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(3) ヴァレンタイン一族の事情

 

 血清の効果ですっかり鼻の効かなくなっているケイティーにも、その辺りに充満する血の匂いははっきりと感じ取れていた。

 異変を感じ、大急ぎで戻ってきた自分達の隠れ家は、あまりに悲惨な状態へと変貌していた。


「・・・嘘でしょっ・・・!」

 ケイティーの可憐な姿には不似合いな野兎のぐったりした亡骸を、ぼとりと手から滑らせた。それは、血清の効果が切れ始めたラディスラスの食生活が変化し始めたのを知ったケイティーが、彼の今夜の食卓用に取り敢えず獲得してきた獲物だった。

 雨足はまだ治まりそうにもなく、深夜の空は灰色ずしりと曇ったままだ。

 打ち付ける雨は、破壊された教会の屋根に容赦なく叩きつけている。


「ラディッ!!」

 飛び込んだ古びた教会内。

 ますます鉄臭い血の匂いがきつくなったその空間の傾いた十字架すぐ下で、ラディスラスがぼろぼろになってしまった衣服で俯いたまま屈み込んでいた。

(まさか、奴らにここの居場所を知られた・・・!?)

 が、周囲にバラバラに切断された何者かの身体の各部位を認め、取り敢えずは今ここでの脅威は去ったとケイティーは判断に至った。

 しかし、当のラディスラスは蹲ったまま一向に立ち上がる気配は無い。

「ラディ・・・?」

 ケイティーは、彼がどこか具合が悪いのではないかと心配になり、慌てて駆けつける。


「ラディ・・・、一体ここで何があったの・・・?」

 彼の足元に横たわった見覚えのある青年は、あの日本からの留学生、大見快斗だったのだ。

 東洋出身の彼の顔はいつになく青ざめ、ぴくりとも動かない。腹部の出血の量から、それが致死量だということもケイティーには理解できた。どう見ても、ここで彼が何らかのいざこざに巻き込まれたとしか考えられない。

 けれど、そんな彼の腹部のえぐられた傷が、みるみる塞がってゆくのを、ケイティーは見逃さなかった。

 何も答えないラディスラス。それでもケイティーは、彼がやったであろう事をある程度解釈できたのだった。


「・・・貴族院できつく制限されてた筈でしょ」

 溜息をつき、ケイティーはラディスラスのすぐ隣に腰を下ろした。

「こうでもしなければ、死んでいた」

「ええ、そうでしょうね。でも、これじゃ、死んだも同じじゃない。寧ろ、死んでいた方が彼にとっては幸せだったかも」

 じっとケイティーの目を見つめ、ラディスラスはそのまま黙り込んでしまう。

「けど・・・、あなたは彼を必要としたのね?」

 ラディスラスの手は血に塗れ、黙ったままその手の滑りを、ぺろりと舐めとってしまった様子から、その血が彼本人のものでは無く、快斗のものだったということが解された。

「僕がこんな無能そうな奴を? ケイティー、君はとうとう頭がおかしくなったか?・・・が、まあ血の味は悪くは無い」

 ケイティーははあと大きく溜息をつくと、そんなラディスラスの横顔にちらりと視線をやった。

「何言ってるの、ラディってば。ほんと素直じゃないんだから・・・。あなたが自分の血を分け与えるなんて、余程のことじゃない」

 そう溢したケイティーの声のすぐ下で、快斗に異変が起こりだした。真っ青になって死んだように動かなかった青年の身体が、ごほごほと苦しそうに咳き込み始めたのだ。 

 ケイティーが心配そうに快斗の顔を覗き込む。

「かはっ、ごほごほっ・・・」

 しばらく呼吸をしていなかったかのように、突然気管に酸素が流れ入ってきた感覚に驚き、快斗涙で滲む視界をうっすら開いた。それはまるで、子どもの頃にプールで溺れた後に水面に浮上したときの感覚にひどく似通っていた。

「よかった、生きてたみたい」

「さっき、君は確か死んでいた方がこいつにとって良かったと言わなかったか?」

 何食わぬ顔で快斗を見下ろしながらラディスラスが棘を飛ばした。

「・・・兎に角、このままじゃどう考えても不味いわ。彼を別の場所へ移しましょう。それと、ここの後始末も・・・」








 

 身体がひどく重く、手足がまるで石臼にでも縛りつけられているような感覚に、快斗はかろうじて目蓋を開いた。

 薄暗く埃っぽい木づくりの天井に、ぼんやりと黄色い裸電球が一つぶら下っていた。

(ここは・・・? 俺は死んだ・・・??)

 快斗は、先程の信じられないような惨状が目に焼きついていた。赤い目の男達に殺されかけ、逃げ込んだ古い教会。とても人間では考えられないような速さで移動を繰り返す二人の男達。光る鋭い牙。

(あいつら、一体何者だったんだ・・・? ってか、あいつらはあの後どうなった・・・??)

 ふと、あの時確かに教会内で見たクラスメイト、ラディスラス・ヴァレンタインのことが記憶に蘇ってきた。もともと、トイレで会ったときから何か隠しているとは感じていた快斗だったが、教会で見た彼の動きは、あまりに人間離れしすぎたものだったのだ。

(あいつ、何なんだ!?)

 パチリと大きく瞬きした瞬間、「あっ」という可愛らしい声が近くから降ってきた。

 飛び跳ねそうになったが、生憎快斗の身体は石臼に縛りつけられている程重く、びくとも動きはしなかった。

「ラディ、カイトが目を覚ましたわ!!」

 聞き覚えのあるその声は、間違いなくあのリディストン校のマドンナ的存在、ケイティー・マクレーンのものだったのだ。

 快斗はなぜ彼女が近くにいるのかと混乱したと同時に、ましてや、自分が今一体どこにいるのかという疑問が浮かび上がってきた。心配そうな表情を浮かべながら、ケイティーが快斗を近くから覗き込んでいた。

 何か口に出そうと試みるが、僅かに唇が震えた低程度に終わり、快斗の声が発されることはなかった。

「大丈夫よ、ここは安全だから」

 快斗の気持ちを解したのか、ケイティーが彼を安心させる為に笑みを浮かべて、彼の肩に優しく触れた。

「今はじっとして。あなた、血が足りないの」

 死んだ筈の自分がどうして生きているのか。腹部に致命的な怪我を負っていたのは確かだったというのに・・・。


 状況が飲み込めず、唯一動かすことのできる目をゆっくりと動かし、埃っぽい部屋の中に視線を走らせる。狭いであろう部屋に置いてる一脚の丸椅子に、何食わぬ顔で腕組みしながら腰掛けるラディスラスの姿が見えた。

(!!!)

 驚きで目を丸くする快斗の様子に、ケイティーが全てを悟ったかのように、小さく溜息を溢した。

「ラディ、さあ説明して。あなたはわたしとカイトに状況を説明する義務があると思わない?」

 椅子に腰掛けたままのラディスラスの眼は、あの襲い掛かってきた二人と同様赤い色味を帯びている。

 それに気付いたとき、快斗は何やら嫌な予感がした。


「そもそも、原因をつくったのはお前なんだ、カイト・オオミ。お前があの教会へ逃げ込んで来たせいで、あいつらに僕の存在を知られた」

 ケイティーが猫のような大きな目を、僅かに細めた。

「それってつまり・・・」

「あいつら二人がどこの一族の出身かまではわからないが、一族に僕の存在を伝えられる前に息の根を止める必要があった」

 快斗は未だ全く話の流れの掴めないまま、時折光るラディスラスの紅い目をどぎまぎしながら見つめるしかなかった。

「で、あの二人を葬ったって訳か。良かった、まだ外部にはわたし達がここに隠れてるってことは洩れて無いのね」

 そう言ったケイティーの安堵の表情とは裏腹に、ラディスラスの表情は固い。

「雨が止んだら、教会全部にガソリンを撒いて燃やし、証拠を全て隠滅しなければならない。あの二人の残骸は、取り敢えずは穴を掘って埋めてある・・・が・・・。二人が戻らないことを知れば、仲間が探しにやって来るのは時間の問題だろう」

「そうね・・・。もうここには長居できないって訳か・・・」

 下を向いて考え込んでしまったケイティーに、快斗は視線を移した。

(一族・・・? ラディスラス・ヴァレンタインの存在・・・? 証拠を隠滅・・・??)

 とんでもなく危険なものに、自分が巻き込まれてしまったのではないか、と、快斗は動かない身体で必死にラディスラスの話を理解しようと試みる。

「・・・で、カイトのことは?」

 言いにくそうに、ケイティーがラディスラスに訊ねた。

 少しの沈黙の後、ラディスラスが静かに声を発した。


「カイト・オオミ、よく聞いておけ。

お前はあのとき、二人のうちの一人の死に損ないの攻撃を受け、死にかけていた。あのまま放置しておくこともできたが、お前に僕は選択の余地を与えてやった。主従の血約を結ぶかどうかと。お前はイエスと答えた。だから僕はお前を生かす為に僕の血を分け与えた。たったそれだけのことだ」


 快斗の背に、何かぞくりとしたものが走ったような気がした。

 確かに、あれ程の怪我をしたにも関わらず、痛みは全くと言っていい程無かった。

(主従の血約・・・? 一体どういうことだよ・・・??)

 本当なら、声に出して今すぐにラディスラスに問い質したいところだったが、生憎今の快斗は少しも声を出すことはできない。

「今から話すことを落ち着いて聞いてね、カイト。ラディ、今の説明じゃカイトは何一つ理解できないと思うわ」

 説明の足りなさを指摘すると、今度はケイティーがカイトに向き直って話始めた。

「まず初めに、わたし達一族の話をしなければならないわね・・・。わたし達一族は、簡単に言うと、移民。あなたたち人間が原住民だとすれば、その昔にこの地球にやってきた移民なの・・・」



 



 今から何世紀も昔、人類がまだそれ程発展していなかった時代のこと。とある森の中に、一つの宇宙船が不時着した。


「ここはどこだ・・・!?」

 煙の充満する船の中から、次々に乗っていた者達が降りてきた。

「生き残ったのは、たったこれだけか・・・?」

 一人の男が、呻くようにそう自問した。もともと数百人は乗っていた筈の船だったが、ここに自分の足で降りたったのは、たったの七人のみ。その中には、まだ幼い小さな少年さえ交じっていた。

「よかった、この子は無事だったか」

 ひどく弱ってはいたが、中の優しそうな一人の男がほっとしたように子どもの頭を撫でた。

 長い金の髪を束ねた歳若い男だ。人間でいえば、まだ二十代後半程。この男の名は、グレンヴィル・ウォレス。ウォレス家の嫡男であった。

「当然じゃ。この子だけは絶対に失う訳にはいかぬのじゃ。我種族の貴重な純血統の子なのじゃ」

 少年を守るように立つのは、この中では最年長の翁。ブルータス・ラザフォード。ラザフォード家の一番の古株である。

「おい、カーティス。君、自分の食糧を削ってこの子を命掛けで守ったろ? 見直したよ」

 グレンヴィルがぽんと肩を叩いたのは、利口でいかにも真面目そうな男、カーティス・マクレーンだった。こちらはマクレーン家の三男。生き残ったのはどうやら三人兄弟のうち彼のみらしい。

「お兄ちゃん、ありがとう」

 幼い少年が、カーティスに駆け寄り、ぎゅっとその足に抱きついた。彼なりの感謝の意だった。

「いいんだよ、君のお父さんに、わたし達は君を守ると約束したんだ」

 カーティスが、優しく少年の黒に近い髪を撫でた。

 この少年の名は、ラディスラス・ヴァレンタイン。もっとも正当な血筋の一族の一つである、ヴァレンタイン家に生まれた、純血の子どもである。実質、この子の父親が一番種族の頂点に近い地位にあったのは誰もが知る事実であった。

「我らの王が滅びたとなれば、この子がそれを受け継ぐことになる・・・という訳か・・・」

 グレンヴィルがそう呟いた直後、低い声が響く。

「それは聞き捨てならぬな」

 漆黒の髪に、不機嫌な細い目をグレンヴィルに向ける男。この男は、シーヴァー・ブラックバーン。ブラックバーン家の跡継ぎとしての権利を獲得したばかりのシーヴァーだったが、それより以前に実父の突然死や、長男の失踪等、彼の周囲には常に妙なものが付き纏っている。少なくとも、グレンヴィル、カーティス、ブルータスは厄介な男が生き残ったものだと心の中で感じていた。

「血統で言うならば、我ブラックバーン家の血も純血。その子どもに引けを取らぬのではないか?」

 彼の言うように、確かにブラックバーン家の血筋は貴重な純血統の一族ではあった。が、彼の祖父にあたる人物が、大罪を起こしたことにより、実質この一族の者は政権の一切を剥奪されていたのだ。

「しかし、君には・・・」

 そうグレンヴィルが口を挟もうとしたとき、

「そうよ。わたくしたちの種族は、住む星を失くしたのよ。滅びたも同然の政権に、もうなんの権限もありはしないわ。これからは強い者が長となり統治する権利を得る。そうすべきじゃないかしら?」

 強い口調で割り入ってきたのは、ドロシア・セヴァリー。生き残った中で唯一の女性であり、セヴァリー家の一人娘であった。

「こんなときだからこそ、同じ種族同士力を合わせていかなければならないんじゃないか? 見てみろ、生き残ったのは、このたった七人だけだぞ」

 ふんっと鼻で笑う声がして、木の根に腰掛けて白けた様子でしばらくのやり取りを観察していただろう男を、その場の皆が振り返った。

「力を合わせるだって? 笑わせんじゃねぇぜ」

 血気盛んな年頃であろうこの青年の名は、ジーグフリード・ドラクレア。ドラクレア家の中でも、この青年は要注意人物で、一族並びに他の家からもどうしようもない不良と疎まれていた存在だった。

 けっと唾を吐き捨てると、ジーグリードは口元を歪ませて立ち上がった。

「馬鹿みてぇな馴れ合いは御免だぜ。俺は俺の好きなようにさせて貰う。幸い、ここでは食糧には困らねぇみてぇだしな」

 そう言ってその場を立ち去ろうとするジーグフリードに、最年長のブルータスが長く伸びた白い髭を震わせ、嗜めた。

「待ちなさい、ジーグフリード! 勝手な真似は許さんぞ! ここはまだ未知の星じゃ、我々の存在がここの生物系にどのような影響を及ぼすかもわからぬのに!」

「うっせぇんだよ、クソジジイが。次に俺にむかっ腹立つこと口出ししてみろ、その弛んだ皺だらけの皮を引ん剥いてやるから」

 そう吐き捨て、鋭い眼光を飛ばしながらジーグフリードは暗い森の奥へと消えた。


「・・・ただの頭のイカれた馬鹿だと思っていたが、あの小僧もなかなかまともなことを言うではないか」

 シーヴァーが面白そうにそう呟いた。

「何だと!?」

 グレンヴィルがシーヴァーを睨みつける。

「わたしも彼と同意見だ。わたしはわたしで好きにさせていただくことにする。君達はせいぜい、その坊やを脅威から守ってやるといいだろう」

 グレンヴィルが彼を止めるよりも前に、シーヴァーも同じく森の奥へと姿を消してしまった。

「なんという・・・」

 ブルータスが嘆く瞬間、もう一人が追い討ちをかけた。

「わたくしも、シーヴァー・ブラックバーンに続かせて貰うわ。もう長いこと食事をしてないわ。喉の渇きも限界なのよ。それに、今からこの星がわたくしたちの新しい住処なの。何もかも、一からやり直しよ。わたくしはわたくしで、きっと自らの力でのし上がってみせるわ!」

 気の強い笑みを浮かべ、ドロシアもその場をあとにした。


「大丈夫、わたし達は絶対に君を裏切ったりはしません。きっと君を一族の王にしてみせますよ」

 不安そうに、三人の同志が消えた森の奥を見つめる幼いラディスラス少年の額に、カーティスは小さくキスを落とす。

「そうだ、俺は純血統の生き残りである君を主君に選んだ。この命尽きるまで、ヴァレンタイン家に仕えると俺も誓うよ」

 グレンヴィルがラディスラス少年の前に跪き、今度はその手の甲に口付けた。

「頼もしいぞ、若造どもよ。この老いぼれブルータス・ラザフォード、力の限りお前達に手を貸そうではないか」








「こうして、わたし達の種族はこの地球という血に降り立ったの」

 ケイティーの途轍もなく壮大で、到底信じられないような話に、快斗は戸惑ったように彼女を見返した。

(何世紀も前・・・? でも、今この話にラディスラス・ヴァレンタインの名が登場しなかったか!?)

「付け足しておくと、わたしはカーティス・マクレーンの娘で、レイモンドはグレンヴィル・ウォレスの息子ってことになるんだけど、この話はまた今度ゆっくり話すわね」

 今、快斗の頭はひどく混乱していた。

 目の前にいる憧れの人は、つまりは人間では無いということになり、そしてそこにいるラディスラス・ヴァレンタインでさえ、年齢に換算すると恐ろしいことになるということだった。


「僕らの身体とお前達人間の身体の基本構造はほぼ同じだが、決定的に違うものがある。血液だ」

 ラディスラスが助け舟を出した。

「僕達一族の寿命は極めて長く、そしてその治癒力は人間とは比べ物にならない。それは、血中に含まれるナノマシンのせいだ」

 ”ナノマシン”とう聞き覚えのある言葉に、快斗がぱちぱちと瞬きを繰り返す。

(ナノ・・・マシン・・・? あの某SFドラマなんかに出てくるあれか!?)

 その反応に応えるように、ラディスラスは続けた。

「我ヴァンスハイアー人は多種族に比べ出生率が著しく低く、そのせいで種族の絶滅を防ぐ為に一人の寿命を長く保つことを必要としていた。そこで、生まれてすぐにナノマシンを血液中に注入することで、あらゆる病気や怪我からその身体の主を救うことに成功した」

 ナノマシンはあまりに完璧だった。ナノマシンはやがて自ら進化を始め、血中の成分を新たな材料とみなし、増殖。もともとは老化していく筈の細胞でさえ、新しく作り変えることまで可能にしていったのだった。

 やがて、ヴァンスハイアー人は、自然の摂理から外れた異端な存在に変わってしまった。永久不滅の存在となってしまったのだ。

 ところが、いくら不滅の存在である彼らであっても、食糧難には手も足も出なかった。彼らの主食は、主に血液。ナノマシンの注入により、食事情もすっかり変貌してしまったのだ。

 その食糧難を受けて、その後ナノマシンの製造は禁止されることが決まったのだが、そのことが原因し惑星内部でナノマシンと食糧となる血を巡って激しい争いが勃発していったのだ。

 ヴァンスハイアー王たる者は殺され、力と財力のある者だけが星を逃げ出した。それがあの宇宙船である。

 

 船内では餓死者が続出。定期的に一定の血液を接種しなければ、血中のナノマシンが自己の血液をもエネルギーとして消費しつくしてゆく。言うなれば、干からびて死んでしまうという訳だ。そうした過酷な中で、生き残ったのが、例の七人だった。


「簡単に言えば、お前の傷口から僕の血液を流し込んだ。正確に言えば、”ナノマシン”を流し込んだということだ」

 ラディスラスの恐ろしい告白に、快斗は思わず叫び出したかった。

「昔、ある人間が、ヴァンスハイアー人の名に因んで、私たちをヴァンパイアと呼んだ。それがきっかけで、わたし達は人間達の間でそう広く呼ばれるようになったの」

 ”ヴァンパイア”それは、早く寝ない子どもを怖がらせる為に誰かが創り上げた想像上の生き物の筈だった。人はそれをときに吸血鬼とも呼ぶ。

(・・・俺は化け物になったのか!? 一体なんてことしてくれた!!!!)

・・・と。

 怒りで震える快斗の目に、怒りの涙が滲む。

 ケイティーがひどく悲しそうに快斗の肩を静かに擦った。

「あなたが怒るのは無理も無いわ。でも、わかって、ああしなきゃあなたは死んでた。ラディはカイトを助けたかったのよ」

 そんなケイティーの慰めも耳に入らない程、快斗は泣きたい気持ちでいっぱいになっていた。


 今、自分の体内では、ラディスラスから流し込まれたナノマシンが這いずり回り、自らの血液を貪り食っていることを思うと、吐き気がした。けれど、なぜかひどい渇きも快斗は確かに感じていた。


(あのままなぜ死なせなかった・・・! あのまま死んでいれば、苦しまずに逝けたのに・・・! どうして俺を化け物になんか・・・!!)

 もう二度と元の生活には戻れない、快斗はそう確信した。

「さっきも話したが、お前は確かに僕と血約を結んだ。僕のしもべになると、そう言ったろ。何をそんなに悲しむ必要などある?」

 しれっとしたラディスラスの態度に、全く覚えのないその”血約”。もしも今自由に身体が動かせたなら、きっと快斗はラディスラスに殴りかかっていたに違いない。


(どうして俺を助けたりなんかした!? 俺はこんな形で生き残りたくなんて無かったのに!!

どうしてなんだよ!!??)

 



 俺は、ふと数日前にリディストン校のトイレでラディスラス・ヴァレンタインと会ったときのことを思い出した。

(ああ・・・、くそっ、なんであの時・・・)

 あの時に腹痛を起こしてなどいなければ・・・。そしてあのトイレになど駆け込まなければ・・・。

ラディスラス・ヴァレンタインになど、声を掛けていなければ・・・。もしもあの時に彼の異変に気付いていなければあるいは・・・、と。今となってはどうすることもできない考えを繰り返すことしかできないでいた。

 

 けれど、全ては、なるべくしてなった結果なのかもしれない・・・。




 

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