ヤンデレ、お酒、お化け
暗い街灯の下を幽鬼のように通り過ぎ、あるマンションの玄関を誰にも見られないように素早く移動し、エレベーターに乗り込む。自宅のある階に着いたら一目散に走って部屋に入り込んだ。
鍵をしっかりとかけて冷蔵庫へ向かう。途中、仕事用の肩掛け鞄を適当に放り投げて冷蔵庫を開ける。缶ビールを一本持って、冷蔵庫を開けたままぐいっと一気に一本飲み干した。
「そんなに一気に飲んだら死んじゃうよ?」
いつの間にか小学校低学年ほどの、赤いワンピースを来た少女が彼の真後ろに立っていた。
「高橋さん、そんなに死にたいの?」
高橋さん、と呼ばれた男はちらりと少女を一瞥してから、ビールをもう一本冷蔵庫から取り出して居間のソファーに腰を下ろした。息を切らして帰ってきたことなどとうに忘れてしまったかのような高橋は、ちょいちょいと少女を呼んで彼の膝の上に乗らせた。
「わーい」
少女は素直に喜んで高橋の膝に座る。キンキンに冷えたビールを今度はちびちびと飲みながらぼーっとしていると、少女が話しかけてきた。
「高橋さん、高橋さん、さっきの続き。高橋さん、死にたいの?」
少女の無邪気な、それでいて背筋の凍るような言葉に高橋は何の反応も示さない。
「高橋さん高橋さん、私が殺して上げるよ。ずっと私と一緒にいようよ」
少女の無垢な、それでいて鳥肌がたつような言葉に高橋は何の反応も示さない。
いつもこの調子であった。
しかしこの時、高橋の心は安心で溢れている。言葉が酷いとはいえ、言葉の端から少女が自分の味方であると思える言葉であった。
高橋は会社や社会に対してひどく恐れを抱いていた。いわゆる対人恐怖症の一つだと思われる。それでも生きていくために働かねばならないことから、毎日がストレスで溢れかえっていた。それを宥めてくれたのがこの少女である。
少女は高橋の親類でもなんでもない。かといって誘拐したわけでもない。酒を飲んだ時にだけいつの間にかひょっこり現れる不思議な少女だった。もしかしたら幻覚のたぐいかもしれないし、不法侵入者なだけかもしれない。
ただ、高橋にとって言えたのは、彼女が自分の慰めとなっていたということだ。幼いながらも凛々しく澄んだ空気の持ち主の少女の隣はとても居心地が良かった。
「高橋さん、高橋さん、」
そう言って猫のようにじゃれてくる少女は可愛らしく、高橋も細かいことは気にしなくなっていった。
「つまんないな……」
「なにが?」
「仕事とか色々。お前といるときの方が楽だし」
「じゃあ私と一緒にいようよ。一緒にいるって言わないと殺しちゃう」
そうやって無邪気に笑いながら、首を絞めようと手を伸ばしてくる。ひやりとした手の感触が高橋の首を包む。
「じゃあ一緒にいてやるよって言ったら?」
「それでも殺しちゃう」
ころころと少女が笑った。
「ねえねえ、ずっと一緒にいようよ。お仕事行っちゃヤダ」
「でもなあ」
「毎日お酒呑んで過ごそうよ」
「んー」
「聞いてる?」
「聞いてるー」
虚ろな目で返事をする高橋に少女は満面笑顔だ。
「眠いんだね、おやすみ」
にこにこと笑って部屋を出ていった。高橋はそのまま瞼をおろした。だらり、と腕を下ろしソファーに沈む。
そのまま高橋は深く深く眠った。
♪#♪#♪
高橋は明くる日も明くる日も酒に溺れて少女と語った。
♪#♪#♪
「高橋さん、高橋さん、」
今日も少女が高橋を呼ぶ。
高橋の顔には生気が無かった。能面のような真っ白な顔で、いや、青白くなっている顔色でソファーに沈んでいる。
「はい、お酒」
にこにこと笑って調理酒を差し出す。この家にある酒はもうそれしか無かった。すべての酒を飲み干してしまった。
高橋は少女の姿が朧気になる度に酒を一口、口に含む。しかし、それすらままならぬほど高橋はアルコールの取りすぎで動きが鈍くなっていた。
「…………」
「もう、仕方ないなあ」
にこにこと少女は己の口に調理酒を含み、高橋の口に移した。
こくり、と高橋が酒を嚥下した瞬間、高橋の身体から力が抜ける。
「うん、ごちそうさま」
少女は嘲笑う。
「高橋さん、高橋さん、大好きだよ? これでずっと私と居られるね」
少女の姿がぶれた。
少女の姿が小さな徳利となって現れる。徳利は独りでに動いてぴとり、と高橋に寄り添う。
高橋は気にも止めてないように、深く深く眠ってしまった。
高橋が死体となって見つかるまで、まだまだ時間はかかる。
お題:ヤンデレ、お酒、お化け
お題提供者:Lamplight ITD 様
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