第89話 素直になれないお年頃
決勝戦の最中、巨大ゴーレムの出現が知らされ、会場はパニックに陥った。
当然のことながら試合は中止となった。
アーサーは負傷した足を回復魔法で癒しながら二人の少女に連れられて避難していった。
彼との決着が付けられなかったことに憤りを感じる。
最後の瞬間は、見事に出し抜かれてしまった。
あの一瞬では、転移魔法で回避することも難しかっただろう。
試合が中断されなければ、敗北していたのはニアリーの方だったかもしれない。
――仕留めたと思った……思ってしまった。
その油断がニアリーに屈辱を与える結果となった。
むしゃくしゃとした気持ちを抑えられない。
混乱の中、人ごみに紛れるようにその場を立ち去った。
今は誰にも会いたくはなかった。
人々が慌てふためいている中、ニアリーは路地の隅に座り込む。
「グスッ……くそおぉ……ズズ……」
こんなにも悔しい気持ちになるのは、いつ以来だっただろう。
過去にも同じような気持ちになったことがあった。
それを機にニアリーは変わったのだ。
弱ければ生きていけない。生きるためには強くなければいけない。
奪われるのなら、奪われる前にねじ伏せるのだ。
裏切られるのなら、裏切られる前に利用して捨てるのだ。
そうやって生きてきた。
これからもそうだ。
自身に屈辱を味合わせたアーサーに借りを返すのだ。
「う、う、うぇぇぇええええええん!!」
そんなことを考えて泣き喚く子ども大司教は、やはり子どもだった。
ニアリーの心を反映するかのようにしとしとと雨が降り始め、次第に土砂降りとなる。
「へ、へっくしょん!! 風邪引いちゃう……」
周りには誰一人としていなくなっていた。
先ほどまで冒険者どもが忙しなく避難誘導をしていたが、その姿も見えなくなっている。
王都の外では何かと戦っているであろう声が聞こえてくる。
そもそも何故避難などしなければいけないのか、ニアリーは理解していなかった。
アーサーに負けたことばかりが頭の中をグルグルと巡り、周りの状況など気に掛けることができなかったのだ。
外の様子が気になり、王都上空に転移する。
そこで目にした光景はニアリーの興味を引くには十分なものだった。
巨大ゴーレムが暴れているのだ――
体を支えている足はまるで蜘蛛のように蠢いている。
その足を触手のように振るい、無数の鉄の弾を飛ばす。
周りには味方であろうゴーレムがいるが、敵も味方もお構いなしに薙ぎ払う。
また、砲撃を行うための準備でもしているのか、ゴーレムの上部には巨大な筒のようなものが伸びており、少しずつエネルギーが集まっている。
もはや先ほどの決勝戦のことは頭から抜けて、目の前の巨大ゴーレムに魅了されていた。
「凄い凄い!!」
王都を守る騎士団や冒険者が、雨にぬかるんだ地面に足を取られながらも必死になって戦っている。
しかし、全く戦いになっていない。
「くそ! 固すぎる! 通常のゴーレムと比べ物にならない!」
「あの砲撃が打たれる前に何とかするんだ!」
「魔法が全然通らないぞ!」
空中で飛び回る魔導士――学園長アリアが雷撃魔法による攻撃を加えるが、大きすぎる巨体に焦げ目をつけることしかできていない。
「……っ! 次の攻撃来ます!!」
外壁から司令官と思しき女性が声を上げる。
「ぐぁぁあああああ!!」
ゴーレムの触手が振るわれ、前線の騎士達が吹き飛ばされた。
即座に駆け付けた術師が回復魔法をかけている。
弱い……弱すぎる。
これでは王都が陥落するのは時間の問題だろうが、ニアリーには関係ない。
弱い者が死ぬ。それだけのことだ。
一瞬――ユーリの姿が脳裏をチラつく。
だが、すぐに頭を振る。
「…………まあ、あのゴーレムは欲しいからね! うん、とりあえず攻撃してみよう!」
別に王都を救う義理はないが、あの巨大ゴーレムは欲しいのだ。
そのついでに勝手に弱い奴が救われるだけだ。
そう自分に言い聞かせて、巨大ゴーレムに突っ込む。
「さあ!僕を楽しませてみなよ!!」
「な、なんだ! 子ども!?危ないぞ!下がっていろ!!」
騎士達がざわめき出す。
「雑魚は引っ込んでなよ!シャドウバレット!!」
そう言って巨大ゴーレムの顔と思われる部分に魔法をぶつける。
手始めに闇属性の魔力弾を放つ。
ニアリーの魔法適性は闇属性である。
光属性と同じく、適性を持つ者は少ない。
強力な空間魔法を使用せずに、闇魔法を選択したのには理由がある。
無属性に分類される空間魔法は、適性がなくとも行使できるが、ある特殊な性質を持っていた。
魔法というものは物理法則に干渉するものであり、その法則に逆らう魔法ほど発動は困難になる。
通常の魔法は、火を灯し、風を巻き、氷を形にする――それは、物理法則に従い、力を加える行為だ。
だが、空間魔法は違う。それは従うことを拒み、世界の法則すら捻じ曲げる。
世界との結びつきが強い巨大な建造物や固定された物には効果が薄い。
対象が大きければ大きいほど、その存在の定着度は強くなる。
空間魔法とは世界そのものに干渉する力なのだ。
そのため、ニアリーは空間魔法は通じにくいと判断し、闇魔法を選択した。
ニアリーの激しい魔法攻撃に、巨大ゴーレムの動きが僅かに鈍くなる。
しかし、
「結構固いな……」
ほとんどダメージを受けていなかった。
様子見の攻撃ではあったが、しっかりと魔力を込めて放った魔法だった。
そもそもの質量が桁違いすぎるため、言うなれば象に小石をぶつける程度の影響しかないのだ。
「おい、ニア!こんなところで何をしている! 避難するんだ!」
魔法学園長のアリアが声を掛けてくる。
(ちっ……面倒な……)
巨大ゴーレムの対応で忙しいというのに……。
その瞬間、巨大な触手が振るわれる。
「うわっ!!」
咄嗟に魔法障壁を作る。
一枚では足りないと思い、数十枚並べた。
ニアリーが並べた障壁の間にアリアが更に障壁を追加する。
ガラスが割れる音が鳴り響き、全ての障壁が消滅した。
しかし、間一髪障壁の妨害により、離脱する隙が生まれた。
「助かったぞニア……お前の障壁が無ければ直撃していただろう」
「ふん……ノロマめ……。 いでっ!!何するんだ!」
アリアの拳骨が降ってきた。
「腹が立ったから殴っただけだ。 学園の生徒は学園長には逆らってはならない――法律で禁じられていることだ」
「そんな法律あるもんか! いでっ!だから殴るな!」
「だったらそのうるさい口を閉じるんだな……。 だがまあ、お前は十分に戦力になりそうだ……。 私は魔力が回復しきっていないんだ。 すまんが力を貸してくれ」
「へぇ……生徒に頼るとは、情けない学園長もいたもんだね……おっと!もうその手には乗らないよ?」
アリアの拳骨をヒョイと避け、得意げに胸を張る。
「生意気な生徒だ……。 まあ良い……奴が砲撃を撃つ前に破壊したい。手伝ってくれるな?」
苛立ちに顔を歪めたアリアだが、今はこの状況をどうにかする必要がある。
ギリギリと歯を食いしばりながら、ニアリーに問いかけるが、
「協力ごっこなら勝手にすれば? 僕は僕のしたいように動くだけだよ!!」
「あっ!おい! 一人で突っ込むな!」
自由奔放な子ども大司教は、何人たりとも制御不能なのだった。
最初の攻撃では全くダメージを与えることができなかった。
ならば、次はもっと魔力を乗せて攻撃すれば良い。
これまでも、力でねじ伏せてきたのだ。
今回も同じようにするだけだと、特大の闇の玉を作り上げる。
そして、それを野球ボールほどの大きさにまで圧縮する。
以前にローレンス・ゲルシュタッドが火属性のヘルブレイズを圧縮していたものと同じ原理である。
しかし、それを大きく上回るほどの魔力を込めている。
その威力は計り知れないものとなるだろう。
「おい!そんなものを放ったら……ちっ!……お前ら伏せろ!!」
ニアリーが止まらないと判断したアリアは騎士と冒険者に伏せるように指示を出す。
ニアリーの口から闇の魔法が紡がれる。
ノクス・コラプス――
臨界点を突破した漆黒の塊が、内側から崩壊を始め――夜が顕現する。




