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第45話 兄のことになると周りが見えなくなる弟


 オリエンテーションの最中、ダンは腹が減りすぎて白目を向いていた。

 教師が話していることは右耳から左耳に抜けていく。それほどに腹が減っていたのだ。

 ともすれば、気を失ってしまうのではないかと思うほどであった。


「うぅ……腹減ったぁ……」


 ダンが苦行に耐え続け、やっとオリエンテーションが終了した。


 すぐにでも食堂に駆け出したいところだったが、ニアがもたついていて一向に動こうとしない。

 もう先に行ってしまおうかと考えていたところ、遂にニアが立ち上がった。


「ニア、食堂に飯でも食いに行くか? 学生は無料らしいしよぉ。 俺もう腹減っちまってよぉ」


 立ち上がったニアにすかさず声をかけるダン。


「うん、先に行っててよ、僕も後から行くからさ」


 ダンはその言葉を聞いた瞬間に食堂へ走り出したのだった。





「ウマい!ウマすぎる!!」


「ダン君……もうちょっと落ち着いて食べようよ……」


 ガツガツと焼肉定食に食らいつくダンに周囲の視線が集まり、恥ずかしそうにするユーリ。


 ユーリはオリエンテーションが終わり食堂で何を食べようか悩んでいたところ、食堂に駆け込むダンを見つけ、こうして一緒にお昼ご飯を食べることになったのだが、同席になったことを早くも後悔していた。


「……そういえばお兄ちゃんは? 一緒じゃないの?」


 周囲から注がれる大量の視線を受け、もはや気にしても仕方がないと割り切り話題を振る。


「ん?クチャクチャ……なんかよぉ、クチャクチャ…… 先に行っててくれって、クチャクチャクチャ…………」


 クチャクチャと不快な咀嚼音に加え、喋る度に口から飛び出してくる咀嚼途中の残骸を見て眉を顰めるユーリ。

 もう、金輪際ダンとは食事を一緒に食べることはやめようと決意をする。


「……口に物を入れながら喋るのはやめた方がいいんじゃない…………?」


「うーん?クチャクチャ…… それにしちゃあ遅ぇな…… すぐに来るって言ってたんだけどなぁ、クチャクチャクチャ…………」


 ユーリの忠告を聞いていないのか、頭を捻るダン。


「お腹でも痛くなっちゃったのかな……?」


 しかし、食事をし始めてから30分ほど経過しており、すぐに行くと言っていたにしては遅い気がする。

 普通の人間であれば腹の調子が悪いで片付ける所なのだが、ユーリは今までのことを思い返し、トラブルに巻き込まれている方が確率が高いのではないかと思えてくる。


「…………ダン君……きっとトラブルだよ…………」


「え? いやいやそんなわけ……だってさっきまで教室にいたんだぜ……? いくらニアの奴でも食堂に来るまで間にトラブルを起こすなんてこと……」


「……絶対トラブルだよ!! 早く行かなきゃ!!」


 ダンの中で、盗賊事件の時にも薄々感じていたことが確信に近づきつつあった。ユーリは兄のことになると周りが見えなくなる節があるのだ。

 しかも盗賊事件の後、それに更に磨きが掛かってきているのは気のせいではない。


 ダンをグイグイと引っ張るユーリの力は、ガタイの良いダンがバランスを崩してしまうほどに強く、万力に挟まれたが如く鷲掴まれた肩がギチギチと音を立てている。


「い、いでぇ……!!いでぇって!!」


 ダンはユーリに引きずられながら、食堂を後にする。



 二人は教室に続く道を辺りを見回しながら足早に進んでいくと、女生徒が倒れている姿を見つけた。


「あ、あれ……! 誰か倒れてるよ……!」


「ほんとだぜ…… あれは……気絶してるな……」


「早く行こう!」


 二人は女生徒の元へ走っていく。


「大丈夫かよ!」


「どいてダン君!!」


「……ぐへぇ!!」


 ダンが女生徒を助け起こそうと近づくが、ユーリが渾身のタックルでダンを突き飛ばす。

 ユーリには、ダンが女生徒が倒れているのを良いことに体をまさぐろうとしているように見えたので、それを未然に防いだのだ。

 ダンにはそんな意図は全くなかったのだが、ユーリがダンに抱いている印象は残酷なものであった。そのことにダンが気付いていないのは唯一の救いだろうか。


「しっかりして!! 大丈夫……?」


「お、おい……突き飛ばすことはねぇだろ……」


 突き飛ばされたダンは口を尖らせながら苦言を呈す。


「うぅ……」


 ユーリたちの声に女生徒の意識が覚醒していく。

 彼女は痛む腹を抑えながら、助け起こしてくれたユーリに礼を言う。


「あ、ありがとうございますわ」


「それは良いけど、一体何があったの?」


「……っ! ニアさん!!は、早く助けに行かないと……!!」


「ち、ちょっと待って……! いきなり動くと危ないよ! …………って今ニアって言わなかった!?」


「あ、あいつまた何かやりやがったのか……!?」


 今までもニアは巻き込まれているだけで、自分から何かをしたことはないのだが、ダンの頭の中ではニアが再び厄介事を引き起こしたことになっていた。


「も、もしかして、ニアさんのお知合いですの……?」


「ニアは僕のお兄ちゃんだよ。 それで……事情を聞かせてくれないかな?」


「ニアの奴が君にいたずらしたってんなら俺たちが懲らしめてくるぜ?」


「い、いえそのようなことは…………」


 女生徒は会って間もない名前も知らない人に助けを求めるというのは、流石に悪い気がして話すことを躊躇っていた。

 しかし二人はニアの知り合いであり、そもそも自分一人でニアを助けられるとも思えない。


 そして、しばらくの沈黙の後、彼女は二人を頼ることにした。


「そ、そうですわね…… わかりましたわ!ワタクシに協力してくださいまし!」


「もちろん! 僕はユーリ。 今年からこの学園に通う一年生だよ!」


「俺はダン、一年だぜ。 というか同じクラスだよな!よろしく!」


「ワタクシはクリスティーナ・ハーストですわ! よろしくお願いいたしますわ! 是非ともお友達に……ゴニョゴニョ……」


「ん?どうしたの……?」


「い、いえ!なんでもないですわ!!」

(ワタクシとしたことが、はしたないですわ! いきなりお友達だなんて……!)


 クリスティーナはニアのことを助けなければならないというのは頭では分かってはいたが、もしかするとユーリたちと友人になれるかもしれないという希望を抱かずにはいられなかった。


「とにかく、何があったのか話してくれないかな?」


「わ、わかりましたわ……」


 クリスティーナは二人に先ほどあったことを説明した。

 自身の不甲斐なさに涙が出そうになる。


 貴族に立ち向かうなど常識で考えればはありえないことだ。

 様々な葛藤があったことだろう、恐怖もあっただろう。

 それでもニアは声を上げてくれたのだ。

 そこにはクリスティーナの考えが及ばないほどの勇気が必要だったはずだ。

 だからこそ、そんなニアを見捨てたくなかった。


「でもニアの奴……なんで相手を怒らせるようなことを言ったんだ……?」


「そ、それは……」


 そこはクリスティーナも疑問に思うところではあったのだが、事情を説明している間に一つの可能性に辿り着いていた。


「ローレンスさんを怒らせて自分に矛先を向けさせたに違いありませんわ……!」


「お兄ちゃんがそこまで考えて行動しているかな……?」


「まあ、筋は通ってるような気がするけどよぉ……」


 ユーリたちはその見解に懐疑的だった。

 しかし、ニアの奇っ怪な行動を真剣に考えても答えは出ないことを二人はよく知っていた。


「そうに違いありませんわ!ニアさんはこの学園をより良くしたいと仰っていたんですのよ! そんな方だからこそ、勇気を振り絞ってワタクシを庇ってくれたんですわ!」


「それって女の子の前で格好をつけていただけなんじゃ……」


「……それでニアの奴はどこに連れていかれたっていうんだよ? 引きずられてどっかに連れてかれたって話だけどよ……」


「そ、それなら多分……」


 クリスティーナが指で指示した方向に目を向けるユーリとダン。


 地面には争った形跡があり、何かを引きずるような跡が林の向こうまで続いていた。


「なるほど…… この跡を辿っていけばニアの奴がいるってことか……」


「よし!お兄ちゃんを助けに行こう!」


「い、いや流石に無策ってわけにはいかないだろ!」


「大丈夫!僕には作戦があるから早く行こう!」


 いつぞやのように瞳に深淵を宿らせているユーリ。

 ダンは今のユーリには何を言っても聞かないことを知っていた。このまま放っておけば一人で突貫するということも。

 流石に一人で行かせることは躊躇われたため、素直に同意することにした。


「そうなのか……? わかった……。クリスティーナちゃんは…………先に寮に戻っててくれよ」


「で、ですが……ワタクシも…… 二人だけでは危険ですわ……!!」


「いや、流石にあぶねぇって…… ニアの奴は俺たちが回収してくるからよぉ……」


「早く行こう!ダン君!」


 自分たちにはその気はなくても相手次第では戦闘になるかもしれないところにクリスティーナを連れていくのは憚られた。


「相手は上級生ですわ……! 魔法の練度もワタクシたちとは比べ物になりませんのよ……!?」


 それでも食い下がるクリスティーナ。


「別に戦おうなんて思ってねぇ……よな? 俺たちはニアを回収して逃げる……はずだ…… 後のことはニアの奴を助けてから考える……で合ってるよな……?」


「――そうだよ!!」


 ユーリの様子に不安を隠し切れないダンは探るように尋ねる。

 そんな言葉に間髪入れずに肯定するユーリを見て更に不安を感じてしまうダン。


 クリスティーナは、腑に落ちないと感じながらも連れて行ってくれそうにない二人の様子に渋々納得をする。


「わ、わかりましたわ…… 寮でお待ちしておりますわ……」



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