食うに食えない非常食 終
あれから更に数時間、ようやく落ち着きました。
洞窟に、どこか荘厳な雰囲気が流れておりました。
「クィオアエオス=アルヴァ。我が名を捧げる」
何故かはっきり理解できるようになった竜語で真名を告げられると、なんとなく、思考がすっきりとするような不思議な感覚がします。
満たされた、というより。分かれていたピースが嵌ったような。知り合いは我慢の末のトイレみたいだと例えていましたが。
……えっと、わたしの真名、ノーチェリエスカ=ナーティタを捧げます!
わたしも覚えたての竜語で真名を捧げます。片言気味で恥ずかしいのですが、この時ばかりは同じ言語で、というのが決まりです。
真名というのは、言わば存在自体の固有名詞。基本的につがい以外に教えることはありません。
わたしたちは生まれたてでもある程度の知識があるのですが、最初に自覚するのは真名に関する知識です。これが自分の名だ、とはっきり理解できるのです。
真名には音と意があり、宿命と象徴をそれぞれ表すとかそういう話ですが、いまいち分かりません。
どうしても二病な感じになるんですが、なんとも言えませんね。名付け親が居るのかは分かりませんが大丈夫ですかおいくつですか。14歳ですか。
そういえば不思議なことに、真名には法則性が無いそうです。つがい同士で意名が丸被りしたという方がいたらしいのですが、音名は完全に別物だったらしく。つまりは言語として成り立っていないのに、聞けば理解できる。魔語より不思議です。
「……ようやく、か」
なんとも感慨ありげな呟き。わたしより長生きでしょうから格別でしょうね。
何せつがいを得る時期というのは非常にばらついておりまして、生まれた瞬間目の前に居たとか、千年も経ってやっと出会ったとかいろいろありますし。生まれる時期が揃っているとも限りません。下手すると、生まれた時にすでにつがいが死去している可能性すらあるのですし。
ちなみにわたしは775歳です!
「俺はいくつだったか……1600と少しだったと思うが」
倍以上ですか! 体格差も激しいですが年の差も激しいですね!
さて、次ですが……名前ですね! どうしましょう。
魔生物はつがいに名前を贈り、それ以降はその名前を名乗るのがしきたりですかね。まあそうなっていまして、一生を左右する大事な儀式です。真名で呼び合う訳にもいきませんからねー。
これらはまあ、魔生物共通の婚姻儀式です。他はその方の生態にもよりけりですが。
それまでは自分で適当に名乗ったりします。ちなみにわたしは必要性が無かったので無かったです。周りにはピンクのーとか猫ーとか言われてました。ピンクの猫ってなかなかいませんし。
「……好きにしろ」
うーん。うー、えーと。思いつきませんねえ、暫く考えさせてください。
……あ、わたしにはどのようなお名前を!
「ティエラ」
事前に考えておいたような速……ありがとうございます。うれしいです!
えーと、えーと、では、決めました。
「ほう?」
ラオム、などいかがでしょうか。
「良い」
即答ですね!? 意味とかいいんですか!
「何でも良い」
え、えー!?
「……何でも、嬉しいと言っている」
そういう意味ですか! いやはや、照れますね!
この日――後に暦を見て経過日数から確かめた所、2231年8月11日。
わたしは非常食からつがいに華麗な転身を果たし、
生涯を共にする、大事な大事な大事な(略)相手を得たのでございました。
これにて、一件落着!
魔生物総合データベースに電話で寄せられた目撃証言
「あのもしもし目撃証言なんですが! あの、あのですね!
私さっき、黒いドラゴンが空を飛んでいるのを見たんですけどね、丁度タワーに居たので本当に怖かったんですがそれはそうとしてですねっ、あの、あの! すいません、興奮しちゃって、でもですね!
アカツキの背中に、なんだかピンクの猫みたいなのが見えたんですよ!
多分あの幸運のネコとかいう魔物じゃないかと思うんです! 本当なんです! ええ、はいっ、たったさっきのことです! ええと現在地ですか、チリの――」