妖怪の取り扱い説明書
初めての、オリジナル小説です。とりあえずは、短編を。
「俺の魂は105gだ」
目の前に立つ男はそう言った。
「税込だ」
とも言った。
一般的、客観的に見るのであれば私、三ノ宮優菜は『不思議ちゃん』と呼ばれる部類に入る。だがそれは、常識が欠如しているだとか、変態行動を指し示すものではなく、所謂『視える人』という認識である。
視えると言っても、物が透けて見えたりとか、そんなわけがない。それよかそんな透視能力の方が何万倍も良い。賭け事なんかで楽に生計を建てることが出来そうだ。やり過ぎると、多分、黒い人達に必殺されそうだけど。
別に特別だなんて思いはしない。良いものだとも思えない。寧ろ不幸を呼ぶものだ。
人ならざる者が視えると言われている私を、怖いもの見たさで会いに来るというのも、言いえて妙だ。
だから私は言う。
「そこに、いるよ?」
さも当然のように。
誰しもが認識しているように。
それが、現実だとでも言うように。
私はきっぱりと言う。
今はいないのに。
そこにいるよ、と嘘を言う。
それを気味悪がって野次馬は巣の中を餓鬼に穿られた蟻のように散っていく。その様がおもしろく、私と友達付き合いをしている者が数名。日常的にこんなイベントを引き起こす私はクラスのトラブルメイカーらしい。
私を主観的に見るのであれば、わりと交友関係は広い。ただし浅い。クラスのみんなの私への認識はマスコットか、動物園のパンダのようなもの。完全に見世物扱いである。だが、そんな扱いからなのか、私へのクラスの対応は優しく、お菓子をあげては喜ばせ、完全に餌付け状態と相成った。
しかし私は『視えるとお腹が減る』という事で、謎のエネルギー消費が身体の何処かの器官で行なわれ、太ってはいない。こればっかしは餌付けの主だった女子勢は怒っていた。無駄にスタイルが良い、とか、食べても太らない、とか、お化粧したら絶対可愛いよ、食べちゃいたい、とか。危険思想の者もいたが、今は無視。
何かとクラスでは中々の立場だが、私とて悩みはある……いや色んな意味で遭ったという表現が正しい。
それは先日の事だった。
雲行きが怪しく、傘を持っていって正解だな、と思った日のことだった。
学校帰り、ふと一匹の三毛猫を道端で見つけた。
既に虫の息、弱弱しい声で『みゃあ……』とか細く鳴く。
気の毒に思い、その弱った身体に触る。すると。
ポンッ!
「へっ!?」
「おお、戻れた、戻れた。流石有名なお嬢ちゃんだ。霊力をあんだけ吸っても全然減ってねぇし。いやー、助かった」
「え、いや、あの、ええ!?」
混乱もしばらく。落ち着きを取り戻す。現状確認だ。
自分より、20cmは高いだろうか、だとすれば170cmあたりか。そこになんかむかつく。低身長コンプレックスなのは、辛いよ。それがなかったらきっと今みたいな、優菜は餌付けしとけ、みたいな風潮にはならない……はず。いや、寧ろ身長高かったらお菓子貰えない気が……! と悩みだす。目の前の男はちょっとため息をした。
んんっ! と喉を鳴らして、格好をつける私であったが、時既に遅し。
身長のことは自身を傷付けかねない、と気にしないようにした。
内心、悔しがりながらも、視線を上げる。中々の好青年であった。髪はところどころ薄汚れてボサボサであったが、黒と白と赤茶色の三色が絶妙に混ざり合い、何故か調和が取れていた。眼を見てみると、少しばかり大きく、それが影響しているのか愛僑のある顔にしている。白目が少なく、瞳の色は琥珀のように煌いていて、そして、瞳孔は縦に細長く……?
「なんだか、猫ちゃんみたい……」
「それ、正解」
「なんだ、猫ちゃんなのか……ってええ!?」
「ベタだな、お前」
ともすれば。
恐らく、いや確実にさっきの猫ちゃんが彼なんだろう。霊力がうんたらかんたら~とか言っていたし、妖怪の一種なのか、と考え始める。それしかないけど。
「しっかし、有名人。俺ぐらいのレベルの妖怪が出てきても、驚かないんだな。なんか悲しい」
「そんなこと言われても……あの、お名前は?」
「名前? ……ネコ娘」
「性別が違いますよね」
「じゃあア〇ルー?」
「じゃあって言った時点で違うじゃないですか。それに、ア〇ルーはもっと可愛いです。あとメ〇ルーはもう毛の色から違いますので」
「メラ……はあ、なんでこう、人間は冷めてるんだか……」
「で、名前は何なんですか?」
「それは秘密なんだよ。妖怪にとっちゃ名前は重要なもんだよ。早々簡単には教えられないんだ」
「それじゃあ、なんて呼べば?」
「猫またで」
「それが名前じゃないんですか?」
「こんなの人間が妖怪を分けるためにつけた名前だ。本当の名前はお前等人間みたいにちゃんとしてんだ」
髪に埋もれてわからなかったが、ひょこひょこと動く耳。和服のような服を着ているが、構造的にどうやって尻尾が出ているのかわからない。ついでに言えば、その尻尾は2本に別れている。猫またの特徴だ。
「……実際は、忘れちゃってるだけとか……」
「そんなわけねぇだろ!? 全ッ然、そんな阿呆みたいなわけがない!」
妙に挙動不審なのが、気になる。
「……じゃあ、私はこれで……」
「ちょっと待てい!」
「ふ、服を引っ張らないで、ください……!」
きっと私は周りから見れば、可笑しな格好をしているんだろう、と思われている。自分でもわかってしまうのが何とも言えない。
「少しだけ、話がある!」
「その前に、服を離してほしいです!」
そんな感じで。
冒頭に戻る。
「ぜ、税込み……?」
「あ、違った。贅込みだ。俺の宝物込みで」
「魂の重さなのに、宝物って……」
「あれだよ、魂の贅沢ってことで」
「で、その魂の重さが何なんですか?」
「姉さん、事件です」
「今の時代の高校生に言っても無駄だと思う」
「そう言うお前は何故わかる」
親の影響です。あと弟がそれを電話越しにしてきてうざいんです。お前は本当に親にべったりだな。
一つため息を吐くと、ポケットからバイブ音。私の携帯端末に電話がかかってきたようだ。
「はい、優菜ですけど」
『姉さん、事件です。母さんがスーパーに買い物に行ったけど、傘を持ってなくて……』
おい、猫また。爆笑するな。
「こっち事件なんだよ、弟よ。傘を持って迎えに行け」
『そう思ったんだけど、スーパーは姉さんの方が近いじゃん? 今スーパーの近くにいるんでしょ?』
「何で知ってんだよ、お前。怖ーよ、いくら幽霊とか妖怪とか視える私でも、今はお前の謎の把握能力の方が圧倒的に怖ーよ」
『電波が出てるからね』
「私の能力を電波呼ばわり……ってあれか、GPSか」
『そういうことだよ』
「で、お母さんはフレッシュの方にいるの?」
『うん。ところで、姉さんの方に事件があったって聞いたけど、大丈夫なの?』
「多分、大丈夫だ。なんか変な妖怪に絡まれただけだから」
「変とはなんだ、変とは」
「ああ、もう煩いな」
『もしかして、今のその妖怪さん?』
「ああ、そうだけど?」
『…………』
「…………」
「それが、一体……!?」
母さん、事件です。弟にも霊感が備わりました……!
『いやいやいや、違うよきっと。そのお兄さんっぽい人が、人間なんだよきっと』
「は? 何言ってんの、さっきこの妖怪は猫から人間っぽい形容にはなったけど、妖怪のまんまだから、人には視えていないだろ」
「おい、優菜とかいうバカ。俺は今は半分妖怪で半分人間だぞ」
『ほら、やっぱり』
「……はぁ、とりあえず、電話切る」
『わかった。じゃあお母さんよろしく』
「……うん」
さて。
「猫また」
「お、やっとこさ事件について聞いてくれるのか」
「……とりあえずは。危険なものだったら、遠慮するけど」
「残念だが、間違いなく危険だ。覚悟しとけ」
「じゃ、さよなら」
「待てって。これ解決しねぇと、この市の全員がやべーぜ?」
「規模、大き過ぎない?」
「いんや、これぐらいで収まる方が凄いくらいだ」
「……頭痛くなってきた」
私にそんなに求めないでほしい。どこまでいったって、私は人間だ。嘘をつくし、嘘をつかれるし、傷つくし、傷つける。不器用なのを、器用もどきを装って隠しているだけ。上手い世渡りなんか出来やしない。上手くなったのは、現実逃避ぐらいだ。
だから、今はこうして学校生活で、みんなに甘えてばかりなんだ。
「事件についてだが、お前は、魂には重さがあるって信じているか?」
「……信じるも、信じないも、さっき猫または105gだって言ったよね」
「……俺が嘘をつくとかは考えねぇのか」
「助けてほしいのなら、嘘をつく必要はないじゃん。寧ろ、それのせいで失敗する可能性だって出てくるし」
情報の基本的な間違いによって、どこかに綻びが生じて、結果として駄目になる。まるで人間関係のようだ。
私のクラスはどこかおかしいから、大丈夫だろうけど。そもそも喧嘩は起きても、本気で嫌う奴なんてクラスにはいない。もしかしたら、私以外にも霊感のある人がいるんじゃないだろうか、と思うほどに、良い意味で――それでも、時々大丈夫か心配になるが――狂っている。
良い意味も悪い意味も、違いは悪意のあるかどうかぐらいか。
それなら、確実に良い意味だ。奴等は狂ってはいるが、基本的に良い奴等だ。
「大した奴だな。じゃあ話を戻す。妖怪にも人間にも魂がある。が妖怪は幽霊と同じように魂だけの状態だがな。人間はその肉体の内に秘めているわけだ」
「それと、猫またのいう事件の何が関係あるの?」
「俺達の中では、人間の魂の重さは21g。正確には21.48387gになる」
「それが、どうしたの?」
「ここ最近、変な出来事が起きていないか? 突然、死んだり、植物状態になったり。そんな不可解な事が起きていないか?」
心当たりは、ある。私のクラスではないが、確かに、突然、消えてしまったかのように、忽然と学校へ来なくなった生徒がいる。噂を聞けば、脳が機能しているのに、心臓も動いているのに、ピクリとも動かない。瞳を開ける事も、物を食べる事も、飲む事も、その全ての行動が、まるで魂を抜かれてしまったかのようにないのだ。
「あっ……」
「どうやら、わかったようだな。俺はこっそりとそいつらの元に行き、魂を探した。だが、少しも、だ。少しも、たったの1滴ほども魂はなかった。0.00001gすらなかった。そいつらは、妖怪に魂を抜かれたんだ」
「けど、それならどうしてそんな急に……」
「10月31日、何がある?」
「確か、日食の、それもかなり珍しいのがあるってTVでやってたっけ」
やっていたのは、地方のローカルTV。日本全体で見れば何十年かに1回のペースらしいけど、確か見える地域が少ないせいか大体300年くらいに一度らしい。それが10月の月末、31日にある。名前は、確か金環日食だったはず。
「それと一体どう関係があるの?」
「妖怪の中にもルールがあってだな、絶対にしてはいけない事ってのがあるんだ。大体は、縄張り争いだとか、そんな感じのいざこざを解消するためのもんだが、それの中には『人間の魂を抜き取ってはならない』っていうのがある。つっても、そんな技術がある妖怪は、限られるんだがな」
「けど、それだけじゃ、今月に入って急にそんな人が出るなんて……なんか不気味だ」
事の発端は、確か1日からだった。前日の9月30日には、そんな廃人みたいな人はいなかった。いくらこの市の規模が大きいといえども、噂はインフルエンザのように流行る。そしていつのまにか消える。それの繰り返しだ。
だが、今もなお1日に1人ずつ人の魂が抜かれている。今日が10日だから、9人、既に抜かれたのなら10人の人が犠牲になっている。
「この地域の、それもどうやら綺麗な魂だけを集めているんだが、どうやら生贄のようなものらしいんだ」
「生贄?」
「ああ。けどな、それはどっちでもいいようなものなのに、どうして集めるんだか……」
「……なんか、祭壇にささげる供物みたいだね」
「……! そっか、所詮はそんなものか。10月31日に起こる現象はもう回避できない。太陽が無いその時に現われる存在にお零れでも預かろうって魂胆か……!」
金環日食の日に、何かがあるのだろう。それはきっと、とってもヤバイもの。人智を超えた、理。偶然、必然とかそんなものはまったくもって関係ない、純然たる結果の存在。とてつもない、厄介事。
「それで、私に何が出来るの?」
この市には、優しい人が多すぎる。私が、幽霊とか妖怪を視えることが恐ろしいとも感じる人はいようとも、それを排斥する、排除する人はいない。心の何処かで受け入れている。それが不思議でたまらない。
けれども、それに私は甘えてきた。両親だって弟だって、クラスの友達や先生、近所のじいちゃんばあちゃん、八百屋のおっさんや肉屋のおばちゃん、その他諸々の人達に、お返しは出来ないほど甘えてきた。
それが当然だと、思えなかった。
だからなのか、人にも妖怪にも、頼まれた事なら引き受けて何でもやった。けど、それは自分の心を満足させる、という陳腐で打算的な考えに元で行なわれた。感謝するのは、あちらでは無くこちらの方である。
子供ながらに、無駄に賢かった。妖怪達と関わることで、現実の中に不可思議を捉え、それを許容し、受け入れる。そのために心は冷たくなってしまった。優しさを、隠してしまった。
それでも、自分の、自己満足のために、独善的に、偽善という善を振り回して、みんなを助けたい。
「さっきも言ったが、今回の事件、魂の重さが無くなってしまったのは、妖怪の仕業だ。10月31日のことはとりあえず置いておこう。それよりも、これ以上被害者を出さないようにしないとな……」
「じゃあ、私の仕事って」
「ああ、俺の、いんや俺達の手伝いだ。三ノ宮優菜、お前に依頼する。俺達の仕事を手伝ってくれ。妖怪だけじゃ、出来ないことがある。だが、俺達が視えるお前を、俺達は歓迎する」
必要とされている。
その言葉が、心中を渦巻く。
何処か、ほっとする。まだは私はここに居て良いのだと。
まだ、いいんだ。
だから、引きうけよう。
心の乾きを、潤わすために。
「喜んで、依頼を受けよう」
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