第97話 信頼関係というものは
「よいしょっと……」
巨大ゴーレムが消滅した後、気を失ってしまったニアリーを背負って学園の寮まで戻ってきていた。
途中、騎士団や学園長に運ぶのを手伝おうかと打診されたが、丁重にお断りした。
その身を挺して守ってくれた彼を、どうしても自らの手で運びたかったのだ。
現在は部屋のベッドに寝かせている。
「汚れちゃってるからね……仕方ないよね……えへへ」
照れたように頬を染めるユーリ。
汚れた服は、ユーリの手により全てキャストオフされている。
「うふふ…………はっ!……いけない!」
回復魔法が施された傷一つない綺麗な体を嘗め回すように観察するも、自分が今看病をしていることを辛うじて思い出し、毛布を掛ける。
「……仮面も外した方が良いよね……?」
ニアリーの被る白い仮面に手を伸ばす。
「ん……ううん……」
しかし、伸ばしたその手は仮面に触れる前に止まった。
「お兄ちゃん!目が覚めたんだね!」
「あれ……?……ここは……?」
気を失っていたニアリーが目を覚ました。
「学園の寮だよ!」
「てことは……あいつ……倒せたんだよね……?」
「そうだよ!お兄ちゃんが頑張ってくれたから二人とも生きてるんだよ! 本当にありがとうね!」
感極まったユーリは、ニアリーに飛びつき、ギュウと抱きしめる。
「わ、わわ……!や、やめろよ!」
じたばたと暴れるが、力が入らないため、その優しい抱擁を受け入れる。
「……もう良いだろ?」
しばらく待ってもユーリが離れようとしないため、声をかけるが反応がない。
ユーリは静かに涙を流していた。
「……本当に良かった……生きていてくれて……」
涙交じりの声。
自分にかけられた言葉ではない。
ユーリの兄であるニアという人物にかけられた言葉だ。
しかし、実際に彼女に手を伸ばし、救ったのは自分なのだ。
今度は逃げずに手を差し伸べることができた。
ずっとニアリーの心に引っかかっていた棘が抜けてスッキリとした気分だった。
慰めようと、恐る恐るユーリの頭に手を伸ばすと、
「さあ!お兄ちゃん!しっかり休んで早く元気にならないとね!!」
ガバッと体を起こすユーリ。
ビクッ!!
ニアリーは咄嗟に伸ばしていた手をサッと隠す。
「き、急に起き上がるな!びっくりしたじゃないか……!」
「ふふふ、ごめんね! あ、寝るときはその仮面脱ぎなよ!じゃあまた来るからね!」
部屋に一人取り残されるニアリー。
そうだ。この仮面はもう必要ない。
次に彼らと顔を合わせるときは、ありのままの自分を見てもらうのだ。
怒られるだろうか。当然だ、彼らを騙していたのだから。
だが、ちゃんと向き合うと決めた。
彼らの言葉を受け止める覚悟はできている。
まだ疲れが残っていたのだろう。
その後、気絶するようにして、再び眠りにつくのであった。
*
(優しい匂いがする……。 まるで、姉さんに抱かれているかのようだ)
なんとなく懐かしい匂いがする気がして、深い眠りの底から、意識が僅かに浮かび上がる。
ずっとまわり道をしてきた気がする。
本当の姉ではなかったけれど、ニアリーは家族のように思っていた。
しかし、救うことができなかった。救えたかもしれないのに……。
そのことをずっと後悔してきた。いや、後悔することもしていなかった。
ただ、目を逸らしてきたのだ。
彼女は力が無いから死に、力が有る自分は生き残った。
この世は悪意に満ちている。強くなければ生きてはいけない。
そうやって自身を正当化した――
でもそれは間違いだった。
強さとは力の有無ではなく、弱さを知り、それでもなお強く在ろうと願う意志なのだ。
今際の際に駆け付けたユーリの姿を見てそう思った。
家族を助けるためとはいえ、躊躇なく死地に踏み入ることなど、そうそうできるものではない。
愛する人と一緒であれば死ぬことなど怖くない。
言葉では何とでも言えるだろうが、実際に行動に起こせる者がどれだけいるだろうか。
誰しも自分の命は大切に思うものだ。
結果的に彼女には状況を打開するすべはなかったかもしれない。
だが、自ら死地に飛び込むのが勇気でなければ、何だと言うのか。
それは紛うことなく、彼女の強さなのだ。
それを知るまでにどれだけの人を傷付けてきたのだろう。
今更後悔しても、過去が清算されるわけではない。
その十字架を背負いながら生きていくのだ。
償いが終わったら、またここに戻ってこよう。
受け入れてくれるかはわからない。
でもきっと彼らなら――
「お兄ちゃん!!具合良くなったかな!?」
突然、扉が開け放たれる。
微睡の中にあった意識が急速に覚醒へと向かう。
「わ、わああああ!!な、なんだ!?」
突然の闖入者に驚き、ベッドから転がり落ちる。
入口に目を向けると、ユーリやダン、ミスラ、ティーナがそこに居た。
皆心配していたのだ。
しかし、酷く消耗していた彼を休ませてあげようと、時間を空けてここに来たのであった。
これから彼らに自分のことを話すのだと、覚悟を決めて顔を上げる。
妙に清々しい風が彼の顔を撫でる。
「実は僕……皆に話があって……」
言い淀みながらも口を開くニアリーだったが、
「誰……?お兄ちゃんは……どこ?」
ユーリはその目を丸くする。
他の者も呆然としてニアリーを見つめている。
どうやら、仮面が外れてしまっていたようだ。
だが、都合が良い。
これからその話をするのだ。
「それも含めて今から説明を……」
「どこ行っちゃったの……? もしかして……僕が目を離したから……」
「だからそれを説明……」
「お主……その格好はなんじゃ? それにその手に持っているのは……」
確かに手に何かを握りしめている。
懐かしい匂いがしたソレを広げると――
コットン100%チェック柄のパンティーが姿を現した。
「へ、変態ですわぁぁぁあああああ!!」
「お、お主は……他人の部屋で……ぱ、パンティーを片手に……し、しかも……すっぽんぽん……? い、いいい一体何をしておったのじゃぁっ!!」
「おい!!とんでもねぇ変態がいるぞ!!」
「……やっぱり離れるべきじゃなかった……!寝てるから大丈夫だって……! 僕の甘い考えが、こんな変態に付け入る隙を与えてしまったんだ……!」
「は……?はぁ!?」
何故こんなものを持っているのか。
何故なにも着ていないのか。
自分が置かれている状況に混乱するニアリー。
「い、いや……ちょっと待って……」
ニアリーは狼狽しながら、一歩近付くと、
「嫌ですわぁぁあぁあああああああ!!」
恐怖に慄いたティーナが部屋から飛び出していく。
「待って聞いて……!!」
更に一歩近づく。
「変態じゃぁぁああああ!変態がおるぞぉぉぉおおおぉおおおおお!!」
「変態だ!!騎士団を呼べぇぇええええ!!」
ミスラとダンが部屋から飛び出していく。
「いや僕は変態じゃ……」
じわりと、涙が溢れてくる。
何故こんなことになってしまったのだろう。
そんなやるせない気持ちでいっぱいだった。
「お兄ちゃんは……?どこにいるの……?……どこにお兄ちゃんを隠しちゃったのかな……?僕のお兄ちゃんを返して……ねぇ……返してよ………………返せぇっ!!!!」
一切の光を宿さぬユーリの瞳が、まばたき一つせずにニアリーを捉えている。
あまりの迫力に異形の姿を幻視する。
「ぼ、ぼ、僕は変態じゃぁぁああぁあああない!!」
ニアリーは流れ出る大粒の涙を隠すように仮面を被り、部屋の窓をぶち破る。
一糸纏わぬ姿で外に飛び出し、手にはパンティーを携えて王都の街をひた走る。
こんなものをニアリーが持っているわけがない。
だとすれば、部屋の主の持ち物ということだ。
「ニア・シスコーン……!! やってくれたなぁぁぁぁあああああああ!!」
王都の街に少年の悲痛な叫びが木霊した。




