01. 私たちのこと
登場人物・関係性まとめ
■山岸光紀(57)――主人公
自動車部品メーカー「ミヨダ」係長。年収600万円。出世コースからは外れ、マイペース。
165cm 中肉中背、学生時代は旅行研究会。
性格:穏やか、愛妻家、家庭優先型。
夫婦関係は円満だが セックスレス12年 & ED気味。
趣味:映画、ウォーキング、スポーツ観戦。
車は妻と軽自動車を共有。
夫婦間の呼び方は「カアサン」「トウサン」。
■山岸幸美(54)――主人公の妻
クリーニング店のレジパート、年収70万。
明るいがやや人見知り。真面目・負けず嫌い・芯が強い。
ファッションは控えめで実用的。黒髪ボブ、薄化粧。
可愛い系の笑顔が魅力。身長155cm、体型は標準。
学生時代は読書部、ガーデニングと料理が趣味。
スカート・ストッキングは長年履かない生活派。
夫を「トウサン」と呼ぶ家庭的なタイプ。
年齢より若く見られるのが密かな自慢。
■ 子ども
長男:直樹(27)
長女:美優(25)
二人とも県外で就職し家を出ている。
■ 住環境・生活
郊外のニュータウン一戸建て。小さな庭と駐車場1台。
住宅ローン残り3年。リフォームの課題あり。
非常に平和で「シニア夫婦の落ち着いた日常」。
■鈴木俊之(57)――主人公の同期 & 親友
「ミヨダインターナショナル」副社長。推定年収1000万円。
主人公とは同期で唯一無二の大親友。
性格:明るい、ユーモア、天真爛漫・無邪気、人情味あふれる。
誰からも信頼されるタイプ。
身長172cm、最近小太り。アウディの高級クーペ。
趣味:山歩き、史跡巡り、グルメ。
学生時代はラグビー部。
服装は昔無頓着 → 今は役職に合わせた上品コーデ。
5年前に愛妻香澄を亡くし、ずっと引きずっている。
子供なし、ベイエリア高級タワマンで一人暮らし。
主人公夫妻とも面識あり(葬儀にも参列)。
■ 主人公 × 鈴木の関係
仕事を離れれば完全に対等、信頼しあう「ベストフレンド」。
3ヶ月に1回は飲みや温泉に行く深い仲。
妻の幸美も鈴木のことはよく知っている。
今から約3年前から約2年前までのおおよそ一年間で、当時 私の歪んだ欲が、
取り返しのつかない事態を招いてしまった話を振り返りながら投稿したいと思います。
ただし実話として全部を再現しようにも、どうしても不明な部分や
見えていない部分はあります。
そこは私の推測と後日当人から聞いた内容を、若干アレンジをしながら
書いていきますので理解をしてください。
現在の私(もちろん仮名ですが山岸光紀)は還暦を迎えた会社員です。
定年延長になって引退はもう少し先になりましたが、仕事に取り組む意欲は
日々減退しているのが本音のところです。
2年前に当時の妻(幸美)とは「円満」離婚をして、今はひとりで暮らしています。
今では何とか不自由もありませんが、年のせいもあって、時々、一人でいることが
寂しく感じることがあります。
幸い、自炊が苦にならないこと、ウォーキングや温泉巡りが趣味であることで
健康的には暮らせています。
そして県外にいる2人の子供(息子30歳、娘28歳)が交互に帰ってくれます。
彼らにとっては実家に戻ることになるのですが……
それでも私を気にかけてくれているのがわかりますし、
父親としてはとても嬉しいことです。
また元妻も、そんな子供たちを通じて、私のことを気にしてくれている、とのことです。
前置きが長くなりました。
話は今から3年前、コロナもほぼ収束、世間は日常を取り戻し、
夜の街にも賑わいが戻ってきた、残暑が厳しい8月の下旬からスタートします。
当時、私は57歳で自動車部品メーカーの係長で年収約600万円。
すでに出世コースからは大きく外れ、マイペースで仕事をしていました。
私の身長は166㎝ 中肉中背 大きな病気も経験がなく、
自分で言うのも変ですが、愛妻家を自負しており、これまで一度たりとも
浮気はしたことがなかったのです。
ただし、風俗遊びはデリヘルの経験はありますが、
それもハマってしまうまで ではありませんでした。
そんな愛妻家の私ですが、密かに妻のスリップ姿、
(30年くらい前の、若いころのイメージ)が好きです、
しかし なかなかその姿にお目にかかれず残念な思いをしていました。
その当時から5年前、後述の私の親友の奥様の葬儀に参列した時に着ていた
ワンピースの喪服から透けた黒いスリップを見たのが直近になっていました。
また当時、妻とのセックスレスはすでに10年以上になっていましたが、
一番大きな試練として、私はこの頃になって急にED気味となり、
一気に男としての自信を無くしてしまっていました。
当時の私はとても落ち込んでいたのです。
そんな私が、会社の同期で唯一無二の大親友、鈴木俊之(当時57)と、
ある金曜の夜に居酒屋で酒を飲み交わしていたところから話が始まります。
鈴木は先ほども少し触れたのですが、5年前に奥さん(香澄さん)を、
心肺系の突然死で亡くされてから、以後、半年くらいは精神的にかなり不安定に
なってしまったのです。
会社の特別な配慮もあり、彼はスイスの子会社に財務責任者の補佐役として
出向をしました。
彼はもともと仕事のできる男であり、環境が変わって心機一転が功を奏したのか、
出向先での活躍はめざましく、収益の大幅な改善を成し遂げました。
そして4年間の海外出向を終えて、今度は日本の関連子会社の副社長として
帰国をしたのでした。
鈴木が海外に赴任中は一度も帰国をすることはなかったため、
私との飲食交流も実に4年ぶりとなっていたことから、
居酒屋では積もる話が山ほど交わされ、懐かしみもあって、
とても楽しいひと時を過ごしていたのでした。




