第55話 交錯する思惑
騎士団は現在、モンスタースタンピードの報告を受け、目が回るほどの忙しさだった。
ダンジョンから溢れ出した魔物は王都に侵攻してきたのだ。
街の中枢に魔物災害の対策本部を設置し、住人の避難や魔物への対応を行なっていた。
「状況はどうなっている?」
騎士団長のギルバートが秘書であるエリナ・ベーレンドルフに声をかける。
「はい、住人の避難については既に完了しております。 冒険者ギルドや教会に協力を仰ぎ、魔物の殲滅を進めているところですが、思うように進んでおりません」
「ふむ、アンデッドか……」
「その通りです。光属性の魔法を使用できるプリーストの数が足りていません」
「光属性の魔法が必須というわけでもあるまい?」
「はい、しかし、危険度が高い魔物が多くいます。 過去のスタンピードとは比べ物になりません」
エリナが言うには、騎士団と冒険者、協会が対応に当たっているが、人手が足りていないとのことだった。
魔物の数もそうだが、危険度B相当の魔物が暴れまわっていることが大きい。
「ダンジョンの方はどうなっている?」
「先ほど増援の依頼がきていましたので、早急に部隊を編成し向かわせています」
「これは元凶を叩く必要があるかもしれん……」
「……どういうことでしょうか?」
「このスタンピードの原因を早急になんとかするべきということだ」
「スタンピードの原因ですか……?」
「あれだけの魔物がダンジョンから溢れ出したのは、それ以上の脅威がダンジョン内にあるということだ。 魔物たちはその脅威から逃げるようにして出てきたと私が考えている」
「……もしその仮説が正しいとするならば学園の生徒たちが危険です!」
「……学園…………」
ギルバートが何かに気付いたように考え込む。
「はい、学園の生徒がダンジョンにて試験を行なっているところにスタンピードが発生したとのことで救助を進めているところです」
「いや、それは聞いている。 学生についても一刻も早く救助を進めていきたいところではあるが……」
ダンジョンにいる学生を救助しているという報告を受けてはいたが、ギルバートが問題視する部分は別にあった。
「学生の救助は最優先で進めておりますが、街の護衛もあり人手が足りておりません。 スタンピードの発生源ということで一番人数を割いている状況ではあるのですが……」
エリナは、スタンピードの報告を受けた時点で、ダンジョンには手厚く人員を派遣していた。
しかし、街を守ることも考えるとそれ以上の人員を派遣するという判断はできなかった。
「いや、ベーレンドルフ、貴殿の采配は間違ってはおらぬ。 しかし私が問題視しているのは、学園の試験が行われていたという点だ」
「……?」
ギルバートの言葉にエリナは真意がわからず、小首をかしげる。
「これは仕組まれたスタンピードだという可能性があるということだ」
「どういうことでしょう?」
「学園の試験が行われてる日に、偶然スタンピードが起きたというのは少し違和感がある」
「…………確かに試験の日にスタンピードが偶然起きたと考えるより、計画的にスタンピードを起こしたと考える方が自然に思えます…… しかし、その意味とは何でしょうか……?」
「今はその意味を考えている暇はない。 私が出る。指揮は任せたぞ」
「安易に動くのは危険です! 騎士団長の目を王都から逸らすという目的があるのかもしれません……!」
「だとすれば、王都に魔物を差し向けるとは思えん。 街が襲われている状況で私が動くとは限らんからな」
「そ、それはそうですが……」
「敵には別の目的があるのではないだろうか。 だからこそ私が動く必要がある」
「わかりました……。 指揮はお任せください。 依然、王都内の魔物の処理も追いついていない状況です。 最善を尽くしますが、お早くお戻りいただけると……」
エリナは自分に任せろと言ったは良いが、不安を隠しきれない表情をする。
「善処する」
ギルバートは短くそう言うと、疾風の如く走り去っていった。
「どうも嫌な予感がしますね……」
エリナは自身の与り知らぬところで何かよからぬ思惑が進んでいるのではないかと思うと据わりの悪さを感じる。
◆
「あわわわわわ…… どう収集つけるつもりっすかニアさん……」
ミザリーは四階層と五十階層を繋ぐ隠し通路に身を潜めていた。
彼女は今とても焦っていた。
何故なら彼女の当初の計画としては、少し学生たちを脅かして最終的に監視員である冒険者にリッチが討伐されて終わりだろうと思っていたのだから。
そうやって手がかりを残さないよう邪神復活に必要な感情を地道に集めていく。
盗賊団での失敗を踏まえて慎重に事を進めることが、彼女の思い描いていた成功へのシナリオだったのだ。
「やばいっすよ…… 自分どうなっちゃうっすか……」
予定より大幅に感情を集めることに成功してはいるのだが、これほどの騒ぎになってしまったことに身の危険を感じる。
この謀略が明るみに出れば、ミザリーは打ち首どころでは済まないだろうと、その小さな身体を震わせる。
「で、でも復活に必要な感情はもう十分に溜まったっす……」
盗賊団で集めた感情と合わせると復活に必要なだけの感情は集め終わっている。
少々過剰に集めすぎてはいるが、邪神の復活までの感情を一気に回収することができたのだから、良かったと思うべきだろうと自分に言い聞かせる。
もはやミザリーのコントロールを離れ、暴れ回る魔物たち。
もうこのまま逃げてしまいたい気持ちになるが、騎士団が動いている以上、下手に動くことはできなかった。
「どさくさに紛れて、なんとか脱出するしかないっす……!」
魔物も大量に蔓延っており、簡単には脱出はできないだろう。
しかし、このまま引き籠っていても、いずれ見つかってしまう可能性もある。
意を決して四階層に繋がる隠し扉を動かそうと、手に力を入れた瞬間――
物凄い爆発音が鳴り響いた。
「うわぁ!!なんなんすか!!」
ミザリーは驚きはしたが、すぐにこの爆発を隠れ蓑にして脱出することを決意する。
何が起きているのかわからなかったが、ダンジョン内が混乱している今が脱出のチャンスのはずだと勇気を振り絞る。
隠し扉を開き、飛び出していくミザリー。
すると次々と爆発が起こる。
「いやあああぁぁぁあああ!!なんなんすか!なんなんすか!」
走り続けるミザリーを追いかけてくるように爆発が起きていく。
これは一体何なのか、何者かの攻撃なのか、自身の悪だくみがバレてしまったのか、考えがまとまらないまま必死に走り続ける。
まるで物語のワンシーンかのように爆発の中を激走する。
ともすれば死んでしまう状況なのだが、自身がその物語の主人公であるかのような錯覚をしてしまう。
「いけるっす!! 自分は風になるっす!!」
その表情は恐怖に強張り、涙や鼻水、涎などあらゆる体液を撒き散らし、びっしょりと濡れており、年頃の少女がして良い顔面ではなかった。
しかし、彼女にはそんなことを気に留めている余裕もない。一瞬でも立ち止まれば命はないのだから。
ダンジョンの中に爆発音と少女の悲鳴が木霊するのであった。




