第十一章:「攻防」
クルジシタン基準表示時刻02月09日 午前9時01分 クルジシタンPKF サンドワール基地
「地上部隊が帰って来たぞ!」
勝者の凱旋を迎えるという、つい数刻までの空気は、完全に消し飛んでいた。
基地内に到着した車両の何れも、草食動物の体に付きたてられた肉食獣の牙のような弾痕から無事ではいられなかった。そして車両は基地で停止した直後に、健在な隊員の手を借りた形で、乱戦の巻き添えを食って絶命した捕虜の死体と、傷ついた強襲部隊隊員の姿をその車内から続々と吐き出してきた。
「担架を前へ! 重傷者から優先的に医務室に運ぶ! 衛生兵は軽傷者を見てやれ!」
急報に接し待機していた医官が、重傷者の搬送と軽傷者の応急手当を命じる。硬直した表情を崩さない衛生兵が、軽傷者をその場に座らせ、そして持ち込んできた救急セットを開いて必要な処置を施し始めた。一方で手空きの隊員が負傷した隊員や捕虜を抱え、あるいは肩を貸しつつ担架や医務室への移送に取り掛かる。
強襲部隊の帰還の報に接するや、筧陸将補の足は早くも統合作戦センターから離れ、そして彼は航空機格納庫を改造した兵舎の前で、暫くの間隊員と捕虜の収容作業に取り掛かっている部下たちの姿を無言のまま見詰めていた。その彼の前に、完全装備の陸曹二名を連れた、同じく完全装備の幹部が一人進み出、背を正して敬礼する。
「指揮官代理の斎藤二尉であります!」
「筧だ。前線の状況はどうか?」
「帰還した隊員以外、全員依然戦闘中であります!……小官の指揮官もまた同じくであります!」
「増援が要るのだな?」
斎藤二尉は頷き、そして言った。
「司令、自分にもう一度行かせてください。後生であります!」
「…………」
嘆息――――――そして筧は、その始まりの刻は一瞬すら考えたことのないことを言った。
「指揮は君に任せる……予備の者を連れて行け。それと武器弾薬も持って行くといい」
「有難うございます!」
すかさず、背後の陸曹が声を上げた。
「もう一度行くぞ! 手空きの者を集めろ!」
意思が伝えられた直後、場は明らかにその騒然さを増した。予備要員の隊員が駆け足で収納庫に飛び込んで行く。戻ってきたばかりの、比較的健在な隊員もまた武器科の支援を受けて手持ちの弾薬を補給し、比較的健全な車両への乗車を始めていた。そして、部下の掌握と今後の突入計画の擦り合わせのため車列へ取って返そうとした斎藤二尉を、筧は呼び止めた。
「行く前に、車の中を洗った方がいいな。血塗れのままでは士気に関わるだろう」
「わかりました……!」
頷く斎藤二尉の表情に、瑞々しさの戻るのを認め、筧は踵を返した。
彼にとっての戦場が、長い廊下のずっと奥で、その主を待っている―――――
部隊事務室付の三河 真一二等陸曹にとって、帰還を果たしたばかりの強襲部隊を迎えるのは、単なる野次馬根性の為せる業であるはず……だった。
三河二曹は、元々普通科隊員だった。当初は国防という純粋な目標意識から志望した入隊、だが入隊前、商業高校卒業後に入った民間企業で会計係として働いていた経験が、彼の意に反し後方勤務という途を択ばせることとなった。入隊し、基本教育訓練を終えて普通科部隊に配属されるや、彼は多くの同期や同僚が外の演習場や営庭で肉体を酷使する戦闘訓練に励んでいる間、空調の効いた連隊事務室で書類や表計算ソフトとの睨めっこを強いられることとなったのだ。もちろん異を唱えはした。だがその度に直面する上官の哀願と、あるいは強制を含んだ説得に、若く、未だ隊内の立場が不安定な彼としては引き下がらざるを得なかったのである。
それでも、レンジャー訓練だけは受けさせてもらうことができた。受けさせた側でも、野外で肉体を酷使することに馴れていない筈の当人が、すぐさま脱落し、教程から放り出されてしまうであろうことを予測した上で、課程を許可したのかも知れなかった。当人にしてからか、人為的に作り出された過酷な状況での混乱する意識の中で、課程の途中で何度、脱落を申請しようかと思い悩んだか未だに明瞭に思い出す事が出来ないでいる。それほどレンジャー課程は、彼には苛酷であったが、それでも生来の忍耐力と、自己流の肉体改造の効果か、どうにかレンジャー章をこの手に掴むことはできた―――――課程を修了して凱旋将軍のように演習場から営門を潜り、泥と汗に塗れた完全武装で、連隊長自らその胸に付けるレンジャー章を待つ間、彼は事務室の机から完全に解放され、一人前の普通科隊員として野外や山中を駆け巡る算段を巡らせていたものだ。
―――――だが、思惑は外れた。三河二曹は未だに、事務室の狭い領域から開けた外へと抜け出せずにいる……今日、この時まで。そして「事務屋」として営内で過ごした長い時間は、次第に戦闘に赴く者としての自覚と覚悟すら、彼自身知らない内に摩耗させていった―――――
「…………」
車から引き出され、運ばれゆく死体や負傷者の痛々しい姿を目にするにつれ、次第に彼の表情からは余裕が消え、そして外へ出るという軽率な判断を呪う後悔が彼の胸中に残っていた。それでも……後方勤務たる自分は、この場では部外者だと言い聞かせる彼自身もまたそこには存在した。
「――――――?」
宿舎代りの格納庫から、続々と外へ駈け出して行く人影に、三河二曹は我が目を疑った。彼らの全員がヘルメットを装着し、防護服に身を纏っていた。そして武器班の手で用意された小銃や弾薬を引っ手繰る様にして防弾服や雑嚢に押し込むや、彼らは再起を図らんとする指揮官の許へと集まって行く。
「――――――!」
軽装甲機動車の上部に、武器班の手で取り付けられようとしている兵器の姿に、三河二曹は今度は言葉を失った。
96式40㎜自動擲弾銃―――――強力な成形炸薬弾を連続発射可能なそれは、暴徒制圧には威力があり過ぎるとして、出撃前に装備を見送られた代物だった。そして兵員輸送用の高機動車すら、重武装化からは無縁ではなくなっていた。武器科員の手により、演習では有り得ない程の手早さで天井に据え付けられるM2 12.7㎜機銃、MINIMI分隊支援機関銃……およそウラートでハイになった、危険きわまる連中の犇めく街中を強行突破するために取り得る、あらゆる手段が此処では試されようとしていたのだった。
「…………!」
隊員が担いできた筒状の物体―――――それがこの基地で、普通科隊員が装備しうる最強の武器であることに三河二曹が気付くのに数秒も要しなかった。カールグスタフ84㎜無反動砲。本来基地警備用に持ち込まれた火器を、今度は最前線で敵を制圧するために持ち込もうとしている――――――?
そのとき、一人の陸曹が声を上げた。三河二曹より二年先に入隊した、本土の原隊で顔なじみの二等陸曹だった。
「擲弾銃の操作ができる者はいるか?」
「自分がやります!」
申し出た若い隊員に、軽装甲機動車の上に付くよう命じ、そのとき彼は三河二曹と目を合わせた。
「おい貴様!」
「ハッ!」
「貴様、確か徽章持ってたよな?」
「はい! 持っております!」
「よし、装備を持って一緒に来い」
「自分が……?」
「人が足りないんだ。戦闘の出来る奴は一人でも多く欲しい」
「…………」
おれが?――――――
それは三河二曹にとって、あまりに唐突に過ぎた申し出だった。それまでの実戦志望から一転し、彼が此処に来たのはあくまで多額の加俸と、それに続く退職金が目当てであって、この最果ての地で命を張ろうなどという考えを、彼は一秒たりとも持ったことはなかったのである。
「…………」
沈黙――――――それを前に二等陸曹の目元がやや歪むのを三河二曹は見た。
「どうした? 怖気づいたか?」
「いや……」
気付いた時には、軽装甲機動車の上で擲弾銃に取り付いた若い隊員までもが、神妙な表情で二人の対峙を窺っていた。その視線に、最初に抗えなくなったのはやはり、その心中に後ろめたいものを抱えた者であることは明白だった。
「…………!」
焦燥――――――そして舌打ち。
三河二曹は踵を返した―――――――
ロッカールームに防護服を取りに向かう一路―――――
自らを苛み始めた苛立たしさを振り払うかのように―――――
「注目ぉーく!」
陸曹の声が上がった。そのときには、完全装備に転じたもと留守部隊の隊員は、すでに五十名の大台に達していた。自ずと集合の環を作る彼らの中心に、部下を従えた臨時救出部隊の指揮官を務める斎藤二尉が立ち、そして言った。
「これより我々は出発、もう一度市内に突入する。事態は急変した。無念だがもはやドルコロイの確保はもはや問題ではない。なお旧都に残る隊員の安全確保を最優先とする。敵は手強い。辛い戦いになるだろうが最後までついて来て欲しい……以上! ではかかれ!」
「各員乗車! グズグズするな!」
陸曹の声に追い立てられるかのように、隊員は早足で96式装輪装甲車、軽装甲機動車、高機動車、74式中型トラックに便乗を始めた。時間はあるようで、その実残されてはいなかった。全員の乗車を未届け、斎藤二尉は高機動車の助手席にその重々しい装具に身を包んだ身体を滑り込ませた。搭乗の前に、彼は部下により防弾の充実した装輪装甲車に乗り込むよう勧められたのだが、彼は視界が広く、周囲の状況を把握しやすい高機動車を択んだ。
三河二曹は高機動車の後部席に腰を下ろした。そこに座るのは今日、手空きの者を集めて臨時編成された一個分隊八名、三河二曹がその臨時指揮官だった。忌々しげに腰を下ろしたとき、三河二曹は未だヘルメットのバンドを締めきっていなかった。手持ちの武器は89式カービン銃一丁にその予備弾倉4本、そこに閃光手榴弾が三個――――――増援部隊に用意された武器弾薬の中で、準備の最も遅かった彼が取ることが出来た、それが最後に残された装備だった。89式カービン銃はいわば「新兵器」だったが、それ故に使い慣れた装備を重視する隊員たちに、結局は敬遠されたきらいがあった。それを手に取った三河二曹ですら、スリングベルトで胴にその短い銃身を結わえた瞬間、あまりの軽量さに却って違和感を覚えざるを得ず、それ故にこの装備を択んだことを後悔し始めていた。
ついてねえ……と本当に思う。
ここで当たり障りのない業務を続けていれば、いずれはバラ色の未来が開けた筈なのだが……神様は自分にそんな楽な席を用意してくれなかったらしい―――――そんな事を考えているうちに、前席中央の無線機は、未だ旧都に残り任務継続中の隊員たちの置かれた状況を伝え始めていた。
『―――――こちら橘―――――墜落地点を視認――――――これより降車――――――確保する!―――――』
『―――――こちら強襲部隊本部、敵兵の接近を確認、これより戦闘状態にはいる―――――』
ダダダダダダッ……!
「――――――!?」
銃声―――――――!?
車内の全員が、思わず我が目を疑ったのに違いない。そして無線機は、そのスピーカーの向こうで連鎖的に生じる銃声を、禍々しいまでの響きを以て交叉させ続けた。それが指揮官に、出撃を促した。
「これより旧都に出発する! 出せぇ!」
高機動車の助手席から、斎藤二尉は命令を発した。今まさに眼前に付きつけられようとしている忌々しい現実を振り払わんがための、その声は叫び声だった。
クルジシタン基準表示時刻02月09日 午前9時7分 旧王都アーミッド中心部広場 「慈悲寺」
「神の子ら」は複数の無秩序な群を為し、其々の方位から中心部広場へと向かっていた。そして、敵の接近が明確な空気として「慈悲寺」を確保したPKF強襲部隊主力の隊員たちに感取られる頃には、群衆はもはや聖地奪回を目指す一軍となって市中心部を包囲する形となっていた。
「神の子ら」からすれば、「慈悲寺」を、戦略の一環とはいえ異教徒どもに明け渡したのは、結果論としては失策だった。いくら平地に在るが故に守りに乏しく、その守備兵の数にも乏しいからと言って、容易に放棄していいものだろうか?……否、神の地上における仮の住処たる寺院を、むざむざと異教徒に明け渡すことなどあっていいことではなかった。むしろ最後まで踏み止まり、敵に出血を強いていれば、事の様相はだいぶ変わっていたかもしれない。
「神の子ら」―――――その数、およそ300。その約300名こそが、「神の子ら」実戦部隊たる教護軍の、この旧都に存在する数的な主力であった。「神の子ら」という組織の、事実上の正規軍と言ってもいい。装備もまた、小銃にマシンガン、そしてロケット砲と充実している。
そこに――――――
臨時の指揮所として確保された、自らの立つ傍らに配された大きなものに、教護軍の指揮を執るレゲス‐ダリは思わず目を細めた。過剰な装飾の彫られた、黒光りするその青銅製の砲身が台車に固定され、すでに彼らが奪回するべき聖地にその砲口を向けていた。
それが作られてすでに三十年あまり、かの「大法難」以前から地方の国王軍拠点を守っていた鋳造砲。鉄製の砲丸を撃ち出すその射程は、もはや時代遅れと言うも恥ずかしいほどに短かったが、威力はそれまでの戦役からとっくに実証済みだった。旧都の教護軍が保有する砲は二門、内一門は奪回部隊指揮所の置かれた広場正面に据えられ、そしてもう一門は―――――
「レゲス‐ダリ様、砲の配置終わりました!」
伝令の報告に、レゲス‐ダリは無言のまま頷いた。同時に、機会を伺っていた側近が声を上げた。
「砲に弾を篭めよ!」
一人の側近が、硬い表情もそのままにレゲス‐ダリに歩み寄った。
「しかしレゲス‐ダリ様……宜しいのですか? 聖なる本尊を破壊するなどと……」
「我らが尊び守るは、ただ御教父グラデス様の御徳と言行のみ、中身無き器など、考慮するに値せぬ」
「ハッ……!」
一礼した側近を下らせると、レゲス‐ダリは片腕を上げた。それが、彼の攻撃用意の合図だった。眼前に広がっているのは、旧都のど真ん中に穿たれたかのような、人影ひとつすら見えない空虚な、広漠たる空間、それを隔て、もはや廃墟の一部と化しつつある彼らの聖堂が、その巨体を佇ませていた……つまりは、火砲の咆哮を遮るものなど何も無かった。
無言で、かつ無表情のまま振り下ろされるレゲス‐ダリの腕――――――
「撃て!」
薬室に点火―――――
爆音―――――
発射の反動を吸収できず、台車もろとも後方へ吹き飛ぶ砲座―――――
「……!!」
撃ち出された鉄の球は、その狙いは決して正確とはいえない。だが、振動と轟音とともに寺院の土壁に茶色い硝煙と衝撃の花を咲かせた。
ズウゥゥゥゥゥ……ン!!!
「――――――!」
烈しい振動、毀れ落ちる破片の雨――――寺院内にいた自衛隊員にとって、それらと心中の衝撃が新たな波乱の始まりを意味する全てだった。強襲部隊指揮官佐々 英彰三等陸佐は、戦況把握のために広げていた旧都地図から顔を上げ、無線機のスウィッチに力を入れた。
「佐々より各区画へ、被害状況報せ」
『――――こちら一階機銃座、異状なし』
『――――こちら一階広場、異状なし』
『――――こちら二階、異状ありません』
『――――尖塔狙撃班、異状なし』
「各員戦闘準備、突入準備射撃を警戒せよ」
敵が巨砲を引き出し、こちらを狙っているという報告は、尖塔に詰めている特戦群から既に入っていた。把握している限りではその数一門、民兵が「パブロフの家」の奪回を企図し、大砲が彼らの前進と突入を支援するべく引き出されてきたとすれば、敵はおそらく持てる限りの砲弾を撃ち込みこちらの防御態勢を削ぎにかかるであろう……
……果たして、佐々の予測通り、発砲と着弾は続いた。その度に決して堅牢とは言えない、出来損ないの寺院は、不気味に震えた。
「尖塔、そこから敵の砲座が見えるか?」
『――――はい、視認可能です』
「狙えるか?」
『距離が在り過ぎる上に、廃墟が巧く遮蔽物になって狙撃は不可能です』
「…………!」
舌打ち―――――佐々は傍らの武藤と久我の両陸曹長を顧み、言った。
「レンジャー資格者を集めろ。八名」
部下の掌握に馴れた二人だけあって、命令が達成されるのに五分も掛からなかった。集まって来た八名全員が三等陸曹以上の階級であり、階級に準じた年季をそれぞれの外見から漂わせていた。その中には、本来彼らを集め佐々の前に連れてくるだけの役割だった武藤陸曹長の姿もあった。怪訝な表情を隠さない佐々に、武藤陸曹長は皮肉っぽく笑い掛けた。
「……若いもんの前に、わしが立たなんだら格好がつかんでしょう?」
苦笑―――――それが佐々の彼に対する反応であり、そして了解の意思表示であった。軽く頷いて彼らに向き直り、佐々は告げた。
「敵の本隊が肉薄して来るのも時間の問題だ。敵の総攻撃に乗じ外へ出、大砲に接近しこれを破壊する」
「…………!」
驚愕の色を隠せない彼らを前に、佐々はさらに続けた。
「現在増援のヘリが此処へ急行中だ。我々が動けばすぐに片が付く。浸透可能なルートは、追って指示する。時が来るまで待機せよ」
そのとき、一人の陸曹が佐々の前に進み出た。
「島三曹であります。お願いがあるのですが?」
「何だ? 言ってみろ」
「分隊支援の機銃要員を一人、連れて行きたいのですが……」
「…………」
武藤陸曹長に軽く目配せする。その堅くも温かい眼差しで、武藤陸曹長は若い陸曹の判断に賛意を示して見せた。
「……わかった。そちらの人選は貴官に任せる」
「有難うございます。隊長!」
命令を受け、人選を行うべく持ち場の三階へと取って返すや、窓辺に身を乗り出しMINIMI機銃を据えようとしていた一人の隊員に、島三曹は思わず目を剥いた。
「この馬鹿野郎! 窓辺に機銃を据えるやつが何処にいるか!?」
「え……?」
怒声に弾かれ、今まさに島を顧みようとした隊員の襟元を島は掴み、そして引き摺り上げた。島よりずっと若い、初々しさすら漂わせる青年だった。
「火点が暴露するだろうが!? 窓奥に据えんか!」
「すいませんっ!」
不意の叱責に、大友一士は内心で震え上がった。彼にとっての脅威は外だけではなく、この廃墟に等しい聖地の内にもいた。そして脅威は、自分の気が緩んだそのときに、両者の別なく自身に降りかかってくる―――――そのことに大友一士が思い当ったそのとき、彼を叱り付けた陸曹は、目を細め大友を覗きこむようにした。
「ようし貴様、五分後にMINIMIを持って下へ来い」
『おれが……?』
疑問を呈するまでも無かった。大友が承知するかしないか意思を出さない内に、その陸曹は白い歯を見せて笑い、大友一士の肩を叩いて再び階下へと降りて行った。突然のことに唖然とする大友の肩を、それまで隣で同じく小銃手として配置に付いていた木村陸士長が軽く叩いた。
「こいつは貧乏くじってやつだぜ。大友」
「やっぱり……?」
「ああ……」
五分後―――――
「―――――前へ!」
大友一士を叱責した三等陸曹は、大友一士を含め八名の臨時編成分隊の一人となり、いままさにおぞましい外の世界へと足を踏み出そうとしていた。臨時指揮官たる武藤陸曹長を先頭に、六名のレンジャー章保持者が交互の方向に小銃を構えつつ進み、最後尾でMINIMIを構える大友一士が、左右、そして後背を警戒しつつ彼らに続くといった陣容だった。
『まじかよ……』
何時かは外に出られるものと、大友は思っていなかったわけではなかった……だが、今はまだ出るには早すぎる。
そして―――――
『―――――なんでおれが、こんな危険な任務に……』
不満を抱く素地はあり過ぎるほどにあった。自分は精強を持って成るレンジャー章持ちではなく、精強であるに必要な経験も、自分はそれほど積んでいるとは思えなかった。それが今現在、たまたま機銃担当だったというだけで自分――――大友拓也は、彼らの後に続き、飛びこまなくともよい死地に飛び込もうとしているのだ……!
「なんでおれが……」
そう呟きつつ、大友一士は彼のすぐ前で小銃を構える島三等陸曹を、不服そうに見遣った。頬を撫でる外の風は忌々しく、禍々しい。そして遮蔽物に身を潜め一歩一歩を踏みしめながらに、内にいた間は微塵も感じることのなかった緊張は、徐々に彼の胸中に頭を擡げてくる―――――
「――――――これより我々は分散し敵中に浸透、敵の砲座に突入しこれを破壊する……!」
出発する直前、指揮官たる武藤陸曹長の告げた指示を、大友一士は脳裏で反芻する――――――それ故に、一層増す緊張。その間も彼らの足は、ごく近い将来の死地に少しずつ、だが着実に近付いていた。
「――――止まれ……!」
肩の位置まで拳を上げ、武藤陸曹長は小声で言った。
「篠井一曹は三名を率い前方の敵を攻撃、敵の注意を惹きつけろ。その間我々が迂回、お前たちの攻撃開始を合図に砲台に接近し決着を付ける」
「了解……!」
篠井一曹が頷いた。自衛官としての経験は階級と胸に輝くレンジャー徽章の通り相応のものではあったが、大友一士より長いとは言っても此処に着任して日は未だ浅く、兵士としての彼がこの過酷な状況で通用するかは未知数であった。それでも、武藤陸曹長たち三名が廃墟の連なる路地裏に消えるのを見届けた後で、後背に続く三名を顧み、篠井一曹は言った。
「ようし貴様ら。貴様らの生命はこのおれが預かった」
「…………」
「全員固まって移動する。いいか、絶対に俺から離れるなよ」
そのとき、声を上げた者がいた。島三曹だった。
「篠井一曹、分散し相互に襲撃を掛けるべきです。火点を広範囲に分散させれば、それだけ敵にこちらの位置と戦力を把握させられずに済みます」
「駄目だ。全員の安全確保を優先する。戦闘時に各員の位置を把握できないのはまずい」
「しかし……」
「今は議論すべき時じゃない……!」
「…………」
篠井一曹の、拒絶するかのような口調は、彼我の階級差も相まって島三曹から反論の意思を明らかに削いだ。そして状況は、気拙い状況に大友一士が戸惑う間も無く急変を迎える――――――
「隊長、敵が前進して来ます!」
「各自の判断で射撃。敵をこちらに惹きつけろ!」
命令を下し終わらぬ内に、篠井一曹の小銃は破壊の咆哮をがなり立てた。大砲の援護を得て「慈悲寺(サレ‐デリバレス)」へ向かい疾駆する民兵の波。予期せぬ側面からの急襲にその勢いは乱れ、そして止まった。だがそれも、結局は僅かな間だった。密着した間隔もそのままに敷かれた小銃の射列、それは伏撃を受けた側にとって却って反撃し、制圧すべき火点の位置と規模を容易に把握させてしまう。
『――――こちら武藤、襲撃位置を確保。送れ……!』
「篠井、了解……!」
交信に応じつつ89式小銃の引鉄を引き続ける篠井一曹の周囲には、すでに着弾の土煙が幾重にも立ち上っていた。そしてそれは、何も彼だけを取り巻く状況ではなかった。
大友一士もまた、MINIMIを構え迫り来る人影に向け引鉄を引き続けた。一回引く度に、ミシンのように連続して撃ち出される弾幕、また弾幕―――――それらは接近する敵兵の前方に死の礫を投げ付け、その前進を押し止め続けた。
次第に密度を増す弾幕の交差―――――それが彼らを次第に蝕み、追い詰めていく。
ただただ夢中だった。自分が引鉄を引くのを止めた途端、自分の人生は終わるのだと彼はこのとき本気で信じていた。そして自分は永遠に、これを続けなければならないのではないかと、本気で恐れ始めていた。
まるで……地獄。
自分を喰らわんとする悪鬼の群れに向け、その持久力の続く限り永遠に引鉄を引き続けなければならないという地獄に、自分は落とされたような気がした。
「こちら篠井! 早く終わってくれ!」
『――――もう少し待て! よし、砲座を制圧。これより爆破する!』
「こちら篠井! これ以上もたない!」
篠井一曹の声は、もはや悲鳴になっていた。敵の銃撃は集中している。何故なら、彼らにとっての敵たる自衛隊員が広範囲ではなく、一箇所に固まっていることを、数合の銃撃の交叉の末に彼らは把握してしまったから―――――もし、島三曹の具申した通り散開していればこのような苦境を脱することが出来たかも知れない。
だが今となっては―――――
「篠井一曹!」
その島三曹が叫んだ。
「自分と大友一士で火点を移動します! 援護してください!」
「駄目だ!」
篠井一曹が目を剥いた。
「貴様死にたいのか! 現布陣を維持だ! ここから離れるな!」
「しかし!」
「黙れ―――――」
言い掛けた直後、一人の陸曹が声を上げた。
「手榴弾! 退避!」
「――――――!?」
上官の指示である以上、取れる対処などたかが知れていた。反射的にMINIMIを抱くようにして、大友は伏せた。直後の烈しい轟音と震動、さらに降りかかる礫塵の豪雨――――――心身を震わせ、委縮させるそれらに大友は必死で耐えた。
「…………」
それが収まったのに気付いたとき―――――――大友はやはり反射的に身を起こしMINIMIを構え直した。爆風と衝撃は決して烈しいものではなかったが、爆破を機に敵が突破を図る可能性に思い当ったのだ。
「…………!」
慌てて周囲を見回す。だが彼の眼前で襲い来るべき敵は、意外な脅威を前に前進を止め、上空へ向け応戦を展開していた。
「…………!」
爆音を轟かせながらに上空を旋回するUH-60JA――――――キャビンからミニガンを咆哮させるそれは、それは地上の敵を為す術も無く釘付けにすることに成功していた。その援護の下、広場上空に侵入したもう一機のUH-60JAが、ラベリングで増援の隊員を送り込もうとしているのを、大友一士は見た。
再び転じた視線――――――傷付き、動くことも儘ならなくなった同僚の姿に、大友一士は今更ながらに衝撃を覚えた。手榴弾の炸裂した場所が遠かったことが、大友と彼の銃の命運を救った。だが、彼以外の七名はそうではなかった。そして―――――
「…………!?」
彼ら七名の指揮官だった篠井一曹は、うつ伏せの姿勢のまま、微動だにしていない。その身体に手を伸ばし、揺すろうとした大友を、強いるような声が止めた。
「駄目だよ……死んでる」
指揮官の死と、砂塵に酷く汚れたその顔と姿が、あのおっかない島三曹であることに気付いたとき、大友一士は全身の気が抜ける思いがした。そして大友の眼前で、島三曹は同じく酷く汚れ傷付いた89式小銃を弄りながら、顔を顰めるのだった。
「ちきしょう……銃が壊れてやがる」
そして、再び大友一士に顔を向けた。
「大友一士といったな……」
「…………」
「見ての通り、貴様を除いた全員が負傷、そして全員の銃も使い物にならないと来た……」
「全員…………?」
「貴様の銃は使えるか?」
言われてみて、慌ててMINIMIを点検する。それが汚れているだけで損傷していないことを二人が察したとき、島三曹の眼付きが変わった。
「爆破部隊が戻って来るまで、ここを何としても維持する」
「え……?」
「えじゃない! 救援が来るまで撃って撃って撃ちまくるんだ!」
「はい!」
「頼むぞ……!」
島三曹は大友一士の肩を叩いた。促されるままに慌てて構え直したMININI―――――その銃口のはるか先では、上空からの急襲に直面しつつも態勢を立て直した民兵たちが、再びその数を増しこちらへ接近を始めていた。
「ナロッ……!!」
引鉄に篭める指の力―――――それはMINIMIの銃口から殺人的な弾幕を吐き出し、不用意に接近した民兵数名を弾き倒した。慌てて応戦を始める民兵の集団と、それにたった一人で対抗する大友一士、その傍らで、島三曹は砲座のある一角から一条の黒煙が立ち上るのを見た。
『――――こちら武藤、爆破に成功。篠井一曹、応答しろ!』
「こちら島三曹、篠井一曹は戦死。他六名は戦闘不能! 本官が指揮を継承します!」
『―――――了解!……すぐに合流する!』
重苦しい応答――――――それを打ち切る間もなく、今度は指揮所の置かれた「慈悲寺」から、佐々三佐の声が飛び込んできた。
『――――佐々だ。状況を把握した。本部から応援をそちらに回す。それまで持ち堪えてくれ。送れ』
「了解!―――――」
その間も敵は距離を詰めていた。交叉する銃火の曳く空気の歪みの線すら、目に見える距離だった。まるで昔見たSF映画のような―――――手を伸ばせば、高速で飛び交う弾丸を掴み取れるかのような錯覚すら、催してしまう。
「…………!」
一方向に向け一連射―――――
もう一方向に銃口を転じ二連射―――――
さらにもう一方向に一連射―――――
さらに他方向へ―――――
「―――――!?」
「どうした!?」
射撃を止めた大友一士に、島三曹は声を荒げた。その間も接近する敵、また敵―――――
「弾切れ! 装填します!」
「くそぉ!!」
手榴弾を取り出す――――
ピンを抜き、そして投擲―――――
噴き上がる火柱――――
衝撃波に巻き込まれ、昏倒する民兵――――
「大友! 装填まだか!?」
「装填まだ!」
さらに近付く民兵に向け、手榴弾をもう一発―――――
火柱――――――
轟音――――――
「大友!」
「装填終わり!」
装填の終わった大友一士が、再びMINIMIの銃身を上げたそのとき―――――
「島三曹! あれ!」
「…………!?」
立ち込める硝煙――――
民兵の波――――
それらのど真ん中を悠々と駆け抜け、掻い潜りこちらへと向かって来る人影―――――
それに、二人は同時に我が目を疑う―――――
「まじかよぉ……」
機能的な装備と、首から提げたM4カービンは、紛れもない味方――――
――――――それも、特殊作戦群……!
鹿のような俊足で広場を疾駆――――
―――――左右前後にM4カービンの銃身を操り、撃つ、撃つ、撃つ!
―――――射撃の度に薙ぎ払われ、斃れる民兵の影、影、また影!
その特戦群隊員の表情が、測れる距離にまで達したとき―――――
「いようっ!」
ジャンプとともに二人の許に飛び込んだ男の顔には、場違いなまでの余裕があった。
「特戦群の鷲津一曹だ。宜しくな!」
「島三曹であります!」
「大友一士であります」
「……で、お前らここで何をやっているんだ?」
「見ての通り、戦闘でありますが……」
「戦闘?……この状態で?」
周囲を見回し、鷲津一曹は軽く頷いた。
「オーケー……戦闘は一時中断、後退し態勢を立て直す」
二人の表情に同意の色が浮かぶのを見てとり、鷲津は「慈悲寺」の方向を見上げた。その間、爆破を終えた武藤陸曹長たちが戻ってきた。
「負傷者を運ぶ。肩を貸してやれ!」
作戦の主力が戻ってきた以上、彼らに此処にいるべき理由は無かった。後退準備の最中、篠井一曹の遺体を背負った島三曹が、大友一士を顧みた。
「大友一士、後背を援護しろ!」
「了解!」
大友一士と鷲津一曹が後背に立ち、追撃に備える。ヘリと増援の支援を得て後退する間、大友一士は隣に立つ鷲津一曹の様子を観察することが出来た。
『すげえ……』
戦場の中に個性を主張する黒いバンダナキャップ、アタッチメントとマジックテープに覆われた軽量ボディアーマー、迷彩に彩られ、濃い不精髭をしたその横顔は精悍で、その体躯はライト級のボクサーのような均整に満ちていた。ダットサイト装備のM4カービンライフルを構えつつ進むその姿に、大友一士は一片の隙すら見出すことが出来なかった。
タンタンタンッ!―――――
発砲の数と、昏倒する民兵との数と全くの同数だった。散開し追って来る敵兵を仕留めた鮮やかなまでの銃裁きに大友が見とれる間もなく、鷲津一曹の声が響く。
「余所見をするな! 警戒に集中しろ!」
「はい!」
大友は撃った。自分を追って迫って来る影、また影―――――それらは全て大友一士にとって敵だった。
引鉄を引きっ放しのまま、銃身を振り回す――――あたかも、芝生に水を撒くかのように―――――
「もういい、駆け足で逃げるぞ!」
鷲津一曹が背を叩く。最後にもう一連射を後背にばら撒き、大友は走り出した。彼が気付いた時には鷲津一曹は、すでに十歩分ほど先を軽快なまでに駆け続けていた。
「はやっ!」
意外な上に、瞠目すべき逃げ足の速さ――――否、俊足―――――その光景に、大友一士は自らに迫り来る危機をしばし忘れた。
だが―――――
ドンッ――――――!!!
周辺の空気を震わせるほどの轟音と衝撃―――――その大本はすでに潰した筈なのに?
衝撃に続き、「慈悲寺」から黒煙が上がった。それを眼前にした鷲津一曹の顔が、一瞬にして余裕から苦渋に変わる。
「何てこった!……やつら裏にも大砲を回していたのか」
そして再び、大友一士を顧みる。
「よし、お前一緒に来い!」
「どうするんです!?」
「裏の大砲を破壊する! 支援を頼む」
「…………」
またかよ……
落胆するまでも無く、自分の顔色が蒼くなっているのを、大友は自覚するのだった。
『――――鷲津一曹以下二名、裏へ回ります!』
佐々三佐が部下からの報告に接したとき、「慈悲寺」はすでに断末魔の揺れに身を任せようとしていた。裏側に回った大砲の存在に、佐々三佐たちが気付いた時、砲弾の直撃に石煉瓦造りの壁は崩れ、そして衝撃に吹き飛んだ内装を無残なまでに露呈してしまっていた。着弾の衝撃はこれまで激しい銃火の交差に晒されていても一人として出なかった負傷者を二名出し、そしてそこに空いた穴は、迫る敵兵の前に付け込むべき間隙を生じてしまう――――
彼自らも89式小銃を手に取り、佐々は無線機に声を上げた。
「狙撃班、支援できるか?」
『――――こちら狙撃班、展開完了!』
「よし、存分にやってくれ!」
危険を冒して戦闘地域上空に展開したUH-60JAは、増援の隊員とともに、長期の継戦を可能にする武器弾薬をこちらに送り届けてくれた。特に、89式小銃やMINIMIに比べ口径が大きく、そして射程距離も優れた64式小銃は、今次の難局を打開する上で大きな助けとなった。
『――――こちら楼塔、展開完了……!』
武器を89式小銃から64式小銃に持ち替えた特戦群の狙撃手が、位置に付いたことを告げてきた。PDA画面に表示された「慈悲寺」の周辺の敵味方の配置―――――それを睨みながらに佐々は無線機に叫んだ。
「全力で援護しろ!」
「了解……!」
楼塔の窓から銃身を突き出し、狙撃手が中距離用スコープに目を凝らす。彼らが狙うべき目標は、彼らの遥か眼下に広がる廃墟で、無数に蠢いていた。手に手に銃や蛮刀を抱え疾駆する人影……また人影……その一人々々に狙いを定め、狙撃手は引鉄を引く。彼らの狙いは正確で、そして放たれた弾丸は必殺だった。
「――――――!!?」
敵の立て籠もる「慈悲寺」の後背に回り、破壊と殺りくの限りを尽くそうとしていた民兵にとって恐怖は突然に現れ、そして疾風のように通過して行った。それまで彼らの攻撃の拠り所であった砲座まで届かなかった敵の銃弾が、連続して襲い来るようになったのである。その狙いは正確で、威力もまた大きかった。彼らがそれを悟った時には、被害はすでに二桁の大台にまで達していた。
「敵の銃撃だ!」
為す術もなく頭、胸を貫かれ昏倒する民兵、また民兵……恐慌は混乱を生み、それまで敵に対する優位に拠って立っていた彼らの勝利への自信を、その根本から揺るがせ始めた。それに彼らはそれまで、銃弾というものがかくも遠距離から、かくも正確に彼ら目掛けて飛んでくるという事に、全くの無知であった。彼ら「神の子ら」にとって銃器とは、それを向けた相手を近距離で、かつ一撃で殺すための攻撃用の武器であり、遠距離の敵に向かって狙いを付けずに、引鉄を只管に引き続けることで、彼らの接近を防ぐための防御用の武器であったのだ。そしてその観念は、彼らのこれまでの戦いで「証明」され、「実証」されてきた。
―――――だが、今現在、彼らが敵にしているニホン人という敵は、全く違っていた。
彼らの銃は遠くを正確に貫き、近距離に張り巡らされた弾幕もまた濃密で、かつ正確だった。民兵は接近することも、態勢を立て直すべく距離を置くこともできず、徒にその戦力を擂り潰しつつあった。
―――――再び、砲座。
「大友一士、あれが見えるか?」
廃墟の一部と化した土塀の陰に背を預けながらに、鷲津一曹は親指を外へ向けて見せた。
「…………」
指し示された方向へ向け、大友一士はそれまで土塀の陰に預けていた頭を、少し動かして見せた。首を動かす度、首から提げたMINIMIのスリングベルトが食い込み、窮屈に感じられた。それでも望んだだけの視界は得られなかったが、得たいものだけは、彼もまた得ることが出来た。
「あ……!」
楼塔からの狙撃に、遮蔽物に身を顰めながら応戦する民兵たちには、あの黒光りする砲身が囲まれていた。それは二人の眼前でいま再びあの禍々しい砲弾を撃ち出す準備を終え、その砲口をかつての彼らの聖地へ向けようとしていた。
鷲津一曹は言った。
「手榴弾を使う。援護しろ!」
「無理ですよ、こんな距離では」
「大丈夫」
鷲津は笑った。不精髭の似合う、男臭い笑みだった。目測で40メートル近い距離を置いた砲座を睨みながら手榴弾を取り出し、鮮やかな手付きでピンを引き抜く、目標を睨むその表情が一変するのは一瞬―――――
「今だ! 撃て!」
唐突に怒鳴られるのと、土塀から飛び出すようにして伏射の姿勢を取るのと同時だった。砲座へ向かいMINIMIの引金を引き絞る。勢いよく吐き出された弾幕に不意を突かれ、数名の民兵が銃弾に突き飛ばされるようにして昏倒した。その間隙を縫い投げ出された手榴弾の黒い弾体が、まるでホームランボールのような放物線を描き、それが砲座のど真ん中に吸い込まれるのを、大友一士は伏せたままの姿勢ではっきりと見た。そして手榴弾は文字通り砲座のど真ん中で炸裂し、黒い火柱は千切れ飛ぶ人体の肉片とともに大砲を支える車座を全壊させた。
あまりにも呆気無い、破壊と殺戮の風景―――――
「こちら鷲津、砲座を破壊。これより後退する」
『――――指揮所了解した。敵は撤退を始めた模様。よくやってくれた……!』
「了解、任務終了。指揮所に合流する」
「すげえ……!」
大友一士が感心する間もなく、鷲津一曹は再びあの軽快な脚力で、元来た道を辿り始めていた。




