よくぼうよくぼう
母の太い乳房も、父からの忌々しいキスも、
なんだかんだ慣れた後、
気づけば
この世界に生まれて三年が経った。
俺の思う異世界らしく、モンスターがいる世界だ。
騎士とか賢者みたいのがいて、戦う。まさに。
飯はうまい。肉がうまくて、うまいんだ。
モンスターはうまいんだろうか?「動物」とは体の構造とか成分も何もかも違うらしいからな。
さて、三歳。
前世なら幼稚園に通い始める頃だが、
この世界の子供は少し違う。
転生者がそこまで珍しくないからだ。
「ジューゴは本当に賢いわねぇ」
母はよくそう言った。
「えーへへ、、」
賢いのではない。
中身が十八歳だっただけだ。
もちろん、そのことを話すつもりはない。
前世の記憶を打ち明ける転生者もいるらしいが、俺はまだ迷っていた。
今の生活が心地よかったからだ。
父がいる。
母がいる。
温かい食事がある。
前世では当たり前だと思っていたものが、今は妙に愛おしい。
(マジこのままでいいな、、)
本気でそう思っていた。
◇
「能力者になれなくてもいいのよ」
ある日の昼。
洗濯物を干す最中の母が言った。
「え?」
思わず聞き返す。
母は不思議そうに笑った。
風で、干し竿にかかった下着が揺れる。
「そんな顔しなくても」
「だって、能力者ってすごいんでしょ?」
この世界には能力がある。
強い欲望が形になった力。
一定以上まで育った能力は国から認められ、正式な能力名を授かる。
能力名を持つ者は尊敬される。
学院にも通える。
仕事にも困らない。
子供たちの憧れだ。
「すごい人もいるわね」
母は頷いた。
「でも、能力名を持ってる人なんて本当に一握りなのよ」
「そうなの?」
「ええ」
母は笑う。
「お父さんだって持ってないもの」
俺は少し驚いた。
父は立派な家具職人だ。
仕事も上手い。
村でも頼りにされている。
当然、能力者だと思っていた。
「能力がなくても生きていけるの?」
「もちろんよ」
母は当然のように言った。
「むしろ、その方が普通だもの」
その言葉は少し意外だった。
能力者が当たり前の世界だと思っていた。
そうじゃないらしい。
能力者は特別。
だからこそ尊敬される。
そんな世界なのだと。
僕は干された衣服と共に弱い風に吹かれた。
◇
電子レンジの中みたいな色の夕方に、
俺は父の仕事場にいた。
木の匂いがする。
削られた木屑が床に散らばり、陽の光を浴びて輝いていた。
父は椅子を作っていた。
無駄と迷いのない手つき。
見ていて飽きない。
「すごー」
思わず呟く。
父は笑った。
「長くやってるからな」
「能力じゃないの?」
「違う違う」
父は首を振った。
「ただの経験だ」
そう言って木を削る。
職人の手だった。
俺は少し羨ましくなった。
前世の自分には明るいものが何もなかった。
得意なことや、恋人、、、。
毎日をなんとなく生きていた。
だけど父にはある。
誇れるものが。
「能力者って偉い?」
ふと聞くと父が手を止めた。
少しだけ考える。
「偉くはないな」
「でも強い」
「強いさ」
父は頷いた。
「ただ、強い能力者ってのは大体何かに取り憑かれてる」
取り憑かれている。
その言葉が妙に頭に残った。
「欲望に、ってこと?」
「そうだな」
父は苦笑した。
「何かを守りたいとか、勝ちたいとか、作りたいとか」
そういう強い気持ちが力になる。
この世界では当たり前のことだった。
◇
数日後。
村が騒がしくなった。
近場にモンスターが出たらしい!
俺も見に行った。久々に生で見る。
野次馬の一人として。
そこにいたのは一人の男だった。
ガイル。
村で唯一、能力名を持つ戦士。
なんというか、背骨に似た大きめのモンスターと向かい合っている。
普通の人なら逃げる。
だがガイルは逃げなかった。
剣を抜く。
飛び込む。
爪が肩を裂く。
血が飛ぶ。
それでも止まらない。
何度も斬る。
何度も立ち上がる。
最後にはせぼねせぼねを倒した。
村人たちの歓声が上がった。
「ガイルさんだ!」
「助かった!」
「やっぱりすげぇ!」
子供たちが駆け寄る。
俺も見ていた。
目を離せなかった。
ガイルは血だらけだった。
それなのに笑っている。
「大袈裟だって」
照れ臭そうに頭を掻く。
村人たちはさらに喜ぶ。
感謝する。
尊敬する。
その光景が少し羨ましかった。
前世の俺はどうだっただろう。
誰かに感謝された記憶なんて、ほとんどない。
だけどガイルは違う。
傷ついて。
戦って。
誰かを守っている。
格好いいと思った。
本当に。
あんな風になれたらいいのに、と。
だが、その時だった。
「次はもっと強い奴が出るといいな」
ガイルが笑いながら言った。
冗談みたいな口調だった。
けれど。
目だけが違った。
戦っている時と同じ目。
胸の奥が少しざわつく。
嫌いじゃない。
怖いわけでもない。
尊敬している。
それでも。
戦うことそのものを楽しんでいるように見えた。
能力者とは何だろう。
誰かを守る人なのか。
それとも。
何かに取り憑かれた人なのか。
俺にはまだ分からなかった。
◇
その日の夜。
夕食の席で聞いてみた。
「ガイルさんってどうして強いの?」
父と母が鳩みたいな顔を見合わせる。
少しだけ表情が曇った。
「昔ね」
母が静かに言った。
「ガイルさんの家族はモンスターに殺されたの」
俺は強く黙る。
「奥さんも」
「娘さんも」
胸が痛んだ。
「だから守りたいのよ」
母は言う。
「誰にも同じ思いをしてほしくないんでしょうね」
なるほどと思った。
守りたい。
その願いが力になった。
この世界らしい話だった。
けれど。
俺はガイルの目を思い出す。
守りたいという願いは。
力になる。
だが力は。
その願いをもっと大きくするのかもしれない。
能力が欲望を生み。
欲望が能力を育てる。
そんな気がした。
◇
数日後。
俺は傷ついた鳥を見つけた。
羽が折れていた。
まだ生きている。
小さな命だった。
「大丈夫」
そう言いながら抱き上げる。
助かってほしかった。
ただ、それだけだった。
家に連れて帰る。
水を与える。
餌を与える。
寝る前にも様子を見る。
俺は大人の心を持って生まれ変わったが、
本能的にか、少し幼い部分が蘇っていた。
母は困ったように笑った。
「優しいのね」
俺は少し照れた。
優しい。
そう言われるのは嫌いじゃない。
本当に助けたいと思っていたから。
だから。
翌朝。
鳥が死んでいた時は悲しかった。
小さな墓を作った。
庭の隅。
花も添えた。
手を合わせる。
助けられなかった。
悔しかった。
もっと何かできたんじゃないかと思った。
鳥の亡骸を見つめる。
半開きのクチバシ。
黒ずんだ羽毛。
チキン。
血。
胸の奥がざわついた。
喉が鳴る。
腹は減っていない。
違う。
もっと嫌な感覚だった。
これ、食べられる。
一瞬、
そんな考えが頭をよぎった。
「……っ」
後ずさる。
最低だ。
何を考えている。
俺は泣いた。
鳥が可哀想だったから。
助けられなかったから。
それだけじゃない。
死を悼みながら。
同時に食欲を抱いた自分自身がとても怖かった。
鳥肉が向ける冷たい目が呪いみたいだった。
◇
夜。
布団の中。
眠れなかった。
窓の外では虫が鳴いている。
父と母の寝息も聞こえる。
幸せだった。
今の生活は。
本当に。
このまま続けばいいと思う。
能力なんてなくてもいい。
戦えなくてもいい。
父みたいに働いて。
母みたいに笑って。
普通に生きられればそれでいい。
なのに。
胸の奥には、ずっと消えないものがある。
前世から続いている欲望。
誰にも言えない欲望。
もし。
もしそれが能力になったら。
俺はどうなるんだろう。
考えるだけで怖かった。
だから目を閉じる。
考えないように。
忘れるように。
けれど眠りに落ちる直前。
脳裏に浮かんだのは。
昼間に埋めたアレの姿。
そして。
それを見つめていた自分の視線だった。
はは(転生者かもだけど、それは本人が打ち明けるまでこっちから聞かないのが常識よね、、しかし、そうだとして、おっぱいを吸うのってどんか気分なのかしら?)
ちち(チチと言いなさい)
はは(ああ、ごめんなさい)
ちち(ああ)
はは(これは脳内で会話をしているのかしら)




