01
あるところに鼻をひくひくさせるとても可愛らしいうさぎが住んでいました、いつも赤いずきんを被っていましたので、みんなから赤ずきんちゃんと呼ばれて親しまれ、お父さんとお母さん他のたくさんの兄弟たちと平和に暮らしていました。
そんなある日のこと、お母さんが赤ずきんに言いました。
「お庭からにんじんを持ってきておくれ」
赤ずきんちゃんはお母さんの言葉に困ったように鼻をひくつかせました。にんじんの庭に行くには様々な試練が待ち構えていることを知っていたのです。けれどもまだ小さい弟や妹に危ない冒険をさせることも出来ませんでしたので、赤ずきんちゃんは決意して頷きました。後ろ足を力強く蹴りながら脇にカゴをぶら下げて、木の下にある洞穴のおうちから外に出ます。気持ちのいい青空が広がってチチチと鳥が囀っています。
「赤ずきんちゃん、赤ずきんちゃん、赤いずきんを被ってどこ行くの?」
青い鳥が赤ずきんちゃんに話しかけます。
「お庭に行くのよ。にんじんのお庭よ」
「まあまあ!危険なことよ。とても危険よ」
青い鳥は言葉を聞くのも恐ろしいというように、翼をせわしなくばたばた動かして飛んで行ってしまった。赤ずきんちゃんだってそこがとても恐ろしい場所だということを知っているけれど、同時ににんじんのがたくさんある場所だってことも知っている。赤ずきんちゃんはぴょんぴょんとにんじんの庭へと急ぎました。同じような景色を過ぎて、白い柵までたどり着きました。
長い耳をぴんと立てて覗き込みます。木でできた動かない置物が変な顔が書かれて棒立ちで立っています、少し盛り上がった土の中にはたくさんのにんじんが植わっていました。耳を動かして誰もいないことを確認してから白い柵から飛び出しました。にんじんに近づいて急いで穴を掘ります。穴掘りは大得意です。一本、二本と、カゴの中に入れてから、少しくらい食べてもいいのではないかと赤ずきんちゃんはひとつにんじんを齧りました。お口のなかに美味しさが広がります。もう少し、もう少しと、かりかり夢中で食べていると。どすんと大きな振動がありました。飛び上がって、にんじんのカゴをつかみます。
「このっ。この!!うさぎめっ!お前だな!うちの庭の野菜を食べているのは!」
箒を持ってばしばしと追い立ててくるのは大きな体の人間です。眉は吊りあがり唾が飛び散っています。赤ずきんちゃんは慌てて逃げましたが、道中ににんじんを落としてしまいました。取りに戻ることも不可能です。草むらのなかに隠れた赤ずきんちゃんは悔しそうに人間を見ました。
「あのうさぎ!今度来たら捕まえて食べてやる!」
聞こえてきた言葉に赤ずきんちゃんは震えあがりました。赤ずきんちゃんは知っているのです。人間がどんな生き物かと言うことを。人間はどすどす足音を立てて遠くへ行ってしまったのを見計らって、赤ずきんちゃんは草むらから顔を出しました。今ならきっと大丈夫だと後ろ足を蹴りながら進むと、建物の陰から猫が出てくるのを見ました。赤ずきんちゃんは後ろ足で地面を強く叩いて威嚇しますが、猫はにたにた笑っているばかり。
「ちっちゃなちっちゃな赤ずきんちゃん。また泥棒しにきたの?」
「泥棒だなんて!人間の方がケチなのよ!こんなにいっぱいあるのに独り占めしようとするなんて!」
歯をむき出して唸ります。
「人間はそういう生き物なのよ。でも人間って頭が悪いから可愛くしてにゃあと鳴いてあげれば喜んで食べるものをいっぱいくれるのよ?赤ずきんちゃんもにゃあと鳴いてみればいっぱいもらえるわ」
猫は地面をごろりと転がって可愛らしい声で鳴いて見せた。
「うさぎは鳴かないのよ!泣かないの!それに人間はとっても怖いのよ、なんでも食べるの。牛も豚もうさぎも鳥も!なんでも食べてしまうのよ!そんな残酷な生き物と仲良くなれるものですか!」
「味方になれば怖いものなんてなぁんにも無いわ。それに。邪魔なうさぎちゃんを捕まえたらきっと褒めてくれるわ」
猫の爪がぎらりと光って、赤ずきんちゃんはカゴを取りに行くことも出来ずに慌てて駆け出しました。猫は追いかけてくることなく、その場でいじわるに笑い出しました。
「このままじゃあ。みんなお腹が空いたままだわ」
赤ずきんちゃんは立派なお耳を悲しそうにぺたんと垂らして、とぼとぼ森のなかを歩きます。おばあちゃんが言うには昔はもっと大きな立派な森だったと言います。けれども人間が大きな黄色の機械に乗ってばりばりと音を立てながら土を掘ったり、ぎーぎーと大きな音を立てる道具で木を倒したりして、どんどん住む場所が小さくなっていったんだと言っていました。人間は森すらも食べてしまう。このままではみんなお腹が空くどころか、住む家だって無くなってしまう。森のくまさんがお腹を空かせて人間の家へと行ったら食べられてしまったという話も聞きました。人間はとっても恐ろしいのです。
「おお!これはこれは美味しそうなうさぎちゃんじゃないか!」
手ぶらで帰れなくて歩いているうちに、入ってはいけないとことまでやってきてしまったみたいです。狼がよだれを垂らしながらこっちを見ています。赤ずきんちゃんは人間と比べれば狼はちっとも怖くありませんでした。狼はそんな赤ずきんちゃんの様子にあげていた両手をゆっくりと下ろしました。
「なんだいうさ公。俺様が怖くないのか?がおーっ!」
両手を挙げて威嚇しましたが、赤ずきんちゃんのお耳はぺたりとしたままです。狼はいよいよ赤ずきんちゃんのことが心配になってきました。
「どうした?俺様が怖くないなんて、具合でも悪いのか?」
「あなたよりも、もっと強いものがあるのよ」
「そんなものがいるものか!俺様が世界でいちばん怖くて最強なんだぞ!あのでっかいくまとだって戦えるんだぜ!」
狼は赤ずきんちゃんを怖がらせようと両手を上に挙げてみせた。けれども赤ずきんちゃんの耳はぺたんとしたまま。
「なんだよ。怖がらないんじゃつまらないじゃないか」
狼は両手を下げてつまらなそうに言いますが、途端に何かを思いついたように頷きました。
「よしうさ公!俺様がいちばん怖いって証明してやるよ!ウサ公がいうもっと怖いものを食べてやる!」
がおと大口を開ける狼。赤ずきんちゃんの耳がぴんと上がります。
「ほんとうに?だってとっても怖いのよ!あれはなんでも食べてしまうのよ。狼さんだって食べられてしまうわ!」
赤ずきんちゃんの言葉に狼はへんと鼻を鳴らしてみせました。
「俺様は最強なんだ!俺様が負けることなんてあり得ない!そのウサ公のいうとっても怖いものはなんだ?」
赤ずきんちゃんは狼をまじまじと見つめたけれど、そこまで言うのならと頷きました。
「人間よ。大きなにんじんの畑を独り占めして、いじわるな猫が一緒に暮らしてるのよ」
「ねこ?ねこ公と暮らしてるなら何も怖い生き物じゃないじゃないか」
「人間は猫と仲間なのよ」
狼はうさぎは猫を怖がっているから、人間もいたずらに怖がっているんだと思いました。だとすれば人間を倒すことは造作もない。赤ずきんちゃんはこのまま手ぶらで帰ることもできず、狼を連れ立ってにんじんの畑まで戻ってきました。あんなに高くにあった太陽もいつの間にかオレンジ色に変わり、山の中へ隠れようとしていました。赤ずきんちゃんと狼はゆっくりと人間の住んでいる小屋へと近づいて、窓からゆっくりと覗き込みました。赤ずきんちゃんのお耳がピンとたつのを狼は見つかってしまうのではないかとちらりと見ましたが何も言いませんでした。小屋のなかではひとりの老婆が鍋をゆっくりとかき混ぜていました。
「あれが人間か?」
「そうよ」
「へん。あんなのの何が怖いって言うんだ。熊のほうが大きいじゃないか」
狼は鼻で笑ってやりましたが、赤ずきんちゃんは人間を怖そうに見つめてふるふると震えていました。狼はそんな赤ずきんちゃんの様子がちっとも面白くありません。本来ならばうさぎは狼を怖がるべきなのです、なのに狼を怖がらずに別のものを怖がっているなんて。
「うさ公、俺様があの人間を食ってやるよ」
「ええ?そんなことができるの?」
「当たり前だろう!俺様は狼だぜ!狼はどんな生き物よりも最強なんだ!」
赤ずきんちゃんに牙を見せました、赤ずきんちゃんを怖がらせるためにやってみせたことですが、赤ずきんちゃんは目をきらきらさせて狼を見たので、狼はその視線を受けてたじろぎました。
「うさ公、俺様が人間を食べることが出来たら狼が世界一怖い生き物だって認めろよ!」
「もちろんよ」
赤ずきんちゃんは嬉しそうに頷きました。