第九章:「急転」
クルジシタン基準表示時刻02月09日 午前8時34分 旧王都アーミッド中心部広場
敵の本拠たる「パブロフの家」こと「慈悲寺」を完全に制圧しながらも、目指す教祖の身柄確保に失敗しいち早く市街からの離脱を命ぜられた航空強襲部隊からも、「タクティカル61」遭難の発生は肉眼で把握することが出来た。
それ以前に、共通周波帯により「タクティカル61」の遭難はすでに都内に展開した、あるいはすでに都内より離脱した部隊の知るところとなっていた。だが聞くのと見るのとでは、そうした事象に対する反応に相違が生じることがままある。今回が、まさにそれだった。
「ヘリが……墜ちた?」
おそらくPKFで最初に、「タクティカル61」の遭難をその肉眼を以て把握したのは、「慈悲寺」の尖塔の一角を、数分の銃撃戦を制した後に制圧下に置いた特殊作戦群の隊員だった。敵兵一名を射殺し彼が尖塔に歩を標したそのとき、彼は旧都西側の上空を行く一機のヘリが、いきなりにその尾部から発火した直後、急激に機体の均衡を乱し自転し始めるのを目にしたのだ。「タクティカル61」からの、悲鳴にも似た異状発生の報告は、共通周波帯を伝い、事態の発生とほぼ同時に彼のイヤホンに入ってきた。
『―――――墜落! 墜落!……ブラックホークが墜落!!』
眼前の現実に向かい声を上げるその彼の眼前で、降下していくヘリは旧都の町並みの懐の只中に飲み込まれ、直後にまた静寂が訪れた。それが墜落の一部始終を見届けるかたちとなった彼を、更なる報告へと駆り立てた。そして同じように事態の急変に気付き、声を張り上げたのは彼だけではなかった。
『―――――ブラックホークが被弾!……墜落した!』
絶叫にも似た報告を聞くや、それをBGMに、御子柴 禎三等陸佐は二名の部下を引き連れ階段を駆け上った。石造りの階段を駆け上がり、楼塔の最上階に達したとき、中心部の最も高い場所から臨む西側に彼が目にしたのは、黒々と立ち上る一筋の黒煙だった。
「…………!」
舌打ち―――――それを胸奥に押し込むと、御子柴三佐は市中央部広場の佐々三佐へと回線を繋ぐ。
『――――こちら佐々』
「御子柴です。ヘリの墜落を確認。そちらはどうか?」
『――――こちらも確認した。市西区だな?』
「我々で救助に向かいたいが、どうか?」
『――――了解、すぐに向かってくれ。リトルバードを下ろさせる』
「御子柴、了解」
交信を終えるや、御子柴三佐は部下を顧た。
「三名広場に集めろ。すぐに行くぞ……!」
佐々の反応は早かった。苦渋の表情もそのままにすぐさま統合作戦指揮所へ交信を繋ぐ。交信に出たのは筧陸将補だった。
『――――筧だ。状況を把握した。要員を墜落地点に回せるか?』
「可能ですが司令、無人偵察機は何処です? 出来れば車両部隊も向かわせたい。墜落地点まで誘導願えますか?」
『――――無人偵察機は現在墜落地点上空。情報をこれよりReCSに送信する』
ReCS端末を開く。果たして液晶表示画面は受信画面に続き墜落地点の場所と、上空に展開する無人偵察機の映し出したヘリの残骸を映し出していた。色彩に乏しい画像の中で、路地にど真ん中に叩き付けられたヘリはその原型の大半こそ留めてはいたが、そこに生命の息吹を見取ることは、不鮮明かつ狭い画像表示ではまず出来そうになかった。
『現在、武装勢力の大部隊が四方向より広場へ接近中――――ヘリで増援を送らせる。それまで「パブロフの家」周囲を何としても確保しろ』
「了解しました!」
交信を終え、佐々は四周を振り返った。OH-6Dが一機、その軽快なフットワークを生かし機体を横へ滑らせながら、決して広いとは言えない広場へ高度を下げてくるのと同時だった。
佐々は言った。
「各分隊長を集めろ!」
そのときM4カービンを提げた特戦群の隊員が四名、降着寸前のヘリへ駆け寄るのを見る。三名の先頭を走る御子柴と目を合わせた瞬間、御子柴は佐々へ向け親指を立て、そのままOH-6Dのタラップへと滑り込んで行った。それに驚愕を覚える間もなく、其々の持ち場から全速で駆け寄ってきた分隊長たち―――――その中にいた特戦群の隊員が、すでに御子柴の意を汲んで佐々の指揮下に入ったことは、疑うべき余地も無かった。そうした彼らを前に、佐々は命令を下す。
「ここの防備を固める。増援が来るまで何としても踏み止まれ。これより各隊の新たな持ち場を指定する―――――」
ReCS端末ではなく、ビニールでコーティングされた地図帳を広げ、佐々は各隊の防御拠点を決めた。まず、「パブロフの家」の高い場所――――特に尖塔、望楼には射撃技術に優れた特戦群の隊員を配置する。即製の狙撃班だった。
「生憎64式やM12は持って来ていない。それでもやれるか?」
という佐々の問いに、陸曹長の階級を付けた特戦群の隊員は頷き応じる。
「お任せ下さい。狙撃銃が無くとも、敵を一歩たりとも此処には近づけません」
「慈悲寺」二階、三階にはMINIMIを重点的に配置する。分隊支援機関銃は高度の優位を生かし、迫りくる敵の眼前に弾幕をばら撒く役割を課せられることになった。持ってきている機銃の数からいえば、配置状況は申し分なかったが、ここにも不安材料があった。機銃手の誰もが、短時間の任務を想定し予備の弾倉を持ってきていなかったのだ。それに対する指示を、佐々は弾丸の節約しか持っていなかった。
それでも……佐々の内心には余裕があった。昼まで頑張れば、いずれは帰還の望みは大きいという、その実何の裏付けのない希望への余裕が――――――
『―――――墜落! 墜落!……ブラックホークが墜落!!』
UH-60JA汎用輸送ヘリ「モンハン01」の機上で、最初の墜ちゆく同僚の無線から、そして次には共通周波帯を制する地上の通信から、「モンハン01」機長、谷水美佐緒二等海尉は事態の急変を知った。そして事態を知ったとき、彼女の機はすでに旧都の上空を脱しようとしていた。
「返針する!」
反射的にフットバーを蹴り、転じた機首―――――果たして彼女の眼前には、西区の一隅から一筋の黒煙が立ち上っていた。キャビンの石川二等空曹はすでに銃座に付き、窓より身を乗り出した彼の構えるミニガンは、その黒光りする銃身を眼下の町並みへと巡らせていた。
「機長、危険です。帰還しましょう!」
場違いとも思える上ずった声はいきなりに投げ掛けられ、それは谷水二尉の注意を惹いた。唖然とした彼女の眼前で、副操縦士たる水津二等海尉が、蒼白な顔もそのままに彼の機長を見詰めていた。
「…………!」
突発的に湧く苛立ち―――――それを押し殺すように、あるいは無視するかのように谷水二尉は前方へと向き直る。
「こちら『モンハン01』、我に墜落地点上空の火力支援の用意あり。送れ――――」
『―――――サクラより「モンハン01」へ、現在OH-6Dが救助要員を乗せ急行中。「モンハン01」は速やかに帰投せよ。送れ。これは命令だ』
「機長……」
石川二曹が言った。機首を向け、操縦桿を倒しながら、谷水二尉は薄い唇を噛み締める。自分の意思が果たされずに終わりつつあることを、彼女は悟らざるを得なかった。
『―――――墜落! 墜落!……ブラックホークが墜落!!』
急報は、隊列が完全に旧都を脱した直後に通信回線を駆け巡った。旧都西区より外に抜けた橘一尉率いる車両部隊もまた、例外ではなかった。
『―――――上空の「キツツキ」各機へ、速やかに墜落地点上空に進出し、地上部隊降着まで当該区域を警戒せよ。繰り返す―――――』
運転席備え付けの車両無線機から流れる通信に接するや、橘一尉の胎は決まった。一度後続する車両群を顧み、橘はインカムを掴んだ。相手は後続する二番車にいる次席指揮官の斎藤二等陸尉だ。
「斎藤二尉!」
『――――こちら斎藤! どうぞ!』
「こちら橘、おれは二台連れて旧都に戻る。貴官は残存部隊を率い基地まで戻れ!」
『――――了解! 捕虜と死傷者を降ろし次第すぐに引き返します!』
「頼んだ!」
斎藤二尉は即座に彼の上官の意図を察した。橘一尉は高機動車を左折させて車列から離れて停止し、さらに無線で呼び掛ける。
「こちら指揮官、三号車と武装車両は列外。それから俺に続け! 墜落地点を確保する!」
事前の被害確認により、三号車の高機動車と火力支援の武装車両には被害が無いことを橘は知っていた。そしてそれらが、この帰途に付いた車列の中で人的損害の全くないたった二台の車であるということも―――――
『――――二号車了解!』
「こちら武装車両了解!」
「まじかよ……」
武装車両「俺の嫁3号」の荷台で、車両指揮官の大石二曹が明快なまでに指揮官の命令に応じる様を、高津一士は驚愕とともに見遣った。橘一尉との交信を終え、指揮官車を追って再び旧都へ向かう道に転じた車内で、大石二曹は部下に言った。
「各員武器をチェックしろ! 見張りを厳に!」
それが合図だった。命令直後、とうに緊張の糸の切れた筈の各員が、再び人柄が変わったように機銃座に取り付き、そして銃身を上げる。高津一士とて、同調圧力にも似た荷台の空気に、従順たらざるを得なかった。
その間も、小隊用無線機は再突入組と上空の前線作戦管制官、そしてヘリ部隊との交信をBGMのように奏で続けていた。
『―――――こちら橘、サクラ、我これより墜落地点の確保に向かう。墜落地点まで誘導してほしい。送れ』
『―――――サクラより車両班、これより誘導ルートを表示する。しかしこちらからは路上の完全な安全確認はできない。送れ』
『――――構わないからさっさと表示しろ! こちらで啓開する!』
『――――こちらサクラ、了解した。「キツツキ」隊もそちらへ向かわせた。彼らから見えるルートを選択してくれ』
『――――こちら「キツツキ」、車両班を視認、これより車両班の援護を行う』
そして―――――
74式機銃の、重い銃身を持ち上げながらに高津一士は思う―――――
この街から生きて出られたら―――――もう絶対戻るものか!……と
「うちの隊から死者が出たそうだ」
「敵の抵抗は想像以上に烈しいらしい」
不穏な空気は何時しか統合作戦指揮所の狭い空間から造作なく漏れ、いまや基地の隊員宿舎とそれに隣接する飛行隊ハンガーにまで蔓延していた。
サンドワール基地の広大な敷地内において、統合作戦指揮所から漏れ出した不穏さの最初の兆候を見せたのは、基地の医務室だった。医務室に詰める医官、そして衛生兵にかかった動員は何時に無く忙しく、解除される気配は無かった。その上に普段は滅多に使用されることのない集中治療室にも、唐突に機器の搬入とチェックが始まり、その慌ただしさは、出撃した強襲部隊の被った損害の程を基地の誰にも感じさせた。
さらに情勢が一変したのは、8時40分を回った時のことだった。最初に動いたのはやはり、有事の先鋒を務める特殊作戦群だった。基地に詰める隊員の、凡そ動き得る全員がブリーフィングルームへの集合を命ぜられたのだ。そこで彼らは、JOCの要員以外に、ヘリの墜落を知らされた最初の人々となった。
「―――――UH-60が旧都西区に墜落した。基地の特殊作戦群は完全武装で待機、別命あり次第旧都に展開する……!」
「ふぅーん……」
鷲津克己一等陸曹は、無人偵察機からの画像情報も交えた情報幕僚による状況説明の間、だらしなく咥えていた紙巻き煙草を盆に押し潰すと、それが終わらない内に腰を上げた。複数の隊員がそれに続き、彼らはロッカールームで手早く装具の着用を済ませ、そして武器を整える。その動きに、戦闘を前にした緊張や躊躇いなど、微塵たりとも窺えなかったが、彼らの準備にはその上に電光石火とでも形容すべき手早さがそこにはあった。
照準鏡付きの64式小銃――――それは、特殊作戦部隊員として最初の実戦を潜って以来の、鷲津一曹の相棒だった。それに続きUSP自動拳銃、手榴弾、閃光手榴弾、コマンドナイフ、暗視ゴーグル、個人用無線機といったいわゆる「七つ道具」が続く。夜間及び上空からの位置確認用IRマーカーを縫い付けた、専用のボディアーマーの着用も、忘れる筈がなかった。
そして―――――
作戦に必要な全てを着用した後の、戦闘に必要な全てを纏った仕上げとでも言うべき、漆黒のバンダナキャップ―――――それが、戦場における鷲津一曹のトレードマークであり、それだけの「個人的裁量」を許されるだけの実績を、彼は特戦群隊員としてすでに積み重ねていた。M4カービン、USP自動拳銃、手榴弾、閃光手榴弾、そして予備の弾薬に暗視ゴーグル……凡そ市街地での、長時間の戦闘を想定した全ての装備を整えるや、鷲津一曹をはじめとする男たちの早足は格納庫を出、とうに発進準備を終えたUH-60JAへと向かっていた。
特殊作戦群に続き――――あるいはほぼ同時に―――――旧都アーミッドで現在進行形の事態の急変を知らされたのは、やはり旧都へ特殊作戦群を運ぶ役割を課せられている航空要員だった。作戦が始まる事前に、作戦に備えた予備機とその乗員も当然「待機」というかたちで確保されてはいたが、それでも勃発した事態の急変は、「補欠」とでも言うべき彼らの想像を超えていた。
「なんてこった……今日は厄日だぜ」
一度脱いだヘルメットの重さが、早朝の飛行訓練以来ひたすら待機を続けた身体には堪える。分厚く嵩張る航空装具の上に、不快なまでに汗ばんだ肌に吸いつく肌着、周囲の空気は早朝の清々しさから一転、とっくに炎天の支配するところとなったアスファルトの飛行場を灼熱の坩堝と変えていた。
「さっさと終わらせて一杯やりたいっすね。」
と、UH-60JA「モンハン03」機長、乾 駿河三等陸尉のばやきに、副操縦士たる古葉 司准陸尉が応じる。二人は歩きながらにヘルメットを被り、それから歩調を早め整備の成った愛機へと向かって行く―――――
「いようパラメディック。調子はどうだい?」
「上々であります!」
先行し待ち構えていた機上整備員の加藤堅城空士長が背を但し二人の操縦士に敬礼する。それに慌ただしい答礼で応じ、二人は機内に飛び込むようにして着席した。そこに戦闘を目前にした緊張感は、微塵も伺えなかった。だが加藤空士長にしてからか、予備配置から一転、こうして自分が戦場の上空を飛ぶことになろうとは、まさに青天の霹靂と言ってもよかった。
乾三等陸尉が言った。
「加藤空士長、武器は持ったか?」
「一応あるだけ取り揃えました!」
「カール‐グスタフでも持っていくか?」
「こいつの上から撃てますかねぇ? 持込みは自由ですが撃った後の責任は持てませんな」
軽口の応酬の後、二人の操縦士は手早い挙作でエンジンを起動させ、そしてサンドワール管制塔と交信を繋ぐ。果たして、ヘルメットのイヤホンは上ずった声の女性管制官の声を三人に届けてきた。
『――――サンドワール管制塔より「モンハン03」へ、離陸準備完了次第発進せよ。1000フィートまで上昇後、周波帯をチャンネル3に変換』
武装した戦闘要員が八名、キャビンに滑り込んでくる。普通科のそれとは趣の異なる独特の形状のボディーアーマーに、装備しているM4カービンライフル、指揮官らしき一等陸曹に至っては手にしたM4カービンの上に、照準鏡装備の、狙撃仕様の64式小銃を背負っていた。機内の特殊作戦群……彼らが中距離の火力支援を想定した装備を交えた分隊編成であることぐらい、乾准尉にはすぐに判った……全員の搭乗を確認した一等陸曹が、座席越しに乾の肩を叩き言った。
「戦闘要員全員搭乗! 何時でもいいぞ!」
「『モンハン03』、離陸する」
コレクティヴを上げるや、急激に回転を増したメインローターはUH-60JAの機体を軽々と持ち上げ、混迷の空へと誘って行く――――――
「何処に下ろして欲しい!?」と乾三尉
「広い場所!……何処でもいいからそこに降ろしてくれ!」
「無茶言ってやがる……!」
指示された高度に達し、アーミッドの方向へ自転し機首を転じる。無線機の周波帯を変換するのも忘れなかった。
『――――こちらサクラ、「モンハン03」、貴官は当方の指揮下に入った。これより降着地点への誘導を開始する。追って指示あるまでアーミッドへの適正針路を維持せよ。送れ―――』
「『モンハン03』、了解!」
ヘリと前線作戦指揮官との交信はなおも続いていた。交信の合間々々に生じる空白、鷲津 克己一等陸曹はその間隙を見逃さず、操縦士の肩を叩いて話しかけた。
「すまないが、街の状況を聞いてくれないか?」
操縦士は大きく頭を振り頷いた。それから暫くの交信を経て、直線飛行に転じたUH-60JAの無線機は、基地司令部と前線の強襲部隊との遣り取りを、実況状態で伝えてきた。予想以上の敵の反撃と予想外の事態急変――――それらに翻弄される強襲部隊の緊迫した状況を聞きながら、鷲津はドアの開け放たれたキャビンから、何気なく眼下の基地を見下ろすようにした――――
「…………!」
広漠たる荒野に走る、一筋の砂塵―――――
それは一群の車列を、基地の敷地近くまで運んで来ていた―――――
――――強襲部隊に属する車両部隊が、街から「撤退」してきたことを、鷲津一曹は悟った。
そして――――――
『―――――「キツツキ04」―――墜落地点――視認――これより地上部隊―――降着させる。送れ―――――』
「―――――!」
途切れがちな交信が運ぶ緊張――――友軍が墜落地点に降着したことを知ったとき、鷲津一曹は事態の急転に、戦闘の拡大がもはや避けられないことをも悟った。
クルジシタン基準表示時刻02月09日 午前8時56分 クルジシタン王国政府 臨時首都クラバ郊外 「虹の塔」離宮
「―――――『神の子ら』とニホン人との戦闘が始まった。ニホン人は『慈悲寺』を占拠し、『神の子ら』は未だに抗戦を続けている」
「―――――以外に早いな……ニホン人にかかっては『神の子ら』の命運も風前の灯か……」
「―――――これはまずい……まずいな……叛徒どもに対するに我らの主導権が失われてしまう」
その壮麗な外見と優美な自然をその敷地に持つ離宮……だが、その深奥で語られる話題は、決してそうした外目に釣り合うものではなかった。ニホン軍の旧都突入に併せ、政府臨時中枢の置かれている王室離宮――――通称「虹の塔」――――において、極秘裏に開かれた重臣会議は、その始まりから拭い難い重々しさにその席を明け渡している。
議場に卓は無く、羽毛を詰め膨らんだ座椅子に腰を下ろし語らうという、クルジシタンの伝統的な評定の場―――――現在それを支配する空気の重々しさの背後には、危機感があった。異国による支援があるとはいえ、外面上は王国政府主導で反乱勢力の平定が続いているクルジシタン。だが依然として反乱勢力の要衝たる旧都アーミッドを彼ら自身の手で取り戻すのには、未だ彼らの力では及ばなかった。
―――――だが現在、それをニホン人―――――彼らの知るなかで最も智勇に優れた異邦人――――は、独力で成し遂げようとしている!……PKFの予想外の苦戦という、この「虹の塔」から遠く離れた旧都で起こっている事態の、より詳しい内情を把握することができていれば、彼らがそれほどまでに内心を揺るがせることはなかったかもしれない。そして内情を把握しきれないが故に、彼ら重臣たちの胸中には焦燥が募っていた。
ニホン人の動きはこちらの予想を超えて早く、そして秘密裏に進んだ。彼ら重臣たちがニホン人によるアーミッド急襲作戦の概要を知るに至ったのは、その前日になってからのことであって、ニホンの軍隊は、急襲作戦が武装勢力に察知されるのを警戒し、政府側にすら積極的に情報を回さなかったのである。
―――――否、彼らはそれが成功裏に終わる最後まで、作戦の存在そのものを知らせない積りであったのかも知れなかった。
「教主どの……」
と、一人の老人が上座に腰を下ろす法服姿の男を見遣った。上座を占める恰幅のいい、およそ人間ならざる豊満さすら他者に感じさせる老人、その頭には、一本の頭髪すら無かった。
「教主どのは、如何にしてニホン人の作戦を知るに至ったのか?」
「カブラギ大使はよくやってくれておる」
と、クルジシタン国教会最高教主、グルーム‐ロト‐キャバラはそれだけを言った。だがその一言だけで、一同に真実を察知させ、そして納得させることのできる賢者の様な雰囲気を、この聖職者は持っていた。その笑みは聖職者と呼ぶに相応しく福々としてはいたが、その眼差しに口元の様な笑いの要素は一片たりとも見出す事が出来なかった。そして、その場の老人たちの訝しげな視線を一身に集めつつも、そこに動揺もまた、見出すことは出来なかった。
事情を察し、押し黙る一同の表情を愉しむかのように見回し、キャバラ教主は続けた。
「……そして我らの味方は、かの麗しき旧都にもいる」
「内通者で御座いますか……?」
目を見開き驚愕を隠さない一人を、キャバラ教主は微笑もそのままに見返した。
「悔い改めた悪人とでも言っておこうか……我らの味方はこの国の、あらゆる場所にいるのだよ。なにもそう慌てる必要はない」
「内通者……とは?」
それに対し答えようと口を開けたキャバラのもとに、一人の使者が背後より駆け寄って来たのはそのときだった。耳打ちする使者の言葉を聞く内、キャバラの子供じみた笑顔が大きく歪む。それを無言の内に見守る重臣たち―――――報告が終わり、キャバラは彼らに向け微笑を見せた。怖い、見る者を引き摺り込むかのような微笑であった。
「いい知らせだ……我らはやはり大地の神に護られておる」
「――――――!?」
「……あのガフラーデス‐ドルコロイは言った。悪人こそ、神の祝福を享けるに値する者である……とな」
今度ばかりは、重臣たちは主教の言葉の意味を測りかねた。呆気に取られた重臣たちの表情を、やはり慈しむか――――あるいは憐れむか――――のような表情で目を細め、主教は続けた。それは短いながらも、発することすら憚られる様な戦慄を伴った言葉だった。
「ガフラーデス‐ドルコロイの娘子はいま、グラデス‐ロード‐ドルコロイの手の内にあるそうな……」
「…………!!?」
ガフラーデス-ドルコロイの娘―――――その名詞が、いかなる意味を持っているのか知らない者はさすがにこの場にはいない。そしてその名詞の持ち主がこちらの手の内にあるという事実が、いかなる意味を持っているのか知らない者もまた、この場には皆無であった。それでも驚愕を隠せない重臣たちを、今度は無視するかのよう眼差しを巡らせ、キャバラ主教は末席の軍服姿の男を見据えた。
「アリバサル参謀長」
「ハッ……!」
「今動かせる兵の数はどれくらいか?」
「国王警備軍の一個兵団、凡そ1000名程でしたなら、すぐにでも……」
「では出師の準備を……国王陛下からの御下命あり次第、何時でも旧都へ指し向けられるように頼みますぞ」
「ハッ……!」
王国軍参謀長、アリバサル上将は緊張の色も隠さずに頷いた。それは実質上の出撃命令だった。国王の下命は玉座に在ってそれを発する側ではなく、玉座の下に在ってその下命を受ける側の意思に基づくものとなって、すでに長い時が過ぎている。そしてこの場に、若い国王の命を直に受ける権限を有する者は、上座の主一人しかいなかった。




