠はある。ハガル橋に面する街道はこの場所ただ一つ、この地点は道幅も広く見通しがいいから、大部隊を迅速に動かし易い。それにこの夜だ。敵は……こちらが夜間でも相手の動きを察知できる手段を有していることぐらい薄々気付いてはいるだろうが、それでも夜であるということに対する安心感は拭いきれていない。敵はおそらく、我々に発見されるリスクよりも、迅速に味方に合流できるメリットの方を取るだろう」

 「小官としては、敵がこのルートを通ることを祈るのみです」

 「実を言うと、本官もそうだ」

 御子柴三佐は頷き、自嘲気味に笑ったものだ。

 特戦群の武装は照準鏡装備の64式小銃に手榴弾、MINIMI分隊支援機関銃、そして空輸により新たに搬入されるに至った「特殊装備」たるバレットM82対物ライフルが一丁――――――特に、現段階では特戦群や西部方面普通科連隊、そして第一空挺団にしか配備されていないこの対物ライフルを、大友一士が間近で見るのは初めてのことだった。あのM2重機関銃と同系の12.7㎜×99NATO弾を使用し、有効射程1000メートルに達するという「怪物」ライフル。事態の急変に併せ急遽前線に持ち込まれたその使い手を、御子柴三佐はあらかじめ定められた宿命であるかのように一人の隊員に託した。

 「鷲津一曹、頼んだぞ」

 「…………」

 鷲津一曹と呼ばれた不精髭の特戦群隊員は、苦笑交じりに応じた。

 「バレットは隊長の方が上手いでしょう?」

 「その通りだが、今回もお前がやれ」

 畳みかけるような言葉だった。嘆息と共に、鷲津一曹は頷いた。

 「やれやれ……バレットなんて、『失われた世界(ロストウェルト)』以来だぜ……」

 そのとき、夜空を進むヘリの加速が和らいだかのように感じたのは、大友一士だけではなかった。

 『――――総員へ、間もなく降着地点(LZ)

 廃墟の窓―――――

 それから少し奥まった場所にM82を置く。不用意に銃身を出し、それを視認されるのを防ぐためだ。狙撃は先ず、正確に狙うよりも此方の位置を相手に悟らせないことに完遂の要点があった。此方の位置を悟らせなければ、今失敗したとしてもこの先幾らでも狙撃の機会は作れる。

 無線――――――

 ――――――『―――――武装車両(テクニカル)、前方通過』

 ――――――『――――先頭武装車両(テクニカル)、撃て』

 狙う目標は、すでに暗視照準鏡の真ん中に在った。

 深い吐息――――――

 吸い込む息――――――息を止める

 引鉄に当たる指―――――

 照準固定――――――

 力を篭める――――――

 衝撃―――――M82のショックアブソーバーは上手く発射時の反動を吸収し、そして12.7ミリ弾を送り出す。

 そして射弾は――――――戦闘を行く武装車両(テクニカル)のエンジンルームを貫き、直後に生じた爆発は、轟音とともに軽々とその源たる武装車両の車体を舞上がらせた。

 「―――――――――!!」

 夜を駆け巡る絶叫―――――それは瞬間的に応戦の銃火の瞬きを生み、そして夜の静寂を何処かへと追い遣ってしまう。隊列の最後尾が、同じく爆発音とともに火柱を噴き上げたのはそのときだった。

 『―――――御子柴より各員へ、各自の判断で攻撃せよ』

 ドンッドンッドンッ!――――――連続射撃で、10発入りの弾倉を丸々一本使い切った直後、鷲津一曹は銃身を手に立ち上がった。敵に狙撃位置を悟られ、反撃を誘う前の迅速な位置転換―――――それこそが狙撃兵が戦闘で生き残る最善の手段だった。

 廃屋の間々を迅速に駆け抜け―――――

 迅速に瓦礫の山を登り―――――

 予め想定した予備の狙撃位置に―――――

 迅速にバレットM82を据付ける――――――

 「装填!」

 予備弾倉を機関部に繋ぎ、勢いを付け膏管を引く――――――

 暗視スコープを覗き、迅速に付けた狙い―――――

 混乱する民兵たちの只中で、銃を振り上げ怒声を上げる一人の男の胴体―――――

 「―――――――!」

 裂帛の気合―――――

 引鉄を引く――――――

 重く、金属的な射撃の響き――――――高速で闇夜を裂いた弾丸は、狙った人影を文字通りに粉砕し、そして引き裂いた。その間も四方から注がれる正確無比な狙撃は、一秒間に数名単位で戦える民兵の数を削ぎ落しているかのようであった。

 撃つ、撃つ、撃つ―――――バレットM82の威力は凄まじい。装甲されていない車両ならば何処に当たろうと一発で半壊させてしまう。

 「―――――――!」

 最後に残った、逃げ惑う武装車両(テクニカル)に狙いを付け、狙撃――――――突き刺さった弾丸は車両のタイヤを破裂させ、バランスを失ってスリップした車両は周囲の民兵を跳ね飛ばしながらに土塀に突っ込み、そこで発火し、炎上した。

 『―――――各員攻撃止め、攻撃止め、後退しろ!』

 「行くぞ!」

 パンッ……!

 「―――――――!」

 不意に、鷲津一曹の肩を叩く手―――――驚愕と共に振り返った鷲津一曹の眼差しの先で、御子柴三佐はすでに廃屋の外へと駆けだしていた。

橋の向こう―――――

 『―――――こちら御子柴、これより後退する。援護してくれ』

 「…………!?」

 先行隊からの通信が入るのと同時だった。島三曹が慌ただしく手を振った。戦闘配置に付け―――――それがこのための合図だった。だがすでに戦闘配置に付いていた大友一士たちにとってそれは、間近に迫った戦闘に備える意志確認にも似ていた。

 深呼吸を繰り返しながら、暗視ゴーグルを下ろした眼差しもそのままに大友一士はMINIMIのアイアンサイトを覗いた。緑のヴェールの掛かった視界は、ハガル橋を一望できる伏撃地点から臨む、友軍によって引き起こされた先刻の狂乱冷めやらぬ付近の情景を漠然と広げていた。

 「あ……」

 破壊された車から延焼し、崩落する廃屋から、複数の人影が飛び出すのを大友一士は見た。暗視装置に目を凝らすまでもなく、IRシーカーを瞬かせこちらへ駆け出してくる人影は、明瞭な特殊部隊員の姿となった。

 『―――――各員、援護しろ!』

 島三曹が叫ぶまでもなく射撃は始まっていた。炎の中を右往左往する民兵の影、それが彼らの標的だった。最初に四名が橋を渡り切り、それに二名が続いた。その二名の一人―――――御子柴三佐が、街中を駆け抜けながらにイヤホンのマイクを掴んだ。

 『―――――指揮官より全員へ、撤収! 撤収しろ!』

 『―――――聞いた通りだ! 撤収!』

 島三曹が叫んだ。いわゆる「逃走ルート」は、ヘリの機上でしっかりと脳裏に叩き込んである……後は隊員各自の判断で動く、これ唯一点に尽きた。

 「くっ……!」

 弾倉一本を使い切り、次弾を装填するや大友一士は立ち上がり、そして駈け出した。

 後は逃げ回るだけだ……それが何時終わるかは別として。



クルジシタン基準表示時刻02月09日 午後20時54分 PKFサンドワール基地


 「――――地上部隊主力、まもなく市郊外を通過します!」

 オペレーターの報告に、筧陸将補は戦術情報表示端末を凝視した。その矩形の端末の中で、整然と走行する高機動車、装甲車の車列が無人偵察機(UAV)の人工の視覚の中に収められていた。

 「国王軍の動静は?」

 「依然、市中の反乱勢力と交戦中。戦線は膠着している模様」

 「よし……」

 声にならない声で、筧陸将補は呟いた。市北方から旧都への突入を果たした国王軍は、迎撃する反乱軍を前に早くも苦闘を強いられているかに見える。逆説的には国王軍は武装勢力を釘付けにし、PKFが撤退する時間を稼いでくれている形だった。火事場泥棒的な闖入を図った彼らに対する同情心など、筧陸将はもはや持ち合わせてはいなかったが、それをあからさまに口に出すほど、彼は大胆な性格の持ち主ではなかった。

 「司令!」

 情報幕僚が、紙片を手に筧陸将補の前に進み出た。

 「何か?」

 「国王軍より入電。読みます……我反乱勢力と交戦中、国際協調の精神に基づき応援を送られたし。以上です」

 「返答しろ。我に余剰戦力なし。なお、事前合意なしの合同作戦は、当方は我が国政府よりこれを許可されていない。以上だ」

 筧陸将補の返答は即座で、そして明快だった。数分の後、別の幕僚が紙片を手に再び進み出る。

 「司令、大使館より電話が入っておりますが……」

 「……こちらに繋げ」

 それだけを言って、筧陸将補は眉一つ動かさず受話器を取り上げた。果たして受話器の向こうでは、恐慌じみた鏑木在クルジシタン大使の声が、強かに筧陸将補の聴覚を刺激する。

 『筧司令! 何をやっている!? どうしてクルジシタン政府軍を救援しない?』

 「PKFは今日早朝より現在に至るまでまる一日に亘り戦闘状態下に置かれております。損害消耗ともに烈しく、これ以上戦闘を継続できる状況にはありません。希少なる熟練隊員を、大使閣下はなおも死地に留まらせろと仰るのか?」

 『PKFによる実力行使は、日本とクルジシタンとの友好関係の構築には必要なことではないか? 君だってそれは納得づくのことだろう?』

 「では救援活動の法的根拠を閣下に、この場で説明して頂きたい。部隊が任務を終了させ、帰還しつつある以上、部隊は自衛目的以外の武器使用は法規により不可能な状態にあります。それを侵せと閣下は仰るのか?」

 『それは……』

 言葉を失う大使、それに追い打ちをかけるように筧陸将補は続けた。

 「この任務は、本来クルジシタンの政府と軍によって行われるべきものであります。我々PKFは国際協調の精神に基づき政府軍の作戦行動を援護することが本来の任務であった筈、我々日本人の手を汚すなど、本末転倒も甚だしいと閣下はお思いになりませんか?」

 『……それは君個人の意見だろう? 外交は個人の意見では左右できぬほど複雑なのだよ』

 「では……閣下に電話させた張本人に、そう言っておいて頂きたいですな」

 『…………!?』

 受話器の向こう側で、明らかな狼狽の色が浮かぶのを見て取り、筧は続けた。

 「依然作戦継続中に付き、日を改めてご意見を伺いたいのですが宜しいですか?」

 『……それはそうと、教主の身柄は確保したのかね?』

 「…………」

 無言のまま、筧陸将補は幕僚席の一端を凝視した。それまで電話回線を通じ両者の会話を又聞きしていた主席幕僚が、即座に無言で交わされた意見に同意したかのように頷いてみせた。

 「前線との通信に若干の混乱が生じておりますので、撤退中であること以外に部隊の詳細を知るには至っておりません。ご了承願います」

 電話は切られ、そして幕僚たちは同時に同じ表情をした。

 「車両部隊、全車旧都西門より脱出を確認!……旧都より脱出しました!」

 オペレーターの弾んだ声――――――戦術情報表示端末のUAV画像は、荒れ果てた門を潜り、颯爽と帰路に就く車列を上空より捉えていた。



クルジシタン基準表示時刻02月09日 午後21時07分 旧王都アーミッド南区


 永久に続くかと思われる闇の路を、十名はひたすら南へ向かい駆け続けていた。

 『――――立ち止まるな! 走れ!!』

 誰かがそう命じたわけではなかったが、息を弾ませて走る十名の表情には、そのような切迫感がありありと浮かんでいた。そして切迫感は、例え彼らが騒乱と殺戮に満ちた旧都を無事に出られたところで、彼らの内面に傷を付けない筈が無いように思われた。物理的な妨害に遭う確率は、彼らがこの地に足を踏み入れたその時からかなり減ぜられてはいたが、それでも彼らは、銃を握るその手から力を緩めなかった。


 「…………!」

 走り始めた当初から、だいぶ疲弊し切った肺活量を必死にフル稼働させ続けながら、大友一士は彼の先頭を行く特殊作戦群の二名を凝視した。並んで走る二名―――――彼らのペースは全く衰えを知らず、それどころかペースを徐々に上げ続けている様に見えた。

 化物かよ、こいつら……自ら纏った装備の重さに今更ながらに煩わしさを覚えながら、大友一士は前方の彼らにペースを合わそうと試みる。だがそれが果たせないのみならず、却って自らの持久力を著しく落とす行為であることに気付き、大友一士はすぐにあきらめた。

 ハァ……ハァ……ハァ……

 弾む息を聞くにつれ、それが持久力を蝕みつつあるのに気付いた時、大友一士はそれを振り切ろうとして一層にペースを上げた。(はや)る心がペースを乱し、大友一士の足を縺れさせる―――――

 「―――――――!?」

 背後から延びた手―――――それは大友一士の背中を掴み、危うく前のめりに倒れ掛けた彼に再びペースを与えた。

 「――――――?」

 「走れ! 止まるな!」

 島三曹が叫び、直後に大友一士を追い抜いた。島三曹の足は速く、むしろ戦闘の間、これまで疾走に必要な持久力を貯め込んでいたのかも知れなかった。

 まるでマラソンだ……大友一士は思った。夜、それも完全武装、息を切らして止まれば生命の保証がない。世界でもっとも過酷で、かつ物騒なマラソンだった。足りないものと言えば観客ぐらいか―――――


 そのとき―――――――

 「…………?」

 沿道に並ぶ人影の存在に気付き、同時に大友一士のペースが緩んだ。闇夜の道でも、大友一士にはそれがはっきりと判った。判った途端、大友一士には自分が走らねばならない意味を悟ったかのように思われた。正確にはどう言えばいいのか判らないが、此処が彼の居るべき場所ではないこと、此処に居ていいのが、自分とは未来を共有できない種類の人間であることに大友一士は気付き、そして戦慄を覚えたからであった。

 襤褸を纏った子供―――――

 呆然と立ち尽くす老人――――――

 完全に崩れ、潰れかけた家々に並ぶ影、影、また影――――――

 その何れもが表情に生気が無く、空気のように隊員たちの疾走を見守っている。いずれはここまで押し寄せて来る戦禍に、抗う術もなく押し潰されていく人々―――――そうした人々に目を奪われている間、何時しか周囲を疾走する全員のペースが緩んでいることに気付いた時、不意に胸中に生じた恐怖から大友一士のペースは自然と上がり、そのまま前を行く三人に並んだ。

 「ペースを上げろ!」

 怒声にも似た御子柴三佐の命令――――――隊列は鞭打たれたかのようにそのペースを上げ、大友一士は再び隊列から遅れ始める。

 爆音―――――――

 機影が街道上を航過するのを背中で感じる―――――

 その独特の羽音が、OH-6D観測ヘリ特有のそれであることに大友一士が気付いたそのとき―――――

 前―――――――?

 OH-6Dは3機、それらは縦列編隊を維持したまま彼らを先導するかのように上空を駆け、一気に高度を下げてくる―――――

 不意に止まる隊列―――――

 眼前に感じる喧しい羽音と烈しい風圧―――――

 前に見出す、脚を付けた機影―――――――

 「駆け足! 乗り込め!」

 御子柴三佐が手を振った。先頭の機から順に隊員が乗り込み、そして颯爽と離陸を果たしていく。

 これ以上走るのはいやだ!――――――大友一士もまた、強い思いとともに最後尾の一機の乗降口の取っ手を掴み、そしてスリッドに脚を掛ける。同乗する島三曹とて同じだった。

 その直後―――――

 「キツツキ、離陸する!」

 浮上――――――その足取りは重く、そして覚束ない。

 こみ上げる墜落への不安に、身体を支える手足に力を入れ必死で耐える。

 「…………!」

 気付いた時には、急激に轟音を増したOH-6Dは、すでに街中を見下ろせる高度に在った。編隊長らしき先頭機から、すかさず指示が飛んだ。

 『―――――現高度を維持、このまま南に飛び、市外に出る』

 「了解!」

 島三曹が下方を指差した。

 「大友、二時方向!」

 その源は北区だった。突発的に夜空へと飛び出し、そして縦横無尽に夜空を舞うロケット弾の束が、街の一角、あるいは広範囲に吸い込まれるようにして着弾し、幾重にも渡り破壊の火柱を噴き上げていた。

 「国王軍か……」

 戦火から距離を取りつつ、なおも上昇を続けるOH-6Dの機内で、操縦士が言った。その予測は正しく、近代的な装備に身を固めた国王軍の増援が旧都近郊に達するや、隊列に随伴する何処かの国の軍事顧問の進言通り、総攻撃前の事前準備砲撃を始めたのだった。十六連装のロケット弾に加え、無反動砲、迫撃砲―――――野砲と比べて扱いやすいこれらの装備は、ほとんど無照準で旧都へと向けられ、それ故に無差別な破壊と殺戮を拡大していく。

 「バッカヤロォォォォ―――――――ッ!!!」

 連鎖的に拡大し、街を照らし出す破壊の火矢――――――それに向かい、込み上げてきた何かに突き動かされるように大友一士は叫んだ。叫ばねばならないように彼は思った。それがこれまで自分と仲間たちを苛んできた「戦争」という事象に対する怒りなのか、その中でただ翻弄されるがままだった彼自身に対する怒りなのか、そんなことはもう叫んだ本人にはどうでも良くなっていたのかも知れなかった。

 「やれやれ……こんな惨めな姿、基地の連中に見せられないな」

 島三曹が苦笑し、言った。装備の汚れと自らの憔悴ぶりに、今更ながら気付いた様子であった。

 そこに、操縦士の弾んだ声―――――

 『―――――全機、任務完了! これより帰還する!』

 ヘリは瞬く間に旧都を抜け、帰路に付き始めた。


 ―――――ときに、クルジシタン基準表示時刻02月09日 午後23時08分。

 ―――――作戦は、終わった。


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