序――『ある薄汚れた街角での出会い』
ためしにテレビでも、ネットでも、周囲にあふれる情報を見てみると良い。
“与えられし者(ギフテッド)”と“奪われし者(アン・ギフテッド)”。
全ての人間は「才能~ギフト~」に恵まれた者と、それ以外とに分けられるはずだ。
君が、君自身をどちらに分類しているのか、その控えめな自己評価はさておき、
これはその“ギフト”についてのお話である。
ところで。
君たちは「サンタクロース」と呼ばれる世界的スターを御存知だろうか?
その「サンタクロース」がくれたプレゼントの事を、君たちは果たして覚えているだろうか?
序「ある薄汚れた街角での出会い」
繁華街の路地裏にある空き地。
無軌道な開発計画の末に生れたこの場所は、
四方をビルに囲まれ、昼間でも薄暗い。
犯罪や暴力が横行する、所謂、街の暗部である。
そんな掃き溜めに、今日もガラの悪い男たちが徒党を組んでたむろし、一人の可憐な少女を取り囲んでいた。
彼らを紹介するとしたら、さながら悪役A、B、C……といったところだろうか。
悪役然とした卑屈な笑い声は、それぞれに個性的であるはずの存在を希薄にし、
彼らを単なる記号の1つに変えていた。
一方、悪漢に囲まれた少女。こちらは大きな瞳が印象的な美少女である。
艶のある黒髪をビル風にもまれながら華奢な肩を微かに震わせている。
黒襟のセーラー服の短いスカートから伸びた白い太ももがいかにも扇情的だ。
さらに、息をする度に上下する胸のリボンが、その下に潜む大きな胸を強調していた。
「ヒヒヒッ」
下卑た笑いの中、悪漢の一人が大ぶりなナイフを取り出して威嚇するように突き出す。
近くでパトカーのサイレンが聞こえたが、“些細な出来事”は黙殺されるのが、
悪徳はびこるこの街のルールである。
仮にこの可憐な少女が悲鳴を上げたところで誰も助けには来ないだろう……。
その時、若者と少女の間に上空から落っこちてきた何かが割って入った!
地響きを立ててコンクリートの地面に激突する何か。
それは……少年だった!
大の字で横たわる彼は、赤いロングコートに身を包み、大きな袋を抱いている。
これは間違いなく即死だろう。
この場に居た誰もがそう思った。
ロングコートの赤も彼自身の血の色かもしれない…。
生きるのに疲れた人間が、空から降ってくる…痛ましい現実だが、
やはりこれも日常の些細な出来事のひとつであった。
が、今日のそれはいつもと少し違っていた。
「はい、そこまで~。俺が来ましたよ~」
転落死したはずの少年が言葉を発したのだ!
ちなみに、死体が喋る事など、この街でも滅多に起こることではない。
つまり、この光景はこの場にいる誰が見ても非常識なものだった。
呆気にとられる若者たちの目の前で、少年がホコリを払いながらゆっくりと立ち上がる。
静まり返る一同。誰かが生唾を飲み込む音が聞こえる。
そのしばしの沈黙を受け、リーダー格の男がなんとか声を絞り出す。
リーダー格“それ”は周囲の悪役よりも一回り大きく、「ガタイがいい」という記号で構成されていた。
「い、良い子って、お前、子供じゃねぇか!」
あわや少年の転落死に遭遇しかけた人間として、他に言うことがあるような気もするが……。
ともあれ、リーダーが発したその的外れな指摘は、若者たちに我れをとりもどさせるきっかけとなった。
「ツッコむところ、そこじゃねぇだろ!?」
悪漢の本能の為せる業か、非日常的な出来事を目のあたりにしてなお、
彼らは少年を取り囲もうと体を動かした。
いたいけな少女を弄ぼうとしていたという罪の意識が、彼らをより好戦的にしていたのかもしれない。
「てめぇ、何者だ! ええい、やっちまえ!」
なんとも安っぽい、杓子定規な台詞と共に小型の悪役が3つ、少年に襲い掛かる!
……しかし、両者の実力差は歴然だった。
半歩前に出た「E」の顎が少年の右拳ではね上がり、その0.2秒後には
抱えていた大きな袋が右隣りの「F」を直撃。彼らが悶絶する間もなく、
0.3秒後には背後から迫る「G」が股間を抑えてうずくまっていた。
僅か0.5秒の間に3人もの仲間を失ったと若者たちが認識したのは、さらにその2秒後であった。
「ええぇぇぇ!?」
これまたお約束通りに驚く悪漢たち。
それを見た、赤いコートの少年が口をとがらせる。
「おい、自己紹介もしてねぇのに殴りかかってくんなよ! 思わず引っ叩いちゃったじゃねェかよ!」
そんな事を言われても……その場にいた気の毒な記号たちも困惑するばかりだ。
それでもマイペースな少年はさらに続ける。
「大体さぁ、俺は“お前らを”助けに来たんだぜ?」
混乱する若者たちの中、リーダーが今度こそ冷静な反応を見せる。
「俺たちを助ける? 小僧、何言ってんだ?」
疑問形。
仲間の犠牲を目の当たりにして、数々の喧嘩で磨かれてきた彼の本能が少しの間を求めたのだ。
その証拠に、答えを待つ間にも少年の動きを余さず捉えようと目を凝らしている。
彼の強かな計算を知ってか知らずか、赤いコートの少年は微笑みながら意味深な返答をする。
「まだ会話ができそうでよかったよ。お前、名前は?」
一瞬の間を置き、悪漢のリーダーが名乗る。
「大澤だ。大澤剛司。訳あってこのチームの頭張らせてもらってる」
そう応えた途端、悪漢チームのリーダーとしか言いようのなかった若者に
表情や個性と呼ばれる“人間らしい特徴”が浮かび上がってくる……。
左頬に大きな傷跡、ワシ鼻に分厚い唇。
薄い眉と対照的に、長いまつ毛の奥でギラつくギョロ目。
十分にインパクトがある顔立ちだが、
それよりも巨躯を包む小さめのTシャツに描かれた
不細工なクマさんが印象的だ。
そして、そこに立つ“それ”は、最早ただの記号ではなく、仲間を守ろうと
必死に頭を働かせる厳つい体躯のリーダー・大澤剛司であった。
「そうか、お前が大澤か。いいクマさんだな。似合ってないけど」
褒められたと思ったのか、少々照れくさそうに坊主頭を掻く大澤。
「お、おう。もらったんだ。俺も気に入ってる」
都会の掃き溜めで突如繰り広げられる不条理なファッショントーク。
あまり気味の良いモノではないが、少年はなぜかその返事にも満足気な微笑みを浮かべている。
「良い返事だ。ジジイも喜ぶぜ、きっとな」
ジジイという言葉に、大澤が反応しかけたその時!
いつの間に移動したのか、大澤の背後に回った少女が怒りに満ちた眼差しで話しかけてくる。
鈴の音のごとく軽やかで、凛とした清潔感を残す、人を惹きつける……“魔性の声”だ。
「無視しないでもらえませんか? この場合、ここの主役はどう考えたって私でしょ?」
大澤の顔が苦痛に歪み、肩の骨が外れる鈍い音が響く。
華奢に見える少女が巨躯の大澤を軽々と制してしまったのだ。
「アナタたち社会のゴミに相応しい役割を与えてあげようとしたのに、何ですか、このグダグダ感は。
てか、そこのお子ちゃま! アナタ、一体何者なんですか!?」
答える代わりに不敵な笑みを浮かべ、抱えた袋に手を突っ込む少年。
そして、取り出した右手には黒光りするリボルバー式の銃が握られていた!
銃口が大澤の方を向き、撃鉄を起こす嫌な音をきしませる。
一同の顔から血の気が失せ、大澤の名前を叫んだ何人かがその射線に飛び出す。
それでも構わず引き金を引く少年。
「バカモノ、これでも喰らえ!」
発砲音がビル壁に反射し、こだまを残しながら辺りに鳴り響く……。
次の瞬間、短い悲鳴を上げ、後ろに倒れ込む少女。見れば、二の腕に青あざが出来ている。
大澤に向けて放たれたはずの弾丸は、どういう軌道を描いたのか少女の腕に命中したのだ。
第二撃、三撃、四撃と、銃声が立て続けに起こり、その度に少女が悲鳴を上げる。
少年は跳弾を巧みに使い、大澤の巨躯に隠れていたはずの少女を狙い撃ちしているのだ。
端正な顔立ちを苦痛に歪め、少女が意味不明な単語を舌打ち交じりに羅列する。
「スキルズギフト・タイプ:ハスラー、それにそのコート……赤の末裔! なぜこんなところに!?」
その単語の意味を知るのは、ここではこの少女と少年、二人だけである。
「知ってるだろ? 俺の仕事は“ギフト”のアフターケアだからだよ、デカいおっぱいのお姉ちゃん。
いや……略してデパねちゃん?」
「略すな! わざわざ言い直してまで略すな!」
自身のアイデンティティに対する不敬に異を唱えつつ、唐突に地面を蹴る少女。
その跳躍力に、固まっていた若者たちはさらに仰天する。
トンッという体重の軽さを物語るステップ音を残し、少女は10mも真上にジャンプして見せたのだ!
さらにビルの壁を幾度か蹴り、あっという間に屋上を飛び越えて行ってしまう。
苦痛に呻く大澤に肩を貸しつつ、チームのNo.2・田中がたまらず悲鳴を上げる。
「なんなんだ、お前ら!? あの女撃たれてもピンピンしてるし!
お前も落ちて来たのに生きてるし! 怖ぇよ!」
その瞬間、少年に名乗った大澤同様、田中の赤髪とピアスだらけの
骨ばった顔が印象的に浮かび上がる。
それを見た赤いコートの少年は、またもや不可解な満足顔。
「お前は田中康弘だな? 仲間想いのいい怒りだ。怒る相手が違うけど」
「はぁ!?」
「言ったろ、俺はお前らを守りに来たって。まあ、説明は後だ。
とにかく少し待ってろ、俺はヤツを追わにゃならん」
そう言い残し、少年は袋から取り出した運動靴に履き替えると、
少女と同じ様に超人的な跳躍力でビルを跳び越えて姿を消してしまう。
悪漢たちは、この街の吹き溜まりで悪い夢でも見ていたのだろうか?
……恐怖、怒り、安堵……「大澤と田中を含む20人の若者たち」の顔に、
様々な感情が混在した人間らしい表情が浮かび始める……。