第87話 春雷の閃光
春雷の閃光――
突如として戦場に現れた幻影として、後の歴史にまで語られた。
稲妻のような予測不能の軌道、人の目で追えない速度のそれは、人々を恐怖に陥れた。
空に残る一筋の薄紅色の残光。
その光跡から、幻影と対峙した者は――『春雷の閃光』と呼び、畏れたのである。
*
「来るぞ!春雷だぁぁ!!」
「盾構えろ!!ヒーラーを守れ!!」
春雷の閃光を筆頭として、三千体ほどの飛行型ゴーレムの攻撃が嵐のように降り注ぐ。
春雷は支援部隊を執拗に狙い、目にも止まらぬ速さで斬り付けては、特徴的な薄紅色の残光を残して離脱する。
支援部隊が飛行型の爆撃を障壁で防ぎ、春雷の閃光による近接攻撃は盾持ちの騎士たちが体を張って止める。
敵の狙いが分かっていれば対処は可能だ。
戦争とは群の戦いであり、どれだけ優れた兵士でも、指示を出す人間に問題があれば、十分な成果は挙げられない。
盾になる兵が攻撃を受けようと、ヒーラーさえ生きていれば戦線に復帰できるのだ。
とは言え、このままではジリ貧だろう。
既に魔力を使い果たしたアリアは、冒険者ギルドの長であるガルドに担がれ、戦線を離脱していた。
この敵地のど真ん中から無事に離脱できるわけがない。
いざとなれば、自分が盾になってでも、止めてやると覚悟を決めていたのだが、意外にもあっさりと自陣に戻ることができた。
ガルドの言っていたことは本当だったのだ。
撤退ルート上に例の弱い個体が現れ、道を切り開いてくれた。
どういうわけかフラフラと右に左に、周りのゴーレム達に体当たりを繰り返して突っ込んでくる。
だが、片腕が塞がれた状態のガルドの攻撃により、あっさりと撃沈するのだ。
アリア達を止めようとしているようではあるが、本当に弱い。
これでは隅で大人しくしている方が味方のためだろう。
無能な味方は最大の敵、ということだ。
敵側もそれに気付いたのか、アリアが自軍に帰還した瞬間から、ぱったりと姿を消した。
あれだけ戦場を掻き乱したのだ。
戦犯は免れないだろう。敵軍ではあるが、気の毒に思う。
しかし、その個体が居なくなったことで、こちらは厳しい状況を強いられることになる。
その上、春雷の閃光と名付けられた個体が暴れ回っている。
「大きな被害が出ているわけではねぇが、こいつぁ厄介だな! 春雷の対応に相当数の人員を割かなきゃなんねぇ!」
ガルドが目の前のゴーレムを撃破しながら、この厳しい状況をぼやく。
「ジジイ!とっととあの暴れてるゴーレムをやれ! 時間を掛ければこっちが不利になる!」
王都の外壁に設置された司令本部から、アリアが指示を飛ばす。
「分かってはいるが、そりゃ厳しいってもんだぜ!! 俺の武器じゃ、あの速さは止められん!!」
アリアと会話をしながらもゴーレムを仕留めるガルド。
「戯けぇ!! 違う武器を使えば良いだけだろう!!」
「おめぇさんも知っての通り、俺はこいつ以外からっきしでなっ!!ガハハ!!」
「こんのクソジジイ!!笑い事じゃないだろう!!」
この状況で何がおかしいのか快活な笑い声を上げるジジイに苛立ちを隠せないアリア。
とにかくこの状況を長引かせてはいけない。
問題の春雷の閃光をどうにかできなければ、こちらは崩されるだろう。
回復術師達は盾となっている騎士達へのヒールに手一杯だ。
他のゴーレム達はガルドが率いる冒険者と騎士の混合部隊が抑えている。
数的不利の状況で何とか持ち堪えることが出来ているのは、ギルドマスターであるガルドの尽力があってこそだろう。
しかし、如何にガルドが優れていようとも回復支援も無しに長時間戦うことは不可能だ。
「このままでは……いずれ決壊してしまうぞ…… どうするエリナ……」
隣で春雷に対応している騎士達に指示を飛ばすエリナに話しかける。
「……残念ながら、この場の人間で打開するしかないでしょうね…… 一応、国王命令で隣国に早馬を走らせていますが、恐らく増援は間に合わないでしょう。 ……アリア学園長が戦線に復帰できるほどに魔力を回復する時間を稼ぐことができれば、或いは……といったところでしょうか……」
「すまない…… 私が特攻したことが裏目に出てしまったようだ。 砲撃部隊さえ潰してしまえば楽に戦えると思ったが考えが甘かったようだ。 冷静ではなかった……」
「……いえ、砲撃部隊を潰したことは間違いではありません。 今の状況で、更に遠距離からの攻撃が加われば、対応することは不可能でしたよ。 ……まあでも……今は反省している暇はありません! とにかく魔力回復を急いでください! はい!ポーションですっ!」
エリナはそう言って、魔力回復のポーションをアリアに手渡す。
「うっ……! 仕方ないか……」
アリアは顔を青ざめさせながらそのポーションを受け取る。
最高級品のポーションであり、効果も市販のポーションよりも高い。
しかし、それに比例して味もまずくなっている。
良薬は口に苦し。アリアは諦めたようにその激マズポーションに口をつける。
更に言えば、帰還してから三度目のポーションである。
効果が切れる度に新たなポーションが用意されているのだ。
そのおかげで、お腹もタプタプである。
学園長ほどの魔力量で、魔力枯渇状態から回復するには最高級品のポーションと言えど、一回では回復し切ることはなかった。
一気に飲んでも効果が上がるわけではないので、こうして時間を置いて少しづつ飲んでいるのだった。
薬というものは、用法用量を守って正しく使用しないと効果がないのだ。
後何度このまずいポーションを飲まなければいけないのかと、アリアはうんざりとしながら魔力の回復に専念する。
戦場からは騎士達の悲鳴が聞こえる。
未だ春雷の閃光が暴れ回っているのだ。
「……んぐ……まずい……。 しかし時間稼ぎといっても簡単にはいくまい……。 春雷もそうだが、他の飛行型も厄介だ。 回復に防御に支援部隊の消耗も相当なものだろう」
「飛行型については副団長の部隊に対応させておりますが、仰る通り、状況は芳しくありません。 空の相手となると技術が必要になりますから……」
空の相手に対抗するとなると、風魔法で飛行するか、障壁等で足場を作るか、もしくは地上から魔法で攻撃するか、いずれにせよ高い技術が求められる。
「副団長に春雷の相手をさせるのはどうだ? 手早く仕留めて、残党を狩る方が良いのではないか?」
春雷の閃光を撃破できれば、状況は遥かにましになるだろう。
兵士たちを癒すための魔力を攻撃に回すことができる。
「副団長一人が加わっても戦況を覆すのは難しいかと……。 春雷はあまりにも速すぎます」
「……敵の英雄クラスの兵士というわけだ。 こちらも相応の者を当てなければ、意味がない……か……」
「あそこまで速く動くゴーレムであれば、恐らく装甲を相当削ってると見ています」
となれば、一撃でも与えることが出来れば撃墜も可能ということだ。
「だったら罠でも仕掛けてみるか? 設置型の魔法を使わせて飛び込んできたところを仕留めるというのはどうだ?」
突撃してくるのがわかっていれば、そこに罠を仕掛けてしまえば良いのではないかというアリアの意見にエリナは首を振る。
「私もそう思って、試してみたのですが、どうも罠を察知して避けるような動きを見せました」
「であればだ、動きを制限できる。 上手くすれば誘導も可能だ」
罠を嫌うのであれば、それを上手く利用すれば敵を捕まえることも可能であるとアリアは言う。
「……それも残念ながら上手くはいきませんでした」
アリアの提案した策も打ってはいるが、成果は出ていなかった。
「……ふむ……」
「罠を利用して敵の進路を誘導したのですが、速すぎるのです。 目的のポイントに誘導しても攻撃を当てられず、罠に掛けようにも発動する前に離脱されるという状況です」
「……ではやはり時間稼ぎは難しいということか……?」
どうにか、敵の猛攻を止めることができないのかと、頭を悩ませるアリアにエリナが否定の言葉を返す。
「いえ、そうではありません。 装甲を削り、あれほど無茶な飛行で長く持つとも思えません」
「……確かに、あの速度と軌道を考えると空気の抵抗も相当なものだろうな……。 しかし、結局のところ耐えるしかないと言うことか……」
敵の自滅が早いか、アリアの戦線復帰が早いか、どちらにせよ現状打てる策はないということだ。
しかし、それが悪いこと、というわけでもない。
今も春雷の閃光の攻撃を凌いでいる自軍の兵。
ゴールの見えない道を走り続けるというのは、苦しいことだ。
彼らの精神的な支えとなるのなら、可能性は少しでも多い方が良いだろう。
もうすぐ敵のゴーレムは自滅するだろう、もうすぐアリアが戦線に復帰するだろう。
ゴールが見えていれば、人は意外と踏ん張れるものだ。
「ぐぁぁぁああああ!!」
「ヒーラーを死守しろ!!すぐに次が来る!!」
上空から稲妻のように迫ってくる幻影は、騎士達にトラウマを与えるには十分な光景であった。
逃げ出したい――
誰もがそう思っていた。だが、この防衛線が崩されれば王都に未来はない。
折れそうな心に唾を吐き、彼らは目の前の脅威に立ち塞がり続けた。
指揮官によると、敵は無茶な軌道を繰り返しており、長くは持たないとのことだったが、そんなものに確証はない。
しかし、騎士達は、それを信じて攻撃を防ぎ続けるしかなかった。
そして、長く続いた地獄のような時間は唐突に終わりを告げる。
何度目かわからない敵の攻撃に体を投げ出し支援部隊の盾となる。
先ほどまでとは比べ物にならないほどの衝撃だった。
多くの騎士が吹き飛ばされ、支援部隊の護衛が手薄になった。
まずいと感じてボロボロになった体に鞭を打ち、立ち上がる騎士達が見たものは、地面に倒れ伏す薄紅色のゴーレムであった。
*
春雷の閃光――
突如として戦場に現れた幻影として、後の歴史にまで語られた。
稲妻のような予測不能の軌道、人の目で追えない速度のそれは、人々を恐怖に陥れた。
空に残る一筋の薄紅色の残光。
その光跡から、幻影と対峙した者は――『春雷の閃光』と呼び、畏れたのである。
――そして、戦場に現れた幻影にはもう一つの異名がある。
ゼロの悪魔――
悪魔のような飛行能力で戦場にいた者を震え上がらせた幻影。
しかして、その幻影による犠牲者は一人たりとも存在しなかった。
幻影による被害は、戦場に恐怖を与えたのみだったとされている。
どれだけ優秀な者も、使う者が無能であれば、戦果を挙げることは出来ないと、指揮官を志す者への戒めとして語られることになったのだった。




