第44話 悪鬼ローレンス・ゲルシュタッド
ローレンスは憤っていた。
自身のことを愚弄したニアを引きずりながら、一向に収まらない怒りに身を焦がしていた。
彼にとって、それは初めての経験だった。
しかも、ただ単に愚弄されたわけではない。愚弄されまくったのである。
平民が貴族に対して、行なった不敬の中でも類を見ないことだ。
ニアは一族郎党根絶やしにされてもおかしくはないことをやらかしたのだ。
ローレンスは、市井の人間というものはそこまで愚かな存在なのかと考えるが、すぐに首を横に振り、自身の右手に引きずられる不敵な笑みを浮かべた薄気味悪いこの男の頭が殊更に悪いのだと考えを改める。
貴族の発言ということであれば、まだあり得る話ではあるが、それは貴族という強大な権力が背景にあった上でのことだ。
おそらくこの頭の悪い少年には何の後ろ盾もないだろう、いやあってたまるか!とローレンスは内心吠える。
彼の中に怒りの感情が渦巻き、ともすれば気を失ってしまってもおかしくないほどに頭に血が上っていた。
(ただただブチ殺すだけでは気が静まらない……! ぐちゃぐちゃにしてやる……! 私の持つ最大の魔法で葬ってやる…… そして、私に逆らったことを後悔させてやるのだ!!)
「おい、お前たち……アレをやるぞ……」
「ローレンス様……アレってまさか……」
「学園内でアレは……流石に目立つんじゃ……」
「旧校舎の方までいけば、多少騒いだところで誰も来やしない…… こいつはそれだけのことをしたのだ…… 報いを受けさせなければならない……!」
「………………」
ローレンスの剣幕に二人の取り巻きの生徒は言葉を失う。
そして、ローレンスと彼に引きずられたニア、取り巻きの二人が旧校舎に到着した。
旧校舎は手入れもされておらず、今にも崩れてしまいそうな外観をしていた。
本校の敷地から歩いて五分ほどの距離にあり、騒ぎが起きたとしてもそうそう人が来ることはない。
ローレンスがニアを放り投げ、地面に転がす。
ゆっくりと立ち上がる不敵な笑みを浮かべたニア。
「覚悟しろよ…… 泣いて喚いても助けは来ないぞ…… 今更謝ったとしても遅い…… 貴様の望み通りここで葬ってやろう……」
「ふふふ…… 後悔するのはどっちだろうね…… ふふふふふ……」
「く、くぅ……くうううぅぅぅうううううう!! 貴様のその不敵な笑みはなんなんだ……!! どうせ何もできない平民の分際で、思わせぶりな態度を取るな! あぁ……胸糞悪い……!!」
今まで溜め込んでいた怒りが爆発し、頭を掻きむしるローレンス。
「ふふふふふふふふ…………」
「…………っ!! もういい…… 貴様のペースに乗せられればこっちの血管がブチ切れて死ぬ方が早そうだ…… ここまで私を怒らせて逃げられると思うなよ……?」
「ふふふ…… 僕が……逃げる……?」
「…………ちっ!! どこまでも私を愚弄するか! ……やれ!!」
ローレンスが取り巻き二人に声を掛けると、いつから準備していたのか魔法を発動させる。
発動の直前まで魔力が漏れていなかったことから、魔力の隠蔽を行い、魔法の発動を悟らせないようにしていたのだった。
発動された魔法は土系統の束縛魔法。
ニアの足元から回避する暇もなく木の根が伸びてきた。
いつぞや、トオイ村にて変態行為を働くニアに対して、シアが発動した魔法と酷似していた。
しかし、シアが発動したのは木の根をコントロールする魔法であったが、この魔法は相手を拘束することに特化した魔法だった。
「ククク…… これで貴様も嫌というほどに理解しただろう……? ここが貴様の墓場になることをな…… どうだ、そろそろその薄気味悪い不敵な笑みも崩れた頃じゃあ……」
「ふふふ…………ふふ…………面白いね…………」
「なあっ…………!! き、き、貴様は…………私を愚弄するのも…………大概にしろおおおおおぉぉぉぉおおおおお!!!!」
ローレンスは我慢の限界を超えて、その怒りをぶちまけるように、乱暴な詠唱を始める。
彼は自身の魔力と空気中の魔力を混ぜ合わせ、正面に掲げた両手の前に少しずつ魔力を集めていく。
詠唱が必要になるのは、一般的には上級以上の魔法であるが、練度によっては詠唱を省略したり、無詠唱での発動も可能になる。
ローレンスは貴族の血筋ということもあり、魔法の才能に優れていた。
また、学園の三年であり、高度な魔法も修めているのである。
彼が発動しようとしているのは、ファイアボールの上位魔法であるヘルブレイズ。
少しずつ、しかし着実に炎の玉が形成されていく。
そして、火の玉が1.5メートルほどの大きさになり、その熱量と光量は一見すると、小さな太陽のようであった。
その光にニアの不敵な笑みが照らされる。
「……仕上げだ……」
ローレンスがそう言うと、次はそこまで大きくしたその玉を凝縮していく。
1.5メートルほどあった玉がソフトボール大の大きさにまで小さくなる。
そのままでも相当な威力であろうエネルギーを小さく凝縮したことで、炎の玉にプラズマが発生し、今にも暴発しそうである。
「これは私のオリジナル魔法でね…… ヘルブレイズを圧縮し、エネルギー密度を高めることで、爆発的な威力を実現できるのだ…… 名付けるなら……デスローレンスブレイズといったところか……」
ローレンスはその爆発的なエネルギーを維持することも精一杯といった様子で、脂汗が滲み出ている。
「ああ、私たちの心配は無用だ…… ここら一帯は吹き飛ぶだろうが指向性は持たせてあるからな…… 吹き飛ぶのは、貴様だけだ…………」
「ふふふ……そんな凶悪な魔法まで見せてくれた君に敬意を払って、お別れの挨拶といこう……」
そう言って拘束された腕を振り上げるニア。
その瞬間――――
パキンという音と共にニアを縛り上げていた束縛魔法が砕け散る。
それと同時に周囲に煙幕が立ち込める。
「なぁっ!!」
突然の出来事に慌てふためくローレンス。
「くそっ!なんだというのだ!? 逃げるつもりか!?」
そう言ってニアがいる場所にソフトボール大のヘルブレイズを投げ付ける。
ローレンスの投げたヘルブレイズが着弾し、ものすごい爆発音を轟かせた。
爆発により発生した強風が煙幕が急速に晴らしていき、その衝撃を耐えるように眼前を腕で覆うローレンスとその取り巻きたち。
数秒の後、強風が収まり、ローレンスは辺りを見渡すと、爆発により吹き飛んでしまったのか、旧校舎だったものの残骸があるだけだった。
「や、やったのか…………?」
「あ、あの爆風の中、逃げ切れるはずありませんよ……さすがに……」
「そう……だな…………」
「そ、それより、早くここから離れた方が良くないですか? 教師連中に見つかったら厄介ですよ」
どこか腑に落ちないところはあるが、取り巻きの言葉に同意するローレンス。
本当に殺せたのかは明日以降調査すれば良いと、自身を納得させ、この場を立ち去るのだった。
◆
僕は不敵な笑みを崩さずにローレンスとかいう貴族の人に首根っこをガシリと掴まれ引きずられていた。
ちょっと抵抗してみたのだが、びくともしない。
ど、どうしよう……。
自分のせいではあるものの、本当に殺されてしまうのではないだろうか。
ローレンスの顔を盗み見ると、悪鬼のような顔をしているのが確認できることから、僕が許されることはないのかもしれない。
そして五分ほど引きずられていただろうか。次第に人影が少なくなり、目的地に到達する頃には人っ子一人いなくなっていた。
僕は地面に放り投げられ、辺りを見回す。
目の前には今にも崩れそうな建物があり、それを取り囲むように青々とした木が茂っている。
なんだか寂れた場所だな……
僕はこんな寂しい場所で人生の終焉を迎えるというのか……。
もはや諦念に打ちひしがれていたので、取り乱すこともなかった。
すると、悪鬼ローレンスが恐ろしい表情をして僕に声をかけてくる。
しかし、僕はそれどころではなかったので、不敵な笑みをして適当に言葉を発することしかできなかった。
彼が何を言っているのか、僕が何を言ったのか定かではない。
「――――ここまで私を怒らせて逃げられると思うなよ……?」
「ふふふ…… 僕が……逃げる……?」
ここまで追い詰められて逃げられるわけがない。
もはや逃げる必要もない。
何故ならここは僕の墓場になるのだから。
僕がそんなことを言うと、更に喚き散らす悪鬼ローレンス。
すると、足元から木の根が伸びてきて僕を縛り上げる。
ぐぅ……ぐるぢぃ……
僕が縛り上げられたのを見て、嬉しそうにしている悪鬼ローレンス。
もしかして、機嫌が直ったのかもしれない……。
これはチャンスだ!
よし、できるだけフレンドリーに話しかけるんだ。
「ふふふ…………ふふ…………面白いね…………」
一緒に楽しさを共有することが友人となるための第一歩なのだ。
まだ僕が生き残る可能性があるのかも……。ぐるぢぃ……。
「なあっ…………!! き、き、貴様は…………私を愚弄するのも…………大概にしろおおおおおぉぉぉぉおおおおお!!!!」
あ、やっぱダメかもしれない……。
ローレンスがなんだか早口で詠唱のようなものを唱え始めている。
僕はそれを不敵な笑みを浮かべて、ただ見ていることしかできない。
「……仕上げだ……」
ドデカイ火の玉を作り上げたと思ったら、それを小さく凝縮していっているようだ。
火の玉が小さくなるにつれて、玉に電気が纏い始める。
あれはきっとなんだかやばそうな玉だ。
僕の予想では、あれが直撃すれば貧弱な僕の体など塵すら残ることはないだろう。
「これは私のオリジナル魔法でね―― 名付けるなら……デスローレンスブレイズといったところか……」
途轍もなくダサい名前が聞こえた気がする。
それより、なんだか辛そうな顔をしているけど、ちゃんと制御ができているのだろうか。
汗もいっぱいかいてるし……。自爆とかしちゃったり……
「ああ、私たちの心配は無用だ…… ここら一帯は吹き飛ぶだろうが指向性は持たせてあるからな……吹き飛ぶのは、貴様だけだ…………」
どうやら死ぬのは僕だけのようだね!!
…………いやあああああぁぁぁああああああ!!
これはもう本当に詰みだ。
となるといよいよ死ぬことを覚悟しなければならない。
僕は死ぬときはかっこよく死ぬということを信条にしているので、不敵な笑みを崩さずにこう言うのだ。
「ふふふ……そんな凶悪な魔法まで見せてくれた君に敬意を払って、お別れの挨拶といこう……」
その瞬間――――
突如として僕をを縛り上げていた束縛魔法が砕け散ったかと思ったら、周囲に煙幕が立ち込める。
「え、え?」
戸惑っていると、ガシッと首根っこを掴まれて、物凄い勢いで引っ張られる。
引っ張られている僕が浮いてしまうほどには速かった。
ぐぇ……ぐるぢぃ……
「おい!大丈夫かよ!ニア!」
ダンの野郎の頭の悪そうな声が聞こえてきた。
どうやら僕はダンの奴に首を引っ張られているようだった。
どうりで、ゴリラのような素早さだ。
しかも木を伝って飛び回っているのだろうか、上下に僕の体がシェイクされる。
うぅ……吐きそう……
「お兄ちゃん、無事だね!?」
ユーリが首を起点に空中に投げ出されている状態の僕に並走する。
「無事だけど、死んじゃう……」
その直後、後ろでとてつもない爆音が鳴り響く。
爆心地からそこまで離れていないのか、熱風が僕の頬を撫でる。
「きゃっ!!」
「なんて馬鹿げたことを……!人に向けて撃っていい魔法じゃねぇぞ……!!」
なんだろう、なんかダンが常識人ぶっている。
「お兄ちゃん、目を離したらすぐトラブルに巻き込まれるんだから……!!」
「僕だって巻き込まれたくて巻き込まれているんじゃないよ…… 実は僕の資金源がさ……」
「言い訳しないっ!! 反省してよね!?」
それから、ダンに首を引っ張られて死にそうな僕は、並走するユーリに説教をされながら寮の部屋まで戻ってくるのであった。




