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異世界短編集

私は婚約者に寄り添っただけ

作者: 島城笑美
掲載日:2026/05/06

数ある作品から読んで頂きありがとうございます!


誤字報告ありがとうございます。本当に毎回ありがたいです。

文章も少し修正致しました!

「すまない、カサンドラ。マリーが体調を崩したみたいなんだ。僕に見舞いにきてほしいと言って聞かないらしい。今日は美術館の予定だったろう?キャンセルさせてくれないかい?また次の休みに行こう」


カサンドラの婚約者、ニクラウス・ザウアーランド伯爵令息がそう言うのは何回目だろうか?


カサンドラとニクラウスの婚約は、伯爵家に陞爵したばかりのカサンドラのオルロープ家の権威を上げるために、由緒正しく建国より国に実直に王家に仕えるザウアーランド家との結びつき。


それに、外交手腕があり商家として財と才を国庫の為に活用したオルローブ家から、実直ではあるが経営下手なところがあるザウアーランド家への運営の助言と資金の支援によるお互いを支えるための婚約だった。


しかし、両家は。子供たちの相性が良くないのであれば婚姻では無く別の形で縁を深めることを考えていた。だが、ニクラウスが素直で従順なカサンドラを気に入っての婚約である。


2人には政略以外の想いもあり2人の時間を育んだ。従順だが自身の意見を言えるカサンドラをニクラウスは愛おしいと思っていた。そこで、カサンドラもお願いを伝えることにする。


「畏まりました。予定はキャンセルでかまいません。ですが、私も同行してもよろしいでしょうか?婚約者のいらっしゃる殿方が未婚女性の元を頻繁に訪れるのは外聞がよろしくありません。ですが、婚約者である私も、お連れなら何も問題はないのではないでしょうか?」


ニクラウスは、美しい眉をキュッと少しばかり寄せると思案する。他の令嬢を優先するニクラウスへのカサンドラの当てこすりなのか、アンネマリーとニクラウスを慮っての善意なのか測りかねているのだろう。当てこすりであっても、ニクラウスは自身への嫉妬なのかと優越感に浸っていたのであるが伯爵夫人として教育を受けていたカサンドラは言葉を重ねる。


「もちろん、アンネマリー・ケンプフェル侯爵令嬢のご負担は望みません。玄関ホールにてお待ちしております」


ニクラウスは、一変して顔を緩める。きっと、カサンドラがニクラウスの気持ちに添う事を言えたのだろうとカサンドラは内心ホッとする。ニクラウスも、カサンドラの献身を心より嬉しく思っていた。


カサンドラが、アンネマリーを慮るのはアンネマリーがニクラウスの幼馴染であるだけの話ではない。ニクラウスのザウアーランド伯爵家はアンネマリーの生家であるケンプフェル侯爵家の寄子。将来的に、ザウアーランド伯爵夫人になるカサンドラはケンプフェル侯爵家の意向に寄り添う必要があると教育された。


それには、家同士の深い関わりがあった。ザウアーラント伯爵家の前伯爵は最初の妻は出産の際に母子共に失い。彼の心は失意に落ち仕事へと没頭をすることになり長い間、再婚も難航した。周りの薦めで再婚した、後妻も若い令嬢が嫁いで来たのだが結局、子をなすことは叶わなかった。


そうしてザウアーラント伯爵家は、中立派の派閥違いの侯爵家に嫁いだ妹の子を養子に迎える事になった。伯爵の妹は多産であったが、1男3女と男児は一人侯爵家を継ぐ。長女も次女もすでに嫁ぎ先が決まっており、末娘でしたらとは言うがその頃はその末娘も赤子ではなく両親から離すには可哀想な年齢であるため、学園に入るまでは侯爵令嬢として過ごした。


しかし、この侯爵家が中立派である。どこかの派閥では無いのは幸いだが派閥を掲げるケンプフェル侯爵家としては、あちらの家の意向に染まってしまっても困るとケンプフェル侯爵家の次男である現ケンプフェル侯爵の弟と婚約が早々に決まり入婿となった。ただの寄親、寄子よりも複雑かつ親密な関係であった。


侯爵令嬢の体調に、伯爵令息であるニクラウスが何の役に立つのかは理解出来なかったが侯爵令嬢が必要だと仰っている事に、上位貴族の婦人教育を受けてはいたが、最近まで子爵令嬢教育を受けていたカサンドラには上位の者に逆らってはいけないという考えが染みついており、異論を唱える事さえ思いつかなかった。


大切な婚約者が望み、大切な婚約者の家の大切な寄親のご依頼。法に触れるわけでも無いのに反論する必要は無い。だが、如何せん外聞と言う物はある。いくら、侯爵令嬢が呼び寄せたと言っても婚約者のいる伯爵子息が毎度1人でご令嬢を見舞いに伺うのを訝し気に見る人間は必ずいる。


特に、政敵である他派閥にそのような情報が渡ってしまっては、寄り親であるケンプフェル侯爵家の醜聞になりかねない。しかも、令嬢である。アンネマリーの今後にも憂いを帯びることをカサンドラは懸念した。そのような、考えを知る由もないニクラウスはカサンドラに優しい言葉をかける。


「そんな場所で待たせることは出来ないよ。それに、マリーの体調がましであれば、君をマリーに紹介させてくれないだろうか?」


ニクラウスの言葉に、カサンドラは心が温かくなりふわりと微笑む。もし叶いましたら嬉しく思いますと返し2人連れ立って侯爵家へ向かった。


その馬車の中で、ニクラウスはアンネマリーについて色々と語った。現ケンプフェル侯爵とザウアーラントに入婿した現ザウアーランド伯爵は兄弟であり、アンネマリー嬢とニクラウスは従兄妹同士である。結婚を期に義姉妹となった夫人同士も意気投合して子供たちの年齢も近い。母親たちのお茶会に連れ立って行き来することになり頻繁に会う幼馴染なのだと。だから、妹みたいなものだと。


「マリーは幼い時から少し体が弱くてね。もう、大分元気になっているのだが、帝都の空気は領地とは違うからね。平日は学園で頑張っているせいか、週末は頻繫に体調を崩すんだ。両親がどうしても不在の際は幼い頃から兄弟のように育ったせいだろうね。僕がいる方が落ち着くと言うんだ」


「そうなのですね。ケンプフェル侯爵令嬢のご兄弟はいらっしゃらないのですか?」


「あぁ。マリーは僕らよりは一つ下で長子なんだ。二つ下に弟、さらに四つ下に妹がいる。マリーは甘ったれだから兄が欲しかったんだろうね。我が弟とあちらの嫡男が同じ年なんだが、マリーはいつも私にべったりだった。下の3人も仲がいいんだよ。しかし、ザームエルは侯爵家の嫡子教育でお忙しくしている様なんだ」


「まぁ。アルノルト様と同じ年でしたら14歳ですか、すでに嫡子としてのご教育が始まっていらっしゃるのですね。我が家のお兄様の話をしてしまうとなんだかお恥ずかしいですわ」


子爵令息だった兄は、学園の教育と跡取り教育の同時進行は無理だと成人してから跡取り教育を受けた。それを、学園に入る前の少年が始めていると感心する。


「仕方がないよ。イーヴォ様が学園に入る際に、陞爵して伯爵になったんだ。オルロープ伯爵ご自身も色々見直さねばならないところが多く多忙だっただろう?」


「左様ですが、それはお父様が陞爵打診を10年もの間、お断りしていたからですわ。早々にお受けして頂けましたら、お兄様は4歳、私は1歳。ゆっくりと伯爵家としての教育を享受出来たと思いますの」


「ふふっカサンドラは真面目だね。君は十分に頑張っているよ。学園での成績も優秀。母上からマナーも素晴らしく上達したと聞いている。我がザウアーランド家夫人として申し分ない。元侯爵令嬢の母上のマナー教育は厳しいからね。僕も未だにたまに注意を受けるよ」


「ありがとう存じます。精進してまいりますわ」


2人和やかに馬車に揺られケンプフェル侯爵家に到着すると、ニクラウスとカサンドラは玄関ホールで待ちながらカサンドラの入室も可能かとアンネマリーへ伺いを立てた。数分後、執事は申し訳なさそうに、だが丁寧にお断りの言葉を告げる。


『体調の悪い時に初対面の方とお会いするのは難しいです。ニクラウス様だけ来てはいただけないですか?』とのことでございます」


ニクラウスはうむと思案して、カサンドラを見下ろす。カサンドラの意見を聞いてくれるのだろう。カサンドラもそれを理解して応じる。


「ケンプフェル侯爵令嬢の体調が最優先になります。私はこちらでお待ちしますわ」


「そうだな。マリーと話をして、落ち着いたら呼び寄せて貰うよ。すまないが、こちらで待っていてくれ」


「はい」


カサンドラが了承すると、執事が応接室のご準備をしますと言うのを断り玄関ホールのカウチへと座らせて貰った。春先とはいえまだ冷える事もあるので執事はブランケットをカサンドラに渡し、ニクラウスをアンネマリーの部屋へと案内した。


玄関ホールとはいえ、流石は侯爵家のタウンハウスである。広さはカサンドラの自室が4つほど軽く入ってしまいそうな広さの上に、三階までの吹き抜け。ホールの中央には上階に上がる階段がありその両サイドには美術品と絵画を品よく飾られていた。


玄関入り口からは直接目に入らないように衝立の裏にあるカウチでただ座っているだけでもカサンドラがお目にかかれない様なそれらの美術品、調度品はカサンドラを楽しませてくれた。


しかし、アンネマリーのお見舞いは、その日だけでは留まらなかった。


カサンドラは献身的にニクラウスの意向を叶え付き添う。アンネマリーは頻繁にニクラウスを呼び出す。侯爵家の使用人たちは当家のお嬢様の我儘で他家のお嬢様であるカサンドラを玄関ホールで待たせているのだ。それも、段々と時間を延ばしていった。


だれもが、カサンドラが退屈しないようにと配慮をして左右のカウチには交互で案内し、お茶やクッション、ブランケットを準備をして最近では本まで用意されていた。カサンドラはニクラウスとの会話が減っていることに寂しく思っていたが侯爵家の思いやりのある対応に感動すら覚えていた。


そんなある日。午前中から呼び出されたニクラウスに同行してケンプフェル侯爵家の玄関ホールにカサンドラは待たされていた。


そこに、玄関が開き執事や侍女たちが対応の為に出てくるが、貴族の邸宅は来客同士が鉢合わせをしない為に玄関ホールにカウチが設置されているので、カサンドラからは来客を伺う事は出来なかったし、何度も伺っているうちにカサンドラも慣れ来客が来ていても侍女から頂いた最高級の紅茶に口を付け本に夢中になっていた。カサンドラは油断をしていた。


「カサンドラ義姉(ねえ)様・・・」


自身を義姉(あね)と呼ぶ声に視線を向けると、そこには見知ったニクラウスの弟であるアルノルトと、同じ年ごろの学園に入りたての少年が立っていた。どうやら、一刻ほど玄関ホールでニクラウスの戻りを待っているカサンドラを心配した使用人に相談されて声をかけたとのことだった。


カサンドラは、茶器をサイドテーブルに置くとゆっくりと席を立ち、礼の型をとる。しかし、アルノルトはニクラウスとの婚約当初から義姉(ねえ)様と慕ってくれていた可愛い未来の義弟につい砕けた言葉がポロリと出てしまった。


「あら、アルノルト様。ご無沙汰しております。随分、背が伸びましたのね。ご立派になられて」


「カサンドラ義姉(ねえ)様。会えなかったのは一月(ひとつき)ほどです。さほど変わりません。学園にも慣れたので、またご一緒できればと思っていたところです。ですが義姉様は何故、このようなところに?」


「ニクラウス様のケンプフェル侯爵令嬢のお見舞いに同行させて頂いたのですが、体調不良に初対面の人間と会うのは厳しいと断られましたの。私も、ニクラウス様だけが未婚のご令嬢を見舞うのが外聞が悪いですので同行させて頂きましたので、侯爵家へ同行させて頂いただけで十分です。体調の悪いケンプフェル侯爵令嬢に無理は言えませんわ」


「兄上はまた、カサンドラ様との約束の日に来たのですか?」

「姉はまた、ニクラウス様を呼び出したのですか!」


「ん?この令嬢との約束の日?」


アルノルトと一緒にいた少年もアルノルトと同じように大きな声を上げる。カサンドラは目をパチパチを瞬き驚いてしまったが、少年はさらに続ける。そして、少し顔を歪めてカサンドラに向き直り謝罪をした。


「失礼致しました。挨拶もせず不躾に会話に入ってしましました。ケンプフェル侯爵家嫡男ザームエルと申します。ザームエルとお呼びください」


「いえっ!こちらこそ、失礼致しました。カサンドラ・オルロープと申します。オルロープ伯爵家が長女にございます。婚約者ニクラウス様の同伴で、こちらで待たせて貰っております。カサンドラとお呼び頂ければ幸いにございます」


「この様なところではなんですし、侯爵家としても申し訳が立ちません。姉は気が利かないところがあり、貴方様にはご不便をおかけして大変心苦しく思います。今からアルノルトと向かう予定の温室へご一緒に参りませんか?」


「・・・よろしいのですか?」


「はい。ニクラウス様には言付けましょう」


ザームエルは、専属執事に指示を出した。ニクラウスに、弟のアルノルトと侯爵家嫡男のザームエルと温室にてカサンドラを預かっていると伝えられ、アンネマリーにも伝わった。都合がいいという事で昼食もニクラウスととりたいとアンネマリーから返事が来たので、ザームエルは大きな溜息をついてカサンドラを昼食へ誘った。


「まことに申し訳ございません。姉がご迷惑をお掛けしまして・・・」


「いえいえ、体調が悪い時は心細くなるものですわ。ニクラウス様も兄と慕ってくれているので手を尽くしたいと仰っていますので大丈夫です。婚約者としましても、寄り添うだけでございますわ」


「・・・・・・・」


「・・・・・・左様ですか。カサンドラ様は寛容でらっしゃる」


「ふふっ。ザウアーラント夫人の教育のたまものでしょうか?私も、以前はお転婆でしたのよ?夫人からは、高位貴族のマナーから始まり、矜持、社交、政治的なことまで、のまなくてはいけないこと、折れてはいけないところ。たくさんお教えいただいている最中ですわ」


「母上が・・・・」


「夫人は、元侯爵令嬢でございますしね」


それから昼食を共にして、学園に入りたての2人は学園での事を知りたがりその質問にひとつひとつ丁寧に答えた。昼食あとは予定の温室にも寄らせて貰った。カサンドラが国外から輸入されたばかりの花の名前や特徴にまで詳しいのでザームエルは不思議に思い、色々質問を重ねる。


「外交官である、お父様に家族でついて行きましたの。お祖父様とお祖母様は元気ですので領地経営はお2人に任せつつ、ときおり戻っては色々とお2人の負担を軽減するように整えて、また国外への外交へと繰り返しておりましたわ」


「あぁ。その手腕を買われてザウアーラントとの婚約が整ったのでしたね。私がもう少し早く産まれていれば良かったです。ご一緒に学園に通いたかったです」


「ふふっ。ありがとう存じます。私ごときのお話を楽しんで頂けて光栄ですわ」


「そうですね。また、ニクラウス様が呼ばれたときはご一緒にいらして下さい。姉が会えない時は私とアルノルトとご一緒しませんか?」


「おいっ!」


アルノルトは慌てたようにザームエルを止めるがザームエルはアルノルトをちらりと見てニコリと微笑み。カサンドラに話を続ける。


「ニクラウス様が姉のお願いを断らないのであれば、カサンドラ嬢はまたご一緒されるのでしょう?」


「はい。そうですね。いくら、兄妹の様に育ったニクラウス様の善意であっても伯爵令息が婚約者でもない侯爵令嬢の元へ足しげく通いますのは、ザウアーラント家の醜聞になりかねませんので・・・同行させて頂きたいと思っています」


「では、決まりです。貴方方がいらっしゃるときは、私にも話が来るようにしておきますのでご心配なさらずいらして下さい」


にっこり微笑んだザームエルにアルノルトは止めようとするがザームエルに返される。


「アルノルトは勉学を教わっていたとか?私も、お教え願いたい。アルノルトはこの様な状況を家に報告しなくてはならないのでは?」


「ぐっ」


「私でお教え可能な事がございましたら」


二人の少年らしいやり取りに微笑みながらカサンドラは、ニクラウスの意向を止める気も無いし、さらにザウアーラント家の寄親であるケンプフェル侯爵家の嫡男のお誘いも無下に出来るはずはないと考えている。了承の意を返せばザームエルは機嫌良く続きの温室を案内し、お茶を終えたところでニクラウスの迎えが来た。


「本日は、私の様な者のお相手をして頂きありがとう存じます」


「いいえ。またお会い出来る機会をお待ちしております」


その日は、その様な言葉でケンプフェル侯爵家を後にした。それからも、ニクラウスがアンネマリーに呼ばれるたびにカサンドラは同行し、ザームエルやアルノルトと侯爵家の図書室で勉強をしたり、温室で植物を観察したり、サロンでチェスをしたりなかなかに楽しい休日を過ごしていた。


しかし、毎週末、婚約者であるニクラウスと出かけているはずの娘がケンプフェル侯爵家の嫡男や婚約者の弟であるアルノルトとの交流の話をすると妻から聞いた、たまたま外交から戻ってきたオルロープ伯爵はザウアーラント伯爵へ問い合わせをした。


オルロープ伯爵夫人も婚姻前は男爵令嬢であり、伯爵自体も最近までは子爵。この様な対応は高位貴族の常なのか諮りかねていた。


今迄、アルノルトの報告を聞いてニクラウスを諫めていたザウアーラント伯爵もオルロープ伯爵からの問い合わせにこれではいよいよ良くないのではとケンプフェル侯爵である兄へ目通りする事になる。各家が其々、個々に話し合った結果。三家が見合う事になった。


そこで、オルロープ伯爵夫妻とカサンドラ、ザウアーランド伯爵夫妻とニクラウスに合わせて次男のアルノルト、ケンプフェル侯爵夫妻と嫡男ザームエル、顔色が良さそうな長女のアンネマリーという大人数が揃っての話し合いが晩餐室で行われた。


長テーブルの奥の短辺に、ケンプフェル侯爵夫妻が座り、その右隣の長辺にアンネマリー、ザームエル、一つ席を空けてカサンドラが座り、ケンプフェル侯爵夫妻の向かいの短辺にオルロープ伯爵夫妻。ザームエルたちの向かいにザウアーラント伯爵家の4人が席に着いた。


茶器が提供されると家令と侯爵付きの執事1人だけを残し、人払いがされた。使用人が退室していく中、侯爵が先に紅茶に口をつけて皆がそれぞれ紅茶を楽しむのを見届けてから徐に重々しく言葉を吐いた。


「この度は、不肖の娘の為にお集まりいただき申し訳ない」


侯爵であるこの場にいる人間の中で一番の高位の者からでた謝罪と不穏な言葉から始まる会に、一気にアンネマリーは顔を青ざめさせた。ニクラウスが不思議な顔をしているところで、他の全員が小さな溜息をつき、侯爵が続ける。


「まずは、ニクラウスとカサンドラ嬢の婚約解消から行おう。いやっ破棄か?」


「いいえ。解消でかまいません。次があるようですし」


侯爵の言葉に、オルロープ伯爵は人好きのする笑顔を向ける。海千山千の外国の重鎮たちを相手してきた男である。子爵から伯爵に上がったばかりと侮ることは侯爵でも下手なことを言えば足元を見られることが分かって顏を引き締める。そんな中、場の空気をぶった切る悲鳴のような声をニクラウスが上げる。


「はっ?何故、私とカサンドラが婚約を解消しなくてはならないのですか!?」


その声に、弟であるアルノルトの呆れた様な声が一番に投げられる。そこに、両親であるザウアーラント夫妻が追従する。


「自分の胸に手を当ててお考えになればわかるのでは?」


「私は散々、注意したが?」


「はぁ。きちんとしていたつもりなのに・・・未来のお嫁さんの教育より息子の教育を厳しくしていたら・・・」


扇子で顔を覆う、ザウアーラント伯爵夫人にケンプフェル侯爵夫人も追従する。


「貴方は、良くやっていたと思うわよ。カサンドラ伯爵令嬢も、アルノルトもきちんと育っているわ。でも、受け取る側の問題もあると思うのよ。私も、アンネマリーとザームエルには同じように言葉を与えてきたつもりです」


「なっ何故ですか?マリーを見舞っていたことですか?ですが、カサンドラも理解していますし、了承しております。2人で侯爵家にお訪ねしていますので外聞の悪いことは何も!

妹の様な従妹の見舞いが嫌だったのか?カサンドラ!良いと言っていたでは無いか!裏でこそこそとせず私に言えばいいだろう!」


ニクラウスがカサンドラに言い寄ると、カサンドラは困った様に眉を下げる。伯爵令嬢であるカサンドラにまだ発言は許可はおりていない。ニクラウスに応答したのは侯爵の方だった。


「カサンドラ嬢は、不満など何処にも漏らしていない。裏でこそこそと言えば私の娘の方がしていたがそれは了承済か?」


「は?」


「やはりな、知らなかったか。お前は優しいのだが視野が狭いな・・・これが、伯爵家の嫡男か・・・」


「どういうことですか!伯父上!」


「あぁ。裏でこそこそか?お前の可愛い妹分の従妹に聞いてみてはどうだ?」


「え?」


侯爵の言葉に、今迄青い顔をして口を噤んでいたアンネマリーは声を漏らすと、急に口に手を当ててよろりとふらつく。ニクラウスは慌てて席を立とうとするが、自身の父親に首を掴まれ座らされる。


「伯父上、マリーが!」


「あぁ。いつもの()()だ」


侯爵が手を上げると、執事が動きドアを開いて医師が入ってくる。それこれと、アンネマリーを診察すると、『()()()で在らせられます』と一言だけ告げ退室していく。


「ニクラウス、お前にも伝えてあったと思うが、アンネマリーは確かに幼少期は体が弱かった。しかし、現在の病状は回復している。だから、学園にも通えている」


その話を聞いて、ニクラウスは口をパクパクして二の句をつげなくなっているが侯爵はそのまま続ける。


「アンネはな、虚言癖がある。病弱だった頃は皆がちやほやしてくれたと思っているんだろう。あの時の苦しさも忘れてその方が幸せだったとな。そして、それは帝都に戻り学園に通っても続いている。学園では少しばかり体調を崩しやすい令嬢としてるが、お前の前だけでは重病人の様に振舞っていたのだろう?話は聞いている。お前にも再三、弟が注意しているぞ。しかし、お前はアンネを使って。従妹思いの伯爵令息、そんな自分に多少の理不尽であっても慮るカサンドラに優越感を持って接するためにアンネを見舞った。そこを、アンネに付け込まれたのだ。それに、ザームエルにもな」


「は?」


ニクラウスが硬直している間に、オルロープ伯爵とザウアーラント伯爵との間で婚約解消の書類にサインがされた。これで、こちらが受理されればニクラウスとカサンドラの婚約解消は決定される。


また、執事が扉を開けて身なりのいい事務官が入室した。ザウアーラント伯爵が、書類を丁寧にその男に渡し、よろしくお願いいたします。と伝える。数時間後には婚約が解消となる手続きが完了するだろう。


「アンネに付け込まれたとはなんですか!?」


「ニクラウス。まだ家族以外がいる!」


「何を言ってるんですか!僕とカサンドラの婚約が解消されるのにそのまま見送れと?」


「「あぁ。そうだ」」


ニクラウスの悲痛な声も届かず、未成年である彼らの婚約は両家の両親が手続きをしたので問題無く渡され、事務官は退室した。これで、婚約の解消は確定と言っても良い。


「まずは、お前がアンネに付け込まれた話からするか」


そこからの侯爵の説明は、淡々としていた。アンネマリーは学園で少しだけ体調の崩しやすい令嬢として塩梅を保っていた。同情を集めるが、卑下の対象にはならない匙加減で。そこまでは、社交界で生き抜くための侯爵令嬢の手管として成立しただろう。しかしその上、自身を支えてくれる見目麗しい1つ年上の幼馴染が毎週末見舞いに来てくれる話を自慢する。


嘘は全く言っていない。外聞の問題としてカサンドラが同行しているにもかかわらず。婚約者を玄関ホールで待たせて自身の見舞いをしてくれる男の話を・・・。さも、自身は遠慮したようにでも愛されて困っているというように。


周囲の人間は、侯爵令嬢に慮ってアンネ様は愛されているのですねと周りは誉めそやす。それは侯爵令嬢に対する周りの政治的配慮であるが、それを享受することの快感にアンネマリーは溺れていた。


しかし、その様な相手がいる令嬢には婚約打診の釣り書きも段々と届かなくなる。それは、ただ彼女が愛されていると言うだけではなく。アンネマリーは婚約者のいる未婚の男性を寝室に招き入れていることも容易に気がつくことが出来るからだったが当のアンネマリーは気がついていなかったし、それでもいいかと思っていた。


しかし、釣り書きの減りに気がついた侯爵は学校の状況を調べアンネマリーを注意するが、当の本人は何も嘘の話をしていないと両親の話を頑なに聞かない。そこには、自分に甘く容姿もいい従兄の婚約を無くさせて自分自身へと切り替えればいいと言う打算があった。


「それから、ザームエルだ」


侯爵はさらにザームエルの話をした。ニクラウスがアンネマリーの見舞いにと同行させて放置されるカサンドラをたまたま見つけたザームエルはカサンドラの博識さと心根の優しさにいつしか心を寄せるようになっていた。


あの日たまたま会えた日までは、侯爵夫妻、ザームエルが留守の際だけ体調を崩していたアンネマリーの動向をザームエルは知らなかった。あの日は、植物園にアルノルトと向かっている際に雨が降り引き返して帰って来たうえに、昼食にも近づく時間に使用人たちもカサンドラの昼食をどうしたらいいのかとザームエルに相談したのでカサンドラが待たされている事を知った。


もしも、ザームエルが1人であれば遠慮したであろうカサンドラも、将来の義弟で頻繁に交流のあるアルノルトと一緒にという事で気が緩んでおり3人で楽しい時間を過ごした。


ただただ婚約者を待つだけの時間を他の事で有意義に過ごせる提案は、回を重ねる毎に待ち時間の長くなって来て次期伯爵夫人として夫になる人へ寄り添う気持ちの心を寂しさと退屈が蝕んできたころだった。


そうして、ザームエルは侯爵令嬢であったザウアーラント伯爵夫人の教育を素直に受け勤勉であり、商才もある性格の良い令嬢を自らが手に入れる算段を立てるようになった。


「というわけだ、オルロープ伯爵。うちの嫡男が心を寄せている。カサンドラ嬢とオルロープ伯爵家さえ良ければいかがだろうか。妻や、ザウアーラント伯爵夫人からの太鼓判もあるので力量としては侯爵夫人に申し分ない。身分も今は伯爵令嬢だ。これからは、警戒心をこちら側で教えて行くくらいかと思われる」


侯爵からカサンドラの気持ちも伺われ、微笑むオルロープ伯爵は娘に目を向けて発言を促す。


「ザームエル様が、年齢を気になさらないのであれば・・・私の方が三つは上にございます」


「なんと!その様な些末なことは気になりません!貴方の為に飛び級試験を受けますので、貴方の卒業後1年には婚姻を結びたいと考えております!」


カサンドラの返事に、ザームエルが自身の気持ちとこれからについて熱弁する。オルロープ伯爵もこれを見て満足気に頷き侯爵へ返事をする。


「娘からも伺っております。ありがたくお受けいたします」


ニクラウスは、話の内容と早さについて行くことが出来ず、ずっと席を立ち口をパクパクと開け閉めして顔を青くしている。ついには、カサンドラとザームエルの婚約が調う段階で声を荒らげる。


「ザーム!なんということだ!従兄の婚約者をかすめ取るなどと!なんと不誠実な!カサンドラもだ!私という者がありながら侯爵嫡男に色目を使うとはなんということだ!」


悲鳴のような声で、ニクラウスは言い募るが、ザームエルは冷めた目でニクラウスを睨みつけるとニコッと表情を整えて言い返す。


「ニクラウス兄上。私は取っておりません。不遇の対応をされているご令嬢に心を寄せてしまったのは確かに事実ですが、その様な方をお守りしたいと思うのは普通ではありませんか?私は、あらゆる場所への連絡と根回しを行っただけです。無理矢理、カサンドラ嬢を懐柔したわけではございません。今、思いを伝え答えて頂いただけですし、貴方が、他の女性と会って婚約者を放置しなければこのような事にはなりません」


カサンドラも追従して自身の気持ちをニクラウスに理路整然と述べる。


「ザウアーラント伯爵子息様。私の婚約は父であるオルロープ伯爵が決定いたします。貴方様との婚約も貴方様の意向を父が汲んで成立したものでございます。私は貴方様に寄り添う心つもりでございましたが、貴方様からは私に寄り添っていただく事はかないませんでした。私の不徳の致すところではございます。それを、父が良しとは致しませんでした。しかし今回は、私を楽しませようと努力して下さる殿方が私との結婚を望んでくださった。ただ、それだけでございます」


ニクラウスは、既に虫の息で青い顔をしつつ着席したが話はそれでは終わらなかった。侯爵が続ける。


「そこでだ、アンネマリーに騙されているのも不憫ではあるが、其方の行動のせいでアンネマリーも増長し、このような状態になった。我が侯爵家とは言え寝室に男性を呼び寄せる娘には、今後良き縁談は無いだろう。このまま放置して政敵や低位貴族にいい様に利用されても困る。ニクラウス、お前が娶りなさい」


ニクラウスはカサンドラを愛していた。しかし、伯爵夫人教育が進むにつれて愛らしかった子爵令嬢の愛嬌は鳴りを潜め伯爵夫人に相応しい淑女の顔になった。しかし、少しの嫉妬が垣間見れるアンネマリーの見舞いの後にのぞかせる顔を愛おしいと思っていた。それを止めることが出来なかった。彼女の心が離れていくことに気がつかないほど執拗に繰り返した。


愛するカサンドラとの仲を割き、先ほどそれが全て仮病であるとしらされたアンネマリーとの婚姻である。アンネマリーは自分に甘く相応しい容姿の従兄に嫁ぎ伯爵夫人になるので少し格が下がるが高位貴族の範囲であると喜色に頬を染める。


そこで、今までほとんど兄である侯爵に発言を譲ってきたザウアーラント伯爵が口を開く。


「更にだ、ニクラウスは我が家の持っている男爵位を与え領地の一部の代官になってもらう。次期当主は次男のアルノルトに移行する」


「畏まりました。精進致します」


「は?」


「え?」


ザウアーラント伯爵の発言に、アルノルトが了承の意を述べるとニクラウスとアンネマリーの脳にもゆっくりと確実に届いたようで声を漏らす。その続きの話はやはり侯爵が続く。


「このような自身の欲を優先して、他者の思惑に踊らされる人間がこのケンプフェル侯爵を支える寄子の筆頭伯爵では困る。自分のしたことがどの様な波紋を巻き起こすかわからない娘が伯爵夫人になるのは我が家からの娘であるからこそ更にこちらとしては困るのだ」


「其方ら二人には、再来年。アンネマリーの卒業と共に婚姻し領地へ行ってもらう」


「そっそんな!私が男爵夫人なんてありえませんわ!社交界での笑いものではありませんか!後妻でも、年齢が離れていてもかまいません!侯爵以上の方をお見つけ下さいませ!」


「姉上は知らないのですか?」


「え?」


「現在、同派閥で侯爵以上の未婚の男性は僕しかおりません。皆さま既婚者です」


「えっ!?」


「だから、お前を他派閥にとられ利用されてはかなわんと言っているではないか!情で動けばこちらが謗りを受け、切り捨てれば非難されるのだ。誰が、この様に身持ちの悪い令嬢を優遇する家があるというのか・・・・」


弟に、事実を突きつけられ父親に頭が痛いと(かぶり)を振られる。アンネマリーは、青ざめた顔で先ほどの自身の発言を思い出しながらずっとアンネマリーに優しかった従兄の顔を縋るように見つめるが、その顔は、言葉に言い表せないほどの嫌悪の表情であった。

最後まで読んで頂きありがとうございます!


今回も、主人公はなんだかのほほんとしてしましました。

何でだろう。でも、彼女は彼女なりの伯爵夫人としての外聞と矜持を持っています。

侯爵家はみなさん程よく腹黒いです。しかし、アンネマリーだけが幼少期の勉強の遅れに加え情緒教育の遅れと社会での貴族の立ち位置。自分が行った事への波紋を甘く見ておりました。

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貴族関係の特盛セットのようなお話をありがとうございました。 次作の肥やしにして頂ければ幸いですが、西欧と東洋には貴族制に大きな違いがあり、複数の貴族位をもつ場合、功績に報いる場合には陞爵ではなく、高位…
すみません。 さらっと名前は出てくるが、関係性のよくわからない個人名が頻出して、海川の頭では、系譜図を書いても(なろう読んでて初めて書いた)、誰が誰か、そしてどの家のどういう立場かが、すらっと理解でき…
ザ・貴族って感じですなぁ ニクラウスが哀れっちゃー哀れですが、散々忠告されてたみたいなので仕方ない仕方ない カサンドラがアッサリしすぎてて、子供達のなかでは実のところ一番貴族らしいのは彼女だったかもし…
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