36 鬼
一日空いて申し訳ありません。
「う、うわーーーーっ!」
走る、走る、走る――――。
「はぁ、はぁ、く、来るなーっ!」
後ろから何かが追ってくる。
「はぁ、はぁ――うわっ!」
足が何かに躓き、体が傾く。
バシャーン
だが倒れた場所は硬い地面ではなく、温かい御湯の中。
口の中にお湯が入ってきて、慌ててお湯から顔を出す。
「プハーッ!し、死ぬかと思った」
あたりを見渡すと、白い湯気が立ち込めている中、何かの影を見つけた。
確認したくてお湯の中を進むと、見えてきたのは人の後姿。しかも、女性。
どうやら、入浴中のところを入ってきてしまったようだ。
「あ、す、すみません。決して、わざとじゃなくてあの……す、すぐに出ていきます!」
勢いよく立ち上がり、出て行こうとする。
「待って」
ハッとして立ち止まる。こ、この声は……。
「ほ、本田……さん?」
振り向くと、女性の後姿。
湯けむりから見える肌は白く滑らか。結い上げられたことで露わになったうなじが、濃厚な女の香りが漂うようだ。
艶やかな姿に、ゴクリと唾を飲みこむ。
無意識に彼女に近づく自分がいる。だが、止められない。
手を伸ばせば、彼女に触れられる。
彼女の顔が見たい。
オレを呼び止めた彼女はどんな顔をしてるのだろう。
「本田さん……」
乾いた喉からは掠れた声しか出なかった。
聞こえなかったかと思ったが、彼女は反応し、ゆっくりと体をこちらに向けてきた。
お湯は乳白色だから見えないが、それでも胸の高鳴りを押さえることはできない。
そして、振り向いた彼女の――――
※※※※※※※※※※
武藤視点
「う、う~ん……」
閉じている瞼に光が当たり、眩しさで顔をしかめる。
…………ハッ!!
風呂場のことを思い出し、慌てて起き上がる。
「オレ、風呂場で……あれ?」
今オレは布団で寝ていたようだ。服も寝間着で、場所も風呂場ではない。
しかも朝だ。
あれからどうなったのか、さっぱり覚えていない。
確か、誰かの叫び声を聞き、そのあとものすごい衝撃が……。
あと、いい夢のような悪い夢のような……変な夢を見た気がする。えっと、確か……。
「おい」
「はい?」
いつの間にか、障子の隙間から漏れていた太陽の光が遮られている。
見ると二本の足。
あ、デジャヴ――。
そろそろと視線を上げると、そこには……。
「ぎゃああああぁぁぁぁっ!!お、鬼ぃぃぃぃぃぃっ!!??」
本当に、鬼がいた。
真っ赤な顔に額から生えた角、鋭い牙に見開かれた目。
く、喰われる!!
スパーンッ
鋭い音を響かせ襖が開いた。そしてそこには……。
「ほ、本田さん!!」
道着で袴姿の本田さんの姿。
こ、これは……。
確かに、彼女は道着で袴姿が似合うと思ったが、これは予想以上だった。
結い上げたポニーテールといい、油断のない鋭い瞳といい、手の木刀といい、まさに侍だ。
本田さんは鋭い瞳で部屋を見て、あの鬼を見た。
そうだ、鬼!
「本田さん来ちゃ駄目だ!鬼が……」
逃げるように叫ぶも、彼女は力を抜いて構えを解いた。
「大地」
「おはよう、姉さん」
……ねえさん――――お姉さん!?
「ってことは……え?」
鬼を見上げると、鬼は手を顔に持ってきて、カポッと顔を外した。
「え……えぇ!?」
鬼の顔が取れた!
しかも、その取れた顔の下にはめぐみさんが……。
「ちょっと、何惚けてるんですか?僕は男です」
「お」
「お?」
「男ぉぉぉっ!めぐみさんが!?」
叫んだ瞬間、額に青すぎが浮いたのが見えた。
何故だろう。オレの人生が、何度目かの最後を迎えた気がしたのは……。




