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第58話 死地に踏み出す勇気


 アーサーはリッチの魔力の高まりに自身の死を悟っていた。

 こんなところに連れてきてしまったフランとセシルに申し訳なく思う。

 自分の力を過信しすぎた結果、二人も死なせてしまうことになるとは、償っても償いきれるものでもなかった。


 そして、リッチの魔法が発動する寸前に爆発音が鳴り響いた。


 驚いたのも束の間、再び轟音が響き渡る。

 二回目の爆発はアーサーのすぐ目の前で発生した。


 爆発の余韻で土埃が舞う。


 ほどなくして辺りの様子を確認できるほどに視界が晴れてきた。

 すると、一人の少年がアーサーの目の前で仁王立ちをしているのが見えた。


 そして、彼の前にはリッチが倒れ伏していた。

 爆発により何があったのかはわからなかったが、状況から見ておそらくこの少年がやったのだろう。


 アーサーは恐る恐ると自分たちを助けてくれた少年に声をかける。


 すると、彼はゆっくりとこちらに振り返り、何か表現が難しい独特な笑みを浮かべていた。


 話を聞くと、なんと彼は今ただ歩いていただけだというのだ。

 彼からすれば、この爆発は歩いているのと変わらないということだろう。

 それが本当なら、彼は途轍もなく大きな力を持っていることになる。


 それを聞いたアーサーは自分を恥じた。

 目の前の少年はおそらくこれまで力をひけらかすことはなく、慎ましく生活していたのだろう。

 学園は学ぶ場所であると、正しく理解しているということだ。


 アーサー自身も特に力を誇示するようなことはしているつもりはなかったが、リッチを前にしても心のどこかでこの化け物に勝てると信じていたのだろう。

 光の魔法に適性があったことに、どこか驕りがあったのだ。


 彼は自分たちが危機的状況にあると察してこうして手を差し伸べてくれたのだ。


 しかし今は反省をしている暇はないと気持ちを切り替えるアーサー。


 リッチはアンデッドの王とされており、話によると光属性魔法でしか倒せないらしいのだ。


 すると、リッチがゆっくりと動き出す。

 やはり、光属性でしかとどめを刺すことができないと悟った。


「……っ! 今なら逃げられるかもしれない……!」


 後ろを振り返り、フランとセシル、冒険者のマルセルに目で合図を送ると、力強い頷きで返してくる。

 しかし、助けに入ってくれた少年は動こうとしなかった。


「君も早く逃げるんだっ! 君がいくら強くとも光属性の魔法で仕留める以外に奴を倒す方法はないんだ!」


 しかし、彼は独特な笑みを浮かべるばかりで一向に動かなかった。


 リッチが再び呪文を唱え始める。


 アーサーはどうすればいいかわからなかった。

 この少年は戦うつもりなのだ。

 しかし、彼が最初に光属性の魔法を使用なかったということは使えないのだ。

 それも仕方のないことだろう。光属性に適性がある人間は多くはないのだ。


 それでも戦いを挑むということは、光属性が使える自分を頼っているのだ。

 その上、アーサーの心が折れていることを察しているはずだ。

 戦うことを強要するわけでなく、協力を申し出るわけでもなく、アーサーに選択を迫っているのだ。


 ――無様に逃げるのか、勇敢に戦うのか――


 少年の堂々たる背中を見ると、不思議と勇気が満ちてくる。


 まるで、その背中で問いかけてきているような感覚だった。

 こいつを倒せるのは誰なのか、と……。


(そうだ……この中の俺だけがリッチを倒し得るんだ……! ここで引くわけにはいかない……!)


「アーサー!もう……!時間が……!」


 セシルがリッチの魔法の発動が近いと感じたのか焦るようにアーサーに叫ぶ。


 その声にリッチの様子を伺う。

 リッチが魔法を発動しようと片腕を振り上げ、足を一歩踏み出した瞬間――


 目の前で三度目の爆発が発生した。


「なっ……!」


「きゃあああ!」


 フランとセシルから悲鳴が上がる。


「またかよ!」


 マルセルが顔を庇いながら悪態を吐く。


 熱風が頬を撫でる感覚に顔を顰めながら、状況を確認するアーサー。


 少年が先ほどの姿勢を崩すことなく、地面に這いつくばるリッチを見下ろしていた。


 再び少年が爆発の魔法を発動したのだろう。

 しかし、少年の表情を見ると独特な笑みを崩してはいないが、額には玉のような汗が噴き出している。おそらく、限界が近いのだろう。


 迷っている暇はない……!


「うおおおおおおおおお!!」


 雄叫びを発し、リッチに突っ込んでいくアーサー。


「アーサー君!!」


「アーサー!!」


「おい!やめるんだ!」


 フランとセシル、マルセルの静止の声を振り切り、リッチに攻撃を加える。


 リッチがこの世のものとは思えない悲鳴を上げる。


「効いている……!?」


 最初よりも明らかに攻撃が通っているようだった。


「ちくしょう……!俺も援護する!」


 好機であると判断したマルセルも攻撃に参加し始める。


「セシルちゃん!私たちも魔法で援護しましょう……!! あの男の子もいれば、リッチを倒せるかも……!」


「……もう!こんなの絶対おかしいよ!逃げた方が良いじゃん!」


 セシルが文句を言いながらも魔力を練り上げる。


 そうするとリッチが体制を立て直し、大きく距離を取る。

 多勢に無勢と見るや、的を絞らせないように空中を浮遊し、発動の早い魔法をばら撒く。


「くそっ……! 皆避けるんだ!」


 アーサーは飛んでくる魔法を避けながら近付こうとするが、リッチが巧みに魔法を打ち込んでくるため、なかなか上手くいかない。


「嬢ちゃんたち!魔法撃てそうか!?」


「や、やってみます!」


 だが、フランたちが魔法発動の準備に入ると、リッチの魔法が彼女たちに集中して飛んでくる。


「あいつ、こっちの魔法発動を察知して攻撃してくるんだけど!」


 セシルがリッチの攻撃を避けながら悪態を吐く。


「どうにかならないでしょうか……」


 そんな中、リッチが移動した先に爆発が起こる。


「チャンスだ!アーサー!」


 マルセルが声を上げる。


 アーサーは咄嗟にリッチに向かって走っていく。

 走っていく最中横目で、爆発を起こしたであろう少年にチラリ目を向ける。


 彼は独特な笑みを崩さず、最初に立っていた場所から一歩も動いていないように見えた。

 あれだけの魔法が飛んできているというのに、堂々たる姿である。


 その姿に勇気をもらい、アーサーはリッチを斬り付ける。


 しかし、リッチの体力はまだ底を見せないようで、悲鳴こそ上げているものの、すぐに体制を立て直して、距離を取ろうとするが、数歩後ろに下がったところで、爆発が発生する。

 心なしか、下手したらアーサーも巻き込まれるのではないかという位置で爆発が起こった。

 しかし、今のアーサーにはそんなことを気にする余裕もなく、心強い援護に感謝をしながら斬り付ける。


 その後も爆発が発生する度にアーサーが斬り付けるということを繰り返した。

 他の者はその壮絶な戦いに目を奪われていた。


 もう何度目か、アーサーが斬り付けてリッチが地に伏せるという光景。

 アーサーは斬り付ける際の魔力消耗が大きく、もう立っていることすら危うくなっていた。

 もう立たないでくれと、心の中で祈る。他の者も皆同じ気持ちだった。


 しかし、無情にもボロボロの体で起き上がるリッチ。


 その絶望的な状況の中、未だ諦めていない人間がいた。


「もう十分だよ……リッチさん……君はよくやったよ……」


 独特な笑みを浮かべた少年が、慈愛の籠った声で言うと同時にリッチの首に一閃、斬撃が煌めいた。


 一瞬の間をおいて、リッチの体が空気中に溶けていくように消滅した。



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