第1話――『赤と黒のサンタクロース』
秋色の濃くなった十月の空に、少年の威勢のいい声が木霊する。
「アームズギフト・タイプ:カウボーイ!」
赤いコートの少年が放った投げ縄が、跳んで逃げる少女の右腕を捕らえてビルの屋上に引きずり落とした。
少女は背中を打った衝撃にせき込みながら、素早く体勢を立て直す。
「痛たた……赤の末裔・三田一族。3代目の噂は聞いていましたけど……あなたがその三太くんって訳ですね?」
三太と呼ばれた少年が、向かいのビルから少女のビルへと飛び移る。
「スキルズギフト・タイプ:ハイジャンプ!」
少年は派手な音を出して着地すると、口角を少し上げ、少女に話しかける。
その間にも縄を片手で器用に手繰り寄せ、もう片方の手に大きな袋をいかにも重そうに引きずっている。
「知ってるみたいだな。俺の自己紹介の手間は省けたな、デパねちゃん?」
拘束された右手を引き寄せつつ、未だ自由な左手で頬の汗をぬぐう少女。身じろぐ度に大きな胸が揺れる。
「せめてボインと言いなさい! いや、お下劣! って、違う! 私は黒崎! 黒の末裔・黒崎ミキ!
そもそも変な呼び方しないでください!」
「じゃ、黒崎さん。人をただの記号みてぇに扱ったらどうなるか、解るな?」
手にした大きな袋を物色し始める三太。その動作を見た黒崎が、目を見開き、慌てて言い訳を始める。
「ちょちょちょ、ちょっと! "悪い子"からは贈物を取り上げる決まりでしょ!?」
問答無用と言わんばかりに袋から出した金属バットを振りかぶる三太。
「悪い子? 見解の相違ってやつだな」
なんとか縄を振りほどき、その一撃をかわす黒崎。屋上に金属バットが当たる鈍い音が響く。
黒崎は交渉が通じないとみるや、すぐさま大きな悲鳴を上げ、大きな胸を揺らして逃げ回りはじめた。
しかし、情けない悲鳴とは裏腹に、黒崎の眼光は企みに満ちて鋭い。
「……これ以上は後悔しますよ? この街は私のホームですから」
三太が気付いた時には、もう既に騒ぎを聞きつけたチンピラが屋上に来てしまっていた。
二十代の後半くらいだろうか。軽薄なアロハシャツに金のネックレス、薄い色のサングラスと、
いかにもチンピラという風体の男だ。
バットを持った少年が少女を襲っている決定的な犯行現場に駆けつけた彼は、驚くでもなく面倒臭そうにこう言い放つ。
「うるせぇなぁ。ここで騒ぐんじゃねぇよ。殺しでもレイプでも、余所でやれよ」
チンピラの言葉に満足そうな笑みを浮かべる黒崎。どうやら彼女の狙いは的中したらしい。
一方の三太は絶望的とも言えるチンピラの人となりに青ざめ、舌打ちする。
余裕の笑みを浮かべた黒崎がチンピラを挑発し始める。
「アナタたちの会社は弱者を陥れて暴利をむさぼる闇金でしたよね?
たしかに、ここでの警察沙汰は困るでしょうねぇ。
でも、女の子が襲われてるのに自分たちの都合優先なんて……それって、どうしようもないクズですよね」
黒崎の物言いにチンピラの顔が引きつる。隙間だらけの前歯をニッと出し、眉毛のない目で凄味を利かせているつもりらしい。
「お口には気を付けよぉか、お姉ちゃん。お兄さんってば怒ると怖いよぉ?」
三太が動揺した様子で警告する。
「バカ、その女の話聞くんじゃねぇ! 言うとおり余所へ行くから、お前はもう消えろ!」
しかし、この言葉はチンピラのちっぽけなプライドを益々刺激してしまう。
濁音の「あ」を短く発生し、三太に近づくなり殴りかかってくる。その様子にますます上機嫌の黒崎。
「そう、粗暴なだけで救いようのないクズ。貴方にはギフトなんて必要ありませんよね?」
その瞬間、チンピラの胸から光の弾が飛び出し、黒崎の胸のリボンに吸い込まれていく。
「この方は根っからのダメ人間。どうですか、これでも救えますか、三田三太くん?」
チンピラの顔からみるみる表情が消え失せ、マネキンでも立っているかのように存在感が希薄になっていく。
青ざめた三太が呼びかけるも返事がない。
「無駄無駄、手遅れです。彼は過ちを犯し過ぎました。
人間失格、あとは"悪い子らしい余生"を過ごすのみ……奪われし者・チンピラAとしてね!」
黒崎のその言葉に、三太が激高する。
「人を記号で呼ぶんじゃねぇ、この下衆野郎!」
しかし、黒崎の前に立ちはだかった「チンピラA」が、人間業とは思えぬ速さで拳を突出し、三太を吹き飛ばしてしまう!
三太が貯水槽に突き刺さり、吹きだした水が虹を作る。
人外の力を発揮したチンピラの右手の骨は砕け、不自然な方向に痛々しく折れ曲がってしまっている。
一瞬気にするそぶりを見せるチンピラA。だが、黒崎の「すご~い、チンピラAさん」の言葉を聞くなり、
不気味な笑みを浮かべてその苦痛さえすぐに忘れてしまう。
黒崎の、勝ち誇った高笑いが鳴り響く。
「フフフ……野郎にこんなステキな胸はないでしょ? 落ち着いてくださいね、三太さん」
胸を強調する様に両手を下から添える黒崎。
その手が徐々に上がって行き、黒いリボンを一気に引き抜いた。
「さあ、Aさんにはどんな才能が眠っていたのでしょう」
リボンに優しく息をかける黒崎。すると、それは強い光を放って1m程の黒いステッキへと姿を変えた。
「あら、素敵! 解りますか? この才能は多分……」
貯水槽の外壁をぶち破って、三太が飛び出してくる!
「他人のモノを勝手に使うんじゃねぇ!」
黒崎のガードに飛び込んでくるチンピラA。
「スキルズギフト・タイプ:跳び箱!」
三太が叫ぶと、履いていた運動靴が発光。
立ちはだかるチンピラを飛び越え、黒崎に迫る!
しかし、黒崎がステッキを一振りすると、辺りに紙吹雪が舞い、寸でのところでその場から姿が消えてしまった。
「スキルズギフト・タイプ:マジシャン。フフフッ、他人のモノ? アナタも同類でしょう?
それとも、それも見解の相違というやつですか?」
その声も遠のき、「私はこれで失礼します」そう慇懃に言い残して気配すら感じなくなってしまう……。
成り行きとはいえ、黒崎が手にした力を相手にしては、袋に詰め込んだ彼の手持ちの能力では少々分が悪い。
三太は追うのを諦め、チンピラAにされてしまった哀れな若者と対峙する。
見ると狂戦士の様だったチンピラが呻きながら徐々に人間らしさを取り戻していく。
黒崎の声が彼を常人ならざる化け物へと変えていたのだろう。
彼女が去った今、先程の超人的な力強さは無く、呆けた顔で座り込んでいる。
そして、右腕の状態に気が付き、痛みと得体の知れない恐怖に打ちのめされていた。
「痛てぇ! 何だよこれ!?」
哀れみを込めた目で三太が応える。
「すまない、俺が迂闊だった。アンタの才能が剥がれるのが早すぎたんだ……」
それは謝罪と言い訳を含んだ、やりきれない気持ちで満たされた言葉だった。
チンピラは腰が抜けたままその場から逃げようと必死にもがいている。
もがくうちにポケットから使い込まれたトランプセットが転がり落ちた。
何万回とシャッフルしたのだろう、絵柄がすすけてヨレヨレだ。
それを見た三太の顔に怒りとも哀しみともつかない複雑な感情が宿る。
「せっかくの凄ぇギフトをダメにしちまいやがって。救えねぇバカヤロウだぜ、アンタ」
トランプが余程大事なのか、痛みと恐怖に耐えて慌てて拾い上げる。
しかし、それを見るチンピラの目は、疑問にあふれていた。
ただの薄汚れたトランプが、なぜこんなにも愛おしいのか、彼自身判らずにいたのだ。
すると、チンピラの目から涙があふれだした。
右手の痛みや三太への恐怖心からの声ではない……それは慟哭だった。
物心ついてからこれまで、何でもすぐに投げ出してきた彼が、鶏が卵を温めるがごとくに大切にしてきたモノ。
ほとんど唯一と言っても良い彼の取り得……手品。先程黒崎という少女に奪われた光の残骸こそがこのトランプであったのだ。
たった今、命よりも大事な"何か"を失った自覚も無いまま、チンピラはただ泣き叫んでいた。
「……今、楽にしてやる……」
そういって袋から光の塊を取り出し、チンピラの方へとパスする三太。
それはチンピラの手をすり抜け、彼の胸に音も無く吸い込まれていった。
すると、山吹色の光がチンピラの全身を包み、頬を伝う涙が霧散して行く。
「ギフト・タイプ:フラワー。花を愛し、育てることに長けた才能だ。これを使って生き直せ、バカヤロウ」
三太の言葉を遮るように、頭上から女の子の大きな声がする。
「ああっ! また才能無駄遣いしてる!」
見上げると、そこには大型の"ソリ"があった……。
どうやって浮いているのか。忽然と現れたソリは音も無く空中に制止している。
そこからフード付きの茶色いパーカー姿の少女がピョコンと飛び出てくる。
その少女はクリクリの大きな瞳を目一杯見開き、眉間にちょこんとしわを寄せ、ピエロのように真っ赤な鼻をピョコピョコ揺らしている。
これは彼女なりの怒りの表現である。
「親分は放っておくとすぐそれなんスから! 配れる才能だってたくさんある訳じゃないんスからね!」
彼女の名前はルドルフ。
「サンタクロース」の有能な助手にして、おつきの「トナカイ少女」である。
さて、この三田三太や黒崎ミサなる人物。
彼らは俗に「サンタクロース」と呼ばれる存在の一人である。
ただ、彼らの外見は、世界中で愛されるヒーロー
――赤き衣をまとい、ナイトキャップを被った、白髭で白髪、人がよさそうな小太りの老人――
とはいささか様子が異なる。
あまり知られていない事だが、「サンタクロース」とひとことに言っても、何も人間の名前を指す固有名詞という訳ではない。
それは、「お巡りさん」や「センセイ」といった、ある職業を指す一般名詞なのである。
そして、彼らサンタクロースの仕事とは勿論、贈答品の受け渡しである。
ただ、本物のサンタクロースが子供達に贈るモノは、玩具やお菓子、ましてやお金とかいった当たり前のモノではない。
彼らは、もっと俗っぽい、得体の知れないモノを配ることになっているのだ。
そう、それこそが"才能"である。
その才能を世界中の良い子に送り届けるのが彼らサンタクロースの使命なのだ。
ある少年は、ギフトを開花させ、プロ野球選手となり、世界を代表するホームランバッターとなった。
またある者は、弁舌で民衆の心を自在に操り、ある国の独裁者となった。
そしてある者は、ギター1本で世界中の人々を感動させる歌手となった。
サンタクロースとは、その無限の可能性を秘めた"才能"を管理する者たちの総称なのである。
しかし、その才能も、受け取った者が磨かなければ宝の持ち腐れである。
誰もがその才能を発揮してくれれば良いが、とかく人間とは流されやすいもの……。
世界中で賞讃される人間の数からも判るように、配られた才能の多くは、開花すること無く放置されてしまう事が多い。
それだけならまだ良いが、元々良い子だった人間が悪の道に堕ち、
せっかくの才能を他人を傷つけることに使ってしまうケースも少なくはないのである。
そこで必要になってくるのが、才能を無駄なく運用させるためのアフターケアだ。
具体的には、悪い子となった人間から才能を回収し、他の有用な人間に配り直す訳だ。
実は、一般に知られるクリスマスイブの配達業務よりもこのアフターケアにかける時間……
特に悪い子からの回収に費やす時間の方が遥かに多いのが現実なのである。
その意味では、黒崎ミキがチンピラの青年にした事も至極まっとうな、お役目に忠実な行いと言える。
大器晩成、遅咲きの大輪、二十歳過ぎればただの人……この才能の移行を顕わした言葉も世界中で数多く残されている。
ただ、それまでその人間の根幹をなしてきた才能が失われれば、奪われた者は、ただの抜け殻、生ける屍になってしまう……。
良い子、悪い子の線引きをどこに置くのか。
サンタクロース個々に委ねられた裁量権の大きさが、三太対黒崎のような軋轢を生む原因にもなっていたのである。
そのサンタクロースの中でも特に穏健派である三太が、
助手であるはずのトナカイの前で小坊主のように正座をさせられていた。
その横では凶悪な面構えのチンピラがスヤスヤと寝息をたて、満ち足りた表情で転がっている。
手にはビルの屋上で咲いたタンポポの綿帽子がしっかりと握られていた……。
彼を見降ろしながらルドルフが説教を始める。
「まったく、どう見てもただのチンピラじゃないスカ!
アタシ、難しいこと言ってっスカ?
オ・ヤ・ブ・ン、限りある、才能を、無暗に配り歩くなッス!」
三太が上目づかいでおずおずと言い訳をする。
「でもさ、ルドルフちゃん。このチンピラくんも元は良い子だったわけだよ?
それをさ、ちょっと寄り道……あ、いや人生のね、それをしたからってさ……」
大きくため息をついたルドルフが、ポケットから黒革の手帳を取り出して三太につきつける。
そこら中に付箋が貼られ、何やら記号で仕分けされている。
「親分、Dの13。よく見て欲しいッス」
言われた通りのページをめくると、そこには「吉田幸一」なる人物のプロフィールがびっしりと書かれていた。
・1985年生まれ。27歳。
・才能名:手品師(1988年譲渡)
それは目の前で眠り続けるチンピラの事だった。
さらに、彼の今までの行いについても書かれている。
「詐称」「振り込め詐欺」「イカサマ」……ろくでもない経歴に目を覆いたくなる。
誰がどう見てもただのダメ人間だ。呆れ顔のルドルフが三太をたしなめる。
「でしょ? 才能を開花させるどころか、悪用しちゃってるじゃないスカ!」
それでも三太は納得していない様で、唸りながら何事か呟いている。
「何スカ!? 聞こえねッスよ? ゴメ……何スカ!? ゴメンなさ!?」
ところが、三太の口から出た言葉は、ルドルフが期待していた謝罪などではなかった。
「そうか! 手品ならタネも仕掛けもあるよな!? ひょっとして……」
勢いよく立ち上がると、周囲の床と言わず、飛び降り防止用の柵と言わず、小突き回し始めた。
「何スカ! 何で反省してねぇんスカ!?」
ルドルフの必死の抗議も、夢中で何かを探す三太の耳には届いていない。
「出てこいよ! コイツのギフト返してやれ、デカいおっぱいの姉ちゃん!」
どこからともなく三太の言葉に応える声がする!
「デカいだけじゃない! 感度も抜群……って、イヤッお下劣! ……あっ!」
第三者の存在など知るはずのないルドルフが悲鳴を上げて三太の後ろに隠れる。
「何スカ!? 親分、オッパイって、ここで何やってたんスカ!?」
やや間を置き、床の柄のシートを抱えた黒崎がおずおずと立ち上がる。
つい、うっかり、自己主張のために手品のタネを明かしてしまった彼女。
それでも胸を張り、三太を見下すような目線で凄んでくる。
「私の事は黒崎さんと呼びなさい。第一、私の特徴といったらこの声じゃないですか!
あなた、やる気あるんですか!?」
三太は小首を傾げ、しばらく考え込んだ挙句、得心が行ったのかポンッとひざを打つ。
「そうか! お前、その声でこの吉田君とかを操ってたんだな!?」
目を大きく見開いた黒崎が絶叫する!
「ええ!? 今!? じゃあなんでコイツの話聞くなとか言ってたの!?」
三太の影に隠れたルドルフが代わりに応える。
「ワガママだからッス。親分は基本人の話きいたりしないッス!
基本オレ様キャラっす! あと、とんでもねぇ天然ッス!
そんで足が臭いし、手汗も凄いッス!
バカなんス! もうどうしょうもねぇバカなんス!」
ゴチンっと、三太の拳骨がルドルフの脳天に見舞われる。
「お前言い過ぎだ! 手汗とか関係ねぇだろ!?」
涙目で頭をさすりながら、止せばいいのにルドルフが負けじと言い返す。
「ああっ! 動物虐待ッス! 人でなしッス! 親分、鬼畜ッス!」
「なんだよ! 親分とか言ってるくせにリスペクトとかないわけ!?
俺が手汗のこと気にしてんの知ってんだろ!」
「知ってるッスよ! だから言ったんス! 親分に精神的なダメージを与えようとしたんス!
反省しろッス! この鈍感巨乳のスケ公がなんぼのもんスか!?
ペチャにはペチャの良い処があるッス!」
「はあ、何言ってんの!? デカパイの話なんかしてねぇし!」
「してたッス! 親分、デカいオッパイ目当てでこの女探してたッス!
下品ッス! けがらわしいッス!」
肩を震わせながら聞いていた黒崎が、たまらず声を上げる。
「貴方たち、これ以上私を愚弄するなら本気でツブしますよ!?」
言うなり胸のリボンを引き抜き、黒いステッキへと変える黒崎。
すると、突然三太の表情が強張り、明かな怒気を孕んだものへと変化する。
「おい……勝手に使うなっつってんだろ、黒崎さんよぉ」
痴話ゲンカとのギャップに一瞬たじろぐ黒崎だったが、
流れ落ちそうになる冷や汗を寸での処で押し止め、
自分に大義があることを再度強調する。
「フンッ。サンタクロースが業務遂行のためにストックのギフトを使うのは規約で
認められていることです。貴方にとやかく言われる筋合いはありません!」
言いながら黒崎がステッキを一振りすると、空中に現れた無数のナイフが三太に向かって
飛んでくる!
ルドルフが慌てて飛び退く中、ナイフを避けようともせず袋に手を突っ込む三太。
「ネイティブギフト・タイプ:トーチ!」
引き抜いた手には赤々と燃え盛る炎が握られていた!
その手に触れたナイフが一瞬で溶け、ただの鉄の塊となって地面に落ちる!
「だったら、力ずくで行くぜ、黒崎さん? スキルズギフト・タイプ:スプリンター!」
地面を勢いよく蹴り、一気に間合いを詰める三太。
紅蓮の拳が黒崎のボディを捕らえる!
しかし、黒崎は微動だにせず、笑みさえ浮かべて立っている。
「その炎が貴方自身のギフトですか? フフフ……くだらない。
いいでしょう、少し痛い目にあっていただきましょう」
黒崎がステッキをリボンに戻すと、強烈な光が当たりを包み込む!
「ネイティブギフト・タイプ:ボイス……貴方はもう、私に触れることすら叶わない」
黒崎の魔性の声が三太の脳に直接語りかけてくる。
その声は、この戦闘において彼が手も足も出ずに負けると繰り返していた……。
「……貴方の炎は私を燃やせない。その目障りな炎が燃え尽きるまで私を温め続けるだけ……」
そうしているうちに、三太までもがその言葉を復唱し始める。
その時、物陰で見守っていたルドルフが小首を傾げて疑問を口にする。
「親分……なんで梯子なんか掴んでんスカ?」
ハッとなり、目を凝らす三太。
三太がセーラー服の少女だと思っていたそれは、壊れた貯水槽の一部だった!
炎に焼かれ、ドロドロに溶けてしまっている。
「くそっ! マジシャンか! 汚ねぇぞ、黒崎さん!」
焦って周囲を見渡すと、遥か遠くのビルの屋上に黒崎の姿が見える。
流石の三太でも、ひと跳びでこの距離を詰めるのは無理だろう……。
彼女の声が脳みそに直接語りかけてくる。
「私は真面目に仕事をしているだけです。
次邪魔したら殺しますよ、赤きサンタクロースの三田三太くん?」
そう忠告すると、黒崎は今度こそ本当に姿をくらましてしまった……。
拳の炎を袋に戻しつつ悔しがる三太。
眠り続ける「吉田幸一」に深々と頭を下げ、自分の無力を詫びている。
「ゴメンナサイ! 吉田くんのギフト取り返せませんでした!
きっと取り返して見せますから、それまでに吉田くんも……
今度こそ真っ当な人間になっていてください!」
そんな三太に、赤鼻をピョコピョコ動かしながら目を大きく見開いたルドルフが近づいてくる……。
「親分……なんで、他のサンタクロースと、やり合うようなことに……なってんスカ!?」
三太の額に脂汗が浮かび、ルドルフに青い顔で向き直る。
「あ、だからこれはさ、なんと言うか、その……成り行きと言うかさ……ホント偶然さ……その」
ルドルフが黙って携帯電話を取り出すのを見て、三太の顔がさらに青くなる。
「ああっゴメンナサイ! ジジイには言わないで! お願いルドルフ! 今度アレだ……
アレ買ってやるよ! 甘しょっぱいヤツ! 何だっけ? ルドルフちゃん?」
携帯電話を握りしめたルドルフが、振り返りもせずに答える。
「……岩塩チョコレート……でも太るからいいッス」
そう言い放つと、携帯電話の発信ボタンを押すルドルフだった。