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第3話――『古代からの刺客と黒き末裔の悲鳴』

一。


 ちなみに、サンタクロース業界では、三太が所属する「赤き末裔」のように完全世襲が常である。

そのため、成果に捕らわれる必要も無ければ、派閥内の勢力争いといったどす黒い駆け引きもない。

 誤解を恐れずに言うならば、「サンタクロース」のほとんどは、

極めて悠揚な姿勢で人々のギフトと向き合っているのである。

 そんな中、サンタクロース業界に革命を起こしたと言われるのが

黒崎ミサが末席に名を連ねる「黒の末裔」であった。

彼らは、それまで閉鎖的だった業界に、“完全成果主義”という概念を採り入れ、

「ただの人間」を「サンタクロース」に抜擢するという史上類のないシステムを構築したのである。

その勢力は今や世界各地で“ギフト”のアフターケアに当たる業界内でも随一のものとなっている。

 黒崎ミサについて言えば、今現在もマスコミの寵児としてスポットライトを浴びる

所謂「天才少年」を多数プロデュースしている。

 この功績が裏付けとなり、「ただの人間」だった彼女も、僅か4年で街を一つ任されるほどの

サンタクロースになり上がったのである。

 これは彼女に限った事ではない。「黒の末裔」が登場して以降の100年、レアなギフトを有し、

なお且つそれを最大限に発揮した人間の手により、人類史上重要な発見や発明がいくつも為されてきた。

その事実を鑑みれば、組織として旧態然とした他の派閥が劣勢に立たされるのもうなずける話である。

 ただ、人海戦術と成果主義を前面に押し出した「黒の末裔」の思想はやはり異端であるし、誤解も受けやすい。

さらに、“良い子と悪い子”の決定に裁定者の人格がかなりの部分で反映される仕事内容でもあるだけに、

非常に危険なものであると言えるだろう。

 それでも、境遇に恵まれない「良い子」の希望や夢を応援できる仕事は、

多くの「黒きサンタクロース」たちにとっての誇りであった……。

 それは、薄汚れたこの街をホームとする黒崎とて心に秘めた矜持であったと言えた。


 いくつものギフトを開花させ、「薄汚れた街」に赴任したばかりの黒崎が最初に目にしたのは街の喧騒だった。

 その日も今日と同じように冷たいビル風が吹き、排気ガスと人の息が混ざった生臭い空気が街中に充満していた。

 パトカーのサイレンが鳴りやむ事は無く、

まだ夕方だというのにネオンの明かりが往来の人々を照らしている。

 人々は一様に暗く沈んだ顔でうつむき、

カラ元気を振り絞って大声を張り上げる呼び込みの声が耳障りに響いている。

 この街に来て2年……眉をしかめたくなる様なその光景は、相変わらずこの街に居座っていた。

 人ごみの中を傷だらけで歩く黒崎の前に、一人の若者が立ちはだかる。

「どしたの、キミ? 服ボロボロじゃん! 誰かにヤラレちゃった?

俺、マジ安全な場所知ってんだけど、一緒に逃げない?

って、やっぱダメ? デヒヒヒ……」

 茶色の髪を無造作に生やし、大きく胸の開いたシャツの上に黒いジャケットを羽織ったその男は、

執拗に「おススメのスポット」とやらに誘ってくる。

 このいかにも軽そうな若者の魂胆は見えすいていた……。

彼が言うように黒崎はボロボロだったが、その彼女をさらに痛めつけようというのだ。

 黒崎は2年前、着任早々絡んできたチンピラからギフトを奪い、この街での最初の仕事とした。

 目の前のこの男も、傷だらけの少女をさらにどうにかしようという外道である。

黒崎ならずとも“ちょっとしたバチ”を当ててやりたいところだろう。

胸のリボンに手をやり、何事か念じる黒崎。

「どしたの? 胸痛いの? 揉んであげようか!?」

 しかし、目の前の男は挑発的な仕草に喜ぶばかりで、黒崎が期待した変化が現れる事は無かった。

 ……彼女は拠り所としていたサンタクロースの力を奪われてしまっていたのだ。

 突如現れた怪物に、黒崎のギフトはそのことごとくが敗れ去り、

彼女本来の力である「タイプ・ボイス」でさえ文字通り“喰われて”しまったのである!

 「レパレージ」と名乗ったその怪物は、圧倒的な怪力とスピードで黒崎を一蹴したのだ。

 命からがら逃げ延びた時には、彼女は最早サンタクロースではなくなっていた。

巨大な敗北感に加え、唯一の誇りさえ奪われた虚無感……黒崎は

「奪われし者」が抱える“恐怖”を身を持って体感していた。

 そんな彼女に無神経な言葉をさえずり続ける頭の軽い男。

 この程度の小悪党ですらどうすることも出来ないのか……

たまらなく惨めな気持ちになった黒崎は、おもむろにその男の股間を蹴り上げる!

「ウルセー!……コノ、ワリィゴガ!」

 泡を吹いて倒れ込む男に浴びせた声は枯れ、咳き込むのを堪えているかのような不快なモノだった。

魔性を思わせる黒崎の美声は、怪物のそれへと堕とされてしまっていたのだ!

 その時、生臭い風に乗って彼女本来の声が耳元に運ばれてくる。

「ウフフ……どうです、悪い子には相応の報いでしょ?

アナタは醜い声の少女Aとしてこれから生きていくんです」

 数百メートル先のビルの上で、下品に肩を揺らして笑う怪物の姿が見える。

「レパレージ! クソッ、モウオイヅイダガ!?」

 突然の突風に短い悲鳴を上げる人々。黒崎は咄嗟に振り向き、身構える。

しかし、その美しい声が聞こえてきたのは彼女の頭上だった。

レパレージは街灯の上で彼女を見下ろし、大きな口の両端を釣り上げて笑っている。

「今度は後ろじゃないんですよ、少女Aさん。それに……そのファイティングポーズ……残念です。

アナタはどうしょうもない悪い子なんですね?」

「ミンナ、オラガラハナレロ!」

 レパレージが右手を振り下ろすと、黒崎の周囲を“圧”が直撃!

周囲の人間が一斉に押しつぶされた様に倒れ込む。

 木を隠すなら森の中というが……考えが甘かった。

人ごみに紛れた事を今更ながらに後悔する黒崎。

これだけの人間が集まっていれば、中には“良い子”がいるかもしれない。

「オメェノネライワ、オラダロガァ!」

 ガードレールを踏み台に蹴りを繰り出す。

ギフトの助けなしに十分超人的な蹴りだが、所詮は人間のそれだ。

伝説の「お仕置き機関」であるこの怪物に通用するはずもなかった。

黒崎の細い足は難なく掴まれ、狙ったこめかみには届いていない。

「“元”黒の末裔がこの上さらに白い下着を晒すなんて……お下劣にもほどがあります!」

 怪物はそう言うと、彼女をフルスイングで放り投げてしまう。

 通行人の悲鳴が聞こえ、彼女が気が付いた時にはショーウィンドウの中でガラスにまみれていた。

街灯の上に立つ変人に無関心な視線を向けていた通行人も、

事ここに及んで超常的な出来事が起こっている事にようやく気が付いたようだ。

 にわかに騒ぎ始める人々を不機嫌そうな顔で見下ろしながら舌打ちする怪物。

「エサの皆さんが少しうるさいようですね……いいでしょう。まずは皆さんの呪いを解いて差し上げます」

 両手を高々と突き上げる怪物……と、その手の先に光の球が形成され始める。

それは無数の小さな光の集合体だった。そして、その出所は……人々の体であった。

そう、その光こそ“ギフト”の光……。

怪物は数百人はいるであろう人々のギフトを、一息で抜き出してしまったのだ!

「ヨ……ヨセ!」

 しゃがれた声で痛恨の悲鳴を上げる黒崎。

しかし、直径1mほどに成長したギフトの塊は、無情にも怪物の口の中に吸い込まれていった。

そして、膨れた腹を撫でながら満足気にゲップ交じりの美声を発する。

「おお、こんなに沢山! さすがに少しお腹も膨れました」

 ギフトを奪われたはずの人々だが、次の瞬間まるで何事も無かったかのように歩き始める。

ショーウィンドウで呻く黒崎にも、たった今気が付いたかのような奇異の目を向けて通り過ぎるだけだ。

 どうやら、彼らには怪物の姿が目に入っていないようだった。

 ギフトに頼らずに生きている大多数の人間にとって、

それを奪われたところで「吉田」が経験したようなクライシスは起こり得ない。

それどころか、そういった人間がギフトを失った場合、サンタクロースや

ギフトにまつわる存在を認識できなくなってしまうのだ。

 確かに、怪物の異形の所作が見えていれば、この場はパニックに陥っていただろう。

 この群衆の中に僅かでもギフトを磨いていた者がいなかったことが救いであったと言えるかもしれない。

 だが、これ以上怪物が好き勝手にギフトを食い荒らせば、

いつかはギフトを拠り所とする“良い子”が犠牲にもなりかねない。

 痛む体を引きずり、なんとか立ち上がる黒崎……その時、

通りの向こうから彼女に声をかけてくる者がいる。

「ええぇぇぇ!? デカいオッパイのお姉ちゃん!? その傷、お前ボロボロじゃねぇか!?」

 それは、街の暴力集団「マッド・ベア」をクビになった元野球少年の鈴木だった!

「てか、なんだよあの化けモンはよ! なんか皆の魂みたいなの喰ってんぞ!?

アンタ今度は何やらかしたんだ!?」

 怯えたような口ぶりだが黒崎を心配しているらしく、こちらに駆け寄ってくる。

「コッチクンナ……!!」

 咄嗟に叫んだ黒崎のダミ声に一瞬驚きつつも、それを無視して肩を貸す鈴木。

 その様子を無言で見守っていたレパレージが、陰険な笑みを浮かべる。

「こんな街にも一息では吸い込めない程にギフトが定着している人間がいたとは意外ですね。

見たところあまり“良い子”には見えませんが……ははぁ~ん。

少女Aさん、アナタ“悪い子”にまで情けをかけて……ギフトを弄りましたね?」

 事実はその逆だ。ほんの数時間前まで、黒崎はこの若者たちを“悪い子”と断じ、

ギフトを没収しようとしていた。

ただ、彼の中でギフトが定着しているのだとすれば、

それは恐らく三太が何らかの手を打ったからに違いない……。

「まあ、良いでしょう。そういうギフトの方が繊細な味がして私好みですから、デザートには丁度良いです。

あっ! でも“悪い子”に加担した少女Aさんは懺悔の為に死体Aになってもらいますからね?」

 怪物は本気だ。

慇懃な物言いに言葉を失う黒崎に代り、鈴木が反応する。

「少女とか死体って、アンタのこと言ってんだろ!? どうしてアンタらはそう物騒なんだよ!」

 言うなり黒崎を抱え上げて走り出した。

予想外の行動に、思わず声を上げる黒崎。

「オラニ構ウナ、死ニテェノガ!」

 この悪漢を気遣ういわれなどない。しかし、思わず口をついて出た。

「言われなくてもそうするよ!」

 そう言っている間に50mもレパレージから距離を空けている。

彼自身のギフトも無関係ではないだろうが、良く鍛えられた足腰である。

彼は人ごみを掻き分けて懸命に走りながら黒崎に耳打ちする。

「その角曲がったら近くの扉に入れ! クマの知り合いだって言えば匿ってくれっから!」

 なぜこの悪漢は自分を助けるのか……黒崎の疑問が自然と口から言葉となって出てくる。

「ドシテ、オラヲ?」

 それに答えた鈴木の言葉に、黒崎はなぜか納得してしまう。

「お前、あの三田ってガキの知り合いかなんかなんだろ!? ヤツにはカリがあるんだよ!」

 そう言ってる間に件の角に滑り込む鈴木。

黒崎を乱暴に扉の中へ放り込み、自身はそのまま細い路地をダッシュで駆け抜ける。

 扉の外から強い風が路地裏を駆け抜ける鋭い音が聞こえてくる……。

 風を操り、自身が風のように動く怪物から逃げられるはずがない。

嫌と言う程叩きのめされた黒崎にはそれがハッキリと判った……。

 確かにこの街は汚れている。

 しかし、悪徳がはびこるこの街でも何人もの“良い子”と巡り合ってきた。

 掃き溜めに鶴、砂中の黄金、泥中の蓮……

黒崎が“悪い子”に厳しく当たるのも、そんな稀有な存在を護りたい一心だった。

 そして……この街に来て何年かの時を過ごした今日。今この瞬間。

 彼女は、彼女が悪と断じる人間に救われた。

 ひょっとしたらだが……万に一つの話、彼女もまた成果主義の呪縛から逃れ、

人間として“良い子”だけでなく“悪い子”とも向き合う事ができるようになるかもしれなかった。

 その心情の変化に自身でも気づいていない黒崎だったが、体は正直に反応していた。

鉄の扉を勢いよく押し開け、今まさに鈴木を捉えようとしていた怪物を一喝する!

「ソイツニ、近ヅクナ……オメェワ、オラガ、ブンナグッテヤル……!!」



二。


 実力差は歴然。体もボロボロ。心だってとっくに折れてる。レパレージを前にして足がすくむ。

それでも黒崎は重い両腕を上げ、いつでも前に飛び出せるように腰を落とす。

 一方、せっかくのデザートを邪魔された怪物が、ゆっくりと振り返る。

「ブンナグル……それは私に言ったんですかね? か弱い少女Aさん?」

 "タイプ:ボイス"の影響が一際強くなる。

 全身から力が抜け、自分が名も無い少女Aであるかの様な錯覚が黒崎を襲う。

そうでは無いことを証明すべく拳を強く握り、敢えて笑みを浮かべて見せる。

「この期に及んで笑うとは……哀れな少女Aですねぇ」

 狭い路地を強烈な風が吹き荒れ、もう何日も放置されていた生ごみを巻き上げる。

 短い気合と共に、滑るような動きでレパレージに接近した黒崎の蹴りが炸裂する!

続く第2撃。膝の僅か上への下段蹴り。黒崎が短いスカートを翻しながら連撃を叩きこむ!

 黒崎は、この怪物を倒せるとは考えていない。

 ……この間にあの悪漢が逃げおおせればそれでいい。

 その一心で痛む手足を動かし続けていた……。

「もう気が済みましたか、少女Aさん?」

 そう言うと、怪物は黒崎の顔面を鷲掴みにし軽々と持ち上げてしまう。

 辺りを吹き荒れていた突風が小さな竜巻となって黒崎に襲い掛かる!

風にまかれたゴミや小石、ビルの塗装が凶器となり、彼女の体を切り裂く!

 ……あの若者は逃げられただろうか?

 断末魔の悲鳴とは裏腹に、黒崎の心は不思議と明るい気持ちで満たされていた。

 彼が悪漢であるという信念に変わりはない。だが、この街での最期に意外な発見があった。

 その時。突然竜巻が消え失せ、目を大きく見開いたレパレージが振り返る。

 朦朧とする黒崎の目に、逃がしたはずの鈴木の姿が飛び込んでくる!

「オメェ……ナンデ、ニゲネェンダ!」

 鈴木が青ざめた顔で、角材を握りしめている。

 レパレージのむき出しの尻にくっきりと浮かび上がる真一文字のミミズ腫れ。

彼がこの一年余りで何千回、何万回と振り続けたバッティングの基礎が怪物に一矢報いたのだ!

「アンタこそなんで出て来ちゃうんだよ!」

 怯えまくりながら口を尖らせる鈴木。

 思わぬ反撃を受けたレパレージは、真っ赤な顔でこめかみに青筋を浮き上がらせている。

「……もう許しません。貴様ら、文字通りただのゴミクズにしてやる!」

 叫んだ怪物を中心に無数の竜巻が起こり、黒崎と鈴木を巻き上げる!

二人は悲鳴を上げる余裕すらないまま風に翻弄され、体中を切り裂かれる苦痛に呻く。

 風のミキサーで粉々にされる恐怖よりも、黒崎はただただ悔しかった。

 守ろうとした人間さえ守れず、サンタクロースとして何一つ出来ないまま死のうとしている。

黒崎の声にならない痛恨の叫びが、狂暴な竜巻に飲み込まれていく……。

 と、上空から風を切り裂く細く鋭い音が……!

「ネイティブギフト・タイプ:トーチ!」

 狭い空から落ちてきた赤い影が、怪物の脳天に拳骨を喰らわせる!!

被っていた蓑が燃え上がり、大慌てで飛び退くレパレージ。

 二人はその声に聞き覚えがあった……。

「ミタ……サンタ……赤キ、サンタクロース……」

 二人に背を向けて立つその少年は、驚く黒崎に肩越しで応える。

「おうよ! って……ええぇぇぇ!? 何その声! デカいオッパイの黒崎さん、どうしちゃったの!?」

 すぐさま答える黒崎。

「ウルセェ! オラノ特徴ワ、セクシーボイスト、ボインダケジャ……イヤ! オ下劣!

ッテ、チガウ!」

「なんだ、意外と元気じゃんか。急いで来て損しちゃったな」

「ヤガマジイ! テカ、ナニシニキタ! グソガギ!」

 修羅場から一転、一気にユルんだ場違いなやり取りに、切り傷だらけの鈴木も思わず吹き出す。

「おう、鈴木くん。酷くやられちまったなぁ。でも……なんとか無事みてぇじゃねぇか。

黒崎さんが守ってくれたんだろ? ありがとう、黒崎さん」

 三太は振り向き、黒崎に深々とお辞儀をして見せる。

 鈴木には実感のない事だが、ギフトはまだ彼の中で眩い光を放っていた。

「フ、フンッ! オ礼ナンガイラネ! ソレヨリ、オメェ、コゴナントガシロ!」

 人懐っこい笑顔でそれに応えた三太が再び振り返ると、ようやく頭の火を消し止めたレパレージが

怒りに声を震わせて凄んでくる。

「赤の末裔、貴様よくも私のイッチョウラを燃やしてくれましたね」

 その声を聞いた三太の表情が強張る。

「おい、その声……そりゃあ、黒崎さんのじゃねぇのかよ?」

 しかし、怒り心頭のレパレージはそれには応えない。

「貴様らまとめて山盛りの塵に変えてやる!」

 不格好なガニ股で力を込めるレパレージ。すると、額に二本の角が生え、上下の犬歯が醜く唇の外に突き出してくる!

 東北の鬼神「なまはげ」を連想させる姿に変容したレパレージが雄叫びを上げる。

「最期の最後まで泣き叫びなさい! 愚かな"悪い子"たち!」

 前後左右から吹き付ける風が、三太たちの体を拘束してくる。

そして、レパレージが突きだした両手を握りしめると風が渦を巻き、三太たちを耳鳴りと頭痛が襲う。

「ガハッ!! アイヅ……気圧ヲ……!?」

 狭い路地の空気がどんどん薄くなっていくのがハッキリと判る。

「どうしました!? 息ができなければ悲鳴も上げられませんか!?」

 黒崎と鈴木が再び苦悶の表情を浮かべる中、三太が不意に大声を上げる。

「その声で喋るんじゃねぇよ!」

 気圧の呪縛を押しのけ、三太が一気に間を詰める!

「おい、バケモン! その声は黒崎さんのモンだろうが!」

 怪物に炎の拳が迫る!

 発火のギフト……タフなはずのレパレージも防がざるを得ない。

 両手をガードに回したことで、黒崎たちを包んでいた気圧の檻がはじけ飛ぶ。

咳き込みながら倒れ込む二人。今度こそ精根尽き果て立ち上がることすらできない。

 三太の拳に宿った炎を器用に避け、その腕を掴みながら怒気を孕んだ笑みを浮かべるレパレージ。

「面白くも美味しくもない下らないこの声がなんですって?

ひょっとして……アナタごとき下賤の輩が、由緒正しいこの私を批判しようと言うのですか?」

「下らねぇギフトなんてこの世に存在しねぇ!」

 三太の怒りに呼応した炎がさらに大きくなる。

怒りの炎は肩口にまで拡がり、自身の髪をチリチリと焦している。

 拡がる炎から逃れようと、風の力で後方に飛び退く怪物。

「フンッ小賢しい! そんなたき火、私の風で吹き消してやる!」

 着地するや、真空の刃を腕にまとわせて斬りかかっていくる。

 燃えていない方の腕を大袋に突っ込み、光の塊を取り出す三太。

「スキルズギフト・タイプ:アイアンマン!」

 鋼と化した左腕が斬撃を受けとめ、激突の衝撃が辺りの生ごみを吹き飛ばす。

「喋んなっつってんだろうが! タイプ:チャブダイ返し!」

 関節を極め、怪物を真上に放り投げる三太。さらに、銃を取り出し引き金を引いた。

「スキルズギフト・タイプ:ガンマン! アンド、タイプ:ハスラー!」

 早撃ちと跳弾を使って撃ちのめす!

「イダっ痛たたたたた……!」

 そして、のたうち回りながら落下してくる怪物の背中に、炎の拳が狙いを定める!

「喰らいやがれ、この下衆野郎!」

 三太の炎が怪物を直撃しようとしたその時、黒崎の悲痛な叫びがその一撃を制止する。

「ダメダ! ソノ手ニノンナ!」

 咄嗟に拳を引っ込める三太。その一瞬後、拳を突き出そうとしていたその場所で、

金属を打ち合わせたような嫌な音が……。

「フフ……残念、喰いそびれましたか」

 見ると、レパレージの「背中に現れた大きな口」がカチカチと歯を打ち鳴らしていた。

 空中で一回転し、三太の目の前に降り立つレパレージ。

その顔には口が無く、あろうことか背中から笑い声が聞こえる!

「ええぇぇぇ!?」

 思わず飛び退く三太。苦痛に呻く黒崎が警告を続ける。

「ヤツワ、カゼト、クチヲ自在ニウゴカス……噛ミツガレルナ、ギフト、喰ワレルゾ!」

 下品な笑い声を発しながら、背中から肩を通って鼻の下の定位置へとゆっくり移動する口。

それを目の当たりにした三太は、眉間に深いしわを寄せて心からの感想を漏らす。

「うえぇぇぇ……気持ちワリィ」

 三太はカンゼンにヒイている……。

 その反応がショックだったのか、レパレージの顔から笑みが消え、動きが止まる。

「仕方ないじゃん! こういう力なんだから! ってか、気持ち悪がらずに怖がれよ!」

 それを聞いた途端、三太の表情が一変。余裕の笑みでレパレージを挑発する。

「フフン……風と口の怪物か。お前は今から"食いしん坊怪獣・カゼグチン"だな、名無しのレパレージ」

 悔しさをにじませた奇声を発して飛びかかってくる"カゼグチン"!

 風の刃を全身にまとい、破壊の竜巻となって三太に迫る!

「お前そればっかだな、カゼグチン。底の見えたヤツが怖ぇわけねぇだろ。

なにしろ俺たちは……四六時中無限の可能性を目の当たりにしてんだからな!」

 言いつつ大袋から木製のバットを引き抜いて迎え打つ。

「スキルズギフト・タイプ:ゴルファー! お前の風なんか全部お見通しだ!」

 鋭利な風を僅かな動きですり抜けて行く三太。バットの一撃を囮に、"タイプ:トーチ"で腹を狙う。

「バカめ! そんなもの一息に喰らってやる!」

 腹部に移動させた大口が三太の拳に咬みつこうと待ち構えていた。

 ……しかし!

「バカはお前ぇだよ。スキルズギフト・タイプ:ビルダー!」

 拳の代りに大口に飛び込んだのは、囮に使ったはずのバットだった。

バットがつっかえ棒となり、カゼグチンは口を閉じられなくなってしまう。

「ホンファモホ|(こんなもの!)」

 すぐに噛み砕こうとするも、歯と歯茎の境にガッチリとはまったバットに歯が届かない!

「皆のギフトを返しやがれ、外道!」

 大口に手を突っ込み、のどチ○コを鷲掴みにする!

 喉の奥を刺激され、たまらず溜め込んでいたギフトを吐き出すカゼグチン。

 ゴロンと落ちた大きな球が生還を喜ぶかのように光を放つ。

 そして、その横には胃液でドロドロになったスカーフが1枚……。

「仕上げだ! ネイティブギフト・タイプ:トーチ!!」

 大口にハマったバットが発火……激しい炎の塊となって怪物の口の中を燃やし尽くす!

「バ、バガナ……オラガ、コンナ、コゾウニ……!?」

 醜い断末魔を残し、カゼグチンが口から煙を吐いてゆっくりと崩れ落ちる!

「見たか、この怪物野郎! これで当分喋れねぇだろ!?」

 気絶した怪物を見下ろし、三太は大人げなく勝ち誇るのだった……。



三。


「うえぇぇぇ……きったねぇぇぇ」

 黒崎の胸に納まったスカーフを見た三太が下あごを突き出して嫌悪感を露わにする。

 それは、レパレージが吐き出した黒崎の力の源だった。

 三太が大きな袋を使ってギフトを運用する様に、彼女の場合はこのスカーフがその触媒となっているのだ。

 サンタクロースの力を取り戻した黒崎が美しい声で三太に礼を言う。

「やかましい! てか、どーもお世話様でした!」

 体中の傷が痛々しいが、務めて大きな胸を張り出して疲労の色を感じさせること無く立ち尽くしている。

 どこからどう見てもボロボロの彼女だが、生来の気位の高さが同情を拒絶しているらしかった。

 同じく体中に切り傷を作った鈴木が二人のサンタクロースに話しかけてくる。

「あのさ……これ、警察かな? てか、俺ってば今警察沙汰ってのはちょっと勘弁して欲しいんだけど……」

 鈴木の目線の先には大の字で横たわるレパレージがいた。

 この危険極まりない男をこのまま放置しておくわけにもいくまい……とはいえ、

警察でどうにかなるとも思えない。

「まあ、ここはもういいからさ。あんまり首突っ込まない方がいいぜ。

鈴木くんは、これから行くところあるんだろ?」

 鈴木の疑問を苦笑いでいなしつつ、彼の未来を気遣う三太。

 マッド・ベアへの仕打ちに反省しているのか、黒崎はバツが悪そうに目を逸らしている。

「それにさ、こんな所あの大澤くんたちに見られたら今度こそ俺、殺されちまうよ」

 冗談めかしてそう背中を押す三太の言葉に納得したのか、鈴木は大人しくその場を去っていく。

 その去り際、黒崎が鈴木にかけた言葉を三太は聞き逃さなかった。

「“悪い子”がどこまでやれるのか見物です。ワタシはいつでも見ていますからね……鈴木さん」

 悪寒を感じ、青い顔で走り去る鈴木。

 その背中を見守る黒崎の顔をわざわざ覗き込んで、三太がいたずらっぽく笑って見せる。

 相変わらずの仏頂面で機先を制する様に三太に告げる黒崎。

「誤解しないでください。ワタシは見守ると言ったんです。つまり保留、再試験ってことです。

それにあのチンピラA。彼のギフトを還すつもりもないですから、念のため」

 と、立ち去ったはずの鈴木が慌てたようすで戻ってくる

 一瞬身を固くする三太と黒崎。

「どうした!? 何かあったのか!?」

 鈴木は、息を整えながら自身のパーカーを脱ぎ、黒崎に差し出してくる。

「いや、その恰好はさすがにマズイっしょ。俺のも汚れちまったけどアンタ程じゃねぇしさ、

よかったら使ってよ。それと、アリガトな。あ、それ捨ててくれて構わないから。じゃっ!」

 そう言い残してさっさと走り去っていく。

 傍らに捨てられた鏡に映った自身の格好を改めて見つめてみる黒崎。

 セーラー服はボロボロ。スカートは引裂かれてスダレのようにぶら下がっている。

 これでは痴女と思われても仕方のないところだろう。

 『ぼっ!』

 慌ててジャージを羽織った黒崎の顔から、そんな音が聞こえてくるようだった……。

 幸いなことにフードつきの大きめのパーカーは、太ももを隠すと同時に紅潮した彼女の顔も隠してくれた。

「くっ……ワタシとしたことが、なんてお下劣な格好!

って、違う!

あの鈴木とかいう“悪い子”……お礼も言わせずに立ち去るなんて、やはり“悪い子”はこれだから」

 彼女流の照れ隠しなのか、独り言が三太の耳にもはっきりと聞こえている。

 その様子をニヤニヤした顔で見つめる三太。

「黒崎さん、アンタさっき会った時よりなんだかいい感じだな。

てかさ、チンピラAじゃなくて吉田くんな。その吉田くんさ、もう返してくれなくていいって言ってたぜ。

今までの悪さを清算して生き直すって……でさ、最後の嘘って事でさぁ」

 その時、楽しげに話す三太の頭上から女の子の声がする。

「親分、大サンタクロース様から連絡があったッス! エロ」

 ルドルフだ。空飛ぶソリから飛び降りると、レパレージを大回りで避けつつ駆けよってくる。

 いつになく真剣な表情ではあるが……なぜか鼻をピョコピョコ動かして怒りを顕わしている。

「ちっと遅すぎたみたいッス。エロガッパ。斥候を捕らえたところで時間稼ぎが関の山ッス。エロオヤジ」

 痛々しい姿の黒崎を一瞥して、さらに続ける。

「ヴィクセン姉さんから連絡があったッス。エロ、ハゲ。

大サンタクロース様は親分じゃ手におえないだろうから帰って来いって言ってるらしいッス。ハゲ、手汗」

 彼女の語尾はともかく、話の内容の方にひとまず相槌を打つ三太。

「ケッ。じじいは過保護すぎんだよ。それに俺はこの街が気に入ったんだ。

少しくらい予定が狂ったってこっちはもうタネ蒔いちまってんだよ!

このままハイそうですかって帰れるかよ」

 ますます赤鼻を揺らすルドルフ。

 ここでようやくルドルフへの違和感に三太が反応する。

「おい、それよりもその語尾。さっきからお前何言ってんだよ?」

「はぁ!? 何って業務連絡ッスよ、手汗番長!」

 ルドルフの声に明らかな怒りの感情がこもる。

「それだよ! なんだよ、何怒ってんだよ!」

「別にぃ! 親分がそこのホルスタイン姉さんをエロい目で見てたってアタシにゃ関係ねぇッスから!

クドイようですけど、小さいには小さいなりの良さがあるって信じてるッスからぁ!」

「お前も大概しつけぇな!

別に黒崎さんのオッパイになんて見惚れてねぇだろ!?」

「嘘ッス、見惚れてたッス!

デカいオッパイに篭絡されっぱなしッス!

この街が気に入ったとか言って……エロいッス、動機が不純ッス!」

 この二人は、どうしても黒崎の心を逆なですることが得意なようだ。

「じゃっかましい!

ワタシのセールスポイントは豊満な胸でもすらりと伸びた細く白い脚でもありません!

美少女ナメンナ……って、違う!

そ、それよりも! これ、どうするんですか!?」

 黒崎の大声に三太たちが黙り込む。

 苦し紛れの一言だっただろうが、黒崎が言う通り問題は未だ解決していない。

 気絶しているレパレージと、彼が数十人から奪ったギフトの塊をどうするかだ。

「オホン……ギフトはワタシが責任持って配り直します。

あそこにいた人間はどれも記憶していますから一晩はかからないでしょう」

「黒崎さん……自分で美少女って言った……ッスよね?」

 『ボッ!』

 ポツリと言ったルドルフの一言で、黒崎が再び赤面する……その時。

「いやぁ、それは結構ですな。

貴女の様に美しい方に配っていただけるなんて、この街の皆さんは幸せですなぁ。

でも、そこのデクノボーの処理は流石のサンタクロース様でも手に余るでしょう。

どうですか、それは私が預かりましょうか?」

 不意の声に3人が振り向くと、グレーのスーツ姿のサラリーマンが立っていた。

「あ、申し遅れました。ワタクシ、こういう者です、以後お見知りおきを」

 軽い口を叩きつつも、十分に警戒していたはずだ。

 ルドルフはともかく、三太と黒崎はギフトまで使って周囲の気配を探っていたのだ。

 にもかかわらず、サラリーマンの接近には気が付かなかった……。

 さらに……気が付くと3人の手には名刺が握られていた!


 “財団法人グリーラ

  執行役員 運搬部

  部長 ドアをバタンと閉める男“


 そう書かれた名刺は驚くほど冷たく、未だ炎の余熱をまとった三太の手の中で蒸発して消えてしまった。

「ご挨拶が遅れまして、大変恐縮です」

 氷のような微笑とフチのない眼鏡の奥で鋭く光るツリ目、

人を小馬鹿にしたような慇懃さがいかにも親しみ辛い。

 嫌悪感を隠そうともせず、緊張した面持ちで三太が応える。

「グリーラ……伝説の魔女の名前。ドアをホニャララって名前もその子供達、レパレージの異名だ。

お前、何者なんだよ?」

 黒崎の眉が一瞬動く。どうやら三太はこの怪物たちについて何かを知っているらしい……。

 一方、微塵も微笑みを崩すことなく返答するサラリーマン風の男。

「流石は赤の末裔の3代目・三太お坊ちゃんですね、中々博識でらっしゃる。

そうです。ワタクシどもはその伝説のお仕置き機関の末裔でございますよ」

 倒れているカゼグチンを指さして言葉を続ける。

「そこでダウンしているそのクズもワタクシどもの調査員でして……あ、でもどうかご安心を!

ワタクシはサンタクロース様を相手に闘うような野蛮人ではございませんから」

 三太の頬を冷や汗が伝う。

「そう、ワタクシどものこの街での目的は唯一つ……あるレアなギフトの奪取だけですので」




(第4話に続く)

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