おてごろ物件、ふたりの新居 4
はっ。
目を覚ますと、どうやら木の根元に転がっているようでした。
怪我は無いですが、魔力が半分と少し失われています。
魔力を変換した後は元の状態に戻さなければいけません。通常なら兎も角、固形化や物質化した魔力は壊れれば失われるものですから。無駄遣いはよくないです。
……というかこれ、確実に、以前と同じ事になりませんか!? 嫌ですよ、命がけの逃避行はこりごりです!
ちなみに前回は“魔力を消費して体を強化する”という魔法術を使っていて魔力がすっからかんになった訳ですが。今回の間抜けっぷりよりはマシです。
……スーパーボール……忘れていいですか。いいですよね。
わたしはきょろきょろとあたりを見回し、とりあえず巨大な四足獣の姿が無いことを確認して、息を整えて木の上に上ります。
とりあえずこちらの方がまだ安全でしょうし。
ううーむ、しかし、どうしましょう。
ひとまず魔力回復を早めるために箱から――勿論文字通りの箱ではありませんけど――魔石を取り出して舐めておきます。
箱とは私達の使う、四次元ポケットのようなものです。容量は魔力総量分で、入れた分だけ総量を削りますが。……メモリを食う、とよく表現されますね。
まあ、わたしの場合殆ど石ばかりですけどね! 近頃は空っぽに近かったのですが、引越しのためにラオムさんの巣から持って来たので、多少は入っています。
僅かにピリッとした刺激のある、けれど甘露のように甘いラオムさんの魔力。
舐めていると、次第に酩酊感に思考が蕩けそうになっていきます。ぞくぞくするような甘さに、舌先が痺れるようで、尻尾がゆらゆらと無意識に揺れて。
噛み砕いてしまうのは、もったいない。
でも舐めているだけは、物足りない。
ああー、刺激的といいますか、なんというか、うー……舐めているだけでこれなのに、一気に取り入れたらどうなるのでしょう。
少し怖いけど、でもやってみたい。
中身の知れたパンドラの箱のようなもので、先が分かっているのに手を出したくなる。見るなのタブーって知ってますか? 駄目って言われると惹かれちゃうんですよ! イヤヨイヤヨモスキノウチーっていう魔法の呪文が人間にはあるようですし!
……というか……今更ながら、回復目的には向きませんね!
またたびを嗅いだ猫のようにでろでろになって木から、ズルッと。
うにゃあぁあああ!
「うにゃーううあ!」
あぁぁああ危なっ! ……はい?
「なーう」
いやにリアルな猫語ですね、惜しいです、そこはなぉーぅ! な感じです。
リピートアフターミー、なぉーぅ!
「なぉぅ!」
グーッド! ……ええと、あれ?
あー……えーと……魔生物、ではありませんよね。
この姿、何の幼生でしたっけ……幼生というか……うん?
あれ、でも魔力は感じられますけど――どう見ても。
「あぶぅ」
人間の、赤ん坊ですよね?
箱
いわゆる四次元ポケット。使用分だけ魔力総量を削る。
コンピュータの容量に例えて「メモリを食う」と表現される事も多い。
魔法術ではなく魔力操作の部類だが、いまいち原理が分かっていないもののひとつ。
魔力交換
片方から魔力を譲渡する事はよく行われるが、双方から注ぎあう事は基本的につがい同士でしかやらない。
つがいと魔力を交換すると、個人差はあるがとにかく心地よく感じる。
ある猫型魔物によれば、
「またたびより酔っちゃう」
またある魔族に聞けば、
「アヘンよりずっといい」
また違う魔族に聞くと、
「気持ち良い。性的な意味で」
このように感じ方や効果に差がある。
とにかく心地よいものとして感じるのは確かである。