第7話 僕の意見は基本的に通らない
弟が産まれてから1年と半年が経った。
名前は家族会議での母親の強弁により、ユーリと名付けられた。響きが可愛いからだそうだ。
僕と父親は一切の意見を挟むこともできず、気付けば会議は終了していた。
こうして、新しい家族が増え、僕の1日の生活は少し変化した。
ということで今は弟のユーリと戯れている。
「ほーらユーリ、あんよが上手、あんよが上手!よくできましたー!ヨーシヨシヨシヨシ!」
「きゃっ!きゃっ!」
僕がムツゴ○ウさんのごとく、頭をわしゃわしゃと撫で付けると、弟はきゃっきゃとはしゃいでいる。あ、鼻水ついた。
この1年はまず上下関係を覚えさせることに心血を注いだ。
僕の将来設計では今後、実の妹以外にも義理の妹がタケノコのごとくポンポンと生えてくる予定なのだ。
そのためにも僕の右腕として、しっかりとサポートしてもらう必要があり、だからこそ赤ん坊のときから、僕という存在がいかに素晴らしい兄なのかを刷り込ませる必要があったのだ。
「はい、じゃあ次は言葉の練習をしようか。お兄ちゃんって言ってごらん?」
「お、お、お、おに……」
「鬼じゃないよ、“お兄ちゃん”って、もう一回」
「お、お、お、おにょん……」
「まあ、今はそれで良いか!よくできましたー!ヨーシヨシヨシヨシ!」
僕に頭を撫でられ、興奮した弟は頭をブンブンと振り回し、鼻水をまき散らす。
その全てを受け止めることで、兄の寛大さを知らしめるのである。
これも必要なことなのだ。今はわからなくともいずれわかってくれるはずだ。
「あなたたちは本当に仲が良いわね~……。さ、ニア、そろそろ魔法の練習よ!早く準備して! 最近は魔法も結構上達してきたから、さらに難易度上げていくわよ! 将来が楽しみね!うふふっ!」
弟と戯れたあとは、こうしてウキウキの母親に引きずられて、庭での練習が始まるのだ。
最近では毎日のスパルタ訓練により、魔力量も増え、制御も上達したことで、こぶし大の水の玉が飛ばせるようになった。
僕としては正直もっと派手に魔法を放ちたいと思っているのだが、4歳の子どもとしては上手い方ではないだろうか。
そもそも4歳で魔法の練習をしていること自体が稀なのだ。
貴族の子弟でもこのぐらいの年齢では情操教育を施している頃のはずである。
魔法の練習を始めるのは、一般的に早くても5歳を超えてからになると母親から聞いていた。
母親からは口を酸っぱくして言われていることだが、魔法は子どもが持つにはあまりにも大きい力なのだ。
この世界では、子どもの魔法による傷害事件なども珍しいものではない。
そのため、しっかりと教育を済ませた後に教える必要があるのである。
なので、僕は二年ほど早くスタートダッシュができていることにはなるのだが、僕に転生特典のチートがさっぱり無いというのが少々納得がいかない。僕はもっとすごい魔法を打ちたいのだ!
だが、文句を言っても仕方がないので、粛々と魔法の練習をする。
スタートダッシュができているとは言っても、怠けていれば二年のストックなどあっという間になくなってしまうのだ。
魔法の練習で魔力を使い切り、気絶から目覚めると次は剣の練習だ。
父親が毎日のように剣の稽古を付けてくるので、仕事は大丈夫なのかと一度聞いてみたことがある。
どうやら、過去に冒険者で活動していたこともあり、週末に近くの森の魔物を狩り、収入を得ているので大丈夫なのだとか。
村の依頼を引き受ける代わりに、収入を得つつ治安維持に貢献しているのだとか。
村の衛兵みたいなもんだと笑っていたのだが、それなら僕に剣なんか教えていないで、少しは見回りでもしたらどうなのか。
そんな事情があり、毎日しごかれている。
父親の教えは実践で学べという感じで、とにかく僕をボコってくるので、とても厄介だ。
最近は剣を振るよりも逃げることの方が上手くなったのだが、僕が必死に逃げ回っていると、父親はどんどんと嬉しそうになり、より一層激しく木剣をブンブンと振ってくるので、毎度ヒヤヒヤさせられている。
最終的には毎回木剣でボコボコに殴られ、気絶させられており、いつか殺されるのでは?と戦々恐々としている。
父親曰く、ある程度の緊張感が無いと、訓練にならないとのことだが、正直自分が気持ち良く殴るための大義名分としているのではないかと疑っている。
父親のストレス解消、もとい剣の練習が終わり、気絶から目覚めると夕飯の時間だ。
母親が作る手料理はなかなかのもので、食材自体は村で獲れた作物であり、お世辞にも良いものとは言い難いのだが、母親の手にかかれば、不思議なことにおいしく食べれてしまうのである。
空腹は最高のスパイスというが、毎日の練習でお腹を空かせていることも、おいしく感じる要因なのだろう。
その後は、風呂に入って、泥のように眠るというのが、最近の僕の一日となっている。
***
そんな日々を送っていたある日のこと。
「ニア、ちょっといいかしら」
夕飯を食べ終わり、まったりしているときに母親が口を開いた。
「ど、どうしたの、まみー?もう今日の魔法の練習は終わったよ。もう絶対に動けないからね。ほら、見てよ。顔に痣だってあるんだ。お父ちゃんに木剣でボコられてこんな有様だよ。だから、ごめんね……?」
そんな僕の言葉を聞いた母親は、ギロリと父親を睨み付ける。
「カ、カーラ……これはだな……ニアがあまりに良い動きをするものだから、俺も気分が乗ってきてだな……」
「違うのよ?今日はもう魔法の練習はしません。あとお父ちゃんは後でしばいておくから安心して?あなたの平穏は私が守るわ。約束する」
焦った様子の父親の言葉を遮るように、母親が優しく声をかけてくる。
「ひっ……!カ、カーラ……ち、違うんだ……!」
「あなたは黙っていなさい!」
弁明しようとする父親を母親がピシャリと一喝すると、父親はシュンとした様子で、お風呂に行ってしまった。
「うん……でも、それじゃあ何の話なの?」
「昨日、お父ちゃんと話をしたんだけどね?ニアもそろそろ5歳になるでしょ?だから将来のことを考えていかないとって思ったのよ」
「将来のこと……?」
前世の感覚からして、4歳児である今から将来の話とは少し早い気がするが、この世界での成人は15歳であり、早い者は12歳から働いていることもあるので、今から将来のことを考えておくというのは、決して早すぎるということはないのだ。
「ニアは魔法の練習をよく頑張っていると思うのよ」
「う、うん……」
自主的に頑張っているというよりかは、頑張らされているというかなんというか……。
まあ、そこは言う必要はないだろう。無駄に地雷を踏み抜くことはないのだ。
僕はちゃんと空気が読める4歳児なのである。
「もしニアが望むなら、12歳になったら、王都のシスタリア魔法学園でお勉強をしてみないかな?と思ったの。」
「魔法学園……?」
国の中心部、王都シスタリアにある魔法学園。
そこには魔法を学ぶために入学を希望する生徒が毎年のように訪れるのだ。
入学のハードルが高く、様々な知識が要求される。
魔法だけでなく、一般常識や魔法以外の学問を学ぶことができる。
「そう、魔法学園よ。ニアはとても筋が良いと思うの。だから、これからもっと魔法の練習をして、学校に通ってさらに魔法のお勉強をするの!楽しそうでしょ?」
これはまいった……。
正直に言って、僕的には魔法に関しては全然手応えを感じていないし、苦行が続いており、嫌になってきているところである。
それに、学園になんて通っていたら、僕は妹をどう守れば良いというのだろうか。
「えっと、家族と離れ離れになっちゃうし寂しいなって……。」
「ニア、あなたなら大丈夫……。必ず偉大な魔法使いになれるはずだわ……!」
「い、いや僕は学園にはあんまり行きたくなくて、魔法もそんなに好きじゃ……」
「わかっているわ。学園に通うのは平民だけじゃなく、貴族の子弟もいるから、いじめられないか不安なのよね?」
「い、いや……そうじゃなく……」
「でも安心して?そうならないように、入学する頃には自分に降りかかる火の粉を払えるぐらいになるまで魔法を教えるつもりよ!」
なんだか母親の瞳にはどす黒い狂気が渦巻いているように見える。
微笑んでいるはずだが、僕の目からは全然笑っているようには見えない。
なんだろう……不思議なこともあるものだ……。
くそう……!なんでだよ……!
前世の頃から両親には僕のやりたいことをさせてもらえなかった。
どうも僕は自分の意見を伝えるのが上手くないようだ。
しかしだ!子どもに期待するのは良いが、進路を押し付けるのは横暴だ!
でも逆に考えよう、学園に行けば当然女の子がたくさんいるはずだ。
僕のバイブルにも書いていたが、学園にはヒロインたちが集まっているのだ。
そこで、僕の妹を探すというのも一つの手かもしれない。
僕は前向きに物事を考えられる人間なのだ。