(6) 偽装の日常
あの日から、快斗とラディスラス・ヴァレンタインの奇妙な関係が始まった。
快斗はパンのかけらを口に放り込みながら、偽装とはいえ一時の変わらぬ日を心から喜んでいた。
そして、今でも頭に妬き付いて離れない、あの地獄の夜から一夜明けた次の日の出来事を回想していた。
あの日の昼頃、血清を注射した快斗は、周囲に怪しまれることのないように、一旦学校に戻ることにした。
学校の前には数台のパトカーが停車し、なんとも言えない緊迫した雰囲気が漂っていた。
まさか、教会の火事に自分が巻き込まれたと騒ぎになっていたとも知らずに・・・。
「これ一体どうしたの? なんかあった?」
暗い面持ちで校舎の入り口に座り込んでいた仲間に背後から声をかけると、仲間はまるで幽霊でも見たかのように間抜けな顔で快斗を見つめたのだった。
「快斗・・・! お前生きて・・・」
テッドががしりと強く快斗の手首を握った。
「え?」
「え、じゃないよ!! あんた今までどこ行ってたのよ!? 昨日からあんたが戻らないから、あの教会の火事にでも巻き込まれたんじゃないかって、皆パニックになってたんだよ!?」
ヴェラが唾を飛ばしながら言った。その目は僅かに潤んでいる。
「そ、それマジ・・・? ごめん、ちょっと色々あって・・・」
えらいことになったと初めて気がついた快斗は、申し訳ない気持ちでしゅんと頭を下げた。実際、一度は死んだも同然の身なのだから・・・。
「色々ってなんだよ!? 一体何があったっていうんだよ!?」
テッドがほとんど怒鳴りつけるような気迫で快斗に詰め寄った。
けれど、まさかヴァンパイアに襲われて死にかけてましたなんて説明ができる筈も無く、快斗は黙り込んだままちらりと遠くのラディスラス達三人に視線を泳がせる。
(!!)
あれだけ離れているにも関わらず、ラディスラスは確かに快斗をじっと見つめていた。それは、明らかに”余計なことを言うんじゃない”という脅迫を込めた視線だ。
緊張による心臓の高鳴りを抑えようと、快斗は顔を引き攣らせながら仲間に視線を戻す。
「おいカイト! 俺らがどれだけ心配したのかわかってんのか!? ちゃんと説明しろって!」
快斗は心を決めた。彼らを巻き込む訳にはいかない。
「・・・実は、昨晩持病の発作が出てさ、気分が悪くなって教会の近くまで行ったところまでは覚えているんだけど、どうやらその後気を失ったらしくって、はっきりと覚えてないんだ」
嘘は慣れていない。けれど、決してここで彼らに嘘だと勘付かれてはいけなかった。じっと彼らの目を見て話すことができず、快斗はすっと視線を地面に落とした。心の中ではひどく動揺しているのに、口だけは別の人のものようにやけに淡々と嘘を吐き続けていく。
「持病!? お前今までそんなこと一度だって言わなかったぜ!? 一体なんつう病気なん・・・」
そうテッドが返す言葉の最中に、ぐいと快斗の身体が引き寄せられ、次の瞬間には柔らかく温かい腕に抱きしめられていた。
「カイト・・・! 無事で良かった・・・!」
快斗は訳がわからず頭が真っ白になっていた。
「ジェニー・・・??」
黙ったままぎゅっと抱きしめてくるジェニーの肩は小さく揺れていた。
「泣いてるのか?」
「良かった・・・。もしカイトが死んでたらって思ったら、私・・・!」
そのまま口を噤んでしまった彼女の背を、優しく擦ってやった。
できるなら、このまま仲間達に何も知らないまま平穏な日々を送って欲しいと心から願って・・・。
それから数日が経ち、快斗は今のように以前と変わらぬ日常を送り、いつもと変わることなくパンを頬張っていた。
ただ、大きく変わってしまったことが一つ。
定期的に血清を打たなければならないということ・・・。そして、あの日からラディスラス・ヴァレンタイン達と妙な関係が始まってしまったということ・・・。
「ね、カイト、何ぼんやりしてんの!?」
ヴェラが相も変わらず大きなサンドイッチを片手に快斗に言った。
「へ? なんの話してたっけ」
ぼんやりして何か考えていることの多くなった快斗に、仲間はよく首傾げていた。以前は何かに思い悩むなんてことはこの純情青年にはまずなかったせいだ。
「だからさ、また来たよってば。あの人達」
ふと視線を上げると、人の良さそうな笑みを浮かべたブロンドの好青年と、猫のように大きく可憐な目で微笑む少女がこちらへ向かって歩いてくるところだった。
「やあカイト。調子はどうだい?」
すらりとした完璧は容姿のレイモンドは、同じ学校に通う者とは到底思えない程大人びていて、そしてそれは学校中の女の子の視線を釘付けにしていた。
「まあね、悪くは無いかな」
そしてその隣には、彼に引けを取らないケイティーの姿が。密かに生息しているケイティーファンが、大っぴらに活動をしないにはこのレイモンドという存在が抑止力となっていると言って過言ではない。
「それは良かったわ。よければ、一緒にランチしない?」
彼らが快斗に声をかけるのは、そろそろ血清の効果の切れる時間が近付いている、という忠告を込めての意だ。
それは快斗にもよくわかってはいるのだが、以前は全くと言っていい程関わり合いの無かった別世界の三人に頻繁に呼び出されるのを見て、仲間が訝し気な目を向けていることが気になって仕方が無いのだ。
ましてや、その後の気まずいことはこの上無い。
「いいよ、カイト。行ってくれば? 僕たちはもうすぐ食べ終わるとこだし」
ネイサンがちらっと完璧な二人を一瞥し、何食わぬ顔で快斗に言った。
その反面、明らかにジェニーの機嫌が悪くなり、ぶすっとした顔で食べ終えたパンの包みをくしゃっと丸める姿が目に入った。
「そ、ごめんなさいね。少しカイトを借りてくわね」
誰もを虜にするだろう笑みに、テッドが顔を赤くしてこくこくと頷く。
快斗に拒否権は一切無く、仕方無く食べかけのパンを包み直して席を立った。
レイモンドとケイティー、そしてカイトが行ってしまったあとジェニーが「あーあ」と不機嫌な声を漏らした。
「一体カイトってばどうしちゃったの? 今まで彼らと話したこともなかったのに、あの事件の日以来あんなに親しくしちゃって」
「でれでれすんなよ、バカっ」
ケイティーの横顔をにやにやしながら見つめるテッドを、ヴェラがパシリと頭を叩いた。テッドはちぇっと口を尖らせて椅子に座りなおす。
皆ジェニーの不機嫌に気をつかっていた。彼らがやってきて快斗を連れ出す度、ジェニーの不機嫌がひどくなるせいだ。
「確かに、妙だな・・・。あの日から突然彼らと関わり合いをもつようになったって話も」
ネイサンが小首を傾げる。
「あいつ、持病だとかなんとか抜かしてたけど、実はケイティー・マクレーンとあの晩何かあったんじゃねぇ?」
テッドが頭の上で腕組みし、つまらなさそうに言う。
「まさか、あの純情ボーイが? まず無いでしょ」
ヴェラがジェニーの顔色が変わったのを見て、慌ててフォローを入れる。
「まあ・・・、ケイティー・マクレーンとどうにかなったって話はなかったとしても、あの晩に彼らと何かしらのやり取りがあったことに間違いはなさそうだ」
ネイサンが眼鏡をくいと持ち上げながらそう付け足した。
「やり取りってどんな?」
ジェニーが不機嫌な声で質問する。
「さあ、そこまでは情報が不足していて推測できないけれど、見た感じ弱みでも握られているとか、そんな感じだろうか・・・」
ぎゅっと唇を噛むと、ジェニーが遠くなる快斗の後ろ姿をじっと見つめて言った。
「だとしたら、カイトはどうして私達に話さないんだろう?」
「何か言えない事情でもあるんじゃない? ね、ジェニー、あの子が言いたくなるまで気長に待とう?」
ヴェラは気付いていた。ジェニーが快斗に抱く特別な感情を・・・。
「それからさ、妙なことを耳にしたんだけれど・・・、あの教会の焼け跡から、とんでもないものが見つかったらしいよ」
ネイサンは小声で囁いた。あまり大きな声では言えない内容のものらしい。
三人は姿勢を低くしてネイサンの話に耳を傾ける。
「本当かどうかはわからないけど、殆ど炭化した人間の身体の一部らしきものが出てきたって。親父さんが警察署に勤めてる後輩が言ってるのをちらっと聞いたんだ・・・」
三人は眉を顰めた。
「じゃあ、あれはただの火事じゃないってこと・・・?」
「さあね、そこまでは僕にも・・・」
肩を竦めると、ネイサンが声の大きさを元に戻した。
「でもさ、なんか匂うと思わない?」
くんくんと周囲の匂いを嗅ぐと、テッドが「何も匂わねぇけど?」と馬鹿な発言をする。
「違うよ、馬鹿。怪しくないかって意味だよ」
またしてもパシリとヴェラに頭を叩かれて、テッドがまた唇を尖らせる。
「ここからは、僕の個人的な想像でしかないけれど、その火事と快斗に何らかの関係があるんじゃないかと思えて仕方無いんだ。そして、ラディスラス・ヴァレンタイン、ケイティー・マクレーン、そしてレイモンド・ウォレスの三人にも・・・」
はっとしてジェニー、ヴェラ、テッドの三人は互いにこくりと言葉を飲み込んだ。
人気の無いあのトイレの扉を開けると、ラディスラスがしれっとした顔で腕組みして待ち構えていた。
「ラディ、血清はもう打った?」
ケイティーが洒落た茶色い皮のバッグから注射器とあの血清の入った小瓶を取り出すと、慣れた手つきで準備を始めた。ラディスラスが小さく頷いた。
ここでこうして快斗が血清の入った注射を打つのはこれで四回目になる。限られた量の血清を打つのは、学校にいる間だけのみ。モーテルに戻ってからは四人とも血清無しでなんとか耐え忍んでいた。ケイティーとレイモンドも、事件前の血清の効果はすでに切れていたのだ。
「やっぱりカイトは俺達より血清の効果は約二倍の十二時間もっているね」
レイモンドが興味深げにそう言った。
快斗がその意味を知ったのはつい昨日のことであった。
あの悪夢の日、自分の意思に関わらず、ラディスラスの”血約”によりナノマシンの交じった血液を体内に流し込まれた快斗は、彼らと同様、驚異的なパワーと回復力を持ったヴァンパイアへと変貌を遂げてしまった。そのことに強い怒りと落胆を覚えた快斗だったが、自分がヴァンパイアとしては未完成な存在だということをレイモンドの口から聞いたのだった。
「君の身体には確かにナノマシンが存在し、俺達の仲間になったことは間違いない。けれど、君の場合は少し特殊で、俺達種族の間では”ハーフ”とそう呼ばれてる」
そう彼は説明した。
ハーフと完全体とのはっきりとした違いは、あるナノマシンが体内に存在するかしないかということだった。この世界のことを何一つ知らない快斗に、少しでもわかりやすく解説する為、彼はナノマシンを蟻に例えた。
「女王蟻が卵を産み、働き蟻達がひたすら餌を運ぶように、ナノマシンも体内でほぼ同じ働きをしている。クイーンナノは脳の一番深い所に潜み、そこで体内に必要な数のナノマシンを作ったり、修理したりしている。俺やケイティー、ラディの体内では常にそのサイクルが行われているけれど、君の体内にはクイーンナノは存在しない。それに加えて、ラディスラスの体内から得た分だけのナノマシンしか君は体内に持っていないことになる。その分俺達よりも治癒力は劣るし、パワーも半減する」
クイーンナノが存在しないことから、新たにナノマシンが体内で生み出されることが無いとは言え、クイーンナノが存在しないせいでごく稀にナノマシンがバグを起こすことがあるという恐ろしい話も。快斗は聞かされていた。そのバグがどういった症状として現れるかは、レイモンドはあまり教えたくはなさそうだった。快斗自身、あまり聞きたくない思いもあったし、ラディスラスの代わりに説明責任を果たそうとする彼を、あまり困らせたくはなかったので、問い質すようなことはしないでおいたのだ。
ともあれ、ナノマシンはとても精巧且つ頑丈なもので、滅多に壊れたりすることがないというのが、せめてもの心の救いであった。
「ラディ、どうしたの? 難しい顔をして」
さっきから一言も発しないラディスラスの異変に勘付き、ケイティーが自らの腕に血清を打ちながら訊ねた。ラディスラスが難しい顔をしているのは、いつものことじゃないかと、快斗は心の中でそう思った。
「もうここには長居できないだろう」
じっと何かを考え込んでいるかのように、洗面台の上に腰掛け、ラディスラスは濃く長いブラウンの睫毛を落とした。どこからどう見て彼が何世紀もの間生きてきたとは思えない程、彼の姿は若く美しい。けれど、その整った横顔がどこかしらひどく大人びて見えた。
「・・・何かあったの?」
長居できないとは事件の後もよく話してはいたが、今のラディスラスの話し方だと、すぐにでもどこか別のところへ行かなければならないようにも聞こえた。
「貴族院の指示を待つんじゃなかった? 父さんもその方がいいって話していたよね」
急な話に、レイモンドが慌ててラディスラスに聞き返す。限られた血清しか持たない今、下手に動くと逆に命とりになり兼ねないと、グレンヴィルに忠告されていたのだ。
「さっき、匂いがした・・・」
「何の?」
ケイティーがそう言った直後、はっとして眉を顰めた。
「・・・ヴァンパイアの?」
じっと見つめ返してきた深い焦げ茶の瞳が、それを肯定していた。
「血清の効果が切れる直前、ある男と擦れ違った。そのとき、僅かだが同種の匂いがした・・・」
ラディスラスの話すことが状況的にかなりまずいことを指していた。
これもレイモンドが話していたことなのだが、ヴァンパイアの感覚はナノマシンの働きにより、全てにおいて研ぎ澄まされており、嗅覚もその例外ではない。人間ではとても嗅ぎ分けることのできないような匂いも、彼らは逸早く嗅ぎ分ける。血清の切れ掛かった状態のラディスラスがその男の匂いを感じ取ったという話も、あながちおかしくはないという訳だ。
「ある男って?」
打ち終えて空になった注射器をケースに収めながら、レイモンドは言った。
「見ない顔だ。スーツを見につけていた・・・。歳格好は四十前後・・・。どういう訳か奴は僕に気付いてはいなかったようだが・・・」
ケースの蓋をぱちりと閉じ、レイモンドは何やら考えているかのように手の動きを止めた。
「しかし妙だな・・・。その男が何者なのかは知らないが、奴が同種ならラディの匂いに気付かない筈はないのに・・・」
「ひょっとして、教会の男達を探しに来たのかしら・・・??」
不安そうな表情を浮かべ、ケイティーはラディスラスを見つめる。
「そこまではわからない・・・。けれど、奴が僕らの味方だとは考えにくいだろう・・・」
どうやら、すぐそこまで新たな危険因子が密かに歩み寄ってきているようだった。
「いつ発つ? 今晩?」
ケイティーのその言葉に、快斗ははっとして顔を上げる。
偽の日常であれ、彼はさっきまで仲間達と何事も無い過ごしていたのだ。
「何にせよ、早い方がいいだろう。幸いにも奴にはまだ僕達の存在は気付かれてはいない。気付かれる前になるべく遠くへ移動するのが得策だろう」
気付いたときには、快斗は壁を拳で叩きつけていた。
「ふざけんな。なんだよそれ」
三人は驚いたように快斗を見つめる。いや、ラディスラスだけは変わらぬ表情で快斗に静かな視線を向けている。
「俺は行かない」
快斗は吐き気がする程の感情の高ぶりを感じた。それは強い怒り。これ以上ラディスラスに自分の人生を好き勝手に左右されるなんてまっぴらだと。
「お前の意思は聞いていない」
「知るか! 行くんなら勝手にどこへでも行きゃいいだろ!? 俺にはここでの暮らしがあって、友達もいる! それに家族を裏切るような真似なんかできるか!」
今にもラディスラスに掴み掛かろうとしている快斗の腕を、レイモンドがさり気無く掴む。
「まあまあ、快斗落ち着いて。何も、ここから永久に離れるなんて話してないだろ? しばらくして落ち着いたら、また戻ってくればいい」
なるたけ柔らかい口調でレイモンドが宥めるが、それを無に帰すような言い方でラディスラスが言葉を連ねる。
「ああ。数十年もすればの話だがな」
ふんっと笑いを漏らすと、ラディスラスは整った唇の端を意地悪く吊り上げた。
「なに!?」
「ちょっと、ラディ! いい加減にして!」
見兼ねたケイティーがとうとうラディスラスを叱った。
面白くなさそうにぷいとそっぽを向くラディスラスに、快斗は叫んだ。
「兎に角、俺は行かない!!」
「忠告しておくが、血清無しで人間と過ごすことは不可能だ。そして血清無しで奴から身を隠すこともな」
普段は感情を露わにしないラディスラスが、いつも以上に声を荒げている。
「へえ、そうかよ。俺が奴に見つかれば、自分の存在も嗅ぎ付けられるんじゃないかって心配してんのかよ?」
じっと目を細め、ラディスラスは自分よりも小柄な快斗を見下ろした。その口は閉じられたまま。
「はっ、図星って訳だ。心配しなくても、俺はあんたらのことは話さない」
心底軽蔑したように、快斗は頭をがしがしと掻き、情けない笑みを漏らした。心のどこかで、ラディスラスが自分を生かしたのは何か理由があったんじゃないかと期待していた部分もあったのかもしれない。けれど、今、その僅かな期待さえも木っ端微塵に砕け散ってしまっていた。
(結局、こいつは自分が良ければそれでいいって奴だったっつうことか・・・)
以前からもうわかっていた筈のことだったが、それでもまだ快斗の心の穴は、また一一回り大きく広がってしまったような気がした。
ケイティーが何か言おうとしたが、レイモンドが彼女の肩に手を置き首を横に振った。今は何も言うなという合図だ。
悲しい目をして、ケイティーが頷く。
「・・・ね、ラディ。相手は一人なんだし、まだこっちに気付いてないんでしょ? このまま上手に血清を使っていけば、その人がわたし達に気付かないままここを立ち去るってことも考えられない?」
レイモンドがそれを後押しするかのように付け加えた。
「確かに、教会の二人がどこの一族の出身なのかを俺達も知っておく必要がある。父さんが言っていたように、禁忌を破りナノマシン製造をどこかの一族が行っているとなると、見逃すことはできないよ」
ケイティーは言った。
「危なくなればすぐにここを発てばいい。もう少しその男の動きを探ってみましょう?」
二人の言うことは正しかった。けれど、それには快斗の気持ちを汲み取ってやって欲しいという願いも強く表れていた。
「・・・勝手にしろ」
不機嫌に三人に背を向けると、ラディスラスはトイレを出て行ってしまった。
「二人とも・・・、ありがと・・・」
心優しい二人の若きヴァンパイアに、快斗はひどく感謝した。
中途半端な存在になってしまった快斗は、どうやら一人ぽっちにはなってはいなかったようだ。少なくともここにいる二人は、彼の味方のようだ。
けれど、ケイティーはひどく心を痛めていた。快斗はどうやらラディスラスに憎しみに近い感情を抱いていることに気付いていたからだ。けれど同時に、ラディスラスがどうしてもただの気まぐれで快斗に自らの血を与え助けたとは思えなかった。あれ程感情を剥き出しにして声を荒げるラデイスラスの姿など、これまで一度も見たことは無い。
そんなケイティーの心配を余所に、新たな事件が刻々と快斗に忍び寄ってきていた。
そして、 ラディスラスの言うその男が、後に臨時でやってきた数学の教師だということがわかるのは、もう少し後のことになる・・・。