岸澪―1
前話までと一転して、岸澪視点の話になります。
そんなことを、村山愛が考えていること等、岸澪は考えもしていなかった。
岸澪にしてみれば、それこそ自分の人生は想うようにならないことが、続き過ぎていた。
岸澪は考えた。
本当に、私が覚えている限り、今の人生は3度めになるが、最初の人生は想うようにならなかった。
私の最初の人生、岸忠子としての人生だが、皮肉極まりないことに、それこそ夫の野村雄との新婚生活の最初の10日間が幸せの絶頂だった。
それから後は、右肩下がりの人生を、私は歩むことになった。
夫が戦死して、万が一のとき、戦死した際に開くように言われていた遺言状を開いたら、夫には故郷の会津に、事実上婚約した女性、篠田りつがいて、自分と結婚するのを伝えたら、私を抱いてから別れろ、と迫られてしまい、抱いてしまった。
もし、この頃に産まれていたら、自分の子だと考えるから、認知したい。
更にせめてもの償いとして、彼女と子どもに対して、形見、遺産分けをして欲しい、と夫の遺言状に書いてあったのだ。
(少しメタい裏事情を説明すると。
野村雄と篠田りつは、幼馴染で将来を誓い合った仲でしたが、正式に結納等を交わし、婚約していた訳ではありません。
とはいえ、故郷では二人は婚約している、と周りの多くが見ていました。
しかし、野村雄が海軍兵学校に入って、更に海兵隊士官になろうとする前後、篠田りつの兄は相場に失敗し、多額の借金を背負ったのです。
そうしたことから、戸主でもある野村雄の父は、篠田りつとの結婚に反対するようになり、更に野村雄に対して、篠田りつが浮気して複数の男と肉体関係を持っていると吹き込んで、篠田りつとは別れて、岸忠子と結婚するように命じたのです。
そして、父の言葉に従って、野村雄は篠田りつに対し、結婚できないと伝えたのですが。
それでは収まらなかったのが、篠田りつです。
兄の借金は事実でしたが、自分は野村雄と結婚できる日を夢見て、ずっと想い続けていたのに、複数の男と肉体関係を持っている、と父から聞いたので別れたい、と野村雄から告げられては。
私は潔白で処女だ、真実か否か、私を抱いてみろ、と篠田りつは野村雄に啖呵を切る事態となり、その剣幕から、野村雄は篠田りつを抱いた後で別れる事態となりました。
その結果、篠田千恵子が生まれる事態が起きたのです。
そして、千恵子をりつが産んだことで、岸忠子が野村雄に愛想を尽かせて別れれば、篠田りつにしてみれば万々歳といえましたが。
皮肉なことに、千恵子が産まれる前に野村雄は戦死し、更には岸忠子が岸総司を産む事態が起きます。
ともかく、そうしたことから、いわゆる拳の振り下ろしどころに、篠田りつは困ることになり、更に事態がこじれた末に。
篠田りつとそれに味方した周囲の面々の攻撃を受けて、野村雄の実家は離散しました。
更に、岸忠子は上官の娘ということを嵩に着て、掠奪婚をしたという汚名を被ったのです。
その恨みつらみが、今や岸澪と土方鈴になった現在にまで、お互いに尾を引いているのです)
夫の遺言状に最終的には従うことに自分は決めて、形見分け、夫の遺産の一部を、篠田千恵子に譲りはしたが、自分が掠奪婚をしたという汚名は消えなかった。
そうしたことから、(あの当時では当然だった)嫡母として、千恵子の面倒を自分が看るということには断固拒否を、自分は貫いたのだが。
だが、それは私への周囲からの評価を、更に下げただけだった。
家庭を護る銃後の妻ならば、戦死した夫の浮気を寛大に赦して、千恵子を嫡母として面倒を看るのが当然ではないか。
と私は世間から陰口を叩かれてしまい、結果的に生涯に亘って、その汚名を被り続けた。
本当に何で、私が叩かれるのだろうか。
ご感想等をお待ちしています。




