第十二章:「混戦」
クルジシタン基準表示時刻02月09日 午前9時42分 旧王都アーミッド西区 「タクティカル61」墜落地点
「―――――装填!」
M4カービンライフルに新しい弾倉を叩きこむ。膏管を引き、再びカービンを構え直すその手際の鮮やかさは、周囲の廃墟を縫い迫り来る民兵の影を前にしても、全くの狂いを見せなかった。
全周囲に神経を集中し――――――
前方を蠢く影の脅威度を一瞥で判断し―――――
そして―――――
狙いを付けた影に―――――
正確無比な射弾を叩きこむ――――――
凡そ本土での過酷な市街戦闘訓練で培った技術と経験は、まさにこの段階で実証されようとしていた。御子柴三佐率いる特殊作戦群四名が「タクティカル61」墜落地点に先行し、かつ確保に成功してすでに40分あまり……その彼らの前に「神の子ら」は少数の集団で散発的に襲来し、その都度特戦群の正確な応戦で撃退された。
……だが、それにも物理的な限界が近付いている。
通産五度目の襲来―――――
ドンッドンッドンッ!……セミオートの三連射―――――それは銃を構え突入しようとした民兵を、程走る流血とともに昏倒させた。
『―――――こちら小暮、弾丸あと十発』
『―――――こちら真山……弾倉あと一本!』
『―――――こちら杉山……弾切れです』
その傍らには、当の小銃弾を切らし、USP9自動拳銃を抜いた陸曹が一人―――――
「…………」
部下の報告をイヤホンで聞き、御子柴は据銃の構えを崩さないまま部下の展開する周囲を見回した。敵の気配はとうに消えていたが、それがわずか5~10分程度の間隙でしかないことを彼はわずか40分余りの経験から知っていた。
そして指揮官の御子柴三佐自身、小銃弾はあと弾倉一本分を残すのみ―――――
敵は少人数でやってくる―――――
その装備は……多種多様と言っていい――――それだけ、民兵は統一に乏しく、統制もまた無きに等しい。
その銃の構え方もまた、乱雑だ。碌に狙いを付けることもせず、物陰から銃を握った腕のみを突き出し、あるいは一瞬身を乗り出したかと思えば明後日の方向に弾丸をばら撒いてくる。
連続する銃声―――――
跳ね上がる薬莢―――――
乾いた銃声の金属的な残響―――――
『――――― 一名射殺!』
絶叫も上げず、眼前でどさりと倒れ込む民兵の死体―――――
そして矢継ぎ早に向かって来る生きた敵兵―――――
その兵士の多くが若く、そして少年としか呼べないような、か細い外見と体躯の持主―――――
さらに―――――
その眼の焦点が合っていないことが、御子柴三佐のような歴戦の勇士すらに戦慄を呼び覚ます―――――
そう―――――敵は、あまりにも無秩序。
だが―――――それ故に敵は手強い。
『―――――二時方向!』
部下が叫ぶや、引き抜いた自動拳銃の引金を二三度引いた。軽妙な銃声、跳ね上がる薬莢、絶叫を上げ倒れる人影―――――――
そして前方への応射で空いた間隙を縫い、廃墟から突如現れたロケット砲手の影に御子柴三佐が気付いた瞬間―――――
「RPG! 伏せろ!」
仰向けに倒れるのと、ロケット弾が白煙を吐き突っ込んでくるのと同時―――――ロケット弾の弾体はうねる軌道を描きながら「タクティカル61」とそれを守る御子柴たちの位置を大きく外れ、彼らが背にするもう一方の廃墟を打ち砕いた。
「――――――!」
タンタンタンッ!―――――伏射から放たれた御子柴三佐のM4カービンが砲手を打ち倒す。伏せた姿勢のまま、聞き覚えのあるエンジンの響きを聞いたのはそのときだった。
『隊長! 友軍です!』
部下の弾んだ声と、M2機関銃の重厚な発砲音が一帯に響き渡るのと同時だった。戦場に突っ込むようにして迫ってきた高機動車二両と中型トラックから成る車両班は、間隔をあけて一斉に停止し、そしてその車内から増援の隊員を続々と展開させてきた。その勢いを前に敵は明らかに圧され、そして数分の後には完全に退いた。
「追撃やめ! 追撃止め! 現位置で警戒!」
立ち上がり、今度は険しさの消えた眼差しで周囲を見回す御子柴に、一人の幹部が近付いた。応援部隊の指揮官だとわかった。
「救援感謝する。お陰で助かった」
「車両班の橘一尉であります! ご無事ですか?」
御子柴三佐は頷いた。
「特戦群の御子柴だ。墜落機の生存者一名、死者二名。生存者と死者を収容し次第、速やかにここを離れたい。手を貸してくれ」
「わかりました!」
二人の上空を、機影が一つ、爆音を立てながらに通過していく。すでに高くなっていた太陽を背景にしたそれは、紛れも無いUH-60JAの重厚な輪郭だった。
『――――こちら「スカイ12」、救援部隊を視認した。これより市外まで誘導し、安全地帯で負傷者を収容する。』
「――――こちら救援部隊、『スカイ12』、厚意に感謝する。」
「タクティカル61」では、応援部隊と先行した特戦群隊員の手で、すでに 救助活動が始まっている。救急救命の知識のある特戦群隊員の指導の下、隊員たちは操縦士を拘束する骨組みや隔壁を切断し、あるいは慎重に啓開し、それは鮮やかなまでの手際で進んでいく。
「生存者の身柄を確保しました!」
部下の報告に、橘一尉は頷いた。
「生存者は高機動車の後部席に収容する。なるべく振動を出さないよう、慎重に運転してくれ。遺体は武装車両へ、死んだ者には申し訳ないが、生存者の安全確保を優先する」
御子柴三佐が言った。
「手榴弾を用意。ヘリを爆破する!」
それ自体が最新技術の塊であり、機内に膨大なフライト‐データを残しているヘリは、その価値を知る者にとっては重要情報の宝庫でもある。大破したからと言ってそのまま放置しておくのは拙い。定石としては完全に破壊し、禍根を絶っておく必要があった。もっとも……この世界でこうした最新技術や情報を容易く流用できる勢力など、はなから存在しないのかも知れないが……
御子柴の命令を受けた特戦群の陸曹が、手榴弾を手に声を上げた。
「爆破するぞぉーっ!」
三々五々、隊員たちが安全圏まで散るのを見計らい、陸曹はピンを抜いた手榴弾をキャビン内に放り込む。
「点火!!」
陸曹は駈け出した。遅発に信管を設定された手榴弾は、陸曹がかなりの距離まで離れたところで機内で破裂し、そして紅蓮の火柱を噴き上げた。それを未届け、御子柴三佐は叫んだ。
「これより撤退する!」
「…………」
撤退命令を下し、駆け足で先行する高機動車に乗り込む特戦群の隊長―――――その砂塵に塗れ、硝煙の臭いすら遠く離れたこの場所まで漂ってきそうな姿に、若年兵は思わず目を奪われ、その挙動を見届けてしまう。
「…………」
特戦群の隊員とともに相乗りの客となった、かつては生身の人間だった骸を、高津 憲次一士は74式機銃に取り付いたまま呆然と見下ろすしかなかった。横に90度、有り得ない方向に首を曲げたその陸曹の死体は、完全に生気の消えた、虚ろな眼差しもそのままに彼を見下ろす生者を見返していた。
「―――――――!」
不意に感じた戦慄―――――それから目を逸らすかのように転じた視線の先、そこでも、やはりもう一体の躯が、醜く焼け爛れ、血塗れの顔半分もそのままに、眠ったように横たわっていた。それが、高津一士が直面した、初めての友軍の戦死だった。
不覚にも、機銃のグリップを握る手に、力が籠った。
「出せ!」
武装車両指揮官の大石二曹が叫んだ。先行する高機動車に後を追う形でゆっくりと加速を始めたガン‐トラックの荷台の上で、死体とともに乗り込んできた二名の特戦群隊員は、無表情を崩さぬままにM4カービンを構えていた。それに釣られる形で74式機銃を構え直した高津一士の上空を、UH-60JAは車列を見守るかのように低速で航過していく。道程の間、少数の民兵が物陰から銃撃してきたが、あまりに散発的に過ぎ、且つ彼らの狙いは不正確だった。そしてそれをまともに相手にしないだけの「胆力」を、隊員の誰もがこの短い間に備えつつあった。
「…………!?」
遠方より立ち上る黒煙が一条――――――
――――――銃声は、明らかにその麓で生じていた。
乗っていたピックアップトラックを止め、ダキは降りた。それが合図であるかのように周りに集まって来た配下の民兵……それまで街中を縫うようにして続いていた秩序の無い前進が自然に止まり、民兵たちは新たな指示を待つべく彼らの指導者の下に集う。これまで戦ったことの無い未知の強敵の存在が、これまで純粋な闘争本能の任せるがままに殺し、破壊してきた彼らに慎重さを与えていた。
「ダキ様……如何なさいます?」
後に続く部下の問いかけにも、ダキは無言だった。だがその沈黙の一方で、彼はこの侵入者たちを殺し、逐うための方策をその脳裏で巡らせ続けていた。
「ニホン人だ!」
一人の部下が天を指差し声を上げた。あの忌々しい羽音を立てる濃緑の機械が、まるで獲物を見出した鷲のように黒煙の四周をぐるぐると回っていた。その大きさに関わらずそいつの動きは軽快で、それが却って部下たちの恐怖を今更ながらに喚起したかのようであった。何時ニホン人の機械がこちらに向きを変え襲ってくるか判ったものではなかった。
しかし――――――
「墜ちた処……」
そうか――――――ダキは、あることに気付いた。
連中は仲間を見捨てない―――――
仲間を見捨てないからこそ、連中は墜ちた場所を確保に掛かったのだ―――――
ということは――――――
「ニホン人が来るぞ!」
部下の悲鳴―――――
ヘリが機首を転じた。丁度ダキたちのいる街路の方向だった。浮足立ち、散らばり掛けた部下たちを、ダキは怒鳴った。
「怯むな!!」
そして、ピックアップトラックの荷台に陣取る機銃手に声を上げる。
「火砲を寄越せ!」
機銃手がロケット弾をダキへ放った。「西から来た連中」がもたらした「火砲」―――――それこそが、「神の子ら」が現状でニホン人に対抗できる唯一にして唯一の火器だった。その威力は、今なお遠い向こうで燻り続ける黒煙が示す通りだ。
安定翼付きの弾体―――――先頭の信管を固定するピンを引き抜き、発射筒の後方から弾を滑り込ませるようにして詰める。その後で発射筒から延びる点火用電気コードを弾体後端のソケットに差し込み、重量の増した発射筒を肩に負う……本来なら二人掛かりの手順を独りで終えた頃には、忌々しいニホン人の「飛行体」は。横向きに滑る様に、その明瞭な輪郭を捉えられる程の距離にまで迫っていた。
弾体の重さに比べ、ロケット弾の推進用炸薬の火力は決して十分とはいえない。炸薬の発火から砲手と装填手の身を保護するための、構造上の限界故だったが、それ故に照準には若干のコツを要する……つまり、照準器中央の照星を、狙いを点けた目標のやや上に合わせるのが照準の基本だった。そうでないと発射された弾体はその重さから下降気味の放物線軌道を描くからだ。それに発射時の風向、発射姿勢等の外部の要素も加わるので、目標へ正確に命中させるのは難しく、ロケット弾の発射には実のところかなりの熟練を必要とした。
だが、ロケット弾本体は扱い易く、その構造は単純―――――それこそ、いままで剣や槍で戦っていた「野蛮人」がそれらを扱ってきたように粗雑に扱ったところで、その威力は決して衰えるわけではなかったのだ。
ダキは言った。肩に負った発射筒の、安全装置を解除するのと同時だった。
「全員散開! 車を急いで隠せ!」
街中から立ち上る土埃――――――それは瞬時にして、空中から友軍の移動を見守るUH-60JA「スカイ12」の察知するところとなる。
『――――武装勢力の車両と思われる! 接近している模様!』
『――――「サクラ」より「スカイ12」へ、当該地点を偵察、啓開せよ!』
照星は、今まさに此方へ機首を転じようとするニホン人の「飛行体」の頭上―――――
『――――人影を視認!……武装している模様!』
胴体に陣取るニホン人が、こちらに彼らの銃を向けるのをダキは見、それを嗤った。
遅い――――――!
「バカ……!」
引鉄が引かれ、次の瞬間に筒先から飛び上がった弾体は、派手に噴煙を噴き上げ天へ反逆の矢を噴き上げた。
『―――――「スカイ12」より救援部隊へ、市外まであと15分!』
高津一士が次に見上げた時には、ヘリはやや高度を下げ、車列のほぼ真横に位置していた。それに高津一士が感じた言い知れぬ不安――――――
『―――――RPG!……こちらに来る!』
『―――――回避! 回避しろ!』
「――――――!?」
街道を仕切る、だいぶ崩れかけた土壁の、遥か向こう側から延びる白煙が一条――――――
その白煙は、明らかにヘリの機影を指向していた――――――
交差―――――――!?
白煙がヘリの尾部と交差したと、高津一士が思った直後―――――
火花―――――?
黒煙―――――!?
それらを発した直後、ヘリの挙動は大きく乱れる。
そしてヘリは魔人の見えざる剛腕に尾部を掴まれたかのように右方向に不安定な自転を繰り返しつつ、そのまま高津一士の、そして全員の視界から消えた。
『―――――「スカイ12」被弾した……エンジンカット……降下中―――――』
『―――――「スカイ12」交信を維持しろ!……応答しろ!』
街の一角に生じる白煙――――――その距離は決して近くない。
空電音――――――――
『――――救援部隊よりサクラへ、「スカイ12」被弾! 「スカイ12」が被弾した!』
「ヘリが……また墜ちた?」
機銃に取り付いたまま呆然とする高津を余所に、交信は畳みかけるように続いた。
『――――サクラより各隊へ、「スカイ12」の墜落、墜落を確認。位置は―――――』
クルジシタン基準表示時刻02月09日 午前9時58分 旧王都アーミッド西区上空 UH-60JAヘリコプター「モンハン01」
『――――サクラより各隊へ、「スカイ12」の墜落、墜落を確認。位置は西区―――――』
「―――――――!」
左旋回に傾けたUH-60JAのコックピットで、「モンハン01」機長、谷水 美佐緒二等海尉は、反射的に計器盤中央のMFDに鷲のような眼差しを転じた。機位表示モードに切換ったMFDの画面は、上空を旋回飛行中の無人偵察機が転送してきた「スカイ12」の墜落地点と、飛行中の「モンハン01」との位置関係を明瞭なまでに表示していた。両者の距離が、コックピットから目視出来るほど近いことを、谷水二尉はすぐに悟った。
「あれか……!」
地平線の一端に立ち上る黒煙の柱―――――それに向ってフットバーを踏むのに、躊躇は無かった。空を歩くようなスムーズさで機首を墜落現場へ転じた谷水機長のイヤホンに、「サクラ」こと前線作戦統制機を務めるUH-60JA改から通信が入ってきたのはそのときのことだった。
『――――「サクラ」より「モンハン01」へ、墜落地点に貴官が一番近い、至急上空へ展開してくれ!』
「いま向かっている……!」
思わず、谷水二尉はインカムに声を荒げた。「サクラ」には、戦場における敵味方の位置関係を把握するのと同時に、地上の脅威をいち早く発見し全部隊に伝える責任があった筈ではなかったのか……!――――――そのような役割を忘れたかのような「サクラ」の対応に、彼女は胸を焼くような苛立たしさを感じずにはいられなかったのだった。
「石川! 下方の警戒を厳に! 地べたを動くものは何であろうと薙ぎ払え!」
『―――――了解!』
愛用の7.62ミリミニガンと共に窓より身を乗り出しながら、機上整備員の石川二曹は機長の指示を聞いた。だが正当な根拠なしに地上に対する発砲は禁じられている。机上の構想からあまりに乖離した現状に対する、機長の心からの怒りを、彼は初めて聞いたように思った。
「機長! 九時方向より発砲!」
副操縦士の水津二等海尉の、悲鳴にも似た怒声―――――
「モンハン01」の機首前方を左から右へ流れゆく火線が二条―――――
「――――――!」
裂帛の気合とともにコレクティヴを緩め、機体を降下――――
機首を下げたコックピット前方に拡がる、廃墟の居並び――――
そこに―――――
眼前から後ろへ流れゆく火線が三条―――――
カン! カン! カン!―――――被弾の不気味な響きに揺れる機体―――――
バラララララララッ!!――――――反撃のミニガンの発する硝煙―――――
空薬莢のキャビンの床に散り、跳ねる音―――――
充満する、鼻を刺す硝煙の臭い―――――
『―――――石川、火線を制圧! なお応戦中!』
「機長! これ以上は危険です! 退避しましょう!」
「もう少し! もう少し飛ぶ!」
ズームとダイヴを繰り返しつつ、直進―――――
『――――機長、敵地上空を脱した模様』と、石川二曹の弾んだ声―――――
『―――――「サクラ」より「モンハン01」、まもなく墜落地点上空―――――』
「―――――――!」
墜落地点は、それに到達する前に想像したより、広かった。
廃墟の並ぶ旧都の一隅に、ぽっかりと穿たれたかのような空地のど真ん中―――――
「…………」
―――――そこで、UH-60JAが一機、胴体中央から前後真っ二つに折れた無残な、変わり果てた姿を横たえていた。
状況を把握するべく、スロットルを絞り操縦桿を倒す――――――
一旋回目で、周囲に脅威の及んでいないことを把握―――――
二旋回目で、周辺が、完全に無人であることを把握―――――
三旋回目―――――
静寂―――――
自身の胸中が、柄にもない鼓動を覚えていることを、谷水二尉は悟る――――
吐き出す息――――
そのとき――――
『―――――機長、自分が降ります』
「――――――?」
反射的に振り返った先で、石川二曹はすでに安全ベルトを解きに掛かっていた。副操縦士の水津二尉が、強張った表情もそのままに声を荒げた。
「何を考えている? 下には何が待っているのか判らないというのに……!」
「少なくとも、助けが必要な同僚は待っています」
「機長! 無謀だ! 彼を止めてください!」
「自分なら助けられます! 機長、行かせてください!」
「…………」
思考―――――そして谷水二尉は、押し黙った表情もそのままにインカムを摘んだ。
「こちら『モンハン01』、搭乗整備員の石川二等空曹が墜落地点への降着を希望、送れ―――――」
「機長?」
唖然とした副操縦士の注ぐ眼差しなど、彼女はもはや感じてはいなかった。
クルジシタン基準表示時刻02月09日 午前10時09分 PKFサンドワール基地
『――――――搭乗整備員の石川二等空曹が墜落地点への降着を希望、送れ―――――』
旧都全域を俯瞰した戦況表示モニター、その一角は二機のヘリコプターの所在を示す二つの輝点がほぼ重なりあっていた。そして無人偵察機の映し出す画像は、その一方が未だ空の上にあり、もう一方が地上にあってその残骸を晒していることを伝えていた。
「…………」
筧陸将補は、ただ不機嫌なまでに畳一畳分の大きさと厚さとを兼ね備えたモニターを注視している。禁煙パイプを弄り、何度も持ち換えながら、陸将補はやがて傍に控える幕僚を顧みるのだった。
「生還できるのか? 彼は?」
「石川二曹はパラメディックの有資格者です。救助の技術は確かでしょう。ですが……」
と、幕僚は曇らせる。幕僚の困惑には根拠がある。墜落の直後、墜落地点周辺を目指す脅威と思しき反応が急速に増えているのが、その根拠だった。脅威の大半は未だ目立った動きを見せてはいなかったが、いずれ「タクティカル61」の時と同じく墜落地点を嗅ぎつけて集まって来るだろう―――――それはやはり、「タクティカル61」のときのように、戦闘の更なる拡大を意味する。
「地上は彼の能力を超えて、危険だというのだな?」
筧の問いに、幕僚は無言で頷いた。苛立たしげに髪の毛を掻き毟ると、筧陸将補は指示を待つオペレーターを指差し手招きした。
「交信を代われ、石川二曹と直に話したい」
「は……?」
「私が、直接彼の意思を確認すると言っている」
ヘッドセットのイヤホンに耳を当て、筧陸将補は言った。
「筧だ……そちらは『モンハン01』か?」
『―――――はい! こちらは機長です』
「……済まないが、そちらの勇敢なパラメディックと代わってくれ。話がしたい」
『――――了解』
静寂―――――その後に通信網は、快活な青年の声を陸将補の耳に伝えてきた。
『―――――二等空曹、石川美明であります!』
「手短に言おう。敵が現場周辺に迫っている。降着は許可できない。本官は、そのまま帰還することを貴官に勧告する」
『―――――要救助者の有無を確認させてください! これは自分の職務であります!』
「指揮官として、部下を無事に帰還させる権利を、本官は貴官に行使する……!」
『―――――下にいる隊員も、閣下の部下であります!』
「…………」
筧は押し黙った。沈黙の後、舌打ちとともに、彼は再び言葉を紡ぎ出す―――――
「石川二曹……君に家族は?」
『―――――本土に……妻と、二歳の娘がいます』
「では、帰還を択ぶべきだ」
『―――――妻と娘には、こういう時が来るであろうことはとうに言い聞かせてありますので……』
「どうしても行くのか?」
『―――――後生であります』
大きく、筧陸将補は息を吐いた。
「石川二等空曹、君の意思を尊重しよう。降着を許可する……!」
『――――有難う御座います。閣下!』
「……絶対に、死ぬなよ。これは命令だ」
『――――……』
「…………?」
筧陸将補は耳を疑う―――――回線の向こうで微笑む、交信相手の気配を感じて。
そして―――――交信は閉ざされた。
「……交信終わり!」
交信を終え、石川二曹は操縦席を顧みた。谷水と水津―――――二人の操縦士はまるでキャビンに場違いな、だが高貴な何かを見出したかのように黙ってこれより地上へ舞い降りるであろう一人の隊員を、そのまま固まったかのように凝視していた。
その後の行動は早かった。操縦士を無視するかのように石川二曹はボックスから64式小銃を取り出す。緊急時の護身用に、唯一装備された一丁。それを背に担ぎ、そして四本の予備弾倉をサヴァイバルベストに押し込む。その様を黙って見つめる内、谷水二尉もまた、何かに突き動かされたかのように腰のあたりを弄り始めた。
「…………?」
「持って行きなさい」
突き出されたその手は、護身用のSIG9mm自動拳銃が握られていた。はじめにそれを石川二曹に握らせ、続いて予備の弾倉を三本、谷水二尉は持たせた。そして水津二尉にもまた、予備の弾倉を握らせるよう告げる。自分たちが持てる全ての武器弾薬を持たせた後、谷水二尉は石川二曹に微笑みかけた。
「還ったら、一杯奢ってあげる」
「楽しみにしてます。機長」
敬礼―――――それから鮮やかなまでの挙動で、石川二曹はキャビンからファストロープを下ろし、降下準備の姿勢を取った。
『――――ロープはそのまま切り離して下さい。飛ぶときに邪魔になりますから』
「了解……石川二曹!」
『……ハイ!』
「絶対に!……迎えに来るから。下で何があっても、それまで歯を食い縛って生きてなさい……!」
『―――――降下!』
快活な号令とともに、石川二曹はキャビンを蹴る。それが彼の返事だった。
『―――――石川二曹の降下を確認!』
「交信を続けろ。状況報告を密に」
筧陸将補の眼差しは変わっていた。端的な表現を使えば、顔つきは一層に険しさを増していた。
「『スカイ12』に一番近い地上部隊は?」
『―――――斎藤二尉の車両分隊と確認!……ですが到達まで30分を要します』
「すぐに向かわせろ! それと……」
「ハッ!」
「いま基地に、飛ばせるヘリは何機ある?」
「UH-60JA 2機、OH-6Dが4機、CH-47が1機であります」
「UH-60JA及びOH-6Dに飛行準備を命令。全機を武装させ、交替で旧都上空に展開させろ。物資の運搬及び地上部隊の支援に当たらせる……!」
「ハッ!」
そのとき、別の幕僚が受話器を手に筧に告げた。
「司令、本土より通信。状況報告を求めています」
「…………」
嘆息―――――直後に口元を真一文字に結び、筧は幕僚に向き直る。状況が、もはや引き返せない段階まで来ていることを、彼ならずとも感じていたのだった。




