おてごろ物件、ふたりの新居 13
とりあえず一晩泊めていただく事にしました。
無駄に広いので、ソファをお借りして丸くなります。赤ちゃんはあぶあぶ言いながら這い回っていましたが、疲れてきたのかわたしと背凭れの間にずるっと入って寝息を立て始めました。
……おなかは空いてないんでしょうか。
「嫁はフィールドワーク中なんだ」
ちょっぴり寂しげに言ったマデルさん。フィールドワークって……何の?
それは兎も角、ちょっと心配ですね。
ラオムさんと鉢合わせて喧嘩になってたらまずヤバいです。ヤバヤバです。
「ラオムって誰だ」
よくぞ聞いてくれました。ラオムさんはわたしのつがいです! オニキスのような艶々した黒いボディに、血みたいな赤い目の、10メートルくらいのドラゴンさんです!
「………………黒竜……え?」
性格はやさしくて知性溢れる感じだと思いますが、アンクさんいわく、物静かだけどキレると手が付けられなくて、傍若無人のカタマリだそうです! そんなところもラブですけどね!
「……やべえ、探してくるっ、早急に保護しないと頭からバリバリ喰われる!」
そんなことしませんよ!
あわあわと飛び出して行ったマデルさんを見送り、わたしはそっと赤ちゃんを仰向けに寝かせて、体勢を直して再び丸まります。
赤ちゃんの手は遠慮を知らない握力で尻尾を握り締め、大変痛いのですが我慢してあげます。子供ですからね。わたし大人ですからね!
精霊さんや妖精さん、神獣さんや幻獣さんなどは、未だに人間から身を隠す傾向にあります。
彼らはどうしてか、あの日にも姿を見せなかったのです。
そもそもわたしたちが人前に一斉に出たのは、天啓のような、強烈な意思に誘われてのことです。魔生物は時折、己の意思ではないものに突き動かされることがあるのです。
脳の一部を共有しているとか、本能的な何かとか、いろいろ説はありますが。わたしたちの存在意義に関係するものではないかと、魔生物の研究者たちにとっては大きなテーマになっていますね。
あの日――2222年、2月22日、2時22分22秒。
人間の町には以前からちまちま出ていたわたしですが、それまではほぼ全ての魔生物が、なんとなく“人間の前に出てはならない”と思っていました。
そうでなかったら、とっくに滅びてますよ、人類どころか他の生物すべて。
けれど、あの瞬間に感じた焼け付くような敵意。それから半日の間、魔生物は暴虐の限りを尽くし、そうして15の国が滅びました。
わたしはその時中国――今はバラバラに解体されて数十に分かれていますが――そこに居ました。気づいたらまわりに穴だらけの死体とか、ビビりましたね。
文字通り皆殺しだったらしく、目撃者はいなかったようです。でなければもっと危険度高く設定されてますよね?
その後ぼーっとしているところを人間に発見され、ピンクの猫だーっと捕まえられそうになったのです。中国の人ですから、喰われてたかもしれませんね。椅子と机以外の四足はみんな食べるという話ですから。ひいいっ!
とにかく、その意思こそが生きる意味でないかと考える方もいます。
とてつもなく強大な存在――それこそ神のような誰かの、手下、尖兵、そういったものとしての存在が、わたしたちであると。
まあそういう難しい事を言う方もおられますが――大抵の魔生物が「つがいが存在意義だ」と思っている訳ですがね。
共有意思、共通意思、共意思
自らの思考や思想に関係なく唐突に生まれる意思。または何者かからの指令という説もある。
2222年以前、多くの魔生物は「人間の前に出てはいけない」という共通の認識を持っていたが、2222年2月22日に「人間への強い敵意」によって攻撃を加えた。それからは以前の認識は消えている。
ただし影響を受けなかった者も多い。
全体に起こる場合もあれば個体に起こる場合もあり、そうとは気づかずに行動する事も多々ある。