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第70話 子ども大司教


「流石に責任を問われるのは避けられませんか……」


 ヘブンズアーク教団の司教グレゴリオ・グランホルムは今回のスタンピードの件を報告するために、教団本部へ重い足を運んでいた。


 この失態をどのように報告をしたものか頭を悩ませる。

 ミザリーに全責任を擦り付けられれば良いのだが、部下の管理責任を問われれば反論できない。

 そうなると、自身も何らかの制裁を受ける可能性がある。

 流石に粛清されるということはないと願いたいところだが、この教団を信用していないグレゴリオは最悪の場合も考慮する。


 教団本部は化け物どもの巣窟だ。

 いざ、粛清されることになった場合、スパイとして忍ばせている数名の異端審問官の協力を得たとしても生きて帰ることは叶わないだろう。

 それでもグレゴリオが教団に所属するのは、ひとえに邪神復活のためだ。

 グレゴリオは邪神の力を独占するために、邪神の心臓を手に入れたことも報告していなかった。


 邪神の心臓については、今はミザリーが所持しているため、彼女の粛正が完了すればグレゴリオのすぐに手元に戻ってくるはずだ。

 仮に邪神が復活したというミザリーの言葉が正しいのであれば、この失態を有耶無耶にすることができるのだが、過度な期待はしていない。

 しかし、未だ粛清に向かわせた異端審問官の報告は来ていなかった。


 グレゴリオは懐から透き通った青色の薄い板を壁の印にかざすと教団本部の入り口が開く。

 教団本部は古代の技術が使われたダンジョンとなっており、それをそのまま拠点としていた。


 内部はミスリルに似た未知の素材で覆われている。

 所々光を放っており、松明で辺りを照らす必要がないほどに明るい。


 グレゴリオは大司教がいる部屋へと真っすぐに向かう。


 目的の部屋に到着すると扉をノックする。


「入っていいよ」


 扉の脇に取り付けられた網目状の箱から、のんびりとした高い声が聞こえてくる。

 そして部屋の主が開けたのだろうか、目の前の扉が自動的に開く。


「失礼いたします」


 部屋の内部は丸みを帯びたデスクと椅子があり、そこには白い法衣を纏い、仮面で顔を隠した子どもが座っていた。

 デスクと椅子のサイズ感があっておらず、胸の辺りまで体が隠れてしまっている。


「グレゴリオ、久しぶりだね。 元気にしてた?」


「いえ……ご心配いただいたところ申し上げにくいのですが、少々良くない状況でして……」


「グレゴリオが弱音を吐くなんて珍しいね、何かあった?」


 呑気な言葉ではあるが、探るような視線を受け、グレゴリオは額に汗を浮かべる。


「それが……部下の一人が暴走し、王都での活動が難しくなってしまいました……」


「へぇー…… それで?」


 大司教の圧が強くなる。

 この年齢にして大司教になるだけはあると、グレゴリオは改めてその力を実感する。


「既に異端審問官に粛清を命じております」


「……なんでそんなことになっちゃうのかな?」


 大司教の声に僅かに不機嫌さが混じったことを感じ取ったグレゴリオは背筋に冷たい汗が流れる。


「申し訳ありません……ですが……」


「……グレゴリオがミスしちゃった……どうしよう……頼りにしていたのに……」


 グレゴリオの言葉を遮り、大司教が口を挟む。

 その様子にグレゴリオは焦りを感じる。

 だが、大司教になるほどの力を持っているとは言え、所詮は子どもだ。

 この程度の修羅場など、いくつも潜り抜けてきたという自負がある。

 故に、この場を切り抜けることは容易であると、グレゴリオは自分自身に言い聞かせる。


「……っ! き、聞いてください……」


 極力表情に出さないようにする。


「僕、言い訳は聞きたくないんだけど……」


「い、いえ……大司教様のお耳に入れていただきたいことがあります……」


「そうなんだ!言ってみてよ!」


 話に乗ってきたことにホッと息を吐く。

 だがこれは、圧倒的な力の差があり、グレゴリオなどいつでも殺せると思っているからこその態度である。


「ありがとうございます。 実はこの度の騒動は、私の部下であるミザリー司祭が、とある筋から入手した邪神の心臓を巡り、引き起こしたものなのです」


「邪神の心臓って杖型の魔道具のやつだよね!? 遂に手に入れたんだね!?」


 完全な言い訳ではあるのだが、邪神の心臓という重要な情報を渡すことでそれを誤魔化す。


「いえ、申し訳ありませんが……彼女が邪神に魅入られ、心臓を持ち逃げするためにスタンピードを引き起こしたのです」


「……ふーん……じゃあそれを持って君の部下が逃げたってことなんだね? ……でもそれが本当ならさ……かなりの失態だよ……?」


 ミザリーに罪を被せるために、できるだけ彼女が悪いということを遠回しに主張するが、そう上手くはいかない。

 確かに大司教の言う通り、部下の管理が行き届いていなかったことが原因だ。


「……その邪神をミザリー司祭が復活させたという報告が受け、真偽の確認のためにすぐに粛清せずに泳がせたのです。 現在、私の直属の異端審問官を調査に向かわせているところでして、その報告まで私の処分は待っていただけないでしょうか?」


 話を聞いてもらうことはできたが、未だに大司教の心証が悪いため、邪神復活という更なるカードを切る。


「え!?うそ!? ……僕が子どもだからって騙そうとしてるんじゃないよね?」


 興味を持っているようだが、完全に信用しているわけではない様子だ。


「いえ、大司教様を騙そうなど恐れ多いことです…… 報告を受けたことは本当です。 仮に復活していなかったとしても必ず邪神の心臓を取り戻します」


「その調査はどのくらい進んでる?」


「……裏付けのできていない不確定な情報ですが、どうやら神を名乗る者がいるという報告が上がってきております。 邪神を騙る不届き者かどうか、引き続き調査を行なっている所です」


 調査に向かわせている異端審問官からは、そんな報告は上がってきていないが、そもそもミザリーの報告自体が不確定なのだから、多少虚偽の報告を行なっても問題はない。

 仮に邪神が復活していないのであれば、適当な者を邪神を騙る異端者として仕立て上げれば良い。

 もしくは邪神の心臓さえ手に入れてしまえば教団など抜けてしまうのも良い。

 今後は確実に監視の目は厳しくなり、逃げるのは難しくなるだろうが、とにかく今はこの場を誤魔化せれば良いのだ。


「……ふーん……面白いね! 最近、お気に入りだったオモチャが壊れちゃってさ……本当に邪神がいるなら僕の新しいオモチャにしちゃおうかな! そしたらさ、グレゴリオの失敗も帳消しだね!」


 邪神をオモチャにするなど不遜極まりない行為ではあるが、大司教となる者は邪神を恐れぬだけの力があるのだ。


「ありがとうございます。 また報告に参ります。 それでは失礼します」


「うん!またね~!」


 グレゴリオは一度頭を深く下げると、部屋を後にした。


 大司教はグレゴリオが出て行ったのを眺めながら、今後の楽しい予定を思い描いて鼻歌を歌う。


「……そうだ!良いこと思いついた! きっと楽しくなるぞぉ!」


 大司教の楽しそうな声が部屋に響いた。



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