第51話 ヘブンズアーク教団
ミザリーは王都のボロ宿の一室でベッドに寝転がり考えを巡らせる。
彼女はヘブンズアークという教団に所属する司祭である。
ヘブンズアークは選民思想が強く、自分たちは神に選ばれた者であると信じて疑わない胡散臭い連中だ。
派閥が多くあり、派閥が違えば活動も大きく変わる。
そのため教団内での横の繋がりというのはほぼないと言っても良いだろう。
彼女の所属する派閥は、邪神を復活させるという壮大な目的があった。
そのために王族を唆して宝物庫から洗脳の杖を拝借してきたのだ。
洗脳の杖の正体は邪神の心臓と呼ばれる代物であり、邪神復活に必要な人間の感情を集めるためのものだ。
洗脳の効果はその副次効果であり、感情を奪うことで人をコントロールできるというものだった。
盗賊を利用して、人間の感情を集めるという計画を進めていたところ、王国の騎士団に邪魔をされてしまったのだ。
その結果、杖は破壊され、本体である心臓は回収できたのだが、感情を奪う機能は失われてしまった。
「どうするっすかねぇ…… 勢いで次の策があると言ったは良いっすが、具体的な策があるわけではないんすよね……」
杖の効果で強制的に奪うことはできなくなってしまったが、この状態でも感情の収集はできなくはない。
心が大きく揺さぶられて表出した感情をちまちまと回収することはできる。
しかしそれではミザリーの寿命が尽きるまでに、復活のエネルギーを溜めきることは不可能だろう。
「手っ取り早く回収できるのは恐怖の感情っすかね…… そういえば、学園の定期試験があるとか聞いたっす……」
恐怖の感情というのは伝播しやすい。
恐怖の感情を煽り、表面化しない程度に騒ぎを起こす必要がある。
騎士団に目を付けられれば動き辛くなる。
そのため、ミザリーは御し易い学生をターゲットにすることを考える。
情報では近く学園の定期試験がダンジョンにて行われるとのことだ。
「よし、そろそろ動くっすかね……! もたもたしてると教団の奴らが口を挟んでくるかもしれないっす」
ミザリーはそう言うと、ボロ宿を後にする。
*
ミザリーは、教団員のみが知るダンジョンの隠し通路を通り、50階層まで来ていた。
世間的には最高到達階層は22階層とされており、採れる素材に旨味がないこと、厄介なアンデット系の魔物が多いことが理由で探索が進んでいなかった。
アンデット系の上位の魔物となると、光属性である神聖魔法が必要になり、冒険者に光属性の魔法を使える者は少ない。
その上50階層ともなると、B級相当の魔物が闊歩しており、それなりの実力を持つミザリーと言えども一人では手も足も出ないだろう。
しかし、ミザリーの種族にはある特性があった。
魔族――
魔族は魔物を従えるという特殊な力がある。
遥か昔、神話の時代、邪神の一柱が殺した生物を支配するという力で暴れ回った。
そういった歴史から、魔物を操る魔族は邪神の眷属であるとされ、今日に至るまで迫害されてきた。
その上、魔王が魔族から生まれてくるということもそれに拍車をかけていたのだった。
身体的特徴としては、ほぼ人間のような見た目であり、エルフのような長い耳を持ち、人によっては魔物のような尻尾や角を持っていたりする。
似たような種族に魔人族がいるが、より人間に近しい見た目で、魔物を操ったりすることはできないという違いがある。
彼女にはその魔族の血が流れていた。
彼女の祖母が魔族であり、身体には魔族的な特徴こそ出ていないものの、魔物を従える力を僅かながら受け継いでいた。
完全な力を受け継いだわけではないため、魔物を従えることは容易ではなく、動物の躾と同じように上下関係を分からせる必要があった。
「……この! ……えい!……えいっす!! 自分に従うっす!」
そのため、ミザリーは捕らえたB級の魔物であるリッチを手に持った鞭で痛めつけていた。
「グォォォォ」
黒いぼろ布を纏った骸骨はミザリーに対し威嚇している。
「これは時間がかかりそうっすね…… 定期試験は三か月後だったっすか? 果たして間に合うんすかねぇ……」
えい!えい!と気の抜けそうな掛け声と共に鞭を振るう。
すると、不意に後ろから声を掛けられる。
「やあ、君はこんなところで何をしているのかな?」
「……っ!? 何者っすか!?」
ミザリーはリッチの躾に夢中になっていたこともあり、急に掛けられた声に体がビクリと反応する。
「僕は敵じゃないよ。 ちょっと道に迷っちゃったんだよね」
ここは50階層であり、普通の冒険者が来れるような場所ではない。
正規のルートで来ようとすれば、魔物との戦闘は避けられない。
しかも、22階層より下層は未開拓階層であり、より慎重になる必要がある。
それを考えると最低でもひと月はかかるだろう。
見たところ少年であり、装備も軽装であることから、正規の手段できたわけではないだろう。
そして、強力な魔物が徘徊する50階層にいて、こんなにも呑気な態度でいられるのも異常である。
只者ではないと判断したミザリーは警戒を強める。
最悪の場合、始末する必要がある。子どもを手に掛けるというのは心が痛むが、自身のしていたことを口外されると、行動が取り辛くなってしまう。
「……こんなところに冒険者がいるわけがないっす。怪しいっす……」
「……だったらこんなところにいる君は“冒険者”……じゃないってこと?」
――しまったと思った。
ミザリーの発言は、こんなところにいる自分自身も怪しいと言っているようなものであったからだ。
「……っ! ぼ、冒険者に決まってるっす!」
自身の失言を的確に突かれ、慌てて取り繕う。
「……ふふふ……それを見られたのが、気になるんだろう?」
「……っ! だとしたらどうするつもりっすか……?」
本当にこの少年は何者なのだろうかと身の毛がよだつ。
少年は特に物資も持っておらず、教団しか知らない隠し通路を通ってきたとしか考えられない上に、ミザリーがしていたことも見透かされているようだった。
「いや、それは僕も昔に経験があるんだけど、もっと苛烈に痛めつけるといいよ。 死にそうになると眠っている力が覚醒するんだよ」
魔物を従えたことがあるような発言をする少年。
この少年も魔族的な特徴がないことから遠い血縁に魔族がいるのかもしれない。
「……あんた……何を企んでいるっすか……?」
「……ふふふ……分かるだろう……?」
「………………」
ミザリーはある可能性を危惧していた。
この少年は教団から派遣された新たな監視なのではないかということだ。
教団しか知らない隠し通路を通り、ミザリーがしていた魔物の調伏に対して理解があるということから、そういった可能性もあると考えていた。
「まあ、君は何も気にしないで、僕を外までエスコートしてくれればいいよ」
「………………それだけなら、いいっすよ……」
ミザリーはしばらく考えた後、この少年の言葉に従っておいた方が良いかもしれないという結論に至った。
「ほんと?ありがとう!」
呑気な笑顔を向けてくる少年に不気味なものを感じながら出口まで案内する。
道中、特に会話もなく無言の時間がとても息苦しく感じるミザリー。
そして、出口へ辿り着くと、ずっと無言を貫いていた少年が口を開く。
「案内ありがとう!またね!」
「……っ! ……もう行くっす……」
今日は顔合わせというだけで、今度また計画を詰めるということであろう。
それまでにあのリッチを調伏し、操れるようになっていなければ、始末されるのは自分の方だとミザリーは冷や汗を流すのだった。




