第28話「残された課題」
大規模接種が始まってから、世界は目に見えて変わりつつあった。
メインモニターを埋め尽くしていたどす黒い赤は、今や穏やかな若草色へと塗り替えられている。
分刻みで「消失」の悲鳴を伝えていた通信回線も、現在はワクチンの配送状況や回復を祝う報告が流れるばかりだ。
街の景色もまた、凍りついた静寂を脱していた。人々はもう、空を見上げて「雪」に怯えることはない。公園では子供たちの甲高い笑い声が響き、駅の改札では再会を喜ぶ人々が言葉を交わす。
「六花結晶」の揺らぎは、人類の英知によって設計された「二層構造」の防壁によって、かつてないほどの安定域に収まっていた。
洋子は研究室の窓から外を眺める。
青い空。
白い雲。
時折舞う雪。
でも、その雪はもう恐怖ではない。
人々は普通に歩いている。
傘も差さず、雪を避けようともせず。
それは、数ヶ月前には考えられなかった光景だった。
消失現象は、確かに抑え込まれたのだ。
研究棟のモニターに映るグラフは、ここ数ヶ月間、一度として乱れることなく、久しく見たことがないほど穏やかな水平線を描いていた。
洋子は、そのグラフを見つめた。
美しい水平線。
安定。平穏。
それは、勝利の証だった。
でも――。
だが、その平穏な静寂の下には、誰もが気づきながらあえて口にすることを避けている"もうひとつの影"が、どろりとした澱みのように潜んでいた。
ワクチンが間に合わなかった人々――既に消失してしまった人々という巨大な空白。
彼らの抱える問題だけは、事態が沈静化に向かえば向かうほど、救済の光が届かない深い裂け目となって浮き彫りになっていた。
洋子は、その問題から目を背けていた。
いや、背けていたわけではない。
ただ、どうすることもできないと思っていた。
消失した人は、もう取り戻せない。
誰の記憶にも残っていない。
物理的には存在しているかもしれないが、社会的には消えてしまった。
それは、どうしようもないことだと。
でも、本当にそうなのか。
本当に、何もできないのか。
その問いが、洋子の心の奥底で、くすぶり続けていた。
研究室では、若手研究員たちが明るく話している。
「昨日、久しぶりに映画を見に行きましたよ」
「私も、家族で外食しました」
「街が、本当に戻ってきましたね」
彼らの声は、喜びに満ちている。
日常が戻ってきたことへの、純粋な喜び。
洋子も、それを喜んでいる。
でも、同時に、心の隅に引っかかるものがあった。
全員が救われたわけではない。
まだ、苦しんでいる人がいる。
見えない人がいる。
午後、国際オンライン会議室のモニターには世界中の拠点から集まった研究者たちの顔が並んでいた。
そこには改良版ワクチンの成功を称え合うような華やかな空気は一切なかった。流れているのは重く、粘り気のある冷酷な沈黙。
洋子は、その沈黙の意味を理解していた。
今日の会議は、成功を祝うものではない。残された問題を、直視するためのものだ。
浩が、洋子の隣に座った。
彼も、緊張した表情をしている。
村上は、腕を組んで画面を見つめている。
岸本は、タブレット端末を握りしめている。
誰もが、これから何が語られるのかを知っている。
そして、それが重いものであることも。
画面の中央には南米の拠点から送られてきた一人の男性のライブ映像が映し出されている。
洋子はその映像を見た瞬間、息を呑む。
彼はそこに「いる」。白いシャツを着て、椅子に深く腰掛け、規則正しく胸を上下させて呼吸をしている。時折、瞬きをし、焦点の定まらない視線をゆっくりとカメラのレンズに向ける。
普通の男性だ。
中年の、少し疲れた顔をした男性。
でも、その目には、何かが欠けている。
生気、というべきか。
希望、というべきか。
何か、大切なものが失われている。
だが――。
だが――。オンラインで繋がっている数十名の専門家、その背後にいる数万人の観測者の中で、彼を見て「この人は私の知っている誰かだ」と言える者は一人として存在しなかった。
洋子は胸が締め付けられるのを感じる。
誰も、彼を知らない。
誰も、彼を覚えていない。
彼は、そこにいるのに、誰にも認識されていない。
それは、どれほど孤独なことだろう。
「……これが『消失後』の完全な状態です」
南米拠点の若き研究員の声はかすかに震える。
「彼は、私たちが把握している限り、かつてサンパウロ市内の大学で教鞭を執っていた数学者でした。ですが今、彼を認識できる人間はこの地球上に存在しません。彼の家族も、親友も、かつての教え子たちも……彼に関するすべての記憶を失いました。彼は物理的に存在しながら、社会的には"最初からいなかった者"へと変貌してしまったのです」
洋子は、その説明を聞きながら、想像した。
大学で教鞭を執っていた数学者。
きっと、多くの学生を教えていたのだろう。
家族もいた。友人もいた。
でも今は、誰も彼を覚えていない。
家族ですら、彼の顔を見ても、誰なのか分からない。
教え子たちも、彼のことを完全に忘れている。
それは、どれほど辛いことだろう。
洋子は、唇を噛み締めながらモニターを見つめていた。
映像の中の男性は、まるで透明な壁の向こう側に閉じ込められているように見えた。
「彼は今、どんな状態なの?」
洋子が問いかけると、画面の向こうの研究員は、さらに表情を曇らせた。
「それが、この現象の最も残酷な点です。……彼は、自分自身の記憶をすべて保っています。自分が誰であり、どのような人生を歩み、誰を愛していたか。それをすべて鮮明に覚えている。……だからこそ、彼は叫んでいるのです。『なぜ誰も自分を見てくれないのか』『なぜ世界が自分を拒絶するのか』と。彼は、どこにいても、何をしていても、自分だけが世界という物語から切り離され、透明なゴーストになったと感じています」
洋子は、胸が痛んだ。
自分は覚えている。
でも、誰も自分を覚えていない。
それは、狂気に陥るほどの孤独だろう。
家族の前に立っても、見てもらえない。
友人に話しかけても、誰だか分かってもらえない。
自分の存在を証明する術が、何もない。
浩が、低い声で言った。
「社会的死……」
肉体は存命していながら、他者の脳内にある「その人の存在を定義する六花結晶」が完全に溶け去った結果、誰からも認識されず、誰の記憶にも留まることができない。
物理的な死よりも孤独で、過酷な刑罰のようにも思えた。
村上が、眼鏡を外して目を覆った。
岸本は、じっと画面を見つめている。
誰もが、その残酷さに言葉を失っていた。
「記憶結晶の欠落によって……社会的に"認識されない人間"が形成されてしまい、それが固定化されてしまっているのね」
洋子の呟きは、重い鉛のように会議室の床に落ちた。
岸本が、手元のタブレットで詳細な観測データを解析し、メインスクリーンに共有する。
画面には、結晶構造の図が表示される。
それは、洋子たちが見慣れた六花結晶とは、明らかに違っていた。
「はい。映像の男性、および同様の症例を持つ人々の六花結晶をスキャンした結果です。……見てください。彼らの結晶は、中心部がひどく薄く、空洞化しています。……まるで、存在という建物の、最も重要な大黒柱だけが引き抜かれてしまったかのような構造です」
洋子は、その図を凝視した。
中心核が、ない。
いや、完全にないわけではない。
でも、極端に薄くなっている。
まるで、消しゴムで消された鉛筆の線のように。
かすかに痕跡は残っているが、もう読み取れない。
「再形成は? ワクチンによる再結合は試したのか」
村上が、祈るような、あるいは縋り付くような声で問う。
だが、南米の研究員は静かに首を振った。
「あらゆる手段を試みました。高濃度のVer.3.0を投与し、外部から特定の周波数で磁気刺激を与え、結合力の波を流し込みました。……ですが、彼の六花結晶の中心は、もはや何に対しても"反応しない"のです。……消失現象の影響を受けた段階で、周囲の情報を繋ぎ止めるための『核』そのものが壊死している可能性があります」
反応しない中心核。
それは、器はあるが、中身を入れるための底が抜けている状態を意味していた。
どれほど記憶を注ぎ込もうとしても、どれほど周囲の人々に「この人を思い出して」と懇願したとしても、その情報を定着させるための磁場が、彼の脳内からは完全に失われていた。
洋子は、拳を握りしめた。
爪が掌に食い込む。
でも、その痛みすら、今は感じない。
ただ、無力感だけが、胸を満たしていた。
あらゆる手段を試した。
でも、ダメだった。
反応しない。
壊死している。
その言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
「手遅れ……ということなの?」
洋子の問いに答える者は、誰もいなかった。
沈黙。
重く、冷たい沈黙。
それが、答えだった。
モニターの中の男性は、何かに怯えるように、あるいは何かを諦めたように、ゆっくりと視線を落とした。
その姿が、洋子の心に深く刻まれた。
諦めた目。
希望を失った目。
世界から切り離された人の、絶望の目。
世界がどれほど明るさを取り戻し、人々が笑顔で再会を祝っていたとしても、その光の輪から弾き飛ばされた人々が、まだこの世界には無数に存在している。
そして今、科学はその限界という壁に、再び突き当たろうとしていた。
洋子は、窓の外を見た。
青い空。
笑う子供たち。
歩く人々。
平和な光景。
でも、その光景の裏側に、見えない人々がいる。
誰にも認識されない人々が。
透明なゴーストとして、さまよっている人々が。
その事実が、洋子の心を重くした。
会議室を支配する静寂は、まるで真空のように重く、人々の呼吸さえも躊躇わせるものだった。
モニターに映る「忘れられた男」の姿は、人類が手にした勝利がいかに限定的なものであったかを突きつけていた。
洋子は、その男性をじっと見つめていた。
彼は、まだそこにいる。
椅子に座って、カメラを見ている。
でも、誰にも認識されていない。
誰の記憶にも残っていない。
それは、どれほど孤独なことだろう。
洋子は、想像しようとした。
もし自分が、誰にも覚えてもらえなかったら。
浩が、自分のことを忘れてしまったら。
家族が、友人が、すべての人が、自分を知らないと言ったら。
その恐怖は、想像するだけで息が詰まりそうになる。
「彼は……昨日、かつて自分が住んでいた家を訪ねたそうです」
南米の研究員が、沈痛な面持ちで報告を続ける。
「かつての妻は彼を『道に迷った見知らぬ人』として扱い、親切に警察への道を教えたと言います。彼は自分の名前を名乗り、二人の間にしか知り得ない思い出を語りました。ですが、彼女の脳内の六花結晶には、彼を受け入れるための『受容体』がもう存在しない。彼の言葉は、まるで何もない空間を通り抜ける風のように、彼女の心に何の波紋も起こさなかったのです」
洋子はその光景を想像して胸が締め付けられるような痛みを感じる。
自分が愛する人の前に立ち、その目を見つめながら、相手の瞳の中に「自分」という存在の投影が欠片も残っていないことを知る。
物理的な暴力よりも遥かに深く、魂を切り裂く絶望に違いない。
彼は、何を語っただろう。
結婚式の日のこと。
初めてのデート。
子供が生まれた日。
一緒に過ごした何十年もの日々。
それらすべてを、彼は覚えている。
でも、妻は何も覚えていない。
ただの見知らぬ人として、彼を見た。
そして、親切に警察への道を教えた。
その親切さが、逆に彼の心を深く傷つけただろう。
村上が、小さく呻いた。
浩は、拳を握りしめている。
岸本は、目を伏せている。
誰もが、その残酷さに、言葉を失っていた。
「……六花結晶の『核』が反応しないというのは、つまり外部からの情報を繋ぎ止めるための磁場が消失しているということですね」
岸本が冷徹なまでに客観的な分析を口にする。だが、その声はわずかに震えている。
「通常の記憶は、他者との情報のやり取りによって補強され、安定します。ですが、彼らの場合、周囲の人々の脳内にある『彼に関するデータ』が完全に白紙化されている。彼がどれほど自分を発信しても、受け手側にはそれを格納する場所がない。そして彼自身の結晶もまた、その拒絶反応によってさらに脆くなっていく……という負の連鎖が起きています」
岸本は、図を表示した。
二つの結晶が、向かい合っている。
一方は、鮮明な形を持っている。
もう一方は、ぼやけて薄い。
そして、その間には、何の繋がりもない。
情報が流れない。
共鳴が起きない。
ただ、空虚な空間があるだけ。
「科学の限界か」
村上が、投げやりな口調で呟いた。
「我々が作ったワクチンは、あくまで『今あるものを守る』ためのものだ。……消えてしまったものを、無から作り直す機能など、最初から設計には入っていない」
その言葉が、会議室に重く響いた。
消えてしまったものは、戻らない。
それが、科学の限界。
洋子は、その言葉を受け入れたくなかった。
でも、事実は事実だ。
Ver.3.0は、記憶を守ることはできる。
でも、失われた記憶を取り戻すことはできない。
それは、最初から設計に入っていなかった。
浩は、じっとモニターの数値を睨み続けていた。
その目には、何かが宿っている。
諦めではない。
何か、別のもの。
「……いや、無ではないはずだ」
その言葉に全員の視線が彼に集まる。
浩は立ち上がり、ホワイトボードに一つの円を描く。
「他者の記憶から消えても、彼自身の脳内にはまだ『自分』という確固たる結晶が残っている。ならば、その結晶が発している固有の周波数を増幅し、周囲の人々の脳内にある『空白』に、強制的に再写像することはできないか?」
洋子は、その提案を聞いて、息を呑んだ。
浩は、諦めていなかった。
まだ、方法を探していた。
他者の記憶から消えても、本人は覚えている。
その本人の結晶を使って、周囲の人々の脳に、再び記憶を植え付ける。
それは、理論上は可能かもしれない。
でも――。
「浩くん、それは……」
洋子は目を見開く。
「……他人の脳を、外部から書き換えるということ?」
「倫理的には、極めてグレーな領域だ」
浩は苦渋の表情を浮かべながらも、言葉を続ける。
「だが、そうしなければ、彼らは一生『透明な人間』のまま、生ける屍として過ごすことになる。……世界が春を迎え、人々が喜びの中で暮らす傍らで、彼らだけが永遠の冬に取り残されるんだぞ。そんな不公平を、俺たちは許していいのか?」
その言葉には、強い怒りがあった。
不公平への怒り。
救えなかった人々への、責任感。
浩は、彼らを見捨てたくないのだ。
議論は紛糾した。
「他者の記憶を操作するのは、人間性の冒涜だ」という倫理的な批判。
「物理的に破壊された中心核を再生させるのは、死者を蘇らせるのと同じくらい不可能だ」という技術的な絶望。
会議に参加する世界各国の科学者たちの間でも、意見は真っ二つに割れていた。
画面の向こうで、激しい議論が交わされている。
アメリカの研究者が、倫理の問題を指摘する。
ドイツの科学者が、技術的な困難を述べる。
中国の代表が、実現可能性を疑問視する。
誰もが、それぞれの立場から、異なる意見を述べている。
洋子は、その議論を聞きながら、考えていた。
確かに、倫理的な問題はある。
他人の脳を書き換えるというのは、恐ろしいことだ。
でも、このままでいいのか。
消失した人々を、見捨てていいのか。
だが、その激しい応酬の最中、洋子の頭の中に一つの光景が浮かんでいた。
それは、雪に飲まれる直前、長谷川教授が自分に託した、あの未完成のメモの一節だった。
教授の文字。
少し震えた、でも力強い文字。
そこに書かれていた言葉。
『記憶とは、個人の所有物ではない。……それは、人と人の間に流れる、絶え間ない対話そのものなのだ』
洋子は、その言葉を何度も反芻していた。
記憶は、個人の所有物ではない。
人と人の間に流れる、対話。
そうだ。
記憶は、一人で作るものじゃない。
誰かとの関わりの中で、生まれるもの。
そして、その関わりが断たれた時、記憶も消える。
なら、その関わりを、もう一度結び直せばいい。
洋子はマイクを手に取り、静かに、しかし決然と言った。
「……私たちは、これまで『守ること』に必死でした。雪から記憶を奪われないように、必死に盾を作ってきた。……でも、本当に必要なのは、盾ではなく『橋』だったのかもしれない」
画面の向こうの科学者たちが、一斉に黙り込む。
洋子の言葉が、会議室を静かにした。
誰もが、洋子の次の言葉を待っている。
「彼ら自身の結晶が反応しないのは、彼らが『独り』だからです。……記憶の再構築は、本人の努力だけではできない。……周囲の人々が、もう一度彼らを『受け入れる』ための、積極的な共鳴が必要なんです。ワクチンを投与すべきなのは、消失した本人だけじゃない。その周囲にいる、彼を忘れてしまった人々の方なのよ」
洋子の提案は、革新的で、かつ恐ろしいほど困難なものだった。
忘れてしまった人々の脳内にある「空白」を特定し、そこに本人の持つ結晶データを同期させ、再び「縁」を結び直す。
それは、もはや単なる医療や科学の範疇を超えた、人間関係の再構築そのものをプログラミングするような作業だ。
浩が、洋子を見た。
その目には、驚きと、そして理解があった。
村上が、ホワイトボードを見つめている。
岸本が、キーボードに手を置いた。
誰もが、洋子の提案の意味を理解し始めている。
「……狂気だな」
村上が、呆れたように笑った。
「だが、これ以上の狂気はこの数ヶ月、散々見てきた。……今更、一つ増えたところで驚きはせんよ」
彼の笑いには諦めではなく、覚悟があった。
確かに、狂気かもしれない。
でも、やるしかない。
それが、村上の答えだった。
岸本も、キーボードに指を戻した。
「社会的消失者に対する『再認識・プロトコル』。……未知の領域ですが、データの海からその手がかりを探す価値はあります」
彼女の指が、画面上で動き始める。
データベースの検索。
過去の研究論文。
関連する技術。
すべてを、探し始める。
浩は、洋子の隣に立ち、力強く頷いた。
「……行こう、洋子。……世界から色が消えるのを止めるのがこれまでの戦いだったなら、これからは、消えてしまった色を一つずつ、丁寧に塗り直していく作業だ」
洋子は、浩を見上げた。
彼の目には、決意がある。
強い、揺るぎない決意。
洋子も、頷いた。
「うん。……やろう」
二人の間に、無言の約束が交わされた。
これまでも、一緒に戦ってきた。
これからも、一緒に戦う。
どんなに困難でも。
どんなに長い道のりでも。
会議の最後、モニターに映る「忘れられた男」は、依然として虚空を見つめていた。
彼が再び誰かの名前を呼び、その相手が笑顔で振り返る日は、まだ遠いかもしれない。
でも、その日は必ず来る。
洋子は、そう信じていた。
だが、研究室の明かりは、この日を境にまた新しい意味を持って灯り始めた。
消失を防ぐための明かりではなく、消失した人々を取り戻すための明かり。
それは、より困難で、より長い戦いの始まりを告げる明かりだった。
世界は救われた。だが一人残らず救われるまでは、本当の終わりではない。
洋子と浩はモニターに映る「空白」のデータを見つめながら、次なる、おそらくは最も長く孤独な旅路へと再び歩み出す決意を固めていた。
洋子は、窓の外を見た。
夕暮れの空。
オレンジ色に染まる雲。
そして、まだ舞い続ける雪。
雪は、まだそこにある。
でも、人々はもう恐れていない。
そして今度は、消失した人々も、恐れなくていい日が来る。
きっと。
洋子は、その未来を信じて、再び前を向いた。




